2 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:03:01.09 ID: HXCyf+lq0
あれだけ叫んだのに、誰も裏庭にはよって来なかった。
魅音が先に手回ししていたのかもしれない。
話が聞かれていたかもしれないと思ったが、圭一は大分離れているし子供たちの声もあるので多分…聞こえてないだろう。
とりあえず輪になって、何が出来るかをみんなで相談することにした。
「今日はお昼で終わりだから…放課後にまた集まって話す?」
魅音の言葉を古手梨花がさえぎる。
「待って。それだと時間がなさ過ぎるわ。」
「? どうしてかな? かな?」
レナの問いには僕は答えられない。
だが…それを察している古手梨花は僕の視線に気づいてくれた。
「…私の予想では、今日圭一の目を覚ませられなかったら…もうダメだと思うわ。」
「…そうだね。梨花ちゃんがそういうなら…そうなんだね。」
「それより梨花、なんだかさっきからおかしな口調ですわね。」
「みー☆ 僕だってたまには楽したいのですよ。」
「?」
「それじゃ、やっぱり放課後に圭一くんとみんなでお話してみるべきかな? かな?」
「それがいいと思うのです。
でも、圭一はきっとたくさん人が来るとがたぶるにゃーにゃーになってしまうと思うのです。」
「だったら人数は少ないほうが良いね。誰が行く? やっぱここは部長としてあたしが…」
4 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:05:36.30 ID: HXCyf+lq0
「…レナにお願いしていいかお…?」
僕はレナをしっかり見据える。
鬼隠しの世界…最後、レナは圭一を鉈で追っかけまわした。
それが圭一の妄想なのかどうか定かではない。
でも、そうしないといけない世界ならば…
「…うん。じゃあレナがお願いされるね。」
魅音は何か言いたげな表情をしてから…すぐに引っ込めた。
梨花ちゃんが後ろで魅音の服を引っ張っていたのを僕は見逃さなかった。
「魅音、ちょっとお願いしていいかお?」
「人殺しとかじゃなかったらなんでもどーぞ」
「園崎の人間…今、動かせるかお?」
「……。」
魅音の表情が曇る。
僕は暗に圭一にヤクザを差し向けろといっているのだ。
あまり気持ちの良い話ではない。
「ごめん。 でも状況が状況だから…綺麗ごとばっかりは言ってられないんだお。」
「僕は魅音もレナも圭一も沙都子も梨花ちゃんも…誰も失いたくないんだお。
だから、もし圭一が錯乱してバットでも振り回してレナにケガさせたら…
いや、今の圭一なら下手したらケガなんかじゃ済ませないかもしれないお。」
「…だからいざって時の護衛を…?」
結論はレナが代弁してくれた。
僕は頷いて、再び魅音を見る。
5 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:08:32.90 ID: HXCyf+lq0
「…うん。ブーンの言いたいことはわかった。でも一旦家に帰って、話してみないとわかんない。
それに…私はまだ園崎家を受け継いだわけじゃないから…いきなり動かせって言われても、ちゃんとした理由がないと…ね。」
「そんなに大勢じゃなくてもいいんだお。 二、三人も居れば十分だお。 それでも難しいのかお?」
「…う〜ん。とにかく一旦帰ってみないとわからないなぁ…
電話でも出来ればいいんだけど…多分…今頃は寝てるだろうからねぇ…」
あまり時間はとりたくないんだが…
そこは仕方ないか…。
「あの、お話が難しくてついていけないんですけど…
私は一体何をすればいいんですの?」
抽象表現が伝わりにくかったのか、沙都子はまだ把握できずにいる。
僕はそっとその頭に手をのせる。
「沙都子。今日、キミは何もしなくて良いお」
「へ? な、なんでですの? 私だけ置いてけぼりだなんてあんまりですわ!!」
「違うお。 今日だけ、ううん、明日からもキミはいつもどおりに生活してくれていればいいんだお」
「…? どういうことですの?」
6 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:11:41.65 ID: HXCyf+lq0
「今日、なんとかして圭一を元気にさせるお。
でも、多分きっとみんなは病み上がりだから、って敬遠しちゃうと思うんだお。」
「だから、明日以降、キミは圭一と普段通り接して欲しいんだお。」
「…」
「キミは圭一を日常へと戻す大事な役割。だから、今日は明日に備えてじっとしててほしいお。」
「…なんだか言いくるめられてる気がしますけど…言いたいことはわかりましたわ」
「つまり、明日はいつもの倍はスペシャルなトラップを仕掛けろ! ってことですわね?!」
「そうそう。 だから頼むお。」
置いた手で頭を撫で、次は梨花ちゃんと向き合う。
「わかってるのです。
沙都子が変なことしないように見張っておくのです。」
「お願いするお。」
「なんだか私が悪い子みたいで嫌ですわ…」
「え? 良い子なんてここに居たっけ?」
悪態をつく魅音に反抗する沙都子。
レナはにこにこ、梨花ちゃんもにこにこ。とても和む。
そう、これが日常の風景。
彼女らの持ってる温かさなんだ。
7 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:14:54.53 ID: HXCyf+lq0
今の圭一はとても冷たい。
だから早く早く温めてあげたい。
そのために、今日最期の時まで…戦おう!
チャイムが鳴り、僕らはバラバラに教室へ戻ることにする。
一気に戻って、変に圭一に不信感を抱かせてはまずいからね。
別れ際、魅音がふと僕に尋ねてきた。
「そういや、ブーンは何するの? レナの護衛でもすんの?」
「…いや、バット相手じゃ僕でも怖いお。
ひとまず、魅音と一緒に園崎家まで向かうお。
もし、動かせなかった場合は僕がこの身にかえてでもレナを守るお」
「ありがとうブーンくん。」
護身術でも習ってれば素人のバットぐらいじゃビビらなかっただろうなぁ…。
もっと動体視力とか筋肉鍛えとけばよかった。情けないなぁ男の子。
…そう考えると富竹ジロウ(故)は男の中の男なのかもしれないね。
あぁでも彼は一応軍人(?)だっけ。
「じゃ、放課後! それぞれ指示通りに頼むお!!」
8 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:17:59.41 ID: HXCyf+lq0
魅音の号令で授業は終了。
真っ先に圭一を見ると、やはり道具を片付けてバットを携えてそそくさと出て行ってしまった。
「…よし。じゃ、作戦通り! いくよ!!」
圭一が校門を出るのをみんなで見届けてから、僕らはそれぞれ行動に移った。
すぐに園崎家へとダッシュで向かう僕。
焦りを感じてくれたのか、魅音も僕より速く先を走っている。
「先に言っとくよ。
もしばっちゃがオッケーしても、興宮からこっちにくるまでしばらく時間がかかっちゃうと思う。」
「…じゃあ話を終えたら僕はすぐ圭一のところへ向かうお」
後ろ盾があるかないかで大分、心持が変わるからね。
素手でバットに挑むわけなんだし。
携帯電話とかあればもっと簡単なのに…悲しきかな古きよき時代か。
園崎本家にあがるや否や、魅音はお魎さんに会いにいった。
幸い起きた直後らしく、機嫌はいいほうだった。
魅音が説明すると、お魎はうなって答えた。
「そんなガキ一匹に園崎動かしてどないするんしゃあね。」
「たしかに…たかがガキ一匹かもしれないけど…あたしたちにとっては大事な仲間なんだよ」
「雛見沢にはしきたりがありますおね。 言い伝えというか…もっと大事な結束みたいなのが」
「…」
「たかが一人だお。ただのガキだお。 でも…僕たちだけじゃどうしようもないくらい錯乱してるんだお。
だから…お願いしますお。 一人だけでも二人でもいいんですお。 お力添えをお願いいたしますお…」
13 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:32:24.63 ID: HXCyf+lq0
僕が土下座すると、魅音もついで土下座してくれた。
またお魎さんはうなってうなって…
しばらく考えたあげく
「…ま、二人くらいならええかいね」
「あ、ありがとうばっちゃ!」
「ありがとうございますお!」
魅音は急いで電話口へ向かい、(僕からすれば)古い黒電話のナンバーをまわして、本宅に手短に説明をした。
最初は反対されていたみたいだが、お魎の名前を出してから少し間が空いた。
それから、またちょっと待ってから魅音が僕を見て頷いた。
それを合図に僕は外へ飛び出した。
向かうは一つ。
圭一が最後に向かうあの場所へ。
元ダム工事現場へ!
「…あっ!!」
しばらく走ってから気づいた。
14 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:35:33.82 ID: HXCyf+lq0
…魅音に場所を教えていなかった。
圭一はいつもの帰り道を変えて森の方へ走ってしまう。
きっと魅音たちはいつもの帰り道へそのまま向かうだろう。
どうする。
救援が来ないとなったら意味がない。
なんとかして差し向けなければ。
……どうする? 考えろ。 時間はないぞ。
……そうだ。
興宮からこちらにくるまで少しかかるといっていた。
ならまだ到着はしてないはず。
だったら園崎家に電話をかければまだ間に合う…か?
僕は近くの家に飛び込んだ。
中ではおじさんが縁側に一人で日光浴を楽しんでいた。
「おんや…内藤さんちの息子さんでねぇの。どうしたんね?」
「えと…いきなりすみませんお。お電話お借りしたいんですお。園崎家の番号教えていただけますかお?」
僕は息を弾ませながらおじさんに聞いた。
田舎ゆえに、いきなり上がりこんでも別に普通。
いきなりあがりこんで、水を飲んでいくという光景を一度ならず僕の家でも目にしたことがある。
すばらしきド田舎。
15 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:38:51.97 ID: HXCyf+lq0
おじさんは空で番号を連ねていった。さすがは御三家だな。暗記されてるのか。
僕は一礼してから、電話を借りに駆けた。
ナンバーをジコジコ回し、少し置いてからコール。
……5回目半でやっとつながった。
「はい、園崎です。」
声は魅音だった。良かった。読みははずれていない。
「魅音? ブーンだお。たった今、変更点があったんだお。」
「? 何?」
「さっき圭一を見かけたお。レナも一緒だったけど…やっぱりなんか様子がおかしかったんだお。」
もちろん見てはいない。
けど頃合的には間違ってないはずだ。
『条件』には多分…
「え? 本当?! で、今どこに?」
…よし、痒みはない。
ある意味、このタイミングで正解だったのかもしれない。
続けよう。
16 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:41:32.99 ID: HXCyf+lq0
「なんかおかしな道を歩いていってたお。
でも、多分あのまま行けばゴミ山の方へ行くと思うお。」
「オッケー。つまり、すぐにゴミ山へ向かえってことだね?」
「そうだお。
もし錯乱してたら…少しくらい手荒でも止めちゃって構わないお。
あ、それと変に不振がられないように、服装は普段着で頼むお!」
「うん、わかった。…あ、ちょうど今来たみたい。
ブーンも向かうんでしょ?」
「うん。全力で向かうお。」
「じゃ、そこで!」
「うん!」
受話器を置いて、いつの間にか来ていた家主のおじさんが不思議そうに尋ねてきた。
「なんね。鬼ごっこでもしとるんかいの?」
「……はい。村規模で鬼ごっこですお。」
「そうかいそうかい。若いのは元気でええの。精々、頑張るんよ。」
「はい。お電話ありがとうございました。」
もう一度一礼してから僕は靴を履き、急いでゴミ山へ向かった。
17 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:44:50.31 ID: HXCyf+lq0
ひぐらしではなく、ひたすらミンミン蝉の鳴く道を僕は全力で駆ける。
肺が潰れそうだ。
足も重くなってきた。
…くっ…これ以上は…流石にまずい。
一度、膝に手を置いて休憩をする。
喉の奥がからからで、激しい脈が胸部をいためる。
でも、だらだら立ち止まってなんかいられない。
急がないと…魅音たちが向かってるとはいってもやはり心配だ。
この世界はもう『鬼隠し』ではない。羽入からそういうニュアンスのことを聞いた。
ならば『鬼隠し』からした場合の、大小問わないイレギュラーが起きてもなんら不思議ではないのだ。
例えば圭一が二人を殺すのが今ここで、となってもおかしくはない。
それだけは阻止しないとならない。
それこそが僕の居る意味なんだから。
乳酸漬けの足を無理やり動かし、精一杯腕を振り僕は再び走り出した。
僕が汗だくでゴミ山についた時。
最初に気づいたのは車だった。
見たことない、黒い車。高そうな車。
ヤク○さんが乗ってそうな車だ。
それがゴミ山の脇を通る道に止まっている。
18 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:47:52.75 ID: HXCyf+lq0
つまり、僕より先に魅音たちが来ていたのだ。
それに気づき、僕は悪い足場を懸命に駆け下り、上り
ゴミ山から見える森へと向かった。
「あ、ブーンくん!」
僕が坂道を登りきると、そこにはレナと魅音
ラフな格好をした大人が二人。園崎の人だな。
それと…横たわる圭一が居た。
僕の息が整うまでの最中に、レナと魅音がこんな状況に至るまでの経緯を話してくれた。
レナは指示通り、すぐに圭一をおっかけたらしい。
だが、相手はバット。男の子の僕ですら怖いのだ。手ぶらでは危険すぎる。
そう思って鉈を持っていた。使う気など更々ないし、使おうとすらしなかったらしい。
それから暗に武器を携帯することの危険性やオヤシロさまのことを少し話したとか。
錯乱しきってた圭一をレナは追いかけた。でも森に入ったあたりで一度見失った。
そこからは魅音が説明した。
ゴミ山から森の方で人影が見えたので、そちらへ向かった。
案の定それは圭一で、魅音じゃ危ないからと園崎の人が二人で行ったらしい。
そしたらわけもわからず、奇声と共にバットを振り回してきたので一度落ち着かせようと鳩尾を突いた。
…こんな感じだ。
19 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:50:41.27 ID: HXCyf+lq0
僕の息が落ち着いたのを見計らって魅音が切り出した。
「…どうする? これから。」
ここで目覚めても圭一は怖がるだけだろう。
また錯乱されても困る。
…圭一が一番安心できる場所へ連れて行こう。
彼の家へ。
そっと圭一を運び、園崎の車に乗せる。
搬送するまでの間、レナはずっと圭一の手を握っていた。
前原家は留守だった。
ポケットを弄るとオットセイ付きの家の鍵と思われるものを発見した。
それを差し込み、音がしたので扉を開ける。
園崎の人が慎重に圭一を運び、布団に寝かせてくれた。
「…とりあえず、今日はこのぐらいでいいですお。
ありがとうございました。」
そういってから、僕らは揃って頭を下げ園崎の人たちを見送った。
自分を襲った人が家の中に居た。
そんなんじゃ、また圭一は狂ってしまうだろうから。
20 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:53:44.38 ID: HXCyf+lq0
見送りの際に、レナが魅音に入江先生のところへ向かうように言っていた。
じゃあ車で帰るついでに、と魅音も園崎の人に同伴していった。
「ばっちゃにお礼も言わないとね。」
そう笑って、魅音は排気音と共に去っていった。
…あの様子だと一度家に帰るみたいだな。
「レナは圭一くん見てるね。
圭一くんが起きたら教えるね。」
僕は階下で休憩することを望んだ。
蝉が全霊込めて鳴くほどの炎天下で、普段動かさない筋肉を酷使したのだ。
疲労はピークだった。
レナが圭一の部屋に入ったのを音で確認し、僕はソファーにドカッと腰をかける。
大筋は一緒…か。
もう残された時間は少ない。
少なすぎる。
僕に出来ることは後どれだけ?
21 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 21:56:39.86 ID: HXCyf+lq0
…みんなに『気づかされて』僕は一度失うはずだった命を助けてもらった。
自分のレベルが今どれくらいかはわからない。
だが立ち直った上に妄想もないのだから、最低でL3だろう。
……最初からわかってたはずなんだ。
この世界での惨劇を…疑心暗鬼を打ち破る鍵。
『気づかせる』こと。
それがC120に頼ることなく症状を回復させる薬なんだ。
あのカケラの世界で古手梨花自身が言っていたじゃないか。
僕も身を持って学んでいる。
それを思い出すのが遅すぎたんだ。……くそ。
…どうすれば気づいてもらえる?
レベルがわからないから下手なことはいえない。
制限がわからないから危なすぎる。
もし、条件に触れてレベルが上がってしまったら…
目の前で、富竹と同じ死に方をする人間がいるのだ。
圭一は完全に壊れるだろう。
…疲労で頭が回らない。
どうしたらいいんだよ。
23 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:00:14.24 ID: HXCyf+lq0
…あぁ、どうしたもこうしたも
戦う意志…信じる心…疑わない心。
仲間を信じて最後まで…圭一を信じて最後までつっぱしるしかないのだ。
それに賭けるしかない。
ガタリと階上から音がした。
これが…最後の対峙か…。
圭一はトイレに行くから、と一度部屋の外へ出る。
そこが最後だ。
レナや魅音ではなく、僕だけで戦う最後の場面。
さぁいこう。
仲間を……彼を信じて。
階段を下りてきた圭一と目が合った。
「…ぶ、ブーン…!」
驚いてはいるものの、掠れた声だった。
その目には何を考えてるのかわからない瞳が。漆黒の瞳が。
25 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:03:51.33 ID: HXCyf+lq0
「…お邪魔してるお」
「…」
圭一は無言だった。
適当に笑って
「おぅ、そうか」
ただそれだけでもいいから返事してほしかった。
「…」
圭一は黙ってそわそわしている。
僕がいるから電話が出来ないのか?
それとも何かいいたいのか?
……最後に圭一と話したのはいつだっけ?
そうだ。
僕がワゴンのことを教えたあの日か。
つまりは三日前。
そんなに距離を置いてしまったのか。
…そんな僕が図々しく圭一を仲間と呼べるのだろうか。
いや、もうそれしかないのだ。
何か話すしかない。
27 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:06:31.10 ID: HXCyf+lq0
「…昨日は…どうだったお?」
圭一は押し黙る。
ひたすら自分の中で考え込むのが症状の証なのだ。
考えに考えた挙句、圭一は敵意むき出しの目で僕を見てきた。
「…予言どおりだったぜ。
車にひき殺されかけたよ」
「…そうかお」
「そうかお、じゃねぇだろ!!」
耳の奥がビリビリした。
圭一はまた考えこんでから言った。
「なんでブーンは知っていた?! 答えろ!!
今度ははぐらかすなよ?!」
「…知っていたもなにも。
冗談に決まってるお」
「……冗……談…?!」
僕は切り返す。
なんとかして…僕たちを信じてもらえるように話を持っていくんだ。
作戦はそれしかない。
「ふざけんなよ!! あれが冗談なのかよ?!」
「そんなことは知らないお。
予言まがいのことを言った冗談なんだお。
いつからキミは冗談すら通じなくなったんだお?」
29 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:09:38.65 ID: HXCyf+lq0
…ダメ……か…。
再びだんまりだ。
どうも冗談だという方向に持っていくのが難しい。
当然といえば当然かもしれない。
自分で蒔いてしまった種なんだから。
また思考を張り巡らせて、圭一は怒鳴る。
「轢かれかけたんだぞ?! あと少しで!!
俺があの時、迫ってくるクラクションに反応してなかったら…
サイドミラーにぶつかって田んぼに落ちるくらいじゃ済まなかったんだぞ?!」
「だからそんなこと…」
……ん?
…今…圭一はなんていった?
情景を思い出しながら語ったであろう台詞が妙にひっかかった。
『俺があの時…』
「待つお、圭一。」
「なっ…なんだよ?」
見つけた。
あの事件の盲点…!
30 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:12:24.75 ID: HXCyf+lq0
「今、『クラクションに気づかなかったら』って言ったおね?」
「……あぁ、言ったぜ。それがなんなんだよ?!」
「なんでそんな簡単なことに気づかないお?
そこまで気づいているはずなのに…どうして本質を見極められないんだお?」
そんなのは簡単だ。
雛見沢症候群のせいだ。
でも今、僕は前原圭一という人物に尋ねている。
彼を試している。
運命すら打ち破る男に、出来ないことなどないのだ。
だから…頼むよ。
「な、何がいいたいんだよ?!」
「事故を装って轢き殺すなら、なんでわざわざクラクションを鳴らすんだお?」
「―――!」
「キミを殺そうとして車が迫ってきたわけじゃないお。
田んぼって言ってたおね? きっと狭い道だったんだおね?」
「……」
無言の肯定だと思って僕は続ける。
『狭い道』は憶測だが…雛見沢にそんな広々した道路みたいなのはなかったはずだ。
「きっと急いでたんだお、その車も。
だからクラクションを鳴らし続けた。でもキミは気づかない。
いや、きっと気づいて一回くらい後ろを振り向いたはずだお。
だから車も接近に気づいてるものだと思って躊躇なく向かってきた。
多分こんな感じじゃないかお?」
32 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:16:42.73 ID: HXCyf+lq0
「………じゃ…じゃあ…!」
話の転換が嬉しかった。
それはあの日のことはただの偶然だということを理解してくれたということだから。
僕は次なる質問を論破しようと耳を傾ける。
「魅音たちがくれたおはぎはどうなんだよ?!
これだって死ぬかと思ったんだぞ?!」
僕は少し考えてから答える。
「…何が入ってたんだお?」
きっとこの返しが正解だ。
魅音はおはぎの中身について言及しなかった。
それを確認もせず、『入れた』という結果だけを話してしまった。
だから大変な誤解を招いてしまったのだ。
おはぎの中身。それを確認することがまず大事だ。
「………針だ。裁縫針。糸を通すための穴も、光沢も…俺は見たんだ! 確かにこの目で…!!」
「本当かお?」
「嘘じゃない!! 記憶違いなんかあるわけがない!!
あれを仕組んだのは自分だって魅音は言っていた!! だから間違いなんて…」
「それも冗談に決まってるお」
「……………は?」
34 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:19:29.41 ID: HXCyf+lq0
圭一は信じられないという目で僕を見る。
確かにこの事実を冗談と言い切るには難しい。
でも…なんとか返さねば。
『罪滅し』『皆殺し』での圭一を思い出すんだ。
「キミが感じたのは確かに『痛み』だったのかお?」
「当たり前だろ! この口から血が落ちるのだって感じた!!」
「……知ってるかお、圭一?
人の味覚は甘味、酸味、苦味、塩味、うま味の五つしかないんだお」
圭一は黙っていたが、その目は「いきなり何の話だ?」と語っていた。
「それ以外、人の舌は『味』として感知しない。
でも、僕たちはそれ以外の感覚を舌で感じてるはずなんだお。」
ただ黙って睨む圭一。
顔には冷や汗が見える。
「例えば、『辛味』
これは味覚には属していない。
なんでかわかるお?」
例のごとく、黙った圭一。
少し首を横に振るのをみて僕は言い放った。
36 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:22:41.30 ID: HXCyf+lq0
「『辛味』とは舌の上で言えば『痛み』の部類に入るんだお。」
「………だから…それがなんなんだよ?」
「…そこからはキミが自分で考えるんだお。」
「なっ…」
また圭一は押し黙る。
中身はタバスコなんだ。自分でも薄々気づいてるはずなんだ。
無意識のうちに、イタズラでタバスコを入れるという考えがよぎっているんだから。
だから…気づいて。
今度はまた質問を変えてくるだろうか。
はたまた答えを見つけだしてくれるだろうか。
しばしの沈黙を破ったのは
圭一の声ではなくチャイムの音だった。
38 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:25:34.65 ID: HXCyf+lq0
僕はすぐに魅音だと察する。
入江に圭一の家へ来るように言付けを済まし、サインペンを家から持ってきた魅音だ。
圭一は救いの手かと思い、僕を一瞬見てからすぐに玄関へ向かう。
あれを開けたら最後だ。
それからの物語に僕は干渉できない。
これでいいのか?
精一杯やったか?
…まだ…伝えてないじゃないか。
事件のことじゃない。
ただ単純に…僕の気持ちを…仲間の思いを…伝えよう。
「圭一。」
立ち止まって、ピクリと反応する圭一。
僕に背を向けた、振り向かないそのままの姿勢だった。
40 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:28:32.18 ID: HXCyf+lq0
「…魅音もレナも…沙都子も梨花ちゃんも…僕も…キミを信じてたお。
……いや信じてる。 今この瞬間だって信じてる。
…だから…お願いだお。圭一。」
不覚にも溜まってきた涙を振り払って、僕は強く言う。
キミの心に届くように。
「僕達を…信じてくれお…。
そうすれば…きっとまた元通りだから。
楽しい毎日が待ってるから。
今、キミが悩んでることだって…そう、部活だお。ただの部活の延長なんだお。そう思うだけでいいんだお。
…僕たちはキミの仲間だお。危険なことがあったらほっとくわけがないお。見過ごすわけがないお…!
「だから…だから……こんなにもキミを心配して…キミを案じている。
少しいじわるだけど…本当は凄く優しい仲間思いの圭一に戻ってくれるように信じてる僕たちを…」
僕の言葉を聴きながら、圭一は制止状態を解き、ドアノブに手をかける。
次が本当に最後の言葉。
頼む…届け…!!
届いてくれ…!!!!
「仲間達を…信じてくれお…!」
圭一は押し黙り、少し時間を置いてから
ドアを開いた。
42 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:31:34.44 ID: HXCyf+lq0
「あれ? 元気そうじゃん。」
予想違わず、魅音だった。
次いで、レナも階段から降りてきて魅音を迎えた。
圭一は相変わらず錯乱している。
いや…気のせいじゃないなら…少しだけ…別の意味で混乱しているように見えた。
魅音は圭一の背中を押して無理やり寝室へと向かわせようとした。
ふと、圭一がチラリとこちらを見た。
圭一は僕を見た…直後に後ろのほうを見た。
目を移してみると、そこには悟史のバットがあった。
…そうか。無いと不安なんだね。
僕はそれを持って、圭一と共に部屋へ向かう。
布団に押し込められた圭一。
あれやこれやと物色するレナと魅音。
そんな様子を黙って眺める僕。
そして…監督の話に変わる。
「「あははははははははははは」」
…別に二人が狂ったのではない。
部活の時とか、ふざけあった時によく聞く可愛らしい女の子の哄笑。
狂ってなどいない。
44 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:34:43.54 ID: HXCyf+lq0
狂っているのはキミなんだ圭一。
だから気づけ。
彼女らの…精一杯の励ましに気づいてくれ。
羽交い絞めにするレナ。
少し本気で抵抗するが、振りほどけない。
そりゃ、全力で走って逃げて、疲労が溜まりに溜まった上に、鳩尾殴られた後なんだ。
少し本気の抵抗なんて、たかが知れてる。
なのに圭一はレナの力が強いと錯覚している。
魅音が立ち上がった辺りで、僕も圭一の傍へ向かった。
そして、バットを圭一の手元に置いた。
「…?!」
それは圭一のすぐ手に届く範囲。
抵抗すればすぐにここを血祭りに出来るだろう。
そんな危険なものを…キミの傍に置いた意図がわかる?
気づいてくれてる?
真っ暗な瞳を僕はじっと見つめる。
45 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:37:31.03 ID: HXCyf+lq0
その目に映るものはなに?
キミを食べる鬼?
キミを心配する仲間?
キミと遊ぶ親友?
見えている? その言葉が聞こえてる?
魅音の『それ』が…部活の一環だってわかってる?
最後まで見てるから。
キミがきっと気づいてくれるって信じてるから。
だから…見届ける。
ここでキミが疑心暗鬼に負けて…僕らを殺したとしても恨まないよ。
キミに潜んでる鬼は強大なんだから。
47 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:40:54.53 ID: HXCyf+lq0
精一杯やった。
出来ることはやった。
打つ手は打った。
後悔など微塵もないよ。
だから…僕の全身全霊をかけた…『鬼正し』を…
受け止めて…くれ…!
お願い…。
お願い…!!
魅音のサインペンが…
ゆっくりと圭一の身体へ……
…
………
49 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:42:50.87 ID: HXCyf+lq0
ひぐらしが鳴いていた。
全てが終わった雛見沢で、まるでその幕引きをたたえるように合唱していた。
最期の最期。
圭一が泣きながらその手に握っていたのは
血濡れのバット
などではなく、傷ついたレナの手と、魅音の手だった。
魅音のつぶやきも聞こえていた。
サインペンだと認められていた。
今までのことが…誤解だったのだと『気づいて』くれた。
52 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:44:49.17 ID: HXCyf+lq0
それは彼女らのおかげなのか
はたまた僕の頑張りのおかげなのかはわからない。
でも圭一は気づいてくれた。
入江は圭一に何するでもなく、普通に診察して帰っていった。
むしろ、レナの指を心配してたくらいだった。
監督の誤解も解けた。
外を出た際に、山狗たちが僕を怪訝な目で見ていたが、手を出してくるということはなかった。
僕は今、古手神社へ向かっている。
理由などない。
ただ、足の向くままに僕は夕焼け色の雛見沢を歩いていた。
53 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:48:30.00 ID: HXCyf+lq0
「おかえりなさい。」
石段を上がり、前を見ると賽銭箱の前で古手梨花が立っていた。
「おかえり…でいいのかお?」
「さぁ? 少なくとも、あなたが帰る場所はここではないでしょ?」
「違いないお。」
僕はゆっくり歩み寄り、賽銭箱の前に座る。
すると、古手梨花も隣に座った。
「…圭一…気づいてくれたお。」
「えぇ。羽入から聞いたわ。」
「…なんでなんだろうね。」
「何が?」
「結局…誰のおかげで圭一が気づいてくれたのかさっぱりなんだお。
僕は僕なりに頑張ったつもりだけど…確かに…僕だけの力で運命に打ち勝った気がしないんだお。」
古手梨花を見る。
年齢不相応の大人びた笑いで僕を見つめた。
「圭一が気づいたのは、紛れもなくあなたのおかげよ。」
「…そう…なのかお…?」
「えぇ。あなたがあなたでなかったら、きっとダメだったかもね。」
「…?」
僕が首をかしげると、古手梨花はまた大人びた微笑みをして続けた。
56 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:50:59.66 ID: HXCyf+lq0
「まず『オヤシロ様の祟りに関わっていない』という点。
圭一は大石という、なんの関わりもない存在には疑心暗鬼を抱かなかった。
疑心暗鬼の発端のオヤシロ様の祟りと関連してないあなたは、部活メンバーでは誰よりも信頼されてたのでしょうね。」
「もう一つは、『世界の結末を知っていた』という点。
だからあなたは東奔西走できた。これはあなたと私と羽入のみに許されたことだものね。」
「最後は…『諦めることなく戦う意志を持っていた』からかしらね。
こればっかりは…あなたという人間の力強さね。
この世界の私には出来なかったこと。それは尊敬すら出来るほど素晴らしいことなのよ。」
「……」
「この世界は…この後どうなるんだお?」
「『圭一の物語』はここでおしまいだから、一度時間が途切れるわ。
でも、それからも時間は進む。
富竹も死んでしまったし。結局、滅菌作戦でこの世界の雛見沢はお終い…ね。」
「それは残念だお。」
「なら今度はそっちに挑戦してみる?」
「え?」
僕が疑問符で返すと同時に、ひぐらしのなき声が止まった。
風も止んだ。
太陽の光りが弱くなった。
58 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:54:24.71 ID: HXCyf+lq0
「…?」
「『圭一の物語』の終わりよ。
『鬼隠し』の世界はもうすぐ終わる。あなたはあなたの世界に帰るのよ。」
「…おわかれかお?」
「えぇ。でも、あなたはこの雛見沢で戦った。
そのことだけはいつまでも忘れないでね。」
「うん。」
「……これをあげるわ。」
古手梨花が差し出した手には、鈍く光る水晶のようなものがあった。
「これは?」
「この世界のカケラよ。
見事圭一を正すことができた。さしずめ、『鬼正し』のカケラというべきかしらね。
『鬼隠し』とは別の独立したカケラよ。だから持ってっていいわ。
このカケラがなくてもカケラ遊びはできるものね。」
「最後の最後に皮肉かお。
……ありがたく、もらっておくお。」
世界がぐるぐるし始めた。
これで終わりか。
「最後に…言いたいことがあるお。
もし時間があれば、みんなにも告げてほしいお。」
「…なに?」
59 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:57:10.56 ID: HXCyf+lq0
「…*****。」
僕がその言葉を発した直後に、世界が急激に回転を始め
僕の意識は消失した。
でも最後に見えた。
彼女は笑って、頷いてくれたのを
…僕は最後に見た。
見ることができて…良かった。
目を開ける。
無機質なゴツゴツしたものが頬と腕を反発している。
キーボードだ。
気がつけば…僕の部屋。
雛見沢での部屋じゃない。
パソコンが置いてあって、携帯もあって…オタク系のグッズもあって。
後は普通の現代の子供の部屋だ。
61 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 22:59:53.22 ID: HXCyf+lq0
付きっぱなしのパソコンの画面を覗く。
「ひぐらしのなく頃に」というタイトル画面が映っていた。
ひぐらしの鳴き声はひっきりなしに鳴っている。
僕はそれを黙って閉じ、パソコンの電源も落して椅子に全身の筋肉を弛緩させてもたれた。
時計を見ると、朝の6時30分。ちょっと早いな。
日付は、一日進んでいただけだった。
窓からの風景は、都会と思わせるビルやら道路やら電柱やらが散乱している。
あの綺麗な雛見沢の風景とは180度違う。
「…やっぱり…夢…だったのかな……」
誰に言うでもなく呟いてみる。
もちろん返事なんかない。
僕はため息をつき、いまさらお腹が空いたことに気づき立ちがる。
ゴトリ。
なにか置物を落したような音。
パソコンの椅子の下にもぐりこんだようだ。
62 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 23:03:04.07 ID: HXCyf+lq0
寝起きでダルいので拾うのも面倒だったが、一応見ておくかと扉の前に立ってから椅子の下を覗いてみる。
「……あ…!」
僕は急いで駆け寄ってそれを拾い上げた。
朝日に反射してキラキラと光る『ソレ』
間違いなく…最後に古手梨花からもらった…あの『鬼正し』のカケラだった。
雛見沢で見た鈍い光りと違い、朝日を美しく反射させて輝いている。
「……あはは…。」
軽く滲んできた涙も無視して僕はそれを抱くように握り締めた。
そして、まだ起きてない両親を起こさないようにそっとドアを開ける。
とりあえず、シャワーを浴びてみる。
それから、ちょっと髪を整え、久しぶりに制服に袖を通してみる。
今日は…体育あったっけ? 体操服どこだったかな…。
…まぁいっか。他のクラスで借りればいい。
そうして色々と準備をしていると、かーちゃんがノックしてきた。
64 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 23:05:07.39 ID: HXCyf+lq0
「ブーン? 起きてるの?」
「うん。今行くから待っててお。」
「え…?」
制服のベルトを締め、僕は扉を開ける。
あの雛見沢で見たかーちゃんよりも、大分老けていた。
「ぶ…ブーン?」
「今までごめんなさいお。
今日からちゃんと学校に行くお。」
「ブーン…!!」
かーちゃんは僕をぎゅっと抱きしめた。
僕は何度も心配させてごめんなさいと謝った。
「また行きたいと思った理由がなんでも、ブーンが学校行くって言ってくれてかーちゃん嬉しいよ。」
上機嫌で朝飯を振舞うかーちゃん。
久しぶりに食卓で食べることに違和感を覚えつつ、完食した。
そんな僕を見てうれし泣きするかーちゃんを眺めていると、インターホンが鳴った。
「…あ、ツンちゃんかしら?」
応対しようとするかーちゃんを制して、僕は鞄を肩にかける。
67 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 23:07:42.97 ID: HXCyf+lq0
「行って来ますお。」
「…行って…らっしゃい。」
泣きながらかーちゃんは手を振ってくれた。
靴を履き、玄関の扉を開ける。
開いた音と共に、ツンの頭頂部が見えた。
「あ、おはようございます。おばさん。」
僕だと確認する前に一礼をしているツン。
もう習慣になっていたのかな。
そして、顔を上げる。
僕はそのくりくりした丸い目を見つめにっこり笑う。
「………ブーン…!?」
「おはようだお、ツン。」
というや否や、ツンが僕の胸に飛び込んできた。
「ごめんなさい! 私…あんなことするつもりじゃなかったの。
ただ…みんなにブーンのこととか…趣味とか知って…話したかっただけで…」
震える肩に片手を置き、もう片手はその小さな頭に置く。
68 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 23:10:03.04 ID: HXCyf+lq0
「うん。わかってるお。わかってるお。心配かけてすまなかったお。」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…。」
これこれ、羽入じゃないんだからそんなに謝らないでよ。
こんなにも僕を思ってくれる子を…ここまで心配させてしまったという自分が恥ずかしく感じる。
まるで圭一だな。
身にしみてわかったよ。疑心暗鬼なんて…解けたらなんでもない。笑い話で終わらせられるんだって。
僕はあの美しい雛見沢で学んだんだ。
仲間を思うことの大切さ。信じることの大切さ。
どうも僕は簡単なことほど忘れていってしまう癖があるみたいだな。
…ちょっと考えればすぐに気づくはずだったんだ。
ツンは…僕を貶めるためにあんなことをしたんじゃないって。
だから、今日からは毎日学校へ行こう。
友達と話そう。理解してもらおう。僕という人間を。
僕は両肩に手を置き、ツンを引き剥がして泣きはらして真っ赤になった顔を見つめる。
とても華奢で、頼りない。
だから僕が守ってあげないと…。結構世間知らずだしね。
いざというときのために身体でも鍛えとこうかな。
…そうだ。なんか武道でもやろうかな。空手とか良いかも。
赤坂みたいになれたらいいな。
70 名前: 1 ◆4A.yls8Ing Mail: 投稿日: 2007/11/10(土) 23:11:21.34 ID: HXCyf+lq0
「ツン。」
「…なに?」
僕はしっかり見つめる。
そして少女に告げる。
古手梨花に最後に言ったのと同じ言葉を。
心を込めて…もう一度言おう。
僕の大切な人へ。
僕を『正して』くれたあの場所へ。
「ありがとう。」
( ^ω^)ブーンが条件の下、惨劇を打ち破るようです。 〜FIN〜