4 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:19:09.97 ID: Owryz0qq0
6.アンチ・スリップアウェイ(第二章)

二〇一〇年。桜咲く四月の始まり。

クー・ルーの過激な霊視ショウからはや一ヶ月が過ぎた。
内藤は突きつけられた「真実」のショックから冷めておらず、いまだ寝床に伏している。

くだんのショウについては、さいわい新聞社が嗅ぎ付けていないため、
さしあたって世間に知られていないが、いずれ暴露されるのは時間の問題だろうと思われた。

自社の運営を人に任せ、自らはチッペンデールの寝台で横になっている。
この状況に内藤は申し訳なさを感じつつも、これからどうすればいいのか分からないでいた。
使用人を部屋から出し、自分一人だけとなった部屋の中で、ひたすら潜心していた。

 

( ´ω`)「………」

 

   

5 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:22:36.28 ID: Owryz0qq0
そして、こう繰り返した。

( ´ω`)「ぼくは、ほんとに……」

ぼくは、ほんとに……妻や娘を、殺したのか?
この手で。
何年も前から、ズット、ズット。

自分の知らぬ間に、彼女らを苦しめてきたのか?

この皺がれた指の一本々々が、彼女らの白い首筋に食い込んだとでもいうのか。

 

老いた両掌を見つめながら、内藤は何度も何度も自問自答した。

 

7 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:25:13.97 ID: Owryz0qq0
( ´ω`)「………」

娘達を殺したという記憶は全く無い。
だが、もしかしたら僕はいわゆる精神疾患なのかもしれない。
最愛の者をこの手で絞め殺したという、忌まわしい記憶を封じ込めながら、
残虐な嗜好を楽しんでいるのかもしれない。

(  ω )「……違うお、違うお、違うお」

しかし、口だけなら何とでも言える。
かりに殺人の記憶だけ忘れるという体質だとしたら、僕は
何の罪悪感もなく躊躇わずに、聖人君子じみた台詞を発せられることだろう――

(; ω )「でも、でも……」

僕は本当に、彼女らを愛していた――それは確信を持って言えた!
それだけは、全人生を賭けてでも、躊躇いなく放てる。

思いたい。
僕は確かに、彼女らを殺していない。
そう思いたかった、そう、そう思いたい。

 

9 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:28:43.62 ID: Owryz0qq0
しかし……。
相手は世界的な霊能力者「クー・ルー」である。
国家からも一目置かれているという彼女の、渾身の発言なのだ。

(; ω )「………」

どうなんだ。
どうなんだ、どうなんだ。
そうしてまた、自問自答を繰り返すも、思考は匣の中へと誘われる。

だが、一つ確信を持っていた。
それは、もし……もし、本当に自分が、最愛の者達を殺した殺人鬼だとしたら、
自分は潔く地獄に堕ちようという、
怨念めいた決心が。

内藤が頭を抱え、涙が零れそうになったそのとき、扉がノックされた。

 

10 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:32:12.82 ID: Owryz0qq0
( ´ω`)「……どうぞ」

「失礼します」

快活な男の声が飛んでから扉は開かれた。
長岡か。
姿を見るまもなく、内藤は心の中で呟いた。

おおかた、決算や人員整理の報告だろう。
あるいは、各人からの手紙、電報か。

いずれにせよ食傷気味なのは間違いなく、情報なら遮り、
物品なら寝台近くの卓上にでも置いてくれと断るつもりだった。

( ゚∀゚)「ご気分は如何でしょうか? 社長」

( ´ω`)「……すまないお、まだ、優れないお……」

そう言ってから、内藤は一層目をかたく瞑って、

( ´ω`)「急用でないなら、すまないが少し……」

 

12 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:34:39.85 ID: Owryz0qq0
( ゚∀゚)「……クー・ルーから、贈り物が」

長岡の刺すような勢いの言葉が飛んできた。

内藤は肩をピクリと震わすと、唾を飲みこんで幾分落ち着いてから、

( ^ω^)「……手紙でも来たのかお?」

( ゚∀゚)「はい。それと、花も一輪添えられて」

( ^ω^)「花?」

( ゚∀゚)「はい。白のグラジオラスでした」

長岡は言い終えると同時に、手にしていた紙袋から取り出した。

茶封筒と、包装された一輪のグラジオラスを。

内藤はその二つとも受け取ると、ためつすがめつした。
別段、不審なところはない。
露にしたグラジオラスを脇に置いてから、封筒を開封した。

 

13 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:37:34.43 ID: Owryz0qq0
便箋が一枚だけ入っていた。取り出し、折り畳まれたそれを広げる。
書かれていた文章は簡素そのものだったが、字面から教養の高さが窺えた。
達筆な文字で、僅かに

「質のよい白を見つけました。デレさんに捧げてください」

とだけ、書かれていた。
そのとき、ふと内藤の脳裏にフックの掛かった感触が走った。
だが、それが何を指すのかは本人も判然つかなかった。
……

( ^ω^)「……これ以外には、無いのかお?」

( ゚∀゚)「はい……全く。彼女からは」

( ^ω^)「……彼女から、は?」

内藤は便箋を元に折りつつ、オウム返しに尋ねた。
長岡は力強く頷くと、勢いごんで、

( ゚∀゚)「渡されたのはこれだけです。そして、我々は発展させていかねばなりません」

含んだ言い方をした。

 

14 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:39:44.29 ID: Owryz0qq0
( ^ω^)「……つまり?」

( ゚∀゚)「クー・ルーの真意を暴いてやろうってことですよ」

言い終えると同時に長岡は、ふたたび紙袋を弄ったが、ふいに止めて話を続けた。

( ゚∀゚)「まず……利害についてです」

( ^ω^)「……このことで、彼女が利益を得るのかお?」

( ゚∀゚)「……彼女は世界的に著名な能力者ですから、人脈も相当お持ちでしょう。
     つまり、あなたに危害を加えてくれ、と頼まれた可能性も充分あります」

その可能性については、当然考え尽くしたと、内藤は想起した。
思い当たる節は見当たらないが、自分が狙われてもおかしくない立場だということは重々承知している。
可能性の一つとして留めていた代物だった。

( ゚∀゚)「ですが……単なる利益の問題ではない気がするのです」

( ^ω^)「?」

( ゚∀゚)「グラジオラスです」

長岡はベッドシーツとほぼ同色の、その花を見下ろしながら言った。

 

17 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:41:16.01 ID: Owryz0qq0
( ゚∀゚)「グラジオラス……花言葉は"密会"……で有名です」

呟くような口ぶりになりながら、尚も勢いは底に流れてい、

( ゚∀゚)「そして別の意味も含んでいます。"武装完了"です」

抑揚のつけた喋りになって、

( ゚∀゚)「つまり、その意味で贈ったとしたらどうでしょう?
     クー・ルーが、武装完了……あるいは、"準備完了"という意を込めて」

(;^ω^)「ちょ、ちょっと待ってくれお」

内藤は慌てて遮った。

どうにもその話は、内藤にとって信じられるものではなかった。
この純白の花に込められたという悪意を認めたくない……そういった考えもあったが、
何より、さきほどから感じている違和感が、共鳴めいたものを引き起こし、内藤をまるで同調させなかった。

(;^ω^)「花言葉に真意って……どうも信じられないお……」

( ゚∀゚)「確かにメルヘンじみた話ですが、相手が相手ですので」

 

18 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:44:42.58 ID: Owryz0qq0
長岡の言葉には重みが感じられる。
ストライプの入ったグレイのスーツを着こなす、このハイカラ風味の部下が、
探偵じみた趣きを持っていたとは内藤もまるで知らず、心の底で静かに感心した。

(;^ω^)「……クー・ルー……」

( ゚∀゚)「そうです、相手は人外のような、あの妖女なんです」

「それと」と、付け加え、

( ゚∀゚)「……社長、件のステージで、彼女が何か呟いた、と仰いましたよね」

(;^ω^)「そうだお……"しんぼ"とか……」

「しんぼ」……それだけでは、どの漢字を使用した日本語なのか判明つかない。
あるいは外来語や魔術の呪文なのかもしれないと、内藤の頭を悩ませていた。

該当した言葉の意味をいくつか聞いたのだが、どれもシックリいかなかった。

( ゚∀゚)「"しんぼ"……私はもしかしたら、これかも、と考えています」

長岡は紙袋から何かを取り出し、内藤の前に掲げて見せた。

CDケースだった。

 

19 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:47:51.88 ID: Owryz0qq0
(;^ω^)「……それは?」

( ゚∀゚)「こちらは、ピンクフロイドというロックバンドの一枚です。
     原題はAtom Heart Mother。プログレッシブ・ロックの金字塔といえる作品です」

そう説明されても、内藤は理解できなかった。
これが一体、クー・ルーとどう関連付くのか、まったく想像がつかない。

そのジャケット――白みがかった蒼穹の下、一頭の牛が草むらの上で振り返っているというその図は、
確かに只ならぬ雰囲気を感じさせたし、底なしの圧倒感は、未聴の内藤の脳裏にも漂ってくる。

だが、それでもやはり長岡の真意は分からない。
なぜ、このCDが手掛かりなのだろうか。

プログレッシブ・ロックといえば、ザ・ビートルズの実質的ラストアルバム「アビィ・ロード」を
チャート1位から引きずりおろし、ロックの世代交代をマザマザと見せ付けたという
キングクリムゾン「クリムゾン・キングの宮殿」しか、音楽に疎い内藤には思いつかない。

しかも、その変則的な曲調がどうにも敷居の高さを感じさせ、いままで
敬遠していたので、それすらも、この現状の困惑具合に拍車をかけていたのだった。

(;^ω^)「だけど、意味がサッパリ……」

( ゚∀゚)「これの邦題は、"原子心母"というのです」

 

20 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:51:04.39 ID: Owryz0qq0
( ^ω^)「ゲンシシンボ?」

( ゚∀゚)「そうです。Atom Heart Motherの単語を一つ一つ邦訳しただけのものですが……
     Atom=原子、Heart=心、Mother=母、というわけですが、
     もしかしたら、クー・ルーの呟いた言葉は、これなのではないか、と睨んでいるのです」

グラジオラスの裏の言葉より、はるかに納得し難い説だった。
内藤はその突飛のなさに、どう返せばいいのか分からず、黙っていると、

( ゚∀゚)「たしかに、これだけなら空中楼閣もいいとこです。
     ですが、このAtom Heart Motherの表題曲のタイトルに、オヤと思わされたのです」

( ^ω^)「表題曲……」

アルバムタイトルど同名の曲、という意味は察せられた。

( ゚∀゚)「20分以上の大曲でして、六つの章に分かれているのですが。
 そしてそれこそが、真のメッセージではないのかと」

(;^ω^)「真のメッセージ!?」

 

25 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:53:21.77 ID: Owryz0qq0
a.父の叫び

b.ミルクたっぷりの乳房

c.マザー・フォア

d.むかつくばかりのこやし

e.喉に気をつけて

f.再現

・・ ・・・

( ゚∀゚)「……と、このように分かれているのです。
     一番初め、"父の叫び"。これに私はハッとさせられました」

(;^ω^)「父の……どういうことだお? kwsk教えてくれお」

内藤は、熱心に耳を傾けている自分に納得しつつも驚いた。

( ゚∀゚)「さきほどの手紙で、"デレさんに"とあったでしょう? クー・ルーは、
     この六つのワードを使用し、なにか、壮大な一大劇を企てようとしているのかもしれません」

 

30 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:55:38.11 ID: Owryz0qq0
(;^ω^)「父……復讐……」

デレとクー・ルーに、なんらかの関係があったということか?
口には出さず、内藤は問い質した。
同時に、脳裏で何かが鈍く閃き続けていた。……

( ゚∀゚)「件の霊視ショウ。あれは"父の叫び"を再現しようとしたのではないでしょうか?
     デレ様の霊魂を鎮めようとしたのか、何か、は私の知るところではないですが、
     デレ様の存在を軸にし、社長を対象にして影響を与えようとしたのであれば、
     "父の叫び"とは、社長の叫びと取ることが出来ます」

(;^ω^)「………」

( ゚∀゚)「意味深なタイトルばかりが並んでいると思いませんか。
     次の"ミルクたっぷりの乳房"……はどう解釈すればいいのか、現在試行錯誤中ですが、
     最後に進むにつれ、過激なものばかりが並んでいきます。
     特に、"喉に気をつけて"、"再現"などは、入念な計画が存在しているのでは、と疑わずにはいられません」

(;^ω^)「………」

確かに、もし、長岡の言う通りに、クー・ルーが原子心母のパート毎の
暗示を催した壮大な劇を編み出そうとしているのであれば、内藤の身に危険が及ぶことは間違いない。

そもそも、件の霊視ショウのショックの時点で、内藤の心身は確かな死に迫った。
原子心母を抜きにしても、クー・ルーが殺意を抱いているとすれば、どちらにせよ内藤の命は危うい。

 

35 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:57:34.56 ID: Owryz0qq0
( ゚∀゚)「まず、警備を増やすべきです。この説が仮に間違っていようと、
     クー・ルーがあなたに悪意を持っていることは確実なのですからね」

(;^ω^)「………」

しかし、長岡の忠告は内藤の頭には入り込まなかった。

内藤の脳裏では、しんぼ=心母の式のみ煌々と照り光っていた。

 

心母、心母、心母、心母…………。

 

口ずさもうとしたところで、ようやく、一つの事柄を思い出した。

(;^ω^)「心母……少女……」

 

39 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/04/09(水) 00:59:54.95 ID: Owryz0qq0
( ゚∀゚)「え……?」

(;^ω^)「長岡、すまないけど……すぐに行かねばならんとこがあるお」

(;゚∀゚)「ど、どちらへ!?」

(;^ω^)「ツン……妻の、実家だお」

長岡が訝しげに目を見開くと、内藤は弱弱しく微笑んで、

(;^ω^)「思い出したんだお……ずっと昔、
       ツンが……そんなタイトルの小説を執筆してたってことを」

愛しむようにグラジオラスを労わりながら、内藤は懐かしげに呟いた。

思い出したのは、それだけじゃないお。
 別の記憶も、喉に出掛かっているんだお。

感慨のあまり、この文章は口に出せなかった。

                                (アンチ・スリップアウェイ終)

 

 

 

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