5 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/06/03(火) 23:04:46.76 ID: +Jfu9JOd0
11.「心母少女 2」

           木漏れ日のピエロの独白。

 

「あらいやだ。砂糖が固まってるじゃないの」

 ドローレスが頓狂な声をあげながら、砂糖がつまった皮袋を取りだした。
手で袋の感触をたしかめてから、寝ぼけ眼のプルトニーの方を振りかえって、

「ごめんなさいね、朝のコーヒーはもうちょっと時間がかかりそう」

 というので、プルトニーは慌てて、

「あ、いえお構いなく」

 昨日の興奮がまるでさめやまない。
いまでもあの喘ぎ声が、頭のそこから響いてくる。
ドローレスの顔を直視するのは、つらい。

 狩猟にむかったというカレットさえ居れば、
まず、プルトニーは声さえだせなかったろう。

                      

 

7 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/06/03(火) 23:06:37.92 ID: +Jfu9JOd0
 朝、起床したそのときからプルトニーは憂鬱であった。
夜半の痴態は丑三つ時も過ぎると終わってしまい、二人は手を繋ぎながら
眠ってしまったので、

不消化感をかかえたまま、プルトニーはベッドに戻ることになった。

 それでも、木々にかこまれたこの小屋での目覚めは快適だったし、
朝食もあいかわらず素朴で美味しい。

 あいにくプルトニーが目を覚ましたころには
カレットは狩りに出かけていたので、彼女に鉢合わせすることなく
ドローレスに「おはよう」と告げることができた。

            *

「ハーブを栽培しているの」

 生計の立てかたについて、ドローレスは嬉しそうにかたった。

「昼になれば売りに出かけるけれど、カレットは帰ってくるわ」
「あら」

 おもわずプルトニーは声をあげた。カレットと共にじかんを
共有できるのは、何であれ、ありがたいというよりない。

 

8 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/06/03(火) 23:08:15.30 ID: +Jfu9JOd0
 プルトニーの頭のなかでは、すでにカレットと一緒にいたら、
という想像でうめつくされていた。

 目の前のドローレスのことなど、もう考えのそとであった。
もうカレットにふる話題を模索したり、あるいはその反応を予想していた。

 そうしていつしか、はやく昼になってほしい、
ドローレスがさっさと居なくなってしまえば、と願うようになった。……

・・ ・・・
・・・ ・・・・

 しかし実際そのときが来ると、プルトニーは極度の緊張に
おちいってしまった。

 「大丈夫?」というカレットのいたわりにも、
全身が硬直してしまって、返事ができない。

「腹痛かい? だったら薬草を煎ずるが……」
「あ、いえ、違いますの」

 プルトニーのいえる言葉といえば、そのていどであった。

 

9 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/06/03(火) 23:10:37.47 ID: +Jfu9JOd0
 あらためて顔を見合わせると、プルトニーは
カレットの美しさにまたおどろかされた。

 アーモンドの形をした、幻惑的な眼と、その下にできる
下弦の月のような涙袋が、たいへん色っぽい。
 
 まつげの伸びようとあわせると、人形と遜色ないといえた。

 もし、この女性を自分のものにすることが出来れば、
それはさぞ素晴らしいことに違いない。

 ここまでプルトニーのこころをゆり動かす
人物というのは、いままで居なかった。

 いますぐにでも、手をひいて森を駆けぬけたい。
抜けたあたりでむりやり接吻したい。
そうして、ドローレスと毎晩おこなう痴態を、その場で繰り広げ……。

 目の前のカレットこそ肝心なのに、どうしても
脳内で繰広げられる極楽へ意識がむかってしまう。

 会話に力が入らないが、もとより
カレットはあまり口を開かないので、そのてんは心配いらなかった。

 

10 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/06/03(火) 23:12:18.41 ID: +Jfu9JOd0
 カレットの焼いたクッキーはほろ苦くも甘くて美味しかった。
かわいた感触なのに、どこかみずみずしい。
ほのかに残ったぬくもりがいつまでも口内にのこった。

 カレットの淹れたお茶は、この世のものとは
おもえぬほど美味であった。
喉がなんどもお茶を飲ませろとせがんだ。

けっか、何杯も何杯もお代わりをしてしまい、
トイレが近くなったことは、プルトニーの恥であったが。

 カレットとワンダランドで過ごすこのひとときは、
ぎこちないが、どこか清々しいものであった。

――ドローレスはいつも、このひと時を……

 プルトニーは、今は居ない家主の一人のことを思った。
彼女こそが、カレットを所有しているといえるただ一人の人物であろう。

この初恋のような甘い時間も、メルヘンチックなこの空間も、
そしてカレットの身体も、心をも得ているのだから。

 

11 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/06/03(火) 23:14:47.20 ID: +Jfu9JOd0

 プルトニーはしかし、カレットがドローレスの身体を
欲しているという逆の可能性については認めたがらなかった。

 そうなれば、ドローレスを引き離したところで
カレットの心が自分に向くわけがないではないか……。

 ここまでいき着いたところで、プルトニーは
自分がなにをのぞんでいるのか、たしかに実感した。

 細い指をカップにまきつけて、慎ましそうに
お茶を飲むカレットを見やりながら、プルトニーは心の中で
憎々しげにつぶやいた。

 

 ドローレスさえ、居なければ。
 

 

   

 

12 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/06/03(火) 23:16:39.59 ID: +Jfu9JOd0

 

                *

 そのよるもカレットどドローレスは愛し合った。
プルトニーはもう、途中から覗くのをやめてベッドにもどり、
悶々と苛立ちをつのらせた。

 愛は夜ごとに憎しみに濡れた。
そのうち腐ってしまいそうだと、プルトニーは無心でこぼした。

いや、すでに腐ったのかもしれない。

 愛がゆがんで、そうしてゆがんだのちに
殺意へと変貌するさまを、いま、噛み締めているのだから。

 

 

 

14 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/06/03(火) 23:18:29.37 ID: +Jfu9JOd0

 

 その翌日、カレットの居ぬ間に、

ドローレスが頭を強く打って死んだことは、

のちにも記述されているとおり、

たしかな事実であった。

 

 

                        「心母少女 2」 終

 

 

 

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