3 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:09:49.87 ID: 3XiCbO1A0
7.惑る妾とその運命
二〇一〇年。薔薇が咲き誇るには僅かに早い、春の月。
N県の山間に建てられたその一軒家は、見たところ白亜の賽といった風情で、
窓らしい窓も、一角に一つあるかないか程度のもので、はたから見れば人が住んでいるとは思えない。
その建造物の周りには桜が生い茂っていて、季節の見合ったこの頃は薄ピンクに飾られている。
しかし、咲き誇りから日が経っているためか、地面には桜の花弁が散っているし、枝にもまばらに緑が見受けられた。
風にそよぎ、あるいは雀が梢を飛び立ってかすかにたわんだとき、桜の一片々々は数枚空気に乗ってしまう。
裏手には見栄えするローゼン・ガルデンがあるという、
この一軒家の前で、内藤は長岡を連れ添って、呼び鈴を鳴らした。
家主の名は荒巻スカルチノフといい、内藤の義兄に当たる人物だった。
ツンの実の兄である。
4 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:12:27.35 ID: 3XiCbO1A0
・・ ・・・
/ ,' 3「お〜、いらっしゃいいらっしゃい」
( ^ω^)「どうも義兄さん、ご無沙汰してますお」
( ゚∀゚)「はじめまして、付き添いの長岡といいます」
サントリーフラワーズを去年に退職し、独り身でノンビリと余生を花と
共に過ごしている荒巻は、義弟の来訪を快く対応した。
廊下を渡り、居間に通される。
一人暮らしするには有り余るほどの広さと家具の多さで、内藤は少し驚かされた。
出窓からは裏庭が一望でき、扇型の薔薇園が緑に眠っているのを知れた。
( ^ω^)「花季はまだなんですかお」
/ ,' 3「ウン。もうちょい時間が経てば、すごいモンが見れるかもしれんぞ」
そういう荒巻の顔には誇らしげな笑みが張り付いていた。
5 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:14:52.29 ID: 3XiCbO1A0
( ^ω^)「ほお、どんなものなんですかお?」
/ ,' 3「ウム、あれはほら、扇の形をしていよう?
私は土嚢の改良を施して、薔薇がまるで扇を開くように開花させようとしとるんだよ」
( ゚∀゚)「それはすごい」
/ ,' 3「まあ、多分……だがね。
グラデュエーション具合や、マルチングの準備は完璧だから、今年は完成するだろうて」
ホッホと笑いながら、来訪者の二人をソファに腰掛けさせると、台所へフラリと入った。
そうして桜餅と番茶を手に戻ると、自らもソファに座り込んで、談話を開始した。……
内藤は花に詳しくは無いが、娘のデレが好きというので、それなりに
荒巻の植物研究の秘話は楽しめた。
なによりデレと荒巻は仲が良かったので、合間々々のその情報は、安らぎさえ与えた。
/ ,' 3「デレちゃんなァ……懐かしいのう。ペニサスちゃんも、愛らしくって……」
( ^ω^)「………」
/ ,' 3「デレちゃんは、わたしのくだらない話に目をランラン輝かして、もうほんとに……
純粋で、人思いのよくって……。
ペニサスちゃんも、引っ込み思案だったけど可愛らしくって、薔薇が好きだった……」
6 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:17:41.33 ID: 3XiCbO1A0
目を閉じ天井を仰ぎながら、荒巻は呟くようにいった。
/ ,' 3「デレちゃんはペニサスちゃんのことを本当に思ってたねぇ……
わたしと指きりげんまんしいてるときの、あのあどけない瞳……どんな花よりも輝いていたよ」
( ^ω^)「……二人とも、自慢の娘でしたお」
/ ,' 3「しょうじき、わたしはアンタが羨ましかったぐらいでねw」
そういって朗笑すると、視線をテレビの上部へ向ける。
そこには写真が飾られていた。
日付は二十年ほど前の、薔薇園をバックにした、荒巻とデレとペニサスを撮った写真だった。
白色のワンピースを着、無邪気にピースをするデレ、
まったく同じ朗笑をした荒巻、
青色のワンピースを着、人見知りな表情を浮かべるペニサスが、小さな写真の中に収まっていた。
( ゚∀゚)「………」
( ^ω^)「………」
しばらく見つめるうち、荒巻の表情に物寂しさが加わった。
朗笑と相まって、ひどく悲しげだ……と内藤は唇を噛み締める。
8 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:20:39.13 ID: 3XiCbO1A0
気がつくと荒巻は、笑みを浮かべるのをやめて俯いていた。
ポツリポツリと話を続ける。
/ ,' 3「ツンも逝ってしまった……デレちゃんも、そして……ペニサスちゃんも」
( ^ω^)「……。はい……」
ふいに荒巻は顔を上げた。
その表情は思慮深いさまに満ちてい、瞳には迷いの色が浮かんでいる。
なにか迷っているのか。
内藤はとっさにそう考えた。
場が沈黙につつまれたそのとき、荒巻は沈んだ声で、
/ ,' 3「……このことは言っていなかったね。……ツンが、口止めしてよと言ってたから……。
ツンの名づけた、荒巻の血を持つ女の、悲しい運命を」
荒巻の血を持つ女の、悲しい運命。
( ゚∀゚)「!?」
(;^ω^)「……!」
その語感の持つ、恐ろしい硬質加減は、一気に二人の身体を強張らせる。
10 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:23:37.02 ID: 3XiCbO1A0
/ ,' 3「空恐ろしいだろう? ……だが意味は簡単だ、"荒巻家の女は早死にする"。
あれでも、ツンは長かったほうでね……」
しみじみ語る、荒巻の口の端は俄かに下がった。
/ ,' 3「ツンが交通事故に遭ったとき……私はそれの強さに驚かされた。
あんたにも言おうかと思ったが、ツンの言葉が脳裏に焼きついて、結局言えなかったな」
( ^ω^)「……大丈夫ですお」
/ ,' 3「デレちゃんも行方をくらまし、ペニサスちゃんが自害したときも、
私は言おうかと思った。が……絶望したあんたを見てると、とても呪いなんて言葉を口に出せず……」
荒巻は頭を下げ、内藤に詫びた。
/ ,' 3「すまない……。"呪われた運命"だなんて、冗談に聞こえるかもしれない。
だが、本当に実在するんだ」
( ^ω^)「信じますお」
/ ,' 3「すまない……」
依然、荒巻は頭を上げようとしない。
11 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:26:35.14 ID: 3XiCbO1A0
重く、粘ッこい空気が覆いかぶさった気がする。
内藤も長岡も、口を開くつもりになれなくなってしまった。
視線も無意識のうちに下へ向かってしまい、姿勢もかたくなり、
ソファの背にもたれかかる真似は、出来そうにもない。
これでは、尋ねた理由……ツンの書いたという小説、
「心母少女」の話題を出すことすら憚られた。
荒巻の心情に共感し、目的をウッスラ忘れている内藤はともかくとして、
第三者でしかない長岡は、このままウヤムヤのうちに終わってしまうのではないか、と危惧してしまう。
ややあって、荒巻が口を開いた。
/ ,' 3「ツンも……自身の運命を危ぶんでいて、自分で自分を守ろうとした……。
それが、小説を書くことに結んだらしい」
( ゚∀゚)(;^ω^)「!!」
まさか。
二人が問い質す間もなく、話は続く。
/ ,' 3「……それが功を為したか、今となっては定かではないが……」
12 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:28:53.73 ID: 3XiCbO1A0
(;^ω^)「も、もしかして……」
こらえきれず、内藤は口を入れた。
/ ,' 3「ん?」
(;^ω^)「その書いたっていう小説のタイトルは……」
/ ,' 3「……ああ。心母少女、というが」
(;゚∀゚)(;^ω^)「……!」
思わぬところから辿り着いた。
いきなり、内藤と長岡は安堵にも、興奮にも似た感情を抱いた。
(;^ω^)「……僕達がきた理由が、その小説なんですお」
/ ,' 3「?」
( ゚∀゚)「その小説に、手掛かりが残されているのかもしれません。
"呪われた運命"の理由、デレさんの行方、クー・ルーの……」
13 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:31:49.99 ID: 3XiCbO1A0
そこまで言うとハっと口を噤んだが、気を取り直すように、
( ゚∀゚)「ともかく、その小説には何かが秘めているように思われます。
よろしければ、ご拝見を……」
実際、その小説――「心母少女」に、重要な手掛かりが残されているのか。
それは訪ねた二人にとっても定かではない。
ただ、クー・ルーの言葉にその単語が含まれていた可能性や、
デレが失踪直前に読書に興味を持っていたという、内藤の仄かな記憶を頼りに求めたのだった。
クー・ルーの真意を知ることは、デレの行方を追うことになる……。
内藤はにわかに、そう確信していた。
霊視ショウでのあの激情の先に、追い求めている何かの影を見出したような気がして…………。
14 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:34:28.17 ID: 3XiCbO1A0
/ ,' 3「うーん、しかし、内藤さん、アンタも知っているだろう?
ツンがわざわざ自作の小説をこの実家に隠した理由……」
内藤は感慨深げに頷いた。
ツンは内藤に自作小説を、決して見せようとはしなかった。
それは、恥ずかしさから来るものかと思われていたが、
今になって考えてみると、例の、"呪われた運命"が関係してくるように感じられる。
( ^ω^)「……すべて承知の上ですお、その上で、見てみたいんですお」
その呪われた運命もまた、デレの行方を知らす一つの羅針盤となろう。
内藤のその確信には、ガムシャラめいたものも無いわけではない。
だが、十五年も経った今では、形振り構っていられないのであった。
( ^ω^)「おねがいしますお」
/ ,' 3「……まあ、状況が状況だな。それに、もう時効じゃろw
ちょっと、待ってくれ」
そう言い捨てると、立ち上がって居間を後にした。
16 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:36:40.94 ID: 3XiCbO1A0
・・ ・・・
荒巻から手渡されたそれは、黄ばんだ古い大学ノートだった。
この何十年も経ったこのノートに、ツンは小説を書いていたらしい。
興味深いとばかりに、ジッとそのノートを見つめる二人へ、荒巻は丁重に、
/ ,' 3「見て分かるが、かなり古いからページを捲るのも慎重にな」
( ゚∀゚)「この形式のノートですと、横書きなんでしょうか」
出し抜けに長岡の質問が飛ぶ。
/ ,' 3「そう。改行も適度に施してて、ひらがなが多用されてるから読めんことはない」
( ^ω^)「………」
内藤は懐かしい目でそれを見つめていた。
題字の筆跡は、やはり最愛の妻のものに違いない。
丸っこい飛礫文字で書かれた「心母少女」という字面には、一種のカタルシスさえ感じられた。
17 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:38:30.11 ID: 3XiCbO1A0
/ ,' 3「説明も……簡単にしとくか?」
内藤としてはどちらでもよかったが、長岡が「是非」と言ったので、そのまま聞くことにした。
/ ,' 3「ウム、まあ簡単にいうと、三人の少女の物語だな。
川べりに建つ不思議な家を舞台にした……。
といっても、話自体はそう長くない。そのノートの半分過ぎた辺りで終わるだろう。
それより問題なのは、この作品にはなんというか、不消化感があるんだ」
( ゚∀゚)「不消化感?」
/ ,' 3「なんというか、解決しきっておらんのだよ。
私はツンを思い返すたび、これを読むのだが、やはり、肝心のシーンが抜け落ちてるような気がするんだ」
「やはり」、と付け加え、
/ ,' 3「それこそが、"呪われた運命"に関係しているのかもしれん。
といっても、ツンは独自に調べたわけで、私は特にコトの真相が理解できない。
まあこれを読めば、なんとなく、運命の理由みたいなものは浮かんでくる。
もしかしたら、運命の発祥を元に書き上げたのかもしれんな」
18 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:42:13.82 ID: 3XiCbO1A0
なお呆然とする二人に、
/ ,' 3「……しかし、全ての真意は謎のまま。しょせんは憶測だがねぇ……」
( ^ω^)「………」
ならば、この古ぼけたノートから、ツンの心を汲み取ってやろうじゃないか。
内藤がそう決心すると、荒巻は察したように、
/ ,' 3「もちろん、貸し出そう」
( ゚∀゚)「ありがとうございます」
なぜか長岡が返答し、その場は落ち着いた。……
19 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:44:45.96 ID: 3XiCbO1A0
荒巻邸から離れ、内藤の車は高速道路を走っていた。
ノートを胸に抱え込み、後部座席で黙りこくって座っている内藤へ、
長岡が運転しながら話しかけた。
( ゚∀゚)「はたして本当に、その小説の中に手掛かりが残されているんでしょうか?」
( ^ω^)「まだ開いてない以上、なんともいえないが……」
流れる景色に目をやりながら、内藤は話を続ける。
( ^ω^)「必ず、この小説の、ツンの真意というのを理解してやりたいお。
クー・ルーは必ず、デレの何かを知っているお。
そして、クー・ルーにつながりがあるかもしれないこのタイトル。
さらに、早死にするという運命の暗示という内容。
僕は絶対、理解したいお」
( ゚∀゚)「その、早死にする、という運命についてなんですが……」
ハンドル操作を怠ることなく、長岡は流暢な口ぶりでいう。
20 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:47:00.45 ID: 3XiCbO1A0
( ゚∀゚)「私にはどうしても、……にわかには信じられない話ですね。
代々続いている、というんでしたっけ? だとしたら、
それが仮に実在するのなら、私達には対処の仕様が無いじゃないですか」
真剣な表情と口ぶりで、運転を続け、話を続ける。
( ゚∀゚)「目的を整理しましょう。デレさんの行方、クー・ルーの裏、この二つですよね?
デレさんの行方、こればっかりは、私が入社するはるか以前から始められている。
もう、会社全体にも、デレさんの行方の真意を知るという感情は、空気めいて流れている。
こればっかりは、何が何でも譲れませんよね。
そしてクー・ルーの、霊視ショウでの発言、行動の真意について。
これは、もしかしたら内藤様に身の危険が及ぶかもしれない、恐ろしいものと考えられます。
さらに、デレさんの行方と関連があるかもしれないとくれば、現状では最も気にすべき事柄の一つかもしれない。
……しかし、これに加えて、呪われた運命の真相だなんて、荷が重いと思いやしませんか?」
内藤には挟む口もない。
( ゚∀゚)「……ともかく、指針をシッカリさせましょうってだけです。
何もかもに風呂敷を広げすぎて、結局なんの解決もならない、というのが一番恐ろしいことですから」
21 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/16(水) 23:51:19.10 ID: 3XiCbO1A0
( ^ω^)「……もちろん、分かってるお」
弱々しく返してから、内藤は考えにフケった。
はたして、荒巻の女が早死にするという運命は、本当にデレの行方を報せるものになるのだろうか。
その先にデレが居るとすれば、なんとでも真相を究明してやるつもりだ。
しかし、これは時として逆に替わってしまうのではないか。
デレの行方を知ってこそ、ついに運命のからくりを理解出来るのかもしれない。
道筋が予め決められてい、我々はそれに沿うことしか出来ないのではないか。
デレの行方、クー・ルーの真意、呪われた運命。
これらは繋がっているようで、じっさいに繋がっているのかは定かではない。
ことごとく全てが一本道で、けっきょくデレの行き先が全く分からず、
そのまま自分が朽ちていく……それだけは、嫌であった。
内藤は自分の寿命を考えると、いてもたっても居られない気分になった。
自宅に戻り、「心母少女」のページを開くと、
はやる思いは一気に字面を走っていった。……(心母少女 1へ)
(惑る妾とその運命 終)