2 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:02:55.34 ID: eQeP1m/V0
◆航海日誌

1485年果実月16日、クレタ島沖──

('A`)「おう、ドクオだ。ブーンに『今日の日誌は任せるお』って言われたんだが……正直何書いていいかわからん」

('A`)「とりあえず今積んでる荷をクラシックで下ろせば、絨毯の在庫は全部処理できるな」

('A`)「え? 何で一遍に売らないのかって?」

('A`)「そりゃ、この船はカラベル・ラティーナだからな。積載量もたかが知れてる。交易向きの船じゃないんだよ」

('A`)「だから一気に安く買って、相場を見ながらちまちま運んで売る、ってやり方が一番有効なんだ」

('A`)「まあこれはフィレンクトさんの受け売りだけどな」

('A`)「荷を降ろした後はマルマラ海を抜けて黒海からワラキュラに入るわけだが……」

('A`)「ワラキュラについては情報が少なすぎるんだよな、海峡を挟んでラウンジと対立してる上に、
陸は山脈と深い森で囲まれてて、人の往来も少ないからな」

('A`)「十字軍の時代の文化がそのまま残ってるって言われてるくらいだ。ま、行ってみりゃわかる事だが」

('A`)「さて、こんなもんでいいか。まったく、航海日誌くらい自分で書けよ……」

 

5 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:04:41.02 ID: eQeP1m/V0
 
         ( ^ω^)ブーンが大航海に出るようです

               第4話「誇りのために」

 

6 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:05:50.58 ID: eQeP1m/V0
◆1

鵞鳥の羽で作られたペンを壺に挿し、インクが乾くのを待って日誌を閉じる。書物を紐解くのは好きだが
書く方はそう得意でもない。故郷にいた頃は写本を生業としていたものの、半分は異文化の文献を漁るという
自分の趣味の為にやっていたようなものだ。生来の出不精だった自分にとって、労せずに新しい知識を得る、
というヴィップでの環境は手放し難かった。その、町を歩き回る事さえ面倒くさがっていた自分が、海に出、
ジベタルラルを抜け、ラウンジ帝都を駆けずり回り、今はエーゲ海くんだりで波に揺られている。

('∀`)「まったく、こんな所で何をやっているんだか」

俺も焼きが回ったかな、と苦笑してひとりごちる。日誌を戸棚に戻して甲板へ上がろうとした時、ドクオを
航海に駆り出した原因が、棚の下から顔をのぞかせた。

ピリ・レイスの地図。
ラウンジ皇帝、クォッチ=ミルナの協力もあって、三枚に増えたそれを取り出し、机の上に広げる。
一枚目には特に問題は無い。航海に用いられる地図とそう変わりなく、見慣れた地中海の地理の上に
製作者の注釈や土地ごとの風物が絵入りで描かれている。逆に、それがこの地図がピリ・レイスの地図と
気付かれること無く大図書館に残っていた原因かもしれなかった。

地図を丸め、パピルス紙に描かれた点と線に眼をやる。『地図を見つけるための地図』であるそれは、
傍目には船乗りが練習用に描きかけた地図か、子供の落書きにしか見えない。直線や斜線が不規則に交錯し、
記された緯経度も30、40、145、90と数字が飛び飛びだったり、逆行していたりする。
だが、それらの線が一致する箇所は他の二枚の地図にも存在していた。数枚の地図をむりやり重ねて描いた地図──
それが二枚目の印象だった。

('A`)「そして、これか──」

 

 

7 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:07:12.12 ID: eQeP1m/V0
旅の原点ともいえる、黄金郷の在り処を指し示す地図。描かれている地形は、どこの大陸の物ともしれない。
あるいは、島なのか。書き込まれた数字が緯度、経度を示すというのなら、ありえないほどの遠方だ。
ブーンのように、世界が平らだと信じている者が圧倒的なニューソクで「世界の果て」と言われる地点を
遥かに通り過ぎ、直線距離でもさらにその倍の距離を航海する必要がある。間にあるのは、描かれた様々な
怪物や難所。その間を縫う様にして、地図に記された文字『黄金郷』へと指を滑らせる。
遠い。膝から崩れ落ちたくなるほどに、遠い。しかし、

('A`)「行けないわけじゃない」

世界が丸い、という学説が正しければ、そしてこの地図に描かれている事が真実なら。

あいつなら、発見できる。

船長である旧友の顔を思い浮かべ、にやりと笑う。自分が準備万端整えて行動したはずが、ラウンジで手詰まりかと
思われた地図探索もブーンの機転と運によって先に進むことができた。いや、期待以上の物を手に入れられた。
剣術も砲術も、ましてや航海術にも秀でてはいない。だがツンの言う船乗りに最も必要な資質、
すなわち『不運すら味方につけるほどの幸運』がアイツにあるのだとしたら。

('∀`)「……考えすぎかな」

苦笑して、視線を舷側に開いた砲門へと向ける。明かり取りの窓を兼用するそこから見えるのは、視界を二分割する
空と海。そして枠内を飛ぶ鴎たちと砲丸。

 

 

8 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:09:05.92 ID: eQeP1m/V0
('A`)「砲丸?」

自分が見た物の意味を反芻する余裕さえ与えず、黒い点だったそれは急速に大きさを増し、砲門から飛び込んで──  

(;゚A゚)「な……一体なんなんだ!?」

破壊された舷側の木屑を頭から被りながら、ドクオが叫ぶ。無様にひっくり返った彼の視線の先では、舷側に開けられた
歪な穴から、砲弾が海に落ちて低い水柱を上げる様子が見て取れた。再び、風切り音とともに数条の水柱が眼前に現れる。

(;'A`)「ブーンは、ブーンたちはどうなってるんだ?」

弾かれるように立ち上がると、甲板へと続く梯子に駆け寄る。梯子に足を掛け上っていくドクオの頭上で、
三たび風切り音と、怒声が響いた。

 

 

9 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:11:56.92 ID: eQeP1m/V0
◆2

半点前、エスポワール号甲板上──

ξ#゚听)ξ「なんだその手つきは! それで甲板が磨けると思ってるのか! こっちへ来い、タマ切り取って
グズの家系を断ってやる!!」

(;^ω^)「ぶひいぃぃぃぃ!!」

(;><)「それだけは勘弁してほしいんです!」

クレタ島の西端を右に見ながら、エスポワール号は北北東に舵を切る。古代から『ディオニュソスの酒櫃』と
称される、葡萄酒色をした海は細波すら申し訳程度にしか立たず、穏やかに打ち寄せる波間から顔を覗かせる
キクラデス諸島の白く輝く島々は、船がエーゲ海の中央部を航行している事をこれ見よがしに示していた。

(‘_L’)「メインスル、クォーターリーの位置で固定、一点風下!」

「一点風下、ようそろ!」

力を込めて甲板を磨きだした二人の様子に満足し、水夫を指揮して帆の位置を変えているフィレンクトを見る。
多島海であるエーゲ海は潮流が複雑な上に風向きが頻繁に変わり、その分いかに風を効率良く捕らえるかが
快適な航海の可否に直結している。外洋ほど海は荒れないものの、船員の練習台としてはエーゲ海は
おあつらえ向きの海だった。

フィレンクトの指示に従って、水夫たちが素早く三角形のラテン帆を固定していく。
最初の頃に比べればずいぶんと板についてきたものだ、と彼の習得の速さに感心する。習得が速いといえば
ブーンもそうだ。体力作りの為、ひたすら甲板を磨かせているにもかかわらず、水夫たちとの会話の端々や
聞こえてくる掛け声と帆の動きから、ツン自身が教えずとも操船技術の初歩を着実に学んでいる。そろそろ、
船の位置を把握し、航路を決定する技術を学ばせるのも悪くないだろう。

 

 


14 名前: >>12修正 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:18:08.32 ID: eQeP1m/V0
(‘_L’)「ツン様、メインスル、ミズンスルの張り直しは終わりました」

ξ゚听)ξ「ご苦労様。これより半舷休息!」

ツンの言葉に歓声が上がる。見張りに残る幾人かを残し、めいめいの好みの息抜きに水夫たちが散ってゆく。
船楼脇に置かれたエール樽から「仕事後の一杯」を楽しむ者、船室──といっても仕切りも何も無い、ただの
ハンモックの並ぶ船倉だが──で自分のハンモックに横になる者、様々だ。

ξ゚听)ξ「ブーン、ビロード、アンタたちも休んでいいわよ」

( ^ω^)「舳先の方がまだ終わってないお。そこを済ませたら休みますお」

改めてブーンの成長に感心する。ラウンジに入港する前の彼だったら、この時点で精根尽き果てたように
デッキブラシを投げ出し、甲板に大の字になっていたはずだ。こういう事を言えるようになってきた、
ということはそれだけ体力、精神力、そして自身の船に対する責任感が付いてきている証だ。

ξ゚听)ξ「休める時には休んどきなさい、仕事と休憩のメリハリを付けるのも仕事の内なんだから」

( ^ω^)「それじゃありがたく休んで……何ですかお?」

デッキブラシを片付け、樽の周りで休息を取る船員達の輪に向かうブーンの襟首をツンが掴む。

ξ゚听)ξ「ブーン、休憩が終わったら航海術の基礎を教えるわよ。容赦なく行くから、覚悟しておきなさい」

( ^ω^)「本当かお!? ありがとうですお! ついに船長らしい仕事ができるお!」

ξ;゚听)ξ「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいって! ……もう、そんなにはしゃぐ様な事でもないでしょ!
アンタがさっさと仕事を覚えてくれた方が私も楽になるんだから! それだけよ!」

 

 

16 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: >>13時差の関係上…>< 投稿日: 2008/02/06(水) 02:20:55.66 ID: eQeP1m/V0
嬉しそうに手を握って礼を言うブーンを見て、ふと子供の頃の自分が脳裏に浮かぶ。

ξ゚ー゚)ξ(私も初めて舵輪を握らせてもらった日の夜は、興奮して全然眠れなかったな……)

潮で洗われた岩礁のように荒く、それでいて優しくて暖かい掌の感触。今よりずっと小さかった
自分の手を上から握って、舵の取り方を教えてくれた手。その温もりの名残を探して、手の甲を握る。

( ^ω^)「……ン、……ツン! どうしたお?」

はっとして顔を上げる。俯いた帽子の下から覗きこむブーンと目が合い、咄嗟の事に
返事が大きくなってしまっていた。

ξ゚听)ξ「な、なんでもないわよ! 休憩は終わったの!?」

( ^ω^)「四十秒で終わらせてきたお。それで、最初に教えてくれるのは何かお?」

ξ゚听)ξ「そうね……まず、洋上で自船の位置を把握するためには、六分儀とアストロラーベの扱いは必須ね」

これよ、とツンが麻袋の中から青銅製の機器を取り出す。教会の丸ステンドグラスを切り取ったような
フレームに、その頂点から錘を付けた腕木が円弧の端へと伸びている。円周には細かい刻み目が振ってあり、
腕木と直行するように寸足らずの望遠鏡がくくり付けられていた。

 

 

18 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:23:53.83 ID: eQeP1m/V0
( ^ω^)「これが……六分儀ですかお?」

ξ゚听)ξ「そうよ、太陽や星の高度を計るのに必要な道具。これ無しで外洋に出たりなんかしたら間違いなく漂流ね」

実際に使いながら詳しい説明はするわね、と六分儀を渡される。ずっしりとした六分儀の重みからは、
自分がこの船の、そして乗組員たちの命運を預かっているという実感が伝わってきた。
普段ツンがやっていたように、望遠鏡に目を当て、水平線を眺める。

(*^ω^)「おおおおお!? 島が大きく見えますお! 歩いてる人までクッキリハッキリですお! 」

ξ#゚听)ξ「遊ぶな」

(#)ω^)「すみませんお」

気を取り直して、ツンの指示通りに太陽の観測手順を踏んでいく。島影の無い水平線を選び、
望遠鏡の中心が水平線に一致するように持ち、レンズを覗く。微調整を行い、太陽が水平線すれすれに
なるまで腕木をスライドさせてゆく。

( ^ω^)「出来ましたお。ギリギリ太陽が水平線に触れる位置でいいんですお?」

ξ゚听)ξ「それでいいわよ。そしたら望遠鏡を軸に左右に軽く振って位置を確かめて」

( ^ω^)「はいですお。……お?」

ξ゚听)ξ「どうしたのブーン?」

再び望遠鏡を覗き、軽く六分儀を揺らす。振り子のように揺れる太陽の後ろ側に、ついさっきまでは
見えなかった黒い影が見えた。
その影から、黒煙が上がる。

 

 

20 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:26:11.51 ID: eQeP1m/V0
(;゚ω゚)「なんか、水平線に見える影から煙が上がって──おおおおおおおおおおお!?」

ブーンの言葉を掻き消す轟音が空を裂き、マストの高さほどもある水柱が左舷から噴き上がる。
続けて右舷から、そして進行を阻むように船の進路上からも数条の水柱が立つ。

(;'A`)「ブーン! 一体何が起こってんだよ!」

息せき切ってドクオが船楼から走り出してくる。他の船員も一様に驚愕と混乱の表情をそれぞれの顔に浮かべていた。

(;゚ω゚)「ツン、これは一体──」

ξ#゚听)ξ「貸しなさい!!」

ブーンから六分儀をもぎ取るようにして、レンズに目をあてる。砲弾の飛んできた方向に当たりをつけて、水平線沿いを一瞥する。

ξ゚听)ξ「……やっぱりね」

見つけた。いや、この場合は見つけられた、と言ったほうが正しいのか。望遠鏡の中で硝煙が晴れ、波頭を掻き分ける櫂が
舷側から突き出ている巨体がその姿を現す。帆桁から下がる四角帆は大きく風を受けて膨らみ、マストの頂点にたなびく旗は、
お決まりの黒地に描かれた髑髏と交差する剣、そして──

ξ゚听)ξ「……バルバロッサ」

鏡を見なくとも、自分の顔が青褪めているのがハッキリと分かる。髑髏と剣の間に描かれていたのは、炎のように波打つ、
鮮赤の髭だった。

 

 

21 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:29:21.25 ID: eQeP1m/V0
◆3

──迂闊。
ブーンたちの教育に気をとられ、本来警戒すべきだった水平線を見過ごしていた自分を責める。ここ、キクラデス諸島は
エーゲ海の中でも特に島が多く、島影に隠れて獲物に接近するのには最適の海域だ。当然、注意を向けるべきだった。

(;'A`)「一体何が起きたんだ!? 急に砲弾が飛び込んできたぞ?」

(;><)「海賊なんです!! この船が砲撃されてるんです!」

ドクオ、ビロードを初めとして年若い水夫達の間に動揺が走る。神に祈る者、天に不運を嘆く者、守護聖人の名を呼び
助けを求める者。混乱の極みにある船上において、ただ恐怖という感情が彼らを支配してた。戦うにせよ、逃げるにせよ
このままではまともな行動すら取れない。

ξ;゚听)ξ(どうしろって……いうのよ!)

苛立ちがつのり、無意識に指の爪を噛んでいた。このまま終わるくらいなら──!

(;^ω^)「ツン、僕はどうすればいいお!? 教えてくれお!」

 

 

23 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:31:10.48 ID: eQeP1m/V0
ξ;゚听)ξ「ブー……ン?」

ブーンに肩を揺すぶられ、感じていた焦りが急速に収まってゆく。そうだ、何をしているんだツン・デ=レーヴェンブロイ。
今、船と乗組員を救えるのは自分しかいないのだ。その自分が焦りでで我を見失ってどうする。

「幸い、船にも船員にも致命傷はありません。多少舷側が破損しましたが喫水線上でしたので航行に問題はないでしょう」

普段と変わらぬ表情で、フィレンクトが淡々と状況を説明する。こういう時に落ち着いた人物が自分以外にいるというのは
とても心強い。船は無事、船員にも被害が無いとなれば、あとはやる事は一つ。

ξ゚听)ξ「ブーン、付いて来なさい」

そう言い、船尾楼へと走るツンの表情には、普段通りの不敵な自信が戻ってきていた。

 

('A`)「これからどうなっちまうんだろうな……」

(;><)「海賊に捕まったら身代金を払うまで監禁されるか、奴隷市に売り飛ばされるのが常套手段なんです」

「奴隷になんてなりたくないぞ! こんな船に乗るんじゃなかった!」

「こ、降伏すれば命だけは見逃してくれるかも……」

ドクオやビロードに限らず、甲板には悲観的な空気が渦巻いている。水平船上の黒点から、はっきりと船の形が
見えるまでに近づいてきた影を、誰もが絶望と恐怖の色を湛えた瞳で見つめていた。

 

 

24 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:32:52.32 ID: eQeP1m/V0
ξ#゚听)ξ「ガタガタ囀るなヒヨっ子共ォ!! 全員傾注!」

裂帛の気合を伴ったツンの声が、船尾楼の上から甲板へと、重い空気を切り裂くように響く。
それだけで、救いを求める皆の目がツンへと集中した。雨雲のように濃く垂れ込めた絶望と、その中に射す
一条の期待を込めた視線を受けて、ツンが話を続ける。

ξ゚听)ξ「もう分かってると思うけど、この船は海賊に狙われてる。相手は『バルバロッサ』、フサギコ=ハイレディンよ」

驚愕と、ツンの言葉を聞く前よりも一層深くなった絶望の呻きが船員たちの口から溢れ出す。絶望に質量があるのなら、
その重みだけで船を海底へと引きずりこめるほどに。
                                 ブラック・キッド        フライング・ダッチマン
フサギコ=『バルバロッサ』=ハイレディン。太西洋の『黒い仔山羊』、北海の『彷徨える幽霊船長』と並んで
船乗りなら一度は聞いたことがある、生ける伝説の名。ニーソク、ラウンジ両国の討伐艦隊を幾度と無く
撃退し、一国を買える財宝を持ち、制圧された町は草木すら残らない。海賊旗にたなびく赤髭は、その
通り名と並んで地中海の航海する者にとって恐怖の象徴となっていた。

ξ゚听)ξ「静かに! 確かにこの船の規模から言って、戦って勝てる相手じゃないわ。でも、上手くやれば逃げる事はできる」

 

 

26 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:34:19.15 ID: eQeP1m/V0
ざわめきが大きくなる。ハイレディンの艦隊が待ち伏せているんじゃないのか、ガレアスを相手に逃げられるのか、
と言った声も聞かれる。だが、ツンはそれらの反論を一蹴した。

ξ゚听)ξ「確かにハイレディンが単独行動するのも奇妙だけど、僚艦がいるのなら、砲撃を受けて体制を立て直せないうちに
突っ込んでくるはずよ。それに、逃げ足に関しては策があるわ。……もっとも、一度は交戦する必要がありそうだけど」

「交戦する? この人数でガレアス相手にやり合おうってのか? おまけに大砲だって四門しかないときてる」

船員から疑問の声が上がる。一隻のガレアスといえど、その船員数はカラベル・ラティーナのゆうに5倍を超える。
逃げ場の無い船上の戦いでは絶対的な敗北を表す数だ。素人目に見ても交戦するのは無茶を通り越した判断だった。

ξ゚听)ξ「それも含めての策よ。アンタたちが協力してくれれば被害は最小限ですむわ」

ツンが戦術を説明する。確かに歴戦のハイレディン相手では成功する見込みは薄いものの、決まれば相手はまず追いつけない。
それに、代案がこれといってあるわけでもなかった。

「……だがなあ、それでも被害は出るんだろ? だったら一か八か降伏して奴の出方を見た方が」

ξ゚听)ξ「ハイレディン相手に降伏するって言うの? 奴隷市で売られるならまだしも、大方一生ガレーの漕ぎ手よ。
それとも、さらし首の方が好みなのかしら?」

「言ってくれるじゃねぇか……大体なぁ、いくら副長だからって俺達は女に指図されるいわれはねぇんだよ!!」

ξ#゚听)ξ「このっ…………腰抜けがァ!!」

 

 

29 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:37:16.62 ID: eQeP1m/V0
言って、鞘からピストルを抜きかける手を誰かが抑える。

ξ#゚听)ξ「ブーン、何するのよ! こういう馬鹿は痛い目見ないとわかんないのよ!!」

( ^ω^)「水夫の皆さん、お願いがありますお」

殺気だった船員たちを前に、ブーンが普段のにこやかな表情で言葉を継ぐ。

(;^ω^)「ブーンは、これが初めての海戦ですお。ハイレディンという人は知らないですけど、正直、すごく怖いですお」

( ^ω^)「でも、僕はツンを信じてますお。船の事もよく知らずに海に出た僕に、ツンは色々な事を教えてくれましたお。
帆の張り方や星座の見分け方、デッキブラシの扱いだって上手くなりましたお」

あれほど昂っていた水夫たちが、一言も発さずにブーンの言葉に耳を傾けている。ブーンの言う事は
熟練の船乗りなら誰もが経験で知っている事だが、茶化そうとする者は一人もいなかった。

( ^ω^)「今日だって六分儀の使い方を教わりましたお。ツンの航海知識は本当にすごいですお。
そのツンが考えた作戦ですお。僕はツンを信じて、全力で船と皆さんをを守りますお。だから、ブーンと一緒に、
この船を守ってくださいお」

お願いしますお、と結んで頭を深く下げる。誰もが静まりかえる中、先程ツンの提案に渋った年嵩の水夫が口火を切った。

「……よしてくれや、たとえ甲板磨きしか知らねえようなド新米だろうが、あんたが船長なのには変わりねぇ。
船長ってなぁ無闇やたらと俺達に頭を下げるモンじゃありやせんぜ。それにここまで言われて怯んだんじゃあ
海の男が泣くってもんよ、なあ野郎ども!!」

「「「「「「おうよ!!」」」」」」

水夫の呼びかけに、残りの皆が唱和する。混乱と怯えの錯綜していた顔は、覇気溢れる勇壮な表情で統一されていた。

 

 


32 名前: >>30修正 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:39:31.28 ID: eQeP1m/V0
ξ;゚听)ξ(これがブーンの、船長としての資質……)

瞬く間に船員たちを纏め上げたブーンを驚嘆の面持ちで見やるツンに、先の水夫が声をかける。

「副長、さっきはすいやせんでした。船長が信じたお人だ、あんたが地獄に行けってんならこの船は地獄にだって行きやすぜ」

ξ゚ー゚)ξ「……ありがとう。でも、この船が行くのは地獄じゃなくて黄金郷よ」

「へ?」

あっけに取られる水夫に背を向け、矢継ぎ早に指示を出していく。

ξ゚听)ξ「急速回頭、南南東に面舵一杯! 全スル、アビームで開け!! 手の空いてる者はビロード、ドクオを手伝って!」

「「合点、ようそろ!」」

操舵輪が勢いよく回転し、エスポワール号が時計回りに舳先を廻らせる。右に傾いた甲板上で船員たちが忙しく動き回り、
着々と来るべき会戦の準備が整ええられていく。希望をその名に冠した船の、希望を手に入れるための戦いがはじまる。

 

 

33 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:40:50.76 ID: eQeP1m/V0
◆4

「お頭、何発かは当たったはずなのに、ずいぶんと奴ら落ち着いてますね」

エスポワール号から西に数海里の洋上、低く平たい甲板を持つフランダース・ガレーのマスト上、その見張り台で、
二人の男が話をしていた。お頭、と呼ばれた背の高い男の容貌はまだ若く、おそらく30に手が届くというところだろうか。
潮風に癖のある長髪をなびかせる横顔は、どちらかと言うと優男という印象すら受ける。しかし頬から顎下へと
伸びる深紅の髭が、整った顔立ちとは対照的に、見る者に凄みと、裏打ちされた自信とを感じさせた。

ミ,,゚Д゚彡「提督と呼べって言ったろうがゴルァ」

望遠鏡を手渡す部下の頭を小突き、金属筒をカルバリン砲を放った方向に向ける。
だが彼の言うとおりレンズの中に揺れる目標は、依然として進路を変えず、船上に混乱の見られる様子も無い。

ミ,,゚Д゚彡「信号はちゃんと送ったか?」

望遠鏡から目を離さず、部下に確認する。

「この通り、おか……提督の上にあるのがそうでさあ」

メーンマストに掲げられた海賊旗の下に、幾つかの色鮮やかな信号旗の連なりが風にそよぐ。

『停船せよ。さもなくば攻撃する』を意味する一連の旗は、その位置から言っても、望遠鏡の奥に見える
カラベル・ラティーナから十分に確認できるはずだった。にもかかわらず、船は一向に動きを見せない。
こちらが一隻だからとたかをくくっているのか。もう一度砲撃を命じようと望遠鏡から目を離した時、
傍らの水夫が声を上げた。

 

 

35 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:43:18.35 ID: eQeP1m/V0
「お頭、奴ら動きましたぜ!」

離しかけた望遠鏡を再び覗きこむ。確かに、目標は動きを見せていた。ただし、フランダース・ガレーから遠ざかる方向へと。

ミ,,゚Д゚彡「……逃げようってのか、上等だぜ」

舳先を返す船を見ながら、髭面の男は眼下の甲板に向け叫ぶ。

ミ,,゚Д゚彡「漕ぎ手は櫂を取れ!! 針路を東南東、一点風上に取れ! 最大戦速だゴルァ!! 奴らを血祭りに上げるぞ!」

 

( ><)「追ってきたんです!」

船尾で望遠鏡を覗くビロードが叫ぶ。敵も、そう簡単に見逃してくれる趣味は無いらしい。
だが、今はむしろその方がツンにとっては好都合だった。下手に見失われて、いつかまた襲われるよりは、今ここで
敵の戦力を奪ってしまう方がいい。

ξ゚听)ξ「ドクオ、ブーン、例の物の準備はいいわね!!」

('A`)「こっちは問題ない!」

( ^ω^)「大丈夫ですお!!」

敵を食い止めるための準備は整った。後は、最適な「場所」を見つけるだけ──
針路を右へ、左へと追ってくるガレーの舳先に合わせて微調整する。バウ・スプリットの長いガレー船では、
進行方向へ向けて大砲を撃つことはできない。どうしても転舵する必要のある箇所では、射線が通らないように
島を楯にして回り込む。

 

 

37 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:48:52.47 ID: eQeP1m/V0
ξ゚听)ξ「水深!」

「2ファゾムでさあ!」

まだだ、まだ足りない。もっと浅く、もっと潮の早い場所へ。
空を睨み、海鳥を探す。自分の予測が正しければこの辺りにあるはずだ。

(;><)「もうすぐ追いつかれるんです!!」

もはや肉眼でも船上の様子が確認できるまでに近づいたガレーを背にして、操舵に集中する。
あと少し、あと少し時間を稼げば──。

( ^ω^)「鳥だお!! ツン! 鳥がいるお!!」

ブーンが大声で叫ぶ方に目を向ける。いた。海鳥の群れが、海面近くを飛び回っている。

ξ#゚听)ξ「水深!」

「1ファゾム半!!」

何とか、間に合ってくれた。ほっとする間もないままに、停船の指示を出す。

 

 

38 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:49:11.84 ID: eQeP1m/V0
ξ゚听)ξ「アンカー下ろせ! 総員甲板にて戦闘待機! みんな、ここが踏ん張り所よ!!」

錨が海面に投げ入れられ、暫しの間をおいてエスポワール号に制動がかかる。ロープが目一杯に張られ、
船首を大きく傾かせた後、エスポワール号は完全に停船した。
程なくして、その真横に、海賊旗を揚げたガレーが櫂の飛沫を残して停止する。
船体にぶつかる波の音と海鳥の鳴き声だけが響き、二つの船の乗員が、沈黙をはさんで微動だにすることなく対峙する。

ミ,,゚Д゚彡「ずいぶんと楽しいレースだったじゃねぇか、えぇ?」

その沈黙を破り、ガレー船の人垣をかきわけて現れたのは、三角帽を被った赤髪赤髭の男。冗談でも言うような軽い口調とは
裏腹に、帽子の下の眼差しはブーンたちを値踏みするが如く、鋭く睨めつけていた。

フサギコ=『バルバロッサ』=ハイレディン。
地中海最強とうたわれる海賊が、その牙を剥き出そうとしていた。

 

 

40 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:51:48.69 ID: eQeP1m/V0
◆5

ミ,,゚Д゚彡「この船の船長は、どいつだ」

笑みを消し、フサギコが低くよく通る声で言う。答えようと答えまいとどちらでもいい、
どうせ辿る運命は同じだ──。
言外に意味を匂わせるフサギコの台詞に、エスポワール号の甲板が凍りつく。

ミ,,゚Д゚彡「……よく聞こえなかったようだな。もう一度だけ言ってやる、この船の船長は」

(;^ω^)「ぼ、僕が船長のブーンですお」

言葉を途中で遮られたフサギコが声の主を強く睨む。その険しい目が、驚きに開かれ、
三日月状に歪み──反り返るようにして、フサギコが爆笑する。

ミ,,;゚∀゚彡「ハハハハハハ!! い、息できねぇ、ギャハハハハ、最近じゃ珍獣を船長にするのが流行なのか!?」

フサギコが手を上げるとともに、水夫たちが彼に倣って高笑いを始める。
だが、嘲弄されていると分かっていても、こちらから喧嘩を売ることは自殺行為だ。

ミ#,,゚Д゚彡「ふざけてんじゃねぇ!! てめえらこの俺を舐めてんのかゴルァ!」

再びしん、と静まり返る海上に、フサギコの怒号が響く。

ミ#,,゚Д゚彡「そんなに魚と一緒にお寝んねしたいってんなら、今すぐ」

ξ゚听)ξ「別にふざけてなんかないわよ、そこの毛むくじゃら。『バルバロッサ』がこんな声のデカいだけの三下だったなんて
失望を通り越して呆れるわね。船乗りの伝説って言うのも所詮は噂に過ぎないってわけね」

ミ,,゚Д゚彡「ああ!? 何様だ──」

 

 

45 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:55:57.81 ID: eQeP1m/V0
声の方を振り向き、一瞬言葉を失う。金糸の波打つ巻き毛に、整った目鼻立ち、薄く繊細な朱唇がこちらを睨みつける。
汗ばんだ首元から覗く白い肌は、男装しているとはいえフサギコに言葉を失わせるには十分すぎるほど魅力的だった。

ミ*,,゚Д゚彡「…………惚れたぜ」

「お、お頭?」

('A`) (今アイツ、惚れたとか言わなかったか?)

( ^ω^) (きっとロリコンだお)

ξ#゚听)ξ (……ブーン、ドクオ、後で船底潜り20回の刑)

(;^ω^) (ひいいいぃぃぃ!!)

(;'A`) (何で俺までえええ!?)

静寂と困惑と耳打ちが交錯する中、フサギコが唇の端を釣り上げ、ツンに見得を切る。

ミ,,゚Д゚彡「おい、俺の女になれ。服も宝石も他のどんな贅沢だって思いのままだ。屋敷、いや町一個をあてがってやってもいいぞ。
海に出たいって言うなら俺の旗艦を好きに使わせてやる。部下にはお前の言うことは俺の命令だと思えと言っておいてやる」

ξ゚ー゚)ξ「……ふぅん。つまり、アタシの言うことはあんたの命令だと、そう言う訳ね」

ツンが微笑を浮かべ、艶然としてフサギコを見る。

ミ,,゚Д゚彡「当然だ。俺の女になるからには俺の物は全てお前の」

ξ ー )ξ「そう、じゃあ命令よ。今すぐ死になさい」

 

 

46 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 02:58:07.24 ID: eQeP1m/V0
言葉が終わるのを待たず、フサギコの帽子が頭から吹き飛ばされる。
微笑んだままのツンの手元では、銀の象眼細工が施されたフリントロック・ピストルが、未だに潮風に硝煙をゆらめかせていた。

ξ#゚听)ξ「風が空を往くように、波が海を往くように、このツン・デ=レーヴェンブロイの行く道は誰にも邪魔はさせない。
ましてや、アンタみたいな三下の女なんか死んでも願い下げ。今日ここで、アタシに出会った事を後悔しながら海の底に沈みなさい!」

歴戦の海賊のお株すら奪うツンの鋭い舌鋒に、フサギコの額に青筋が浮かぶ。

──惜しい。
実に、惜しい。ただ殺すには勿体無いぐらいに。

ミ,,゚Д゚彡「……ますます気に入ったぜ。お前は、必ず俺の前で跪かせてやる。いや、自分から跪くように可愛がってやるぜ。
可愛がるといっても頭を撫でたりするわけじゃないぞ? 腰が抜けて立てなくなるくらいに、じっくりといたぶってやる。
無論、このフサギコ様のベッドの上でな」

 

 

48 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: >>44後でやります 投稿日: 2008/02/06(水) 03:00:45.19 ID: eQeP1m/V0
ξ゚听)ξ「いかにも童貞が言いそうな台詞だわね」

ミ#,,゚Д゚彡「…………上等だぞゴルァ。野郎ども、合戦準備だ!!」

フサギコの一声に、両船に緊張が走る。カトラスや槍が抜き身を閃かせ、渡し板がガレー船の船縁から林立する。

ξ゚听)ξ「来るわよ! 覚悟はいいわね?」

( ><)「いつでも来やがれなんです!!」

(‘_L’)「問題ありません」

('A`)「ここまできたら、やるっきゃねぇだろ?」

 

( ^ω^) 「僕らの船を……夢を、守るお!!」

 

 

49 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:03:03.80 ID: eQeP1m/V0
◆6

「うぉらあああぁぁぁ!!」

渡し板がエスポワール号の右舷へと倒れ込むと同時に、喊声を上げながらフサギコの部下が突っ込んできた。
一度に一人しか通れない板の上で先陣を切るという事は、それだけの剣技を持つか、あるいは
なみ外れた度胸を買われての事だろう。だが、

「うお…………がっ!」

一直線にしか動けない足場では、ピストルの格好の的だ。男がツンの放った鉛玉に肩口を射抜かれて踏鞴を踏む。
体勢を崩した所を後ろから来た者に追突され、二人まとめて海面へと落下し、小さな水柱を上げた。
泡立った海水に目を取られ、後続の船員たちの動きが止まる。

ミ#,,゚Д゚彡「なに怖気付いてやがるゴルァ!! 板をもっと掛けて同時に攻め込め! あの女を捕らえた奴には
お宝の半分をくれてやるぞ!」

苛立ったフサギコの怒号に、あるいは報酬の半分という言葉に釣られて、水夫たちが動きを再開した。
船の間にさらに3本の足場が渡され、いきり立った男たちが船刀を振りかざして吶喊する。

ξ#゚听)ξ「全員散開! なんとしても舷側で敵を食い止めて!!」

( ^ω^)('A`)( ><)(‘_L’)「「「了解!」」」

 

 

51 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:04:39.26 ID: eQeP1m/V0
口金もまだ冷めやらぬ銃を左手に、油紙の実包を歯で噛み切り、銃口から一気に流し込む。
一発分の弾丸と火薬を油紙に包んでおく、というやり方は今までの戦いの経験からツンが考案したものだ。
この方法なら、いちいち袋から補充するよりも何倍も時間を短縮できる。
──それでも、遅い。

「賞金はもらったあああ!!」

挿杖で押し込む暇も与えず、大口を開いた水夫の腕がツンに伸び、

ξ゚ー゚)ξ「ゴメン、よく聞こえなかったんだけど何か言った?」

響く銃声と共に甲板から吹き飛ばされる。挿杖が握られていたはずの右手にあるのは、もう片方とは対象的に
重厚さを感じさせる鋳鉄拵えのピストル。

ξ゚听)ξ「ピストル、1挺しか持ってないなんて言ってないわよ?」

「だがそれももう弾切れだなうわははははは──ぐわべっ!?」

 

 

53 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:05:40.30 ID: eQeP1m/V0
弾切れの隙を狙い、満を持して襲い掛かった海賊の鼻柱に、琺瑯製の銃床がめり込む。手首を支点に半回転させた
バレルを握っての重い一撃。顔面から血を噴き出しながら、舷側を仰け反るようにして越え、真っ逆さまに海へと
落ちてゆく。

ξ゚听)ξ「一つ賢くなったわね。別に銃を持ってるからって近接戦闘が苦手なわけないで、しょっ!」

今度は左手のピストルを半回転させ、相手の顎下から脳天へと円弧を描く一撃。続けざまに右手でこめかみを
水平に薙ぐ。二人を立て続けに昏倒させ、銀製のピストルを手元でさらに半回転。指に力を込めて引き金を引く。
遠心力で奥へと押し込まれた弾丸が、硝煙と共に発射され、眼前の敵の膝を貫いた。

立て続けに四人を倒され、及び腰になる敵船員たちにツンが啖呵を切る。

ξ#゚听)ξ「さあ、水底で魚とダンスしたい奴からどんどん来なさい! 遠慮はいらないわよ!!」

 

 

60 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:24:21.59 ID: eQeP1m/V0

 

(‘_L’)「ふむ、この感触……若い頃を思い出しますな」

板上から迫る敵を海に叩き落しながら、フィレンクトが呟いた。
波に大きく揺れる船首で器用にバランスをとりつつ、自身の身長よりも長いオールを繰り出してゆく。
喉笛、肩、足元と、相手の弱点を的確に突き、払う攻撃は、商家で長年地味な業務に従事していた者の動きとは
信じられぬほどに鋭い。

「クソッ、このジジイ手強いぞ!!」

(‘_L’)「確かに老いては居りますが、ジジイ呼ばわりされる謂れはありませんな」

特にあなた方には、と向かってきた水夫の向う脛を払う。オールを軸に一回転し、相手が何事かを叫びながら
頭から海へと落ちていく。

「数で押し切れ! 甲板にさえ上がればこっちの物だ!!」

 

 

61 名前: ( ^ω^)さるってたようです Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:25:35.55 ID: eQeP1m/V0
後方からの声を契機に、水夫が一斉に渡し板の上をフィレンクトへ向けて殺到した。その数、5人。
板が撓み、悲鳴を上げる。

(‘_L’)「これは少々厄介ですな……ですが、坊ちゃんの船を渡すわけには行きませんので、失礼ながら」

柔和な瞳が糸のごとく引き絞られ、地面を掘るような角度でオールが腰溜めに構えられた。

(‘_L’)「お引取り願いましょう──!」

呼気とともに、板の端への強烈な踏み込み。伝わる衝撃が板を限界まで撓らせ、水夫たちの足が一瞬、宙に浮く。
だが、それで充分。
船縁を底点として放物線状に突き出されたオールは、戦場で騎兵の突進を阻む傭兵隊の長槍の如く。
先頭の敵の鳩尾へと突き刺さり、踏み止まる足場も無いままに後方へと吹き飛ばす。

(‘_L’)「申し訳ありませんが、これも仕事ですので」

互いにぶつかり合い、一塊となって大きな飛沫を上げた水夫たちに、フィレンクトは慇懃に一礼した。

 

 

65 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:29:01.38 ID: eQeP1m/V0

 

一閃とともに、カトラスが宙に舞う。
腕を押さえ、驚愕に目を見開いた海賊に、鋭い蹴りが見舞われた。
もんどりうって海へと転げ落ちる水夫に一顧だにくれず、ビロードが後続へと突きを放つ。
中段から放たれる剣撃はレイピアの柔軟性を生かして、あるいは上下、あるいは左右へと
予測不能なその軌道を変える。

「この、糞餓鬼があああぁ!!」

罵声を上げ、手にしたハスカールを振りかぶる。
相手はまだ17,8のガキだ。そのガキ相手になんで俺たちが苦戦する──!
焦りが大振りの攻撃をさらに粗雑なものにし、決定的な隙を与えた。

(#><)「退いて下さいなんです!!」

袈裟懸けに振り下ろされる腕を細剣が貫き、手斧が握られた手から離れる。間髪を入れず
手首の動きのみで切先を返し、相手の太腿を切り裂いた。

 

 

67 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:30:50.91 ID: eQeP1m/V0
( ><)「勝負は付いたんです! これ以上の戦いは無意味なんです」

「ふざけ──ガ、ハァッ──!」

「一番乗り、もらったァァァ!!」

流血する片膝を付いた水夫の背中を踏み台に、小柄な海賊がカトラスを空中から振り下ろす。
陽光を反射して、ビロードの頭上へと振り下ろされる剣。

それでもなお、眼暗滅法な海賊剣術と、ニーソク海軍の次期提督を担う者の技量では、天と地ほどの開きがある。

「うぎゃあああああああ!!」

(#><)「たとえ海賊でも仲間を大切にしないと船乗り失格なんです」

カトラスを弾かれ、顔面をしなる刀身でしたたかに打たれた海賊が鼻頭を押さえて海中へと没した。

 

 

68 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:33:56.15 ID: eQeP1m/V0

「ひゃはははは、コイツも捕まえれば高く売れるぜ、なにせ珍獣だからな!」

(#^ω^)「……実に失礼な奴だお」

下卑た笑いを顔に張り付かせ、頭巾をかぶった海賊がブーンに斬りかかる。
その言葉通りに生け捕りにしようという魂胆なのか、あるいは先程のフサギコとのやり取りを見て
舐めてかかっているのか。水夫の振るカトラスには鋭さがまるで無い。

('A`)「だな。顔のひどさで言ったらこいつも十分見られたもんじゃない」

(#^ω^)「ドクオ、『も』とはなんだお。まるでブーンの顔が酷いような言い草だお」

(;'A`)「言葉のあやだって、それより前見ろ前!」

渡し板の正面で、敵の剣戟をカトラスの刃で受け止めるブーンに、ドクオが背後からオールで助攻をかける。
腰を衝かれ、よろめいた隙を突いてブーンのカトラスが相手の獲物を弾き飛ばした。

( ^ω^)「丸腰の相手を斬る気はないお。お前じゃ高く売れないから帰っていいお」

 

 

70 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:35:44.57 ID: eQeP1m/V0
「この、豚野郎が──!」

侮っていた相手に愚弄され、完全に頭に血が上ったのか、海賊が腰帯からナイフを抜いて突進してくる。
殺気のこもる腰溜めの姿勢からの突きは重く鋭く、先程までの相手を弄ぶような余裕は感じられない。
それでもラウンジでの襲撃者との交戦に比べれば、十分に相手の動きを見て対処するだけの時間はあった。

( ^ω^)「間合いの取り方が甘いお!」

突き出された腕に、今度は躊躇することなくカトラスの刃を振り下ろす。
刃が皮膚と肉を裂き、返り血が剣とブーンの腕を赤く染める。完全に力を失い、ナイフを落とした腕をかばいながら
海賊が後ずさった。

「おい、先がつかえてるぞ! さっさと突っ込め!」

だが、後ろに下がるのにも限界はある。背後からは味方の罵声、両側は海。そして、前には楽に勝てると踏んでいた敵。

 

 

71 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:37:00.67 ID: eQeP1m/V0
「くっそがあああああっ!!」

鬨の声を上げ、肉弾となって無駄と知りつつ捨て身の吶喊を行う。だが、それすらもブーンに届く事はない。

「ぐげぁっ!」

(;^ω^)「おうふっ!?」

ドクオが横薙ぎに払うオールが、海賊とブーンを纏めて打つ。
最期の叫びを上げながら、血の飛跡を残して海賊が渡し板から落下した。

( ^ω^)「ドクオ、僕まで打つなお。オールは突きだけに使えお」

('A`)「スマン、それより前! 次来てるぞ!」

( ^ω^)「了解だお! ここは通さないお!」

 

 

75 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:39:19.24 ID: eQeP1m/V0
◆7

カラベル・ラティーナのそこかしこで起こる剣戟と罵声、銃声と悲鳴を聞きながら、戦況を見渡すフサギコの口元が歪む。
すでに海に落ちた者の数は二十人を超えるのに、未だ甲板に足をつけたものは一人もいない。

ミ#,,゚Д゚彡「どうした!! お前ら揃いもそろって腰抜けか! なんでたった四、五人を始末できない!」

「あいつら異様な強さでさあ、それに板の上じゃあ一対一でやり合うしかねえですぜ、お頭」

ミ#,,゚Д゚彡「だったらもっと渡し板を掛けろ! 絡め手から攻めるんだ!」

「そりゃ無理ってもんですぜ、あの船の大きさじゃあ、今の数で精一杯だ」

百人超を擁するガレーとはいえ、限られた数の渡し板では一度に攻められる人数は必然的に少なくなる。
フサギコが忌々しげに唇を鳴らした。こんな小物相手に使いたくはなかったが──。

ミ,,゚Д゚彡「バリスタ準備! 甲板で粘っている奴らを狙い撃て!!」

ξ;゚听)ξ「──つっ!」

(;><)「!!」

 

 

77 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:43:19.45 ID: eQeP1m/V0
バリスタ。陸戦でも多く使われる、機械仕掛けの弩だ。城砦や森ならともかく、隠れる所もない船上で
敵と戦っている状況では避けようがない。

( ^ω^)「……ドクオ、準備するお!!」

('A`)「おう!」

ブーンの合図でドクオがオールを放り出し、左舷へと引き下がる。あと少しの間は、自分一人で
押し寄せる敵を食い止めるしかない。すでに数十合の斬り合いで、動かすだけで痛みの走る腕に力を込め直す。

( ^ω^)「ツン!!」

ξ゚听)ξ「……風向き、時間、大丈夫ね。フィレンクトさん、ビロード、合図で!」

(‘_L’)「承知!」

( ><)「了解なんです!!」

腕を休めずに、互いに作戦を確認しあう。その間にもガレー船の甲板には弦の張られた十字架が立ち並び、
海賊たちがその根元に太矢をつがえている。弦を巻き上げる歯車の擦れ合う音が、
船体に打ち寄せる波音と怒号を割って響いた。

('A`)「いいぞ! こっちは用意出来た!」

ドクオが手を上げ、作戦の最終段階を告げる。

ξ゚听)ξ「それじゃ行くわよ! 一、二、の……三っ!!」

 

 

78 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:46:13.84 ID: eQeP1m/V0
ツンの合図と同時に、船首でフィレンクトが、そして船尾でビロードが。舷側の一番上の板を繋ぎ止めていた閂を蹴り上げる。
四角い木材が宙に舞うと共に舷側がエスポワール号から剥がれ落ち、支えを失った渡し板がその上に乗っていた
海賊たちの重みで圧し折れた。幾つもの水音が、叫喚の後にこだまする。
だが、水柱の向こうの甲板には、バリスタが既に巻上げを終え、その照準をブーン達に合わせている。

( ^ω^)「ドクオ!!」

(#'A`)「砲手、引っ張れえぇぇぇっ!!」

号令一下、引き綱がピンと張られ、遮る物の無くなった舷側から黒鉄色のファルコン砲が四門、躍り出て
その口をガレー船へと向ける。

初めて、フサギコの顔に驚愕の色が浮かび、額に汗が滲んだ。

ミ,,;゚Д゚彡「バリスタ、っ撃──」

ξ#゚听)ξ「全砲門、開けぇぇっ!!」

 

 

79 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:48:05.88 ID: eQeP1m/V0
一瞬早く、砲口から火焔が閃き、稲妻にも似た轟音と共に鋳鉄の砲弾が四個、唸りを上げて飛翔する。
零距離での一斉砲撃。避ける暇も、防ぐ為の盾もありはしない。
舷側を、櫂を、そしてバリスタを抱える船員を無差別に薙ぎ倒し、木屑と血漿が甲板に撒き散らされる。
左舷から右舷へと、鉄の嵐がガレー船を切り裂いた。

反動で左舷へとぶつかる大砲をそのままに、ツンが次の指令を出す。

ξ゚听)ξ「アンカー解け! 取り舵一杯! 全速力でこの場を離れるわよ!」

エスポワール号を覆い隠す硝煙が立ち昇る中、予備の錨を繋いでいた綱が切られ、満帆に風を受けて
カラベルがフランダース・ガレーから遠ざかる方向へと舵を切る。

ミ#,,゚Д゚彡「糞が……畜生がああぁぁっ!」

拳を握り締め、煙の向こう側へ遠ざかる敵船へとフサギコが、咆えた。
このままで、このままで済ますものか。速度の出きっていないカラベル・ラティーナに最も近い位置へと
全力で走る。たとえ海戦で敗北しても、まだ自分にできる事はある。それを実行に移すつもりだった。

 

 

82 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:52:02.34 ID: eQeP1m/V0
◆8

(;'A`)「どうにか撒いたみたいだな」

次第に遠ざかるガレーを見つめて、ドクオが安堵の溜息をつく。
ドクオだけではなく、ブーンやビロード、ツンまでもが緊張から一気に解放されたこともあって、
思い思いに甲板にへたり込んでいた。

(;^ω^)「こっちの怪我人は大丈夫かお?」

甲板に両手足を投げ出した姿勢でブーンが誰ともなしに聞く。

(‘_L’)「乗船を防いだということもあって、重傷の者はいないようです。正直な所、坊ちゃんの刀傷が
一番目立っているかと」

言われて、自分の腕を見やる。左右に捩ると、乾いた血の塊がぼそぼそと剥がれ落ちた。
フィレンクトの言うとおり、あちこちに刀傷は見えるものの、すでに傷口は瘡蓋で大部分ふさがれている。

( ^ω^)「でも、何で奴ら追ってこないんだお?」

ξ゚听)ξ「追って来たくても、来れない事情があるのよ。少なくとも今の時間はね」

 

 

86 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 03:54:41.93 ID: eQeP1m/V0
ツンが説明する。曰く、この海域には干潮時のみ海面に現れる暗礁が多く、エスポワール号が留まっていた
海域にもその一つがあった。大型船ゆえに喫水の深いフサギコのガレーでは、満潮時になるまで
暗礁に乗り上げたままになる。

ξ゚听)ξ「ま、その時間稼ぎの為の海戦だったわけだけど」

余裕そうに言うものの、内心ではツンも先の戦闘がほとんど薄氷を渡るような僅差での
逃げ切りだった事を認めていた。

('A`)「『バルバロッサ』か……二度は戦いたくない相手だな」

( ><)「でも何とか振り切れたんです。あの伝説の海賊から逃げ切れただけでも凄いんです!」

「安心するにはちょっとばかり早いんじゃあないか?」

 

 

88 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: さる2回目www 投稿日: 2008/02/06(水) 04:00:52.03 ID: eQeP1m/V0
その場の全員が、声の方向を見た。

流れる赤髪、緑柱石を思わせる瞳、気障なほど整った鼻梁、そして今にも血の滴り落ちてきそうな深紅の髭。

(;><)「フサギコ=ハイレディン!!」

(;'A`)「ど、どうやってこの船に!?」

ミ,,゚Д゚彡「やれやれ、手前らが派手にやらかしてくれたおかげで、久しぶりに運動する羽目になったぜ」

言って、左手に持つ鉤の付いたロープを甲板に放り出す。

ξ゚听)ξ「船がやられたのにずいぶんと勇ましいわね。怪我して海に放り込まれても、お仲間は助けに来てくれないわよ?」

ミ,,゚Д゚彡「ああ、そうだな。海戦は俺の完敗さ、素敵なお嬢さん。まったく、可愛い顔してる上に戦闘は強い、操船は
一流ときてる。ますます惚れちまいそうだ」

眉根を顰めるツンに、不敵な笑いを浮かべてフサギコがウインクをする。

 

 

91 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:05:35.32 ID: eQeP1m/V0
( ><)「じゃあ何をしに来たんですか?」

おいおい海賊に何しに来たもないだろう、と笑みを消し、船尾楼の上から真っ直ぐに上体を起こしたブーンを見つめる。

ミ,,゚Д゚彡「おい、そこの珍獣顔!」

(;^ω^)「え?」

ミ#,,゚Д゚彡「見渡しても珍獣顔は手前しかいねえだろが! この船の船長ってな本当だな?」

( ^ω^)「ブーンが船長なのは本当ですお」

ミ,,゚Д゚彡「そうか、なら」

一際強い潮風が、バルバロッサの異名を持つ海賊の赤髪と髭を風に舞わせる。

ミ,,゚Д゚彡「このフサギコ=ハイレディン、手前に一騎打ちを申し込む!!」

 

 

92 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:08:44.17 ID: eQeP1m/V0
◆9

(;^ω^)「ぼ、僕ですかお!?」

ξ゚听)ξ「……悪あがきもはなはだしいわね。自分がどれだけ不利なのか分かっているの?」

フサギコにピストルの照準を合わせる。たとえ外した所で次弾、さらにはフサギコを見上げるように
半円を描いて取り囲む水夫たちが、それぞれの獲物を手に気炎を上げている。

ξ゚听)ξ「大人しく海に飛び込んで逃げることを」

がちり、とフリントロック・ピストルの火打が起こされる音がする。
ツンのものと、そしてもう一回。

ミ#,,゚Д゚彡「……やってみろやゴルァ」

フサギコが銃口を向ける。ツンにではなく、自分が片足を乗せている真下の樽へと。

( ><)「? わけがわかんないんです。自分の足元を狙ったって……」

(;‘_L’)「あれは…………火薬樽!」

 

 

94 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:11:01.25 ID: eQeP1m/V0
フィレンクトが表情を険しくする。大砲の一斉射に使ったとはいえ、残っている分量だけでも
引火すれば、十分にこの船に致命的な損害を与えることは可能だ。

ミ,,゚Д゚彡「試してみるか? 俺の頭を射抜くのが早いか、俺がこの樽に点火するのが早いか」

ξ;゚听)ξ「……何がしたいっていうのよ、アンタは」

フサギコがツンの質問を鼻で笑う。仮にブーンに勝った所で、一人でこの人数を相手には出来ない。
泳いで逃げようにも、この附近の速い潮流では船にたどり着くことすらままならないだろう。

ミ,,゚Д゚彡「……ケジメなんだよゴルァ」

ξ゚听)ξ「ハァ?」

ミ#,,゚Д゚彡「言わなきゃ分かんねぇってのか、俺の命令で死んでった奴らへの俺なりの船乗りとして、船長としての
ケジメを付けるって言ってんだゴルァ!!」

静まり返る甲板上に、フサギコの怒号が響く。
船員の誰もが、目の前の海賊を睨みつつも、その言葉に隠された船乗りとしての矜持には痛いほど共感していた。
明日は我が身──その時、自分が同じ行動を取らないとは限らない。

 

 

97 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:15:33.44 ID: eQeP1m/V0
ξ゚听)ξ「……しょうがないわね、だったらアタシが」

( ^ω^)「僕が行きますお」

ξ゚听)ξ「アンタじゃ無理。確実に負けるわ」

(;^ω^)「なんというwwwwww」

それでも、掌でツンの言葉を遮る。

( ^ω^)「勝ち負けの問題じゃないですお。ブーンは船長として、あの人の誇りを踏みにじりたくは無いんですお。
フサギコさんが戦う理由と、ブーンが戦う理由は一緒ですお」

銃口を下に向けたままのフサギコに目をやりながら言う。

ξ゚听)ξ「ちょっと待ちなさい、それで死んだら元も子も」

('A`)「いいんじゃねーの? 俺はブーンならやってくれると思うぜ」

ドクオがツンに言葉を掛ける。ドクオらしい覇気の無い口調だが、ブーンを見る目には
彼に賭ける、という主張が強く備わっていた。

( ><)「ブーンさん、頑張ってくださいなんです!」

(‘_L’)「坊ちゃん、お気を付けて」

「船長!」「船長!」「やっちまえ船長!」

一人を除く乗組員全員の声援を受け、ブーンがカトラスの柄に手を掛けた。

 

 

101 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:20:06.86 ID: eQeP1m/V0
ξ゚听)ξ「……ハァ、わかったわよ。その代わり、一つ約束しなさい」

肩を痛いほど掴み、ツンがブーンに告げる。

( ^ω^)「何ですかお?」

ξ゚听)ξ「勝たなくてもいいけど、絶対に負けちゃだめよ」

( ^ω^)「…………約束、しますお」

力を込めて頷き、フサギコに向き直る。

ミ,,゚Д゚彡「おい、相談事は終わったか?」

( ^ω^)「フサギコさん、」

一呼吸の後、カトラスを抜き放ち、先端をフサギコへと向ける。

( ^ω^)「フサギコ=ハイレディンの一騎打ちの申し込み、受けて立ちますお」

ミ,,゚Д゚彡「……思ったより根性あるじゃねぇかゴルァ。おい、手前の名前を教えろ。ブーンだけじゃねぇだろ?」

( ^ω^)「エスポワール号船長、ブーン=ホライゾンですお」

ミ,,゚Д゚彡「『水平線』か……ハッ、珍獣には勿体無いほど船乗りにお誂え向きの名前だぜ」

ピストルを腰に戻してフサギコが船尾楼の端から甲板に飛び降りた。

 

 

102 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:22:32.31 ID: eQeP1m/V0
( ^ω^)「恐縮ですお」

ミ,,゚Д゚彡「一応言っとくが、ピストルで俺を狙おうって無粋な真似はすんじゃねぇぞ? 
惚れた女とはいえ、本気で殺しにいくからな」

ツンに釘を刺し、滑り止めがわりに両手に唾を吐いて湿らす。

ミ,,゚Д゚彡「それじゃ──どっちかが倒れるまで、勝負といこうか」

両腰の革鞘から双振りのサーベルを抜き出し、半身で弓を射るような構えを取る。
剣一本の距離を置いて対峙するブーンも、カトラスを正眼に構える。
斜めに傾いた太陽が照りつける中、甲板上の全員が物音一つ立てず、向き合う二人に視線を注ぐ。

つかの間の静寂を破るように、エーゲ海を渡る西風が大きく船を傾かせ、ヤードに掲げられた船旗をばたつかせた。
その音を合図に、フサギコが動く。

ミ#,,゚Д゚彡「行くぜ!!」

 

 

105 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:26:28.68 ID: eQeP1m/V0
◆10

ミ#,,゚Д゚彡「はあああああっ!!」

(;^ω^)「くっ!」

振りかぶった位置から正面へと打ち下ろされる剣撃を後ろに跳んで避け、水平に半円を描く第二撃をカトラスで
受け止める。息もつかせずに、斜め下からの斬り上げ。体の軸を傾けてなんとか避わし、力任せに右手で
受け止めているサーベルを押し返す。カトラスにかかる圧力が消えた次の一瞬、片足を軸に体を回転させた
フサギコが浴びせるように重い二連撃を放ってきた。

ミ#,,゚Д゚彡「うおおおおおお!」

袈裟懸けに肩口を狙う剣閃を上体を反らして胸元すれすれに避わして、さらに踏み込んでの追撃を
左手をカトラスの背に添え、鍔元で食い止めた。

ミ,,゚Д゚彡「……やるな、ブーン=ホライゾン」

(;^ω^)「……そちらこそですお」

交差する剣を間に挟んで、賛辞を交わす。
だが、とフサギコがにやりと笑う。

 

 

106 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:28:27.58 ID: eQeP1m/V0
ミ,,゚Д゚彡「こいつならどうだ!」
(;゚ω゚)「ぐっ!」

半歩退くと同時に、ブーンの腹めがけて体重の乗った蹴りが叩き込まれた。
両手で剣を押さえるのがやっとの状態のブーンに、足元からの攻撃にまで対処する余裕は無い。
靴底が腹部にめり込み、饐えたものが喉奥からこみ上げる。吐き出す暇も無く、首を薙ぐ軌跡がブーンを襲う。
咄嗟に甲板を蹴り、後方に転がることで致命的なそれを回避した。
水夫たちの足元まで転がり、えづきつつ呼吸を整える。剣を手放さなかったのは幸運というべきだろうか。

ミ,,゚Д゚彡「どうした、もう降参か?」

(;^ω^)「っ、そんなわけ、ないですお……!」

起き上がりざまにカトラスを顔へ向けて薙ぐ。フサギコが跳び下がり、双剣を十字に構えなおした。

 

108 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:30:40.02 ID: eQeP1m/V0

ξ゚听)ξ「意外と粘るのね……」

ツンの言葉はブーンに向けられたものではない。その視線の先は、湾曲する剣を巧みに操り、左右からブーンに
攻勢をかけるフサギコへと向いている。

ξ゚听)ξ「ビロード、どう思う?」

( ><)「正直思っていたより、速さも重さもないんです。でも、それ以上に」

ξ゚听)ξ「あんな派手に動いてたら、すぐバテるはずよね」

自分も両手に獲物を持つがゆえに、その疲労の速さが片手の比ではない事はよく知っている。
傍目にもフサギコの動きでは、すぐに限界が来ることは明白だった。

( ><)「ひょっとすると、それほど体力が無いから短期決戦に持ち込もうとしてるんです」

ξ゚听)ξ「問題はそれまでブーンが防ぎきれるかだけど……」

 

 

110 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:34:08.94 ID: eQeP1m/V0
打ち合いはすでに二十合を越え、ブーンの手や腕は防ぎ切れなかったサーベルによる
細かい傷からの出血でまだらに朱く染まっている。
それでもなお、曲げる度に悲鳴を上げる腕を振り上げ、刃こぼれの増えたカトラスをフサギコの放つ
剣戟を止めるべくその軌道に当てる。一撃ごとに重くなる衝撃に、自分の疲労を感じる。

(;メメ^ω^) (このままだと、ツンとの約束を守れないお──!)

( ><)「ブーンさん、無理に斬り合う必要は無いんです! 自分にあったやり方を探すんです!」

触れ合う金属音の合間に、ビロードの叫びが聞こえた。

(;メメ^ω^)「……僕自身の、やり方かお?」

お前には、お前のやり方があるさ──

風に乗って、亡き父の声が届いた気がした。

ミ,,゚Д゚彡「……なんだ?」

胸元で交差させた剣を開くように薙いだ、フサギコの一撃を後ろに下がって避ける。
息を大きく吸い込み、目を、どこまでも青く高い天蓋へと向ける。

(メメ^ω^)「とーちゃん、ありがとうだお」

その言葉の終わるや否や、全力で走り出す。フサギコに、背を向けて。

 

 

113 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: さる3回目www 投稿日: 2008/02/06(水) 04:36:49.79 ID: eQeP1m/V0
ミ,,゚Д゚彡「…………ハァ?」

しばし呆気に取られ、次いで猛然とブーンの後を追い、フサギコが甲板を駆ける。

ミ#,,゚Д゚彡「テメェどこに逃げる気だ! 男の戦いに舐めた事すんじゃねぇ!!」

(メメ^ω^)「戦いはまだ終わってませんお! ブーンは自分なりの戦いをしてるだけですお!」

ミ#,,゚Д゚彡「駆けっこで勝負を付けるって、子供かテメェは! 」

背後からの罵声を受けつつ、両脇に道を開ける水夫たちの間を走るブーン。
その背中を、フサギコが剣を両手に振りかざし、数歩遅れで追ってゆく。
手を出すな、とは言われていたものの、フサギコが通り抜ける際には水夫たちが半歩ほど間隔を詰めていた。

(メメ^ω^)「借りますお!」

過ぎざまに水夫の持つ手斧をひったくり、上体を捻ってフサギコに投げつける。
サーベルで切り払われはしたが、距離を稼げるだけの間は開いた。

ミ#,,゚Д゚彡「待て! 待ちやがれ!」

(;メメ^ω^)「待てと言われて待つ馬鹿はいませんお!」

 

 

114 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:41:02.68 ID: eQeP1m/V0
緩やかに曲がる舷側にそって、脚を懸命に動かす。連戦で軋む腕は思うように動かないものの、
自分が出来る事、自分が最も得意な事は別にある。もともとの身体能力に加え、
ツンに命じられた甲板磨きで鍛えられた足腰は、十分にブーンの目的の支えになってくれていた。

左舷から船首を通り過ぎ、船縁の剥がれ落ちた右舷を走り抜ける。揺れる船体に合わせて海に落ちないように
体を傾かせ、時折振り返ってはフサギコとの距離を確認する。

ミ,,;゚Д゚彡「テメ、こら、待て、根性無しが」

悪態を吐く余裕も無いほど、フサギコの息が上がっている。
それでも海賊としての意地がそうさせるのか、ブーンを追う足は前に進み続ける。
甲板を通り過ぎ、船尾楼の脇へ来た所で、ようやくブーンの足が止まった。

ミ,,;゚Д゚彡「もう、鬼ごっこは、お終いかよ、ゴルァ」

(メメ^ω^)「ここで決着をつけますお」

 

116 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:42:18.97 ID: eQeP1m/V0
ブーンが向き直り、ある程度力の戻った腕にカトラスを構える。

ミ#,,゚Д゚彡「俺を、疲れさせて、勝ったと思ってるんじゃねェぞ──!!」

上段と下段からそれぞれ垂直に、サーベルで切りかかるフサギコ。

(メメ^ω^)「疲れさせるだけで勝てるとはブーンも思ってませんお、だから」

ブーンが足元にあった樽を思い切り蹴り飛ばす。

(メメ^ω^)「これで勝機を作りますお!」

ミ,,;゚Д゚彡「──なっ!」

樽がフサギコへ向けて倒れ、中身が甲板へとぶち撒けられる。
緑色をした数多の林檎が、突進するフサギコの足元へと転がった。
踏み出した足がその内の一個を砕き、果汁で滑る靴底が体の支えを奪う。

(メメ^ω^)「チャンスだお!」

前につんのめるフサギコへと走り、剣を突き出す。それだけで勝負は決まったはずだった。

 

 

119 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: さる4回目・・・ 投稿日: 2008/02/06(水) 04:51:20.81 ID: eQeP1m/V0
(メメ^ω^)「お」

ミ,,;゚Д゚彡「あ゛!?」

走り出したブーンの足元に転がる丸い塊。フサギコ同様、足を取られ、前傾姿勢で倒れ込む。
寸前、しがみ付く物を探そうと宙に振り回されたブーンの片手が偶然にも、
西陽にその赤さを増すフサギコの髭を掴んだ。

(;メメ^ω^)「おおおおおお!?」

ミ#,,゚Д゚彡「がああああっ!!」

甲板が倒れる二人の衝撃に軋んだ音を立て、鉄のぶつかり合う音がそれに続く。
ふたたびの静寂が、エスポワール号を覆っていた。

 

 

124 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 04:55:28.07 ID: eQeP1m/V0
◆11

(#,,゚Д゚)「畜生が!!」

フサギコが──いや、フサギコ=バルバロッサ=ハイレディンと名乗る男が、悪態とともに
身を勢い良く起こす。

(#,,゚Д゚)「いつまで寝てやがる! 仕切り直しだ!」

ξ゚听)ξ「決着は付いたわよ。アンタとブーンの相打ちって事で」

(,,゚Д゚)「ふざけ──」

振り向いて、自分を囲む水夫たちの冷たい視線に気づく。

(,,゚Д゚)「なんだ手前ら! 俺はまだ」

ξ゚听)ξ「『どっちかが倒れるまで』の勝負だったはずよ」

(#,,゚Д゚)「あんなのが倒れたうちに入るかゴルァ! ふざけるのもいいかげんブッ!」

ξ# )ξ「……ふざけてンのはどっちよ」

ツンの渾身の平手が男の頬に炸裂する。

(;メ^ω^)「おお!?」

ようやく身を起こしたブーンが、片手に目をやり驚愕する。ついさっきまで男の顎を鮮やかに
縁取っていた赤髭が、すっぽりと自分の手の中にあった。

 

 

130 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:01:43.17 ID: eQeP1m/V0
ξ##゚听)ξ「この虎の威を借る海賊の風上にも置けないド畜生が!! 死ね! 死んで詫びろこの三下が!」

ツンが男に馬乗りになり、銃床で顔面を何度も殴打する。

(;メ^ω^)「ちょ、それ以上やったら本当に死んでしまうお!」

ξ#゚听)ξ「殺すつもりでやってるんだから当然でしょ! 放しなさいよブーン!!」

(メ^ω^)「いいから待つお!!」

ブーンの気迫のこもった大声に、ツンも渋々ではあるが殴る手を止める。

(メ^ω^)「この人が偽者のフサギコさんでも、船長として、船乗りの誇りを持って戦ったのはブーンが知ってるお」

(,,゚Д゚)「よせよ、今更。偽者だってバレて、そのうえ敵に命乞いを受けるなんて惨め過ぎるぜ」

鼻血を流し、仰向けに空を見上げたまま切れた唇から深く息を吐いて、男が呟く。

(,,゚Д゚)「殺せ。撃つなり首を落とすなり好きにしろ」

カチリ、と撃鉄を上げる音が男の耳に届く。
船長としての誇り、か。こんな醜態を晒した俺を、船に残してきた部下たちはどう思っているだろうな。
まあ地獄から奴らの行く末を見守ると言うのも悪くない──。
風に揺れるエスポワール号の船旗を見上げ、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

141 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:11:07.61 ID: eQeP1m/V0

……
…………
船体に打ちつける波音を三十は数えただろうか。
痛みも、意識の薄れも無いままに自分の顔に射した影に、薄目を開く。

(,,゚Д゚)「やれやれ、地獄の悪魔ってのはこんな不細工なツラしてるのか」

(;メ^ω^)「重ね重ね失礼な言い草ですお」

甲板に胡座をかいて頭上から覗きこむブーンと目が合う。

(メ^ω^)「一つ聞いていいですかお?」

(,,゚Д゚)「…………なんだよ」

毒気の無いブーンの笑顔を面倒くさそうに見上げて返事をする。

(メ^ω^)「本当の名前を教えて下さいお。フサギコさんでないなら何と呼べばいいですかお?」

(,,゚Д゚)「チッ……ギコ、ギコ=ドレークだ」

 

 

147 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:14:14.71 ID: eQeP1m/V0
そっぽを向くギコに、ブーンが笑顔のまま、真剣な声色で尋ねる。

(メ^ω^)「ギコさん、僕達と戦う理由は何だったんですかお?」

(,,゚Д゚)「質問が増えてるぞ……さっきも言っただろゴルァ、船長としてのケジメをつける為だ」

(メ^ω^)「それは分かってますお。僕が知りたいのは、ギコさんが『海賊として』船を襲う理由ですお」

(,,゚Д゚)「…………チッ」

まったく、この珍獣野郎が。マヌケ面と裏腹に、答えにくい所ばかり突いてきやがる。

(,,゚Д゚)「なあ……林檎、くれないか」

(メ^ω^)「? どうぞですお」

手渡された果物を袖口で拭き、瑞々しい表皮に歯を立てる。
半日近く水を摂っていない喉に、焼け付くほど甘い果汁が沁み渡ってゆく。

(,,゚Д゚)「あいつらはな、俺の弟なんだよ」

 

 

150 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:16:25.00 ID: eQeP1m/V0
◆12

ギコ=ドレークは1457年、ハンザ同盟の小都市でなめし皮職人の息子として生まれた。
寡黙だが勤勉な父、病弱ゆえに格別にギコを愛した母、一歳年下の弟に囲まれた生活は、
貧しくとも日々の暮らしを暖かいものにしてくれていた。

だが、母の病死を切欠に、ギコの運命は大きく変転する。
あれほど真面目な父が酒と賭博に溺れる様になり、僅かな蓄えは瞬く間に底をついた。
日々の糧すら満足に得られぬまま、糊口を凌ぐためギコは酒場で口琴を吹き、
僅かなチップを弟の為に持ち帰っていた。
やがて借金を拵えて蒸発した父が、河に浮かんだとの報せを受ける。
工房は人手に渡り、12歳でギコは孤児院の預かる所となった。

修道院に併設されたそこは、神の御座に最も近い地獄だった。
牢獄のような小部屋に10人近くが押し込められ、食事は一日一回、
黴びたパンと水のようなスープが与えられるだけ。灼熱の夏も、凍える冬も
着の身着のまま、裸足で農奴のように修道院の菜園を耕す。
季節が一つ過ぎるごとに、見知った顔の半数が消えていくのが当たり前だった。
14歳の誕生日を迎えることなく、弟のやつれた顔が土盛りの下に消えた日、
ギコは孤児院の仲間と脱走を企てる。
陰険な修道士どもが一堂に会する聖夜、ギコたちは柵を越え雪深い森を抜けて、
港町の海軍詰所の扉を叩いた。

(,, Д )「……だけどな、運命の女神ってのは俺には微笑んじゃくれねぇんだ」

 

 

152 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:19:12.97 ID: eQeP1m/V0
5年の年季を勤めれば下士官に推薦するか、商売を始められるだけの退職金を
与えて除隊させる。その契約の下、ギコたちは軍艦に乗ることとなった。
そう思えばこそ、人を人と思わない士官達の扱いにも、砲弾の飛び交う中での
敵艦への斬り込みにも耐えられた。
しかし、年限を一年過ぎ、二年過ぎても仕官から除隊の言葉は無く、
三年が経った時、ギコは意を決して艦長に直談判を試みる。
ギコと共に談判に赴いた友人の腕が甲板上で斬り飛ばされた瞬間、
彼はカトラスを引き抜き、切先を艦長だった下衆の喉笛に深く押し込んでいた。

(,,゚Д゚)「まあ……そこから先は早いな。船を奪って領海から一目散、密輸やらなにやら
手を貸しながら、高い荷を積んでそうな船を襲う。こっちも何回か船をやられた事もあるさ」

今ので三隻目だ、と自嘲気味に笑う。

(,,;゚Д゚)「それでもあいつらは俺を信じてついてきてくれてるんだ。あの、暗くて寒い夜に
孤児院の門を乗り越えた時からな……って、うわっ!! 何鼻水たらして泣いてやがるゴルァ!」

(メ;ω;)「…………ずびばぜんお」

手鼻をかみ、ブーンが袖で涙を拭う。

 

 

156 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:22:14.32 ID: eQeP1m/V0
(メ^ω^)「それで、ギコさんはこれからどうするつもりですかお?」

(,,;゚Д゚)「どうするって……お前な、俺はお前らの捕虜みたいなモンだろうが。生かすも殺すも
お前らの胸先三寸ってことだ」

(メ^ω^)「なら話は早いですお」

ブーンが立ち上がり、水夫達に大声で指令を出す。

(メ^ω^)「回頭180度、さっきのガレー船まで戻って下さいお!」

(,,゚Д゚)「はぁ!?」

驚くギコを他所に、ドクオもビロードもフィレンクトも、ブーンの台詞を予期していた
様子で作業にかかる。ただ一人、ツンだけは不満そうな顔を海へと向けていたが、反対の声は
誰からも上がらなかった。

(#,,゚Д゚)「どういうつもりだテメェ? 俺にノコノコ戻って恥をかけってのかゴルァ!」

 

 

158 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:24:59.39 ID: eQeP1m/V0
(メ^ω^)「船の為、船員の為に戦ったんですから恥ずかしく思うことは何も無いですお。それに、」

起き上がったギコに胸倉を掴まれながら、屈託の無い笑顔でブーンが続ける。

(メ^ω^)「ブーンも天涯孤独ですが、ドクオやツン、ビロードやフィレンクトさんは家族同様の大切な仲間ですお。
きっとギコさんの仲間も同じように思ってますお。だから戻るべきだと、ブーンは思いますお」

(,,゚Д゚)「……チッ」

(,,゚Д゚)「珍獣のくせしやがって俺に説教かよ、上等じゃねぇかゴルァ」

ブーンを放し、船尾から銀色に照り返る海を見る。誰にも、顔を見られないように。

(,, Д )「──手前の勝ちだよ。完敗だ、ブーン=ホライゾン」

 

 

162 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:26:27.99 ID: eQeP1m/V0
◆13

空が暮れの橙色から薄紫へと色を変えてゆく。
意気消沈して、座礁したガレー船の修理を行っていたギコの部下たちは、休戦旗を揚げる
エスポワール号の接近を歓声で出迎えた。自分たちの船長が一騎打ちで負けたと知っても、
その喜びに満ちた笑顔が打ち消される事は無かった。

(,,゚Д゚)「資材はこれで全部だな。あとは食糧に飲料水だけだ」

最後の一箱がエスポワール号に積み込まれ、二つの船を繋いでいた綱が解かれる。
ツンの、

ξ゚听)ξ「アンタたちのおかげで船に大穴開けられたんだから、資材と有り金寄越しなさい」

というどっちが海賊だか分からなくなるような要求さえ、ギコたちは受け入れた。

(‘_L’)「ドレーク船長」

黙々と作業の指揮をしていたフィレンクトが、甲板を挟んで佇むギコに声をかける。

 

 

165 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:28:07.33 ID: eQeP1m/V0
(‘_L’)「これからも、貴方は海賊をお続けになるつもりですか?」

(,,゚Д゚)「……船出して2ヶ月にもならねぇド素人連中に負けたんだ。船だってかなり傷んでるし、
諦めはついたぜ」

(‘_L’)「では、陸へ上がられるので?」

(,,゚Д゚)「こちとら反乱を起こしたお尋ね物でね、そう簡単に身を固めるわけにもいかねェんだ。
それに、負けっぱなしってのは俺の性分に合わねぇ」

木箱を担いで歩くブーンの後姿に、大声で呼びかける。

(,,゚Д゚)「ブーン=ホライゾン!!」

( ^ω^)「何ですかお?」

 

 

168 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:29:32.04 ID: eQeP1m/V0
首だけを斜めに回して、ブーンが返答した。

(#,,゚Д゚)「いいか、俺は、このギコ=ドレーク船長は誰よりも早く世界の果てを見つけてやる!
お前よりも早く、世界を見て回ってやるぞゴルァ!!」

だから、それまでくたばるんじゃねぇぞ──
承知しましたお──

ニヤリと笑い合い、握り拳を天に突き出す。
錨が引き上げられ、ゆっくりとエスポワール号がガレー船の舳先と反対に加速を始めた。

(,,゚Д゚)「アンタともまた会いたいもんだな、勇ましくて綺麗なお嬢さん」

ξ゚听)ξ「……今度はちゃんと本名を名乗ることね」

最後までギコと目を合わさずに、ツンが呟くように答える。

(,,゚Д゚)「野郎ども、全員敬礼!!」

ギコの合図に、甲板上の水夫たちが直立不動となり、海軍の正式な敬礼を離れていくカラベルに贈る。
見様見真似で、ブーンも船尾楼から、小さくなる船へと答礼の姿勢を取った。

誇りを守る為の戦いを終え、二隻の船が新たな航路へと舵を切る。
海賊、ギコ=ドレーク。
後に世界周航を果たし、救国の英雄として、大提督として、その名を後世まで不動の物とする事となる。
だが、それはまた別の物語──。

<第4話・了>

 

 

172 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:32:04.27 ID: eQeP1m/V0
◆幕間

ダーダネルス海峡にて──

('A`)「今回は流石にやばかったな」

( ^ω^)「まだ腕が筋肉痛でヒリヒリしますお」

('A`)「バルバロッサの偽者ねえ……アイツも十分強かったけどな」

( ><)「本物はもっと強いんでしょうか?」

(‘_L’)「噂の真偽がはっきりしない事には何とも言えませんが、バルバロッサが恐れられる理由は
その残虐性からでしょうな」

( ><)「反抗した町を生きたままの住人ごと焼き払った、とかですか?」

(‘_L’)「彼自身が一人で行った、という噂ですが流石に眉唾でしょう」

ξ゚听)ξ「まあ噂がどうあれ、この船の装備じゃまず海賊には太刀打ちできないわね。今回は
たまたま幸運が重なっただけよ」

( ><)「船も穴が開いたり舷側が壊れたりでボロボロなんです」

 

 

175 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:34:40.95 ID: eQeP1m/V0
( ><)「ツンさん、心当たりがあるんですか?」

ξ゚听)ξ「まあね、問題は修理費だけど……フィレンクトさん、どう?」

(‘_L’)「貿易での収入とドレーク船長より提供された分がありますので、法外な相場でなければ大丈夫かと」

ξ゚听)ξ「アイツが賞金首なら捕まえてどっかの海軍に突き出すつもりだったけど……」

( ><)「バルバロッサに成りすましてたから、たぶん知名度なんて無いも同然なんです」

( ^ω^)「海軍に突き出すと賞金がもらえるのかお?」

ξ゚听)ξ「名のある海賊なんかは、港町だったらたいてい酒場の壁に賞金首として乗ってるわよ」

('A`)「逆に自国の船は襲わないって条件付きで海賊行為を認められてる『私掠船』っていうのもあるけどな」

( ^ω^)「どっちにしろお金を稼ぐのも命がけだお」

ξ゚听)ξ「そいつらから身を守るためにも、船乗りは色々と知っとかなきゃならないのよ。ほら休憩終了!
ブーン、ドクオ、次は水深の計り方を教えるわよ!」

('A`)「へーい」

( ^ω^)「おいすー」

(‘_L’)「……行ってしまわれましたね。閉めの挨拶は私たちでということでしょうか。では読者の皆様、」

( ><)「これからも『( ^ω^)ブーンが大航海に出るようです』をよろしくなんです!」

 

 


185 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:54:09.70 ID: eQeP1m/V0
◆航海用語集

メインスル:主帆とも。ようは船で一番でっかいマストに吊るしてある帆。
       高さでいろいろ呼び方があるけど割愛。

クォーターリー:帆に斜め後ろから風を受けて走ってる状態。

一点風下:進路を微調整する用語。方角から何度風上、風下に向けるかを意味する。

ミズンスル:一番後ろのマストの帆。エスポワール号はラテン級カラベルなので
       一番マストの内側にある帆を意味する。

六分儀:切られたピザみたいな形の航海機器。緯度、経度を測れる。

ガレアス、ガレー:櫂による動力を主とする船。必然的に船員数が多くなる。
          波の高い外洋には向かない。

面舵、取り舵:船の進路から見て右、左。

アビーム:帆と45度角で風を受けてる状態。一番速度が出る。

 

 

189 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 06:03:23.24 ID: eQeP1m/V0
◆航海用語集(続き)

カルバリン砲:大砲の一種。射程距離が長い。史実で発明されたのは18世紀。
         ゲームの大航海時代では普通に出てくるw

ファゾム:水深を測るときの単位。約1.8メートル。日本語では尋(ひろ)とも言う。

フリントロック・ピストル:火打石を撃鉄に使う先込め式ピストル。この時代では希少品。

カトラス:別名、「船乗りの刀」。肉厚で多用途に使用できる。

ハスカール:手斧。もっぱら北欧のバイキングに好んで使用された。

バリスタ:ボウガンのデカい奴。地中海の海戦では頻繁に使用された。

ファルコン砲:大砲の一種。威力も射程距離も無い。

( ^ω^)「今回使った用語はとりあえずこんな所ですお」

 

180 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 05:45:17.26 ID: NoCUZtlR0
乙でした。

交易をしっかりやっていくと、それだけで20話くらい使ってしまいそうだねw

 

192 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 06:08:46.42 ID: eQeP1m/V0
>>180

( ^ω^)「ありがとうございますお。作者としては交易はどちらかというとサブ、
メインは探検と海戦で行こうかと思ってますお」

( ^ω^)「20話というか……地図を完成させるにはギリシャ文字入りのピリ・レイスの地図を
全部集めないとならないので最低でも25話かかりますお」

(;^ω^)「しかも今回のような地図と関係ない話も含めると4,50話になってしまいそうですお」

( ^ω^)「なんとか一週間に一回は更新しておきたい所ですお」

 

195 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/06(水) 06:17:09.36 ID: eQeP1m/V0
( ^ω^)「ちなみに蛇足ですが第4話を書いてる時に聞いてた曲ですお。
原作はまだ見てませんので機会が会ったらDVDを買いますお」

http://www.youtube.com/watch?v=lnfiOJpzKnY

 

 

 

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