2 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/24(木) 23:44:20.20 ID: kC4jDalT0
8.万華鏡の日々
一九九五年、六月二十日。華やかにアジサイが全盛期を誇り、空には厚く雲が覆う頃。
それまで翳っていたデレの日常は、たちまち色彩が帯びだしたように思われた。
陰険でいながらどこか弱々しい、しぃ達の生臭い苛めも、ある日を境に
スッカリ無くなったとなれば、そう思うのも無理はない。
クーと交換日記をはじめたあの日……
白のグラジオラスが、無残にも生々しい手で花弁を千切られたあの日……
見ず知らずの青年とぶつかって転がったあの日……
ペニサスが珍しく、帰宅したデレの様子を見入っていたあの日から、いきなり変化したのだった。
川 ゚ -゚)「表情が明るくなった」
ζ(゚ー゚*ζ「え、そう?」
照れくさそうに笑ってみせるも、否定はしない。
逆にどこか顔つきに陰が見え出したクーの様子にも、ほとんど気がつかないという体たらくであった。
3 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/24(木) 23:48:08.06 ID: kC4jDalT0
川 ゚ -゚)「……なんていうか、その、よかったよ」
変に余所々々しい返事をすると、デレに交換日記を手渡すと、いッとき目を瞑ってから、
川 ゚ -゚)「でも、危なっかしいよ」
ζ(゚ー゚*ζ「危なっかしい??」
川 ゚ -゚)「へんにフワフワしてるっていうか、見ててハラハラするんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「そうかな」
川 ゚ -゚)「そう」
ζ(゚ー゚*ζ「うーん……」
デレにも心当たりはあった。
だが、それをクーに告げるのは憚られ、返事に詰まる。
クーを避けているわけではない。別の理由によってだった。
川 ゚ -゚)「……まあ、いいんだけどさ、でも……」
言下に廊下が騒がしくなり、会話は断ち切られた。
教室に居る二人は、それを機にそそくさと自分の席へと戻った。
8 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/24(木) 23:51:08.02 ID: kC4jDalT0
(*゚ー゚)「ええ!? ハインちゃん鳥とかダメなんだぁ!?」
从 ゚∀从「ぜんッぜんッ……だめ! 虫はいいけど鳥だけはだめ!!」
(*゚∀゚)「アヒャ、そんなんじゃマジシャンになれないぞ」
从 ゚∀从「は? だったらシルクハットから毛虫出してやるしwwww」
(*゚∀゚)「せめて羽化させろよー」
(*゚ー゚)「あはは、ほんとキッタナイw」
しぃ達は各々の席についても、雑談をやめない。
それが不可解な変化だった。
しぃ達は教室に入っても、デレやクーに構わなくなったし、陰湿な暴力もまるで働かない。
川 ゚ -゚)「………」
それは果たしてどういうことか――クーはここ最近の変化に心配してばかりいた。
さしあたって彼女らは何の行動も起こさない。
もしかしたら私達に構うことに飽きたのかしらん。
けれども、時折感じる彼女らのオゾましい視線は、一体どうしたものなのだろう。
浮き立つデレもさることながら、この変わり様も気にせずにはいられない。
杞憂なら嬉しいけれども、なにか、恐ろしいことが起こりそうな――
つまり、今はいわば嵐の前の静けさといった塩梅で、
この時間のうちに対策を練らねばならないことがあるのかもしれない。
12 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/24(木) 23:54:57.10 ID: kC4jDalT0
クーは視線をしぃからデレに移した。
俯いてはいるが、相変わらずの浮遊感が漂っている。
夢見がちなその表情――まさに、思春期の少女だなと思わされた。
しかし、たまに不審な行動をするのだ。
たまにハインリッヒなどの方を見やっては、またすぐに顔を戻す。
その一連の動作の合間に、顔を赤らめたり、溜息をついたりしている。
川 ゚ -゚)「………?」
気がついたその瞬間、いきなり、心が憂慮に揺れた。
胸のうちから、得体のしれない感情が込み上げてくる。
なんだ、なんだ、なんなんだ―――
デレのはにかんだ笑顔が、そのとき、いきなり遠ざかったように思えた。
何より、交換日記に書き連ねた自分の文章が、とても滑稽に感じられた。
しかし、この状況を打破する術などない……。
クーは自分の髪色を確かめるように、何度も毛先を摘んでは目元に持っていった。
苛立っていた。あぐねた。
16 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/24(木) 23:57:40.08 ID: kC4jDalT0
・・・・
・・・
・・
発端は、ハインリッヒの言葉による。
从 ゚∀从「デレさー、昨日、男のコと道でぶつかったろ?」
ζ(゚ー゚*ζ「へ?」
クーがたまたま教室から出ているタイミングに、ハインリッヒが話しかけてきた。
戸惑うデレに、ハインリッヒはグロスをたっぷり塗った唇を動かし、
从 ゚∀从「ほら、あのバカみたいなカッコした奴だよ、ギコっつうんだけどよ」
デレの脳裏に、とっさにあの光景が蘇った。
クーがいかめしい表情をし、その青年が申し訳なさそうな顔になった、あの――
(,,゚Д゚)
思い出すと同時に、デレは身構えた。
因縁づける気なのだろうか。
だが、かすかに怯えるデレの耳に、意外な言葉が届いた。
20 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:01:33.33 ID: OODqfGnj0
从 ゚∀从「実はさ、アイツからなんかお前のこと教えてほしいって言われてんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「……え?」
予想外の話に、頭がついていけなくなる。
考えの齟齬が激しく、表情もダラリと緩む。
ハインリッヒは対照的に落ち着き払って、
从 ゚∀从「だから、お前に気があるってんの。あのギコ公はさ」
ζ(゚ー゚;ζ「……えぇ!?」
身じろぐデレに、ハインリッヒは含み笑いながら、
从 ゚∀从「そんで、とりあえずお前の名前と、クラスメイトってだけは教えたんだけど……」
ζ(゚ー゚;ζ「あ、はい、ウンウン!?」
从 ゚∀从「そんで、よかったらさ、相手してやってくんねぇ? てこと」
ζ(゚ー゚;ζ「あ、相手!? アイテって!?」
頬が桜いろに上気したデレを、ハインリッヒは諭すように、
从;゚∀从「だからぁ、会ってやってくんねェ? ってはなし」
24 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:04:11.22 ID: OODqfGnj0
ζ(゚ー゚;ζ「あ、会う!? どこで!??」
頭が混乱し、質問の的がズレてしまう。
ハインリッヒは「落ち着けよ」というポージングをとって、
从 ゚∀从「そこはァまだ決まってないけどwま、そういう話だから、覚悟しといてな」
と、無理に話を打ち切ると、今度はデレの顔をマジマジと見つめだした。
从 ゚∀从「ん? それファンデーション?」
鼻の辺りを観察され、デレは恥ずかしさや緊張で顔を赤らめ、
ζ(///*ζ「え、いや……なんも」
从 ゚∀从「マジで!!」
ハインはことさらに驚いた声をあげた。
28 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:06:30.65 ID: OODqfGnj0
从 ゚∀从「んー、たしかによく見りゃ地肌っぽいもんな、色が違う」
感心した様子で言うと、感心したように、
从 ゚∀从「キレイな肌してんねぇ、俺なんか肌キタないからもうしまくりしまくり」
ζ(゚ー゚;ζ「へー、でも、キレイに見えるけど」
从 ゚∀从「だろ? 苦労したんだよ。リキッドの塗り方なんか、プロ級だよ?」
さながらパフを使う仕草をしながら、流暢に、
从 ゚∀从「今度教えてやるよ、もう、そりゃスゴいってほどな」
いつの間にかデレは、ハインリッヒとの会話にときめきを覚えていた。
ζ(゚ー゚*ζ「ほんと!?」
从 ゚∀从「ギコと会うとき、バリッバリにいい女にしてやるよ」
ζ(///*ζ
32 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:09:27.82 ID: OODqfGnj0
从 ゚∀从「でもアレだな、ここは"それなり"にお嬢様学校らしいから、目立った化粧は出来んけどさ」
"それなり"を強調するのは、自分のような生徒もこの学校に居るのに、という皮肉を込めているらしかった。
確かに地域からの評判もよく、「気立ての良い娘さん」が微笑みながら勉学に励む
というイメージを持たれているらしいが、実際はそれほどモラルが高いわけでもない。
しとやかに振舞うお嬢も居ることは居るが、年を追うごとに減少してしまっている。
むしろ、一九九五年のこの頃では援助交際の問題が急浮上していて、学校側の対応が迫られてい、
内部から見れば、慌しいこの学校がとても格調高いとは思えない……というのが実情であった。
ζ(゚ー゚*ζ「あ〜、色モノつけると怒られちゃうんだってね」
从 ゚∀从「ダサいブレザーなのに色モノなんて、そもそもつけないけどなw」
そういうハインリッヒだが、シッカリ目元には緑いろのラメが光沢を放っている。
从 ゚∀从「あ〜……ギコは化粧ッ気があるとダメだから、その辺考えないとなぁ」
話はそこで打ち切られた。
クーが教室に戻ってきたのだった。
ハインリッヒは短く「じゃあな」と声をかけると、クラスの喧騒にすばやく紛れた。
デレはそのとき以来、夢見がちな少女となった。
36 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:12:45.34 ID: OODqfGnj0
・・
・・・
・・・・
川 ゚ -゚)「――えっ」
ζ(゚ー゚;ζ「ごめんね」
授業も終わり、めいめいに少女たちが教室から出て行く、その三時頃であった。
怪訝そうに眉根をよせるクーへ、デレは申し訳なさそうに、
ζ(゚ー゚;ζ「今日はどうしても用事があって……」
川 ゚ -゚)「ああ、そういうことか……」
と言うものの、腑に落ちないような表情をする。
上目遣い気味に顎を引ッ込めると、チラリと視線を引き戸の方に走らせた。
ハインリッヒが壁に凭れて腕を組んでいる姿を確認すると、難しい顔をしながら、
川 ゚ -゚)「……なあ、大丈夫なのか?」
ζ(゚ー゚*ζ「え、何が??」
40 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:15:09.87 ID: OODqfGnj0
小首をかしげるデレに、クーはぼやくようにして、
川 ゚ -゚)「だってあの連中となんだろう? 危険だ」
ζ(゚ー゚*ζ「だ、大丈夫だよ」
デレは元気付けるように、
ζ(゚ー゚*ζ「それに、実際はほとんど関係ないんだよ、しぃ達とは」
それでも納得いかない表情のクーを見て、デレは複雑な感情を抱いた。
おそらく、クーは私が恋愛するといったら猛反対するだろうな。
相手がどんなにエリートでも、心配するんだろうな。
ありがたいことだけれど、でも――
わたしだって、人並に恋愛とかしたい。
「恋愛」がふとギコと結びついて、全身がカァっと火照った。
44 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:18:42.13 ID: OODqfGnj0
・・
・・・
从 ゚∀从「ふぅ〜ん、アイツって意外とヤンチャなんだな」
喫茶店へ向かう途中、トイレの中でハインリッヒは驚いたように呟いた。
デレは、鏡に映る自分の変わり様を見続けながらコクリと頷く。
从 ゚∀从「酒も煙草も、ぜんぜん嫌ってそうな感じなのにな」
ζ(゚ー゚*ζ「でも、ほんとお酒は凄い飲んでるらしいよ」
从 ゚∀从「あの顔で酒豪かw似合わねー!」
ハインリッヒは遠慮せず吹き出した。
たしかに、クーのあの雰囲気からはとても想像がつかないし、むしろ逆のイメージを持ってしまう。
デレは顔を綻ばせながら同意した。
48 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:21:38.48 ID: OODqfGnj0
それにしても、、、ハインリッヒの化粧道具を見やった。
銀色の光沢を持った、どこかふてぶてしい感覚もするハンドバッグタイプだが、
わざわざ学校にこんなものを持ち込む気概が、デレにはいまいちわからない。
从 ゚∀从「まあ、ギコはケバいの嫌いだから、こんなもんかな」
手を休めながら口にし、髪留めを外した。
デレは自分の顔を鏡越しにマジマジ凝視しながら、その腕前の良さに感動した。
スッピンメイク、ナチュラルメイクというものだろうか。傍から見れば、化粧ッ気はまったく感じられない。
奥二重で、蒙古ヒダのせいか、もとよりノッペリした印象を与える目元が、
いつもと違うと思わされるのは、マスカラとビューラーの仕事によるものだろう。
目元がにわかに強調され、表情全体が引き締まっている。
夏を目前に、暑さも増すこの頃では、いちご鼻の兆しが見え出す。
しかし、目の前の自分の肌はまるでファッション・ドールめいてい、
それが化粧の功績と知れても、ただただ感嘆するばかりであった。
ζ(゚ー゚*ζ「すごい」
从 ゚∀从「素材がよかったんだよ」
照れ隠しのように頭を掻きながら、手際よく化粧道具を片付けていく。
从 ゚∀从「さァ、"ホワイト・ラブ"に行くぞ」
喫茶店の名を告げると、意気揚々とデレの背中を押してトイレを後にした。
49 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:25:21.79 ID: OODqfGnj0
駅前に位置するその喫茶店は、向かいの書店と仲が良いことで知られている。
"ホワイト・ラブ"はほのかに照明も落としてい、BGMも目立たないジャズと決め込んでいるため、
静かに本を読むのに最適であった。
そのお陰か、書店で本を買えば大体の人間は"ホワイト・ラブ"に直行するし、
"ホワイト・ラブ"で寛ぎたいがために書店へ向かうという動きも仕付いている。
内装だけでなく外装にも気を配り、青少年を近づけさせないようなバーめいた雰囲気を帯びているが、
それこそが逆に彼らの興味を唆したのは間違いない。
デレも例外ではなかった。
ζ(゚ー゚*ζ「ここ、いつか行ってみたかったんだよね」
从 ゚∀从「喫茶店なんだから気軽に入ればいいじゃねぇか」
焼杉造りの、"ホワイト・ラブ"の扉の前でそんなことを話しながら、
ζ(゚ー゚*ζ「でもさ、、、一人で本持って行くのってなんか、、、ナルシーっていうか」
从 ゚∀从「一人で行ったことないし、本読んだこともないからわかんねーよ」
でも、と付け加えた。
从 ゚∀从「喫茶店行くのに大層に考えちゃいけねーよ」
57 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:28:11.95 ID: OODqfGnj0
扉を開ける。
大っぴらに歩くハインリッヒのあとを、チョコチョコと付いて行きながら店内を眺め回した。
なるほど、この場所は確かに本を読むには最適な場所だろう。
間接照明の具合は程よく、字面を追うには充分であるばかりか、
店内に芳しいコーヒーの香りが優しく満ちているのは、偶然でなく故意に違いない。
窓べりの一番奥の席で、ギコはキザな座り方でウインナー・コーヒーを啜っていた。
ハインリッヒが小さく手を上げる前に気がついたらしく、カップを持ったままで片眉を上げてみせる。
(,,゚Д゚)「遅かったな」
从 ゚∀从「担任殺して埋めてたからな、時間なかった」
そう言いあって下品に笑い立てる二人を見ると、デレは逃げ出したい気持ちに一瞬駆られるのだが、
この店内の雰囲気、そしてギコの端正な顔立ちを思い返すと、足はシャンと止まってしまう。
半ば強引にギコの向かいの椅子に座らされると、ますます緊張し、鼓動が速まる。
さぞかし顔は赤くなっていることだろう……冷や汗が化粧を流してしまうのではと危惧したあたりで、
(,,゚Д゚)「あ、デレちゃんゴメンね」
と、ギコの爽やかな声が飛んできた。
68 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:32:19.93 ID: OODqfGnj0
このとき、デレの心が瞬く間に氷解した。
たちまち、読書だの内装だの、そういった余所見の心は雲散し、
ζ(゚ー゚*ζ「いえ、大丈夫です〜」
クシャクシャと屈託無く笑い、デレはそのときを応じる。
視界がいきなり煌びやかに輝いたように感じ、「幸せ」の一言を心の中で呟いた。
ギコと喋り、ソーダを啜り、ハインリッヒと笑うこの一時こそが、
いままでの人生で欠如していた、重要なものだと思えてくる。
「アハハ」……。
「アハハ」……。
笑っているとき、眦にフトたまったこの涙は、笑い泣きだけのものではないだろう。
心が充ちていく。ともすれば視界が万華鏡めき眩しくなるのは、幸福の副作用に違いない。
幸福の身もだえを、たえず味わった。……
73 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/25(金) 00:34:30.65 ID: OODqfGnj0
川 ゚ -゚)「………」
クーは分厚いカーテンのわずかな隙間から、三人の談笑を静かに見つめていた。
その目尻にたまったこの涙は、眼の酷使だけのものではないだろう。
川 ゚ -゚)「………」
しばらく見続けてから、クーは踵を返して立ち去った。
梅雨の雨は、そのとき、にわかに降り注いで地面を打ち叩いた。
傘も差さず歩くクーの身体や服は、たちまち濡れそぼったけれども、本人がまったく意に介さないのは、
なにを心に潜ましているのであろう、その瞳の不気味な輝きは梅雨の空と相反している。
クーの行く先は自宅ではなかった。
デレの家へ。
(万華鏡の日々 終)