1 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 22:01:40.93 ID: JAO+O/oE0
1.明けるステージ(プロローグ)

会場の照明が落とされてから間もなくして、ステージを閉ざした臙脂色の緞帳が静かにそよいだ。

観客のどよめきが止み、そうして意識がステージに向けられた辺りになると、
いよいよ緞帳は震えながら昇っていき、

隠された舞台を今、露わにした。

銀色のスポットライトが円光を作り舞台の中央を照らすと、途端に白煙と共にシルクハットを被ったマジシャンが姿を現した。
観客の迎えの拍手に対し、ピエロめいたお辞儀の身ごなしをすると、拍手は更に強まっていった。

高尚なハープのアルペジオが会場に響き渡る。

観客は騒ぐのをやめて、マジシャンの存在すら忘れてしまいそうになるほどに、その音色に聞き入ってしまう。

ステージの右脇で、長い黒髪を一束に結ったアジア美女がハープを優雅に奏でており、
このBGMが、録音でないことを観客は知る。

 

 

2 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 22:02:54.63 ID: JAO+O/oE0
ゲラニオールめいた香りが舞台から柔らかく発せられ、いよいよ、空気はワンダランドを思わせてくる。

やおら意識が緩んだ頃、マジシャンのショウが開始された。
取ったシルクハットから数羽の鳩を飛び立たせ、
自らの周りを迂回させるという芸からの開始である。

そうして客を一頻り和ませた後に、マジシャンは鳩を赤色のゴム鞠に変身させると、
弾ませ迂回させてみせる。
拍手が鳴り出した辺りで、マジシャンはどこからか取り出したステッキをクルクル弄びはじめた。

すると、鞠の列は徐々にステッキの先に集まっていき、そうして、ステッキの先端に触れた瞬間、
今度は激しい音を立てて、次々に破裂していった。

「ヒッ」と驚くような声が入り交じった喚声が上がりだす。
鞠の破片の一つ一つが、白煙の中、宙を舞って舞台の床に散り散りに落下していく。

喚声が止んだ頃には、ハープの演奏も終了しており、ゴム鞠も一つ残らず欠片として地面に伏している。……
                                    

 

 

5 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 22:04:39.22 ID: JAO+O/oE0
静寂がみえてきた頃、マジシャンは行動に移した。
突然、ステッキを振りかざしたかと思うと、徐に地面へ叩き付けたのだ。

鋭い硬音が残響する。

「「「――――――――ッ!?」」」

恐れ戦く観客の反応に、マジシャンは口元を綻ばせて返した。
次の瞬間、観客はふたたび沸いて喝采した。

ゴム鞠の破片の一つ一つが、残らずトランプのカードに変身していたのであった。
しかも、そのカードは全て裏側であるが、その柄までもが鞠の模様、色と同じという手の込みようである。

今度は、軽くステッキで地面を叩いた。
その拍子に、カード達は一斉に飛び立って、マジシャンの片手に納められていった。

割れんばかりの拍手が会場全体を包み込んだ。

・・ ・・・ 
    

 

6 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 22:06:27.54 ID: JAO+O/oE0
本来ならば、ここからトランプマジックに移るはずであろう。
観客のうち数人を舞台の上に立たせ、カードを引かせたりした、盛り上がるパフォーマンスを。

しかし、今日はあくまで視覚的に魅せるのが筋であり、
マジシャンの"今"の舞踏は、あくまでも、"パーティーを盛り上げる"ための余興にすぎない。

 

二〇一〇年。    「内藤ホライゾン生誕六十周年記念パーティー」

 

マジシャンがステッキを一閃させると、
今度は周囲に、薄葡萄色のストールを悩ましく身体に巻きつけた踊り子達を召喚した。

音楽が唐突に再開された。
今度は、テンポが若干速い、どこか明るさを備えるアレンジを施した、チャイコフスキー「金平糖の精の踊り」である。

チェレスタの代わりに、美女のハープが使用されている。
普段の幻想的かつ現実的な硬さを持った音響よりも、一風変わった風味であり、
聴く者を「おや」と思わせた。
バレエ音楽みた感触である。

 

7 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 22:09:31.36 ID: JAO+O/oE0
ハープ以外の音は、どうやら録音されているものらしく、美女とは対称の、舞台の左脇に
設置されたスピーカーから鳴らされているらしかった。

音楽のファンタスティックな響きや、暗い会場全体は観客を不思議に高揚させていった。

踊り子達は、蟲惑的な踊りをマザマザと舞台の上で披露していく。
ブランデー色に染め上げられた舞台と、薔薇めいた香りが、優雅な様を強調させる。

踊り子が前へ躍り出る度に、豊かな乳房が震える度に、男性客たちは驚喜した。
マジシャンは表立つことなく、指揮者めいた動きをし、ダンスのフォローに徹している。

「金平糖の精の踊り」が終盤に差し掛かり、狂乱の曲調となる。
踊り子のストールや長髪は、踊り子の激しい動きに振り回されて、ひたすら宙をうねくった。
スポットはブランデ色を濃くしていき、対照的に周囲の明かりは次第々々に落とされていく。

フィナーレということもあり、客のノリが最前よりも格段に良くなった。

アングラめいた雰囲気のさなかで、踊りは終了し、マジシャンの出し物も一旦の終わりとなった。

 

8 名前: ◆tOPTGOuTpU Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 22:12:02.56 ID: JAO+O/oE0
客の拍手喝采は、出し惜しみない風情で、ハープのアドリブ演奏の音すら掻き消すほどであった。

踊り子達は投げキッスを客に贈りながら退場し、舞台の上にはマジシャン一人となった。

マジシャンはシルクハットが落ちるほどの勢いで頭を下げると、名残惜しそうに、舞台から消えて行った。
それから暫くして、緞帳が再びステージを覆い隠しはじめる。

熱はそれでも、しばらく冷めることはなかった。
特に、男性客はしきりに口笛やアンコールの要求をする始末である。

ざわめきが若干沈んだ頃、会話が開始された。
男の客の感想としては、「マジシャンのルックスがよかった」というものが多かった。

そうしているうちに、会場全体の照明が灯され、豪勢な部屋が一望出来るようになった。
客は会話の内容を、無意識のうちに社交的なものへすり替えた。

 

マジシャンは端麗な女性であった。(プロローグ 終)

 

 

 

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