2 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/25(土) 23:54:00 ID: qrBiyTBS0
__ツンの家の庭では、しばらく赤や緑の花火が絶えず咲いていた。
そして最後の手持ち花火の火薬が静かに尽きたとき、俺たちは真夏の夜闇に包まれる。
ドクオは夏の旅にでるようです
4 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/25(土) 23:55:17 ID: qrBiyTBS0
俺とツンを繋ぐ線分の中点にある蝋燭の背丈は、もう小指ほどになっていた。
茜色の炎はちろちろと燃え、俺たちのズボンの裾を照らす。
暗闇の中でツンは喋り始めた。
ξ゚听)ξ「…自転車」
('A`)「いいよ。もう謝らなくていい」
ξ゚听)ξ「…」
ξ゚听)ξ「速いだろうね」
6 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/25(土) 23:57:03 ID: qrBiyTBS0
('A`)「ん?」
ξ゚听)ξ「あれってさ、普通の自転車と違うよね」
('A`)「ま、まあな。見ればわかるだろ」
ξ゚听)ξ「…速いんだろうね。風になった気分でしょ?」
('A`)「まあね。それでも、ずっと漕いでるとかなり疲れるもんだよ」
ξ゚听)ξ「そうなの?」
('A`)「ツンに助けられる直前、つまりヘトヘトで漕いでたとき…」
('A`)「あんときほどペダルが重く感じたときはないよ」
37 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 00:49:49 ID: 72n9rb0F0
朝の食卓でおばさんは、自転車屋さんは仕事の朝イチに…、9時には来てくれると言った。
昼過ぎには、出発できる。俺は胸の高鳴りを感じていた。
しかし同時に、胸にひっかかることもあった。
ツンのことだ。
俺はツンの屈託のない笑顔が見たい。
どうしても、見たい。
毎日、憂鬱に日々を送る彼女に、自分の力で最高のスマイルを導かせたい。
昨夜、神社で泣き顔を見たときから、ずっと思っていた。
38 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 00:53:56 ID: 72n9rb0F0
この旅に出て、「初めて」のことが沢山あった。
「信じられない」ことが沢山あった。
__そしてまた一つ、俺が誰かのために動くなんて。
お節介だろうか。余計なお世話だろうか。
それでもいいんだ。
…いいんだ。
39 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 00:55:49 ID: 72n9rb0F0
午前10時。今日も太陽は燃えている。セミも元気に鳴き始めた。
屋敷に着いた自転車屋は、既に汗水を垂らしていた。
マウンテンバイクをいじるのを傍観しながら、俺は足りない頭を絞っていた。
('A`)「んー…」
「よお、お兄ちゃん」
('A`)「…?」
('A`)「はい?」
「なかなか手入れが行届いてて、いい自転車だなあ」
('A`)「(そりゃあもちろん)ど、どうも」
41 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 00:56:47 ID: 72n9rb0F0
「これなあ…、うん、チャレンジャーの乗り物って感じするよなあ…。」
なかなか面白いことをいうおじさんだと思った。
チャレンジャーか。うん、俺は挑戦者だ。なにに挑んでいるのだかは知らん。
工具を持つ自転車屋さんの手元から、金属がこすれ合ったり、ぶつかり合ったりする音が聞こえてくる。
自転車はすぐに直った。もともと壊れている箇所はあまり少なかったし、二時間ほどしか修理の時間は続かなかった。
自転車屋が腰を上げ、ハンドルの周りを何やら調整しているときだった。
俺の頭にとある考えが浮かんだ。
43 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:02:52 ID: 72n9rb0F0
('A`)「すす、すいません」
「ん?」
('A`)「あの、これを、…… してくれませんか?」
「ああ、いいけど。念のため持ってきたんだ。でも、別途料金だよ?」
('A`)「大丈夫です。お願いします」
「よし、わかった」
俺はポケットからお金を取り出し、おじさんの油と汗まみれの掌に乗せた。
そして、あるものを受け取った。
45 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:07:30 ID: 72n9rb0F0
__俺は屋敷に戻った。ツンとおばさんとの、最後の食事の時間だった。
('A`)「おばさん、有難うございます。おかげで自転車、すっかり直りました」
从'ー'从「いいえ、礼には及びません。重ねてドクオ君に謝ることしか私にはできないわ」
从'ー'从「ほらツンも…」
ξ゚听)ξ「……」
('A`)「いいえ、もう大丈夫です。直ったんだし!」
('A`)「それより、この二日間本当に有難うございました」
('A`)「感謝の気持ちで一杯ですよ」
こんな一丁前に感謝を口にできるとは、俺も成長したのだろうか。
おばさんが作ってくれた冷やし中華を頬張りながら思った。
そういえば旅立った日も冷やし中華だった。かーちゃんと親父は今頃どうしているだろうか……
47 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:13:19 ID: 72n9rb0F0
从'ー'从「食べたらすぐ行くの?」
('A`)「今考えています。とりあえずは腹が落ち着いてからですね」
('A`)「それにしても美味しいっすね、この冷やし中華」
俺の口からはお世辞も飛び出るようになった。
なんだか俺が俺じゃなくなっていくような気分だ。もちろん良い意味でだが。
('A`)(かーちゃんのはちょっと味が濃すぎるんだよな、その点これはいい…)
なんて思っていると、軽くホームシックになりそうだった。
家を発ってから一週間は経っただろうか……。
48 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:17:39 ID: 72n9rb0F0
昼食を終え、俺は和室に戻り支度をした。
少し時間が経ち、ノックの音も立てずに、ツンがゆっくりと入ってくる。
お別れのときというやつか。
('A`)「よ……よお」
ξ゚听)ξ「うん」
('A`)「色々とありがとな。」
ξ゚听)ξ「何もお礼を言われることなんかしてないのに、なんでそんなこと言うの?」
そのときのツンの顔は、出会ったころの棘棘しさと、どこか照れているような、その二つが混ざっていた。
俺はすかさず返答する。
51 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:19:01 ID: 72n9rb0F0
俺はすかさず返答する。
('A`)「君と出会ったこと自体にありがとう って言いたいんだよ」
…内心、どのくらい恥ずかしいことを言ってしまったんだ俺は…と、後悔した。
しかしツンは軽く笑ってくれる
ξ゚听)ξ「ははっ!ドクオ、俳優みたいだよ?その台詞」
('A`)「そうか、俳優か!いやぁ参るね」
いやぁ参るねじゃないよアホタンが。
だが自分でもあんな言葉が自然に口に出るとは驚きだった。
52 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:20:03 ID: 72n9rb0F0
__そして、俺は自転車屋さんから買った「ある物」を手渡そうとした。
しかしツンが口を開く。
ξ゚听)ξ「見送りするよ」
('A`)「へ?」
ξ゚听)ξ「ママと一緒に、そこの登り坂まで」
ツンは障子の向こうを指差した。
広い道幅の長い坂がある。
('A`)「あ、ああ… ありがとな」
こうして、別れの時間は少し延びてしまった。
55 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:25:30 ID: 72n9rb0F0
ツンが出て行った後、俺は14時ごろまで和室で体を休めることにした。
一番暑い時間帯に出発するのもアレだが、一気に進みたかった。
出来ることならば晴れてラウンジ県に到達し、ラウンジ県の公園で野宿がしたかったのだ。
天井を見つめつつ、俺は「ある物」をかざして見つめる。
('A`)「うーん…」
今更、俺は自分の考えにケチをつけ始めた。
('A`)「こんなんじゃ、駄目だっ!」
57 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:26:21 ID: 72n9rb0F0
__14時になった。
新しい名案が浮かばないまま、自分のアイディアに不満を持ったまま、旅立ちの時間が訪れた。
俺は自転車を押して歩きながら、おばさんとツンと坂へと向かう。
从'ー'从「ここからならもうラウンジ県はもうすぐね。ほんと、頑張ってね?」
从'ー'从「おばさん、本当にドクオ君のこと応援してるから!」
('A`)「ど、ども…」
ツンはおばさんの脇を車椅子で進んでいた。困ったことに、少し不機嫌そうな表情だった。
ξ゚听)ξ「…」
('A`)(どうしよう……)
60 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:31:37 ID: 72n9rb0F0
坂は上り坂だった。見るところ傾斜は中々きつい。
おばさんとツンの足が止まった。
从'ー'从「じゃあ、ここまでね」
从'ー'从「ここは長いし、きついしで近所じゃ有名な坂なのよ」
从'ー'从「直った自転車の試運転にはちょうどいいと思うわ!」
从'ー'从「……じゃあ、頑張ってね」
俺はおばさんと握手をした。
そして、ツンと…、握手をして、「ある物」を不満ながらに渡そうと思ったそのときだった。
ξ゚听)ξ「私、坂の上まで行くわ」
61 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:32:14 ID: 72n9rb0F0
突拍子なツンの発言を、早速おばさんは塞ぐ。
从'ー'从「無茶よ。車椅子じゃ辛すぎるわ」
ξ゚听)ξ「いいの。私はドクオを坂の上で見送りたいの」
ξ゚听)ξ「ママは黙っててよ」
从'ー'从「もう…。勝手にしなさい」
从'ー'从「ごめんなさいドクオくん。最後まで」
('A`)「俺は別にいいですけど…、むしろ嬉しいくらいで」
('A`)「でもツン、大丈夫なのか?」
ξ゚听)ξ「大丈夫よ」
66 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:38:39 ID: 72n9rb0F0
俺はおばさんに「さようなら」と別れを告げ、ツンと一緒に坂を登った。
自分だけ自転車に乗るのでは彼女が置いてけぼりになるので、押して歩いた。
('A`)「ふぅ…。こりゃ、確かに、つらいなっ」
ξ;゚听)ξ「…」
黙々とツンも車椅子を押していた。
綺麗な素肌に一筋の汗が輝いていた。
('A`)「おい、ツン?無茶するなよ」
ξ;゚听)ξ「平気だよっ」
…強がりの裏には、彼女の本質的な可愛さがあるような気がした。
もうすぐ、坂の上だ。
67 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:43:00 ID: 72n9rb0F0
('A`)「ようし着いたーー!!」
ξ;゚听)ξ「……着いたね」
ξ;゚听)ξ「私、初めて」
ξ;゚听)ξ「自力でここを上ったの」
ξ;゚听)ξ「ついでにね」
ξ;゚听)ξ「こんな汗をかくのも久しぶりよ」
('A`)「俺は自転車乗ってるときは、ツンの数倍は汗かいてるぞ。はは」
ξ;゚听)ξ「…こんなに、風が気持ちいいって思うの初めてだよ」
68 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:44:21 ID: 72n9rb0F0
('A`)(風…………)
その一言を聞いて、俺の頭に電球が浮かんだ。
これだ。間違いない。
といった類ではなく、なんというか、自然に
ぽろっと出たアイディアだった。
('A`)「じゃあ、いっそのこと、風になろうよ」
71 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:46:34 ID: 72n9rb0F0
ξ;゚听)ξ「!?」
('A`)「はいはい失礼しまーす…」
ξ;゚听)ξ「わっ、ちょっと…」
俺はツンの体を抱え、助手席にちょこんと乗せた。
もともとマウンテンバイクにはそういった類は搭載されていない。
しかし、何せ親父の代からの"旅用"なので、なぜかこじんまりしたのが後部にあった。
坂を上りきったところで露わになった入道雲を背に、俺は自転車をターンした。
74 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:48:04 ID: 72n9rb0F0
('A`)「よし!行くぞ!!!しっかりつかまってろーーー!!!」
ξ;゚听)ξ「え!?ねえ、わっ…」
俺は力一杯ペダルを踏んだ。
自転車は坂を勢い良く下っていく。
風が体に当たる。そして通り抜けていく。
周りの景色が早送りされているような感じだ。
…そうさ。
(;'A`)「風になった気分だろーーー!?」
76 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:49:54 ID: 72n9rb0F0
俺は後ろのツンに大声で尋ねる。
さり気なく後ろを振り向きながら。
ζ(゚ー゚*ζ「……うん!!!」
ツンは笑っていた。しっかりと、俺の体に掴まりながら。
口の先をくいっと曲げて笑っていた。
最高の笑顔だ………。
80 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:51:23 ID: 72n9rb0F0
(;'A`)(やばい…。車椅子どうすんだよ!!!)
しかし、俺が見たのは驚くべき光景だった。
ξ;゚听)ξ「…ありがと」
そう言って、ツンは自転車から降り、なんと自分の二本の足で立ち上がった。
だが、しっかりと地に足をつけた感じではなかった。
…少し離れたところで、おばさんが泣いているのに気付いた。
81 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:52:25 ID: 72n9rb0F0
('A`)「お、おまえ…」
喋りかけようとしたが、止めた。
うん。ツンが立てたんだ。…それでいいじゃないか。
( A )「……」
俺はしばらく黙っていた。何ともいえない気持ちが胸の中で波を起こしていた。
しかし、渡すものがあるんだ。まだお別れじゃない。終わりじゃない。
ポケットの中から俺は… 自転車のベルを取り出した。
82 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:53:51 ID: 72n9rb0F0
('A`)「これ、あげるよ」
('A`)「俺、ツンのこと忘れたくないんだ」
ξ )ξ
('A`)「ツンにも、俺のこと忘れないで欲しいって思うんだ」
ξ; )ξ
('A`)「だから、あのマウンテンバイクに付いてたベルをあげるよ」
ξ; )ξ「……」
ツンは涙目でベルを受け取り、ちりん、ちりんと二回それを鳴らした。
…その音は青空に吸い込まれていく。
おばさんはハンカチで必死に目頭を押さえている。
もうなんだか気恥ずかしい気分だった。
87 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 01:57:10 ID: 72n9rb0F0
('A`)「じゃ、行くな。今度こそ」
('A`)「…またこの上り坂かー。つらいな!」
('A`)「あっ、わりぃーなー…。坂の上で見送ってもらうつもりだったのにな…それに車椅子も…」
そう言って振り返るとき、ツンが口を開いた。
ξ; )ξ「わ、私も…」
ξ; )ξ「……」
黙ってツンはリボンを解いた。ツンのくせ毛が左のほうだけ広がっていく。
そして、俺の自転車のハンドルにしっかりと結び直した。
ξ; )ξ「………ここにいるから……」
優しく瞳を濡らしながら、彼女はハンドルをさすった。
黄色のリボンが、風に揺れている。
91 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 02:00:07 ID: 72n9rb0F0
もう俺たちに安易な別れの言葉は要らない。
黙って俺は自転車を発進させる。
…俺はギアの比を最大の5にする。
こんな辛い坂をまた上るには、こうしなきゃ踏ん張れない。
一気に重くなったペダルを踏む俺は、とある言葉を思い出す…
('A`)「なあーーーツーーーン!!!」
俺は後ろを向いたまま、ツンに叫ぶ。「フルーツバスケット」の、少女のように。
ξ; )ξ「…うん?」
92 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 02:01:59 ID: 72n9rb0F0
「また…会えるかなーーーーーーーー!」
ξ; )ξ
ξ )ξ
ξ ー )ξ
『ラストシーンじゃ、あるまいしーーーー!!!!』
94 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 02:03:00 ID: 72n9rb0F0
……………
そうか…
ラストシーンじゃ あるまいし
ってか。そう言ったんだな。
うまいこと言ったもんだな
そうだな…
…夏はいつ終わるのだろう?
映画なら簡単さ。
「FIN」の文字が出れば終わるだろう。
96 名前: 1 ◆ps3CKPkBXIMail: 投稿日: 07/08/26(日) 02:04:09 ID: 72n9rb0F0
…俺の夏はいつ終わるのだろう?
……この調子じゃ、まだまだ終わらないようだな。
もう一度だけ、もう一度だけ俺は後ろを振り返ってみる。親父の言い付けに、初めて背いてみた。
………弾けんばかりの表情で、素晴らしい笑顔で、ツンは精一杯手を振っていた。
俺も思わず、目が線になるくらいに笑ってしまったよ。
(自転車編6 おわり)