3 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/24(月) 23:37:12 ID: dkjtdKi50

4.少女の朝

一九九五年、六月十四日。日曜日の朝九時。

梅雨に入り、連日のように雨粒が地上に押し寄せていた。
この日も朝から憂鬱な曇り空で、いまだ降ってはいないが、昼頃には小雨になるらしい。

内藤家の一室にて、思い悩んでいる少女が椅子に座っていた。
鏡台を前にして、しきりに髪の毛をセットしている。

ζ(゚ー゚*ζ「う〜ん……」

三十分ちかく掛けてようやく髪型を作り上げているのだが、まるで顔は晴れていなかった。
雨が降り湿気が増せば、このゆるいウェーブも途端に強くうねくってしまうだろう。
せっかくのセットが、瞬時にして台無しになってしまうかもしれない。
そう思うと、少女は心を沈ませた。

……これで髪の毛が変になったら、私の顔ももっと変に見えるだろうなぁ……。

ハァーっと溜息をついた辺りで、「コンコン」とドアの叩く音が聞こえたので、少女は振り返った。

 

 

4 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/24(月) 23:38:24 ID: dkjtdKi50

ζ(゚ー゚*ζ「はぁーい」

気持ちを切り替えて、元気な声を出す。
だが、意に反して、扉を開けた者の顔色は険しかった。

('、`*川「父さんが早くしろって」

ζ(゚ー゚*ζ「あ……ごめんね、すぐ行く」

('、`*川「……」

返事することなく、少女の妹のペニサスは扉を閉めた。
少女――デレは、落胆を顔に浮かばせながら、小首を傾げた。

……やっぱ嫌われてるなあ。

腰を上げ、扉に向かいながら、デレは軽く悩んだ。

 

 

5 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/24(月) 23:41:16 ID: dkjtdKi50

一階に下りると、父である内藤は、準備を終えたのか、ポロシャツ姿でソファに寝転びテレビを見ていた。
娘がやって来たことに気がついて、内藤は階段の方を振り返った。

( ^ω^)「準備できたかおー?」

ζ(゚ー゚*ζ「う、うん」

本音を言えば、もう少し髪を梳いていたかったけれど、待たせるのも躊躇われるので黙っておくことにした。

この日はデレの誕生日だった。
そのお祝いとして、今日は父と一緒に服を買いに行く約束で、朝から支度していたのであった。

一九九五年……阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など、世間を揺るがす出来事が、
六月までの時点で数多く発生しており、また、バブル崩壊の余韻が冷めぬ頃でもあったため、
しきりに不安がマスメディアによって駆り立てられていた時代である。……

内藤物産も御他聞に漏れずその煽りを受けていたが、幸いなことに
「じきに崩壊する」という、内藤の啓示めいた判断によって、被害は最小限に止められた。
他社とのアドバンテージを利用し、成りあがろうと虎視眈々しつつ、現在は態勢を整えているという状況であった。

( ^ω^)「じゃ、行ってくるおー」

内藤は立ち上がると、二階に居るであろうペニサスへ声を張り上げた。

 

 

6 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/24(月) 23:43:55 ID: dkjtdKi50

返事は無かった。
内藤は肩をすくめ、デレと共に外に出て車に乗り込んだ。
ランドクルーザーの新作で、買ってから一ヶ月ほどしか経っておらず、いまだ皮の匂いが芳しい。

デレが助手席に乗り込んだのを確認し、内藤も乗り込んだ。
乗り込む際に一々深呼吸するのは、新車を運転する緊張を紛らわすためである。

車を発進させ、ガレージを出る。
通りは閑寂としており、走って二分経ってようやく対向車が見えてくるほどであった。

しばらくはカーステレオもつけず、会話もないまま進行した。

ブウウ――――――ンンン――――――ンンンンという、蜜蜂の唸るようなエンジンの音が、
沈黙する二人の耳に、弾力の深い余韻を引き残していた。
特に険悪な仲でもなく、ただ会話のタイミングが掴めないというだけなのだが、
その音を意識してしまうと、どこか気まずさを感じずにはいられなかった。

 

 

10 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/24(月) 23:45:22 ID: dkjtdKi50

特に話すこともないけれど……。
デレはフロントガラス越しの灰色の空を見つめながら、そう思った。
移動していくうちに、視界の隅に建造物が入り込みはじめた。
そろそろ街に来たのかな……デレの頬が緩んだとき、内藤が唐突に、

( ^ω^)「学校はどうだお?」

と尋ねたので、デレは僅かに狼狽した。
言葉を選んでから、

ζ(゚ー゚*ζ「うん、そこそこ上位はキープしてるよ」

( ^ω^)「友達の方はどうだお?」

ζ(゚ー゚*ζ「え……と、ウン、いっぱい居るよ」

「そうかお、よかったお」という、そっけない内藤の返事で、会話が途切れた。
そのとき、ふと脳裏に一つの疑問が浮かんだので、デレは素早く質問した。

ζ(゚ー゚*ζ「あのさ、お母さんのことなんだけど」

 

 

12 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/24(月) 23:46:51 ID: dkjtdKi50

( ^ω^)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「お母さんって、小説が好きだったんだよね」

( ^ω^)「おっおっそうだお。自分でも書いてたお。僕には見してくれなかったけど」

懐かしむような口調で、内藤はスラスラと答えた。
内藤の妻――ツンは、十一年前に交通事故で命を落としていた。
当時、デレはまだ幼かったため、自分の母の記憶はほとんど残っていなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「へぇー……自分で小説も書いてたんだ……」

( ^ω^)「といっても、デレが生まれてからはあんま書かなくなったお」

ζ(゚ー゚*ζ「お母さんって、どんな小説読んでたの?」

(;^ω^)「うーん、確か家の本棚にほとんどある奴だお。……地獄なんちゃらが、好きって確か……」

アヤフヤな記憶のまま、内藤はデレに説明したが、やはり濁った情報しか汲み取れない。
とりあえず本棚を調べてみよう……デレは父の言葉を聞きつつ、真正面の鈍色の雲を見続けた。

しかし、何故唐突に母親のことが知りたくなったのか、デレ自身も理解出来なかった。

 

 

17 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:01:47 ID: AMbErvC70

やや経って、二人は高島屋に到着した。
その頃には小雨が降りだし、ワイパーを動かさなくてはならなかった。
地下駐車場に停車してから、本店に向かう。

入店した途端、内装の煌びやかさにデレは目を眩ました。
1F特有の化粧店の真っ白な、直接とも間接とも区別できない照明が爛々と輝き、
それと共に北欧美女の顔のアップが並べられ、どうにも居心地が悪い。

自分の顔の悪さが浮き出てそう……デレは若干伏せ気味になって、内藤の後ろを歩いた。
デパートというものは、予期せぬところで鏡が設置されているが、特にこのフロアはそれが顕著である。
唐突に自分の顔を見てショックを受けたくない……デレはますます視線を落とした。

エスカレーターに乗っても、それは続いた。
内藤が楽しそうに話し掛けてくるので、デレは笑顔で対応したが、本心は既に悄然の兆しを見せていた。

やっぱり、自分にはこういうトコは合わない……デレは誰とも分け隔てなく話せる性格を持っていたが、
唯一のコンプレックスは、自分の面容についてだった。
鏡を見て、顔を凝視すると、溜息をつきたくなる。

この蒙古ヒダが無くなれば……この奥二重が、普通の二重になれば……そしたら睫毛も存在感を主張できるのに。
もう少し輪郭がシャープだったら……唇が不相応でない比率の膨らみをしてたら、写真写りもマシになってたかも。
ソバカスが無ければ……鼻がやけに高くなければ、まだ希望が持てたかもしれない。

 

 

18 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:04:31 ID: AMbErvC70

あの娘は睫毛が綺麗だなぁ……親友の顔を思い浮かべると、ますます自分の顔の悪さを思い出す。
嫉妬するわけではないが、あの娘と付き合っていることに、他人から訝しがられてしまっているのでは……など、考えてしまう。

ごくごく他人に、「デレちゃんは可愛いよ」と励まされることもある。
確かにそれなりにおめかしをし、白色ライトの下に立てば自分が美少女になったと思える。
だが、外に出てふと自分の顔を確認した瞬間、その自信は一瞬にして崩れ去ってしまうのだ。

そんなことを何度も繰り返すうち、段々と褒め言葉への反応が、本音の反応が、希薄になってしまった。

ζ(゚ー゚*ζ「………」

そのことを考えると、自分を優しいと思ってくれている人達に申し訳なくなってしまう。
自分はそんな殊勝な娘じゃないよ。私って所詮、自信を持っていないだけなんだよ。
ボソボソと心の中で呟いてきた。
ただの八方美人じゃないか、と自分を貶したこともある。……

( ^ω^)「ここだおー」

内藤の言葉でデレは現実に引き戻された。
女性服コーナーのフロアに着いた二人は、辺りを見回しながら歩き出した。

・・ ・・・

 

 

20 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:06:15 ID: AMbErvC70

デレはあまりファッションについて、詳しくない。
せいぜい服の種類を羅列できるほどで、どのブランドが高く、また安いのか。
あるいはそのデザインの優劣、人気の度合いなど、そういった情報はほとんどわからない。

「こちらの新作なんかは、〜〜」

ζ(゚ー゚;ζ「はぁ……」

と言われても、まるでピンと来ないので、生返事に徹してしまう。

今日は内藤が財布を持っているにしても、無駄に高いモノは買いたくない。
実用的なものを選びたいが、やはり、店員だけの言葉では頼りない。
自分で手触りを確かめたり、実際に試着などして、地道にセレクトしなくてはならないだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「う〜ん……」

いくつかの店に足を運びながら、慎重に買うものを決めていった。

そうして昼ごろには、Tシャツを数枚、シャツスカート、サロペットスカートを一着ずつ購入した。

 

 

24 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:08:14 ID: AMbErvC70

次に、内藤が私用の靴を一足買い、それから昼食をレストランでとることにした。

まだ昼下がりなのだが、レストラン内はひどく薄暗い。
厚手のカーテンが窓という窓のほとんどを覆い、照明はアルコールランプと間接照明ばかりだからだろう。
ムードが出ているにしろ、他の客はカップルばかりで、およそ親子二人で来る場所ではなかった。

内藤も場所を間違えてしまったと思ったのか、しきりに困った顔をしている。
サンドイッチなど軽いモノを注文し、冷水を一飲みしたところで、ようやく二人に安堵が訪れた。

(;^ω^)「ちょっと間違えちゃったかお……」

ζ(゚ー゚;ζ「うん、"ちょっと"ね……」

( ^ω^)「でも、ここはすごく高いんだお!」

ζ(゚ー゚*ζ「だねー、メニューみて驚いちゃった!」

( ^ω^)「さて、なんで僕達はこんな高いモノを食べたり、買えたりするんでしょーかお?」

いつもの質問だった。
デレは毎度のように、答えを言う。

ζ(゚ー゚*ζ「社員さんが頑張ってくれてるから!」

( ^ω^)「そうだお!」

 

 

31 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:09:37 ID: AMbErvC70

( ^ω^)「だから僕達は感謝しないといけないんだお。社長なんて、そんなもんなんだお」

これがいつもの口癖で、常に内藤は娘たちにそう言い聞かせていた。
自分達が暮らしていけるのは、社員さんが頑張ってくれているからだと。
一歩間違えれば嫌味にとられそうだが、そうさせないのは内藤の人格によるものだろう。

注文した品が来るまでの間、一頻りの談笑をした。

(;^ω^)「あのスカートなんでむちゃくちゃ高いんだお」

ζ(゚ー゚;ζ「なんか有名なブランドだったみたいだね……」

(;^ω^)「四万もするなんて……さっきのカンペールの倍じゃないかお」

ζ(^ー^*ζ「ありがとうございます♪」

そうして二人は笑いあった。久しぶりの親子水入らずの団欒で、デレは満足な気分になった。
最近は内藤も忙しく、ペニサスも冷たいとあって、家族からの疎外感を気にしていたのである。
ややおさまった頃に、内藤はそれとなく、一番気にしていたことを尋ねた。

( ^ω^)「ペニサスとは……どうだお?」

ζ(゚ー゚*ζ「、、う〜ん……まぁ、なんていうか」

 

 

35 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:10:41 ID: AMbErvC70

デレは言葉を濁した。
父親に、どう言えばいいのだろうか。
理由の分からない拒絶を受けている自分が、その現象を説明するのは気が引ける。

円卓のホワイトクロスに目を落としながら、ぽつぽつと、

ζ(゚ー゚*ζ「なんだろう……年頃なのかな……ちょっとペニサスからは……」

( ^ω^)「そうかお……」

内藤は言葉を引き取るようにして、

( ^ω^)「僕にもちょっと冷たいんだお。ペニサス……"年頃"、って奴かお?」

ζ(゚ー゚*ζ「う、うーん、もう中学生だしね……」

( ^ω^)「ほんと早いお。……女の子の年頃かお……難しいお」

内藤は腕を組んで考え込んだ。
内藤宅は、家政婦を雇ってはいるものの、やはり私生活の面では男手一つということになる。
そのため放任的な子育てになりかけていたのだが、これはいけないのかもしれない、と内藤はしきりに思い巡らせた。

 

 

41 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:12:10 ID: AMbErvC70

そうしているうちに、昼食のスパゲッティが運ばれた。
デレはカルボナーラを、内藤はアル・ブーノであった。

冷めやんでいない湯気立った麺を、二人はおずおずと口に運んでいく。
啜りがタブーということは承知だが、うまいこと麺をフォークに絡ませることには慣れていない。
加えて照明も暗いため、二人は四苦八苦する羽目となり、まったく会話を忘れてしまった。……

・・ ・・・

内藤家はポストモダン建築の三階建てで、住宅街でも異質の建物だった。
燃えるようなレンガ色の外装で、遠目から見ると四角錘の印象を若干受けるデザインであり、
近所からは豪邸だの遺跡だのと囁かれていて、軽い畏怖の対象でもあった。

買い物と食事を終えた二人は、真っ直ぐに帰宅した。
雨が降りしきり、車内に居るにも関わらず、デレの髪の毛はうねり、困らせた。
家に着き、買ったものを持ち歩きながら、デレは恨めしそうに嘆いた。

ζ(゚ー゚;ζ「あぁ〜もぅ……梅雨とか最悪……」

( ^ω^)「もう家についたから大丈夫だお!」

 

 

45 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:13:50 ID: AMbErvC70

・・ ・・・

ζ(゚ー゚*ζ「ぅーん……」

デレは鏡の中の自分を凝視しながら小首を傾げた。
しっかりと髪の毛はシャワーを浴びたので大丈夫だが、問題は買ったばかりの服だった。
どれを着てもシックリ来ない。
試着ではあれだけ輝いていたスカート達が、瞬時に価値を落としてしまったのか。
それとも……。

光加減が原因かもしれない。薄暗いデレの部屋では、輝くものも輝けないだろう。
だが、たとい電球を灯しても、着こなしの感覚が良くなるとも思えない――
ルックス関係の希望など、とうに失くしてしまっていた。

ζ(゚ー゚*ζ「………」

唐突に、鏡の中の自分が滑稽に見えた。
すこし情けない風にしている表情が、置いてけぼりを受けた子供のようで……。

――こんなことなら、買わないほうがよかったかも……。

ああ、ダメだ、ダメだ、ダメ。
また暗くなっちゃ…………。

 

 

50 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:15:44 ID: AMbErvC70

いつも、こうだ。デレは自分を戒めた。
いつも、こうやって鬱にハマっていってしまう。

どうしてこればっかりは耐性を養えないのだろう。
淡い期待を失くしたはずなのに、、、……いや、もしかしたらまだ失くしていないのかもしれない。
でなければ、こんな可愛い服を買うこともないだろう。

デレはそう思うと、自分自身の中のジレンマを不甲斐なく感じた。
これから人と会う約束があるというのに、ダメだ、ダメだ、ダメ。
もう忘れよう。
お父さんには悪いけど、しばらく着ないで、熱を冷ましておこう。

と、思い立ったあたりで、チャイムのベル音が家中に響き渡った。
来たか。
浮き足立つと同時に、直前までのネガティヴな感情が辱めに変貌した。
手早く別のスカートに穿き替えた。

「デレー! お友達が来たお―――!!」と、一階から内藤の叫ぶ声が聞こえる。

 

 

51 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:19:22 ID: AMbErvC70

ζ(゚ー゚*ζ「はーい!」

叫び返してから、最後に鏡でチェックをして、階段を下りる。
相変わらず納得のいかない出で立ちだったが、形振り構っていられない。

( ^ω^)「雨なんだから待たせちゃだめだお」

ζ(゚ー゚*ζ「わかってるって!」

小走りで玄関に向かい、扉を開ける。
一面に灰色の景色が広がり、雨水の匂いやその残響音とが感覚を支配した。

目の前の黒門の向こうに、来訪者の彼女が居るのだろう、開いた水色の傘の上部分が目に留まった。
デレは立掛けてあった傘を素早く開いて外に出た。
視界が僅かに薄翳り、雨粒の音も一段と大きくなる。
ブーツの靴底はすでに濡れきってしまい、石畳の上であやうく滑りそうになった。

濡れた門の錠を開け、待たせた友達と対面する。
首元までホックを締めたレインコートを着ており、長い黒髪が肩に掛かっている。
はじめは水色の傘で顔は見えなかったが、すぐに傘をわずかに傾かせ、微笑んだ。

川 ゚ー゚)「誕生日おめでとう。だのに君は変わらずそそっかしいね」

 

 

53 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:21:55 ID: AMbErvC70

目元を弛ませたその笑顔には、屈託がまったく感じられない……デレはその純粋な瞳に
気圧されそうになりつつも、笑顔でかえしながら、

ζ(^ー^*ζ「ありがと!」

川 ゚ー゚)「ま、そそっかしいのはいつものことか」

ζ(゚ー゚;ζ「そんなことないよ! クーちゃんが冷静すぎるだけだよ!」……

のちに「クー・ルー」と呼ばれ、世界でも比類なき評価を受ける霊媒師となるであろう
この美少女は、のちに行方不明者として捜索されるデレ嬢と微笑み合っていた。……

ζ(゚ー゚*ζ「それで、どこ連れてってくれるの?」

川 ゚ー゚)「まぁ、何も言わずに付いてきておくれ。私の嗜好なんかは参考になるかもな」

そう言い、談笑しながら二人の少女は梅雨の最中の路地を歩いて行った。
クーと歩くだけで、デレは自分のクセ毛のことを忘れられた。

・・ ・・・

    

55 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:23:55 ID: AMbErvC70

仄暗い空は、傾れ打つ雨粒の所為で、さらに視界が悪い。
周りに車や人影が見えなくとも、やはり、どうしても身を寄せ合うようにして進行する。
傘の端と端とがぶつかりあいそうになりつつも、雨音に負けない声で、二人の少女は話し合った。

内容は、クーの向かう先の推理についてだった。

ζ(゚ー゚*ζ「クーちゃんはゲーセンとか嫌いだから、それはないと思うんだよね」

川 ゚ー゚)「ほほう。ほほう」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、まさか神社とか教会ってわけでもなさそうだし……」

川 ゚ー゚)「ふんふん」

ζ(゚ー゚*ζ「え、どうなの? 正解だったり?」

川 ゚ー゚)「いや。違う。まだまだ推理し続けてくれ」

ζ(゚ー゚*ζ「ぇ〜、なんだろ、なんだろ」

川 ゚ー゚)「もっと私の思考を探ってくれよ」

 

 

56 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:25:41 ID: AMbErvC70

ζ(゚ー゚*ζ「うーん。あ! じゃあ、この向かってる方向ってのはスゴいヒントだよね!?」

川 ゚ー゚)「そりゃまぁ、そうだろう」

ζ(゚ー゚*ζ「ぇー、なんだろ……なんだろなんだろ」

そう言ってデレは推理に潜心した。

少女達が向かっている先は、都市開発から逃れた自然の集まる地域で、
特に、そこを形成している森林には未だ稀少な生物が棲んでいるとも伝えられているだけでなく、
崖の切り立った向こう側には絶景の海景色が覗けるため、世間から関心を寄せられつつある。

およそ若者が好き好んで行く場所ではなかったが、逆にそれが絶好にヒントにもなり得た。

ζ(゚ー゚*ζ「うーん、展望台?」

川 ゚ー゚)「あそこはいい読書スポットだな。滅多に行かないし、今日も行かないけど」

ζ(゚ー゚*ζ「えーっと、じゃあ、じゃあ……」

川 ゚ー゚)「自分で出題しといてなんだけど、多分デレは当てられないよ」

ζ(゚ー゚;ζ「ええ!?」

 

 

58 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:27:04 ID: AMbErvC70

「学校の連中」という言葉に、クーは侮蔑の響きを効かせていた。
デレはその理由をすぐに想起したが、この場には相応しくないだろうとすぐに振り払って、

ζ(゚ー゚*ζ「……うーん、、、」

川 ゚ー゚)「結構歩くよ。だいたいあと二十分は掛かるな、ちょっと厳しいかもね」

会話はそこで一旦打ち止めとなり、暫しの沈黙が生まれた。
ウォーキングは得意な方だが、二十分も雨の中を歩き続けられるかは疑問で、
デレはこれからについて、わずかに心配を泳がせた。
だが、クーはそしらぬ表情をしているので、とっさに不安を打ち消す。

沈黙は長続きしなかった。
相変わらず雨の打つ音がしてい、黙ったままでいると気落ちしてしまいそうだった。

ζ(゚ー゚*ζ「そういやクーちゃんの誕生日はいつだっけ?」

川 ゚ -゚)「……えーっと、いつだったかな……」

ζ(゚ー゚*ζ「ええ! 自分の誕生日は覚えてようよ〜」

川 ゚ー゚)「忘れちゃったよ。たしか誕生石がトパーズだったんだがね」

 

 

60 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:28:29 ID: AMbErvC70

・・ ・・・

二人の少女は、国道の路肩の上を歩く。
雨は激しく、水溜りが所狭しと発生していたが、車はほとんど通らないので
泥はねの心配はする必要がない。

カーブが激しくなり、脇にスクリーンのような山々が現れてきた。
仄かにまつわる雨の匂いに紛れ、潮の気配が見え隠れしだす。

そうして曲がり、断崖の上に立った。
飛沫の姿が容易に想像できるほどの激しい波音が、崖下から残響している。
ガードレールは高く頑丈で、そう簡単に崖から転落しないようにと聳えている。

雨が弱まった。鉛色の雲は、白銀色に変化しつつある。
天から振りしきる水よりも、むしろ足元に向かう流水に注意しなくてはならない。

クーは足を止めた。デレもつられて停止すると、周りを見回しながら、

ζ(゚ー゚*ζ「ここ?」

川 ゚ -゚)「ん……まぁ殆どな」

 

 

61 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:30:32 ID: AMbErvC70

意味深な発言をし、クーは再び歩き始めた。
そうしてすぐに立ち止まると、デレに手招きする。
クーの居る所のすぐ近くは、レーンとレーンの切れ目であり、大人一人ほどの隙間がある。
デレはおずおずと近寄ると、怪訝そうに尋ねた。

ζ(゚ー゚*ζ「もしかして……」

川 ゚ -゚)「うむ。おそらく君のイメージ通りだ」

言い終わらぬうちに、クーは身軽に切れ目の向こう側に入り込んだ。
その先は小さな草原で、一応更に奥にも鉄柵は備えられているが、どうやらそれが最後の砦らしい。
デレも慌てて入ったが、唐突に不安が押し寄せてくる。

ζ(゚ー゚;ζ「大丈夫なの? 大丈夫なの?」

川 ゚ -゚)「雨で滑りやすくなってるから、相当危険だな」

ζ(゚ー゚;ζ「ええっ!?」

川 ゚ー゚)「冗談だ。ほとんど安全だよ、私なら」

 

 

62 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:32:02 ID: AMbErvC70

草原を歩き進めると、最後の砦付近に階段めいたものを発見した。
コンクリートで作られたものらしく、下へ続いている。
さすがにここを下りるのは危険なため、手を繋ぎ合って渡った。

下りた先は、出窓のような小さな崖だった。
そこにもシッカリと柵が作られているが、柵越しから海の勇ましさを垣間見れた。

ζ(゚ー゚*ζ「すごい……」

デレは思わず息を呑んだ。
荒波と積乱雲が絶え間なく動いているが、不思議な優雅さを感じさせる海の姿であった。
目の前の風景は、非現実感が大きすぎる。

川 ゚ー゚)「穴場だろう? 人に教えたのは君が始めてだ」

雨が完全に止んだ。傘を閉じてから、もういちど海に目を向ける。
熱気を孕んだ雲に段々切れ目切れ目が割れはじめ、ヒビのようになっていった。
斜陽がその先から押し広げられ、波の姿をさらに引き立たせた。

一枚絵のような光景に、少女たちは時間を忘れて見惚れてしまった。……

 

 

63 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:33:28 ID: AMbErvC70

雲の割れ目が更に広がり、ついには分裂を開始した。
黄金色の陽光はまとまっていき、薄蒼い海の流水を照りつけるだけでなく、少女たちから翳りを消す。
岩礁にぶつかり白く泡立った海水の上で、金いろのリングが数え切れないほど発生していた。
海鳴りの響きが高まると、遠くでカモメがダンスを開始しているのに気付く。
蒸し暑い空気だったが、時折吹き降ろされる冷風が不快感を雲散させた。

ふと、デレは自分が花だったならと想像した。
この小さな崖に咲く、小振りの優しい薔薇……潮風や白南風にそよぎ、雨に打たれ褪めきながらもこの絶景を見守り続ける。
色彩と香気を発し、出来ることならクーと共に、二輪の薔薇となり、そして……。

そこまで考えてデレは自分を恥ずかしく思った。
ルックスのコンプレックスが、こんな形で現れたのか。
それともあまりにも美しい光景の前で、ドラマの女性のように、自分を捧げてみたくなったのか……。
クーへの感謝か――。どれが原因なのか判然しなかったが、おそらく全てが入り交じったのではと推測した。

川 ゚ -゚)「すこし、いいか?」

惚けていたデレに、クーは近寄った。
「えっ」と声を出す間もなく、クーはデレの首元に何かを取り付けた。
真珠のチョーカーだった。
金色の光を受けて、艶かしく光を反射している。

ζ(゚ー゚*ζ「これは……」

 

 

65 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:35:41 ID: AMbErvC70

川 ゚ー゚)「誕生日プレゼントだ。真珠は六月の誕生石で、宝石言葉は……」

ζ(゚ー゚;ζ「ちょっ……これってスゴく高いんじゃないの!?」

言下にデレが鋭く質問した。
クーは「ああ、」と軽く頷いてから、

川 ゚ -゚)「だが、私自身の懐を痛めて手に入れたものじゃないんだ。気を重くしないでくれ」

ζ(゚ー゚*ζ「……あ、そうなんだ、ありがと! とっても嬉しい!」

クーの言葉に引っ掛かりを覚えたが、デレは喜びを前面に表した。
すると、クーはレインコートのホックを上から順々に外していった。
首元に輝く鎖が見え、胸元にはブランデーに似た、淡い光を保つトパーズが煌めいていた。

ζ(゚ー゚*ζ「お揃いだね」

川 ゚ー゚)「しかも誕生石同士のな」

そういうとクーは、口元をほころばせた、彼女独特の笑顔を見せ、カモメの乱舞の方を見た。
斜陽が照り、クーの高い鼻梁や引っ込んだ目元が、ヴィーナスめいた影の凹凸を作り上げ、デレをハッとさせた。
なんて美しいんだろう。クーの横顔にデレは心から感嘆した。

 

 

66 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 08/03/25(火) 00:39:05 ID: AMbErvC70

慌ててデレも視線をカモメの方へ向く。
いまや鳥達は影絵となって右往左往に飛翔し、二人の少女を飽きさせない。

デレは心臓が高鳴るのを感じていた。
全身がやや汗ばんで、風が吹くたびに寒気が走る。

表情は太陽に照らされて赤らんでいるように見えるが、顔が赤いのは太陽のせいだけではない。

太陽じかけのオレンジに染められる空を見続けながら、デレは考えた。

私の心の内で、込み上げてくるこの鮮やかな感情は、性欲なのかしらん。と。

そう考えると、この夕焼けが、朝焼けに変化したような気さえする。

少女の朝が、幕を開けたように思われた。……

                             (少女の朝 終)

 

 

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