5 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/22(木) 23:43:41.25 ID: kmgToIMK0

第三部 世界の始まりと、孤独に耐えられなかった男女の話

― 1 ― 

夢は見なかった。

気がつけば僕は目を開けていて、気がつけば目の前にはクーの顔があった。
それだけが僕の目覚めの話。

重い上半身をゆっくりと起き上がらせれば、
頭に溜まっていた血が一気に下半身へと落ち込んだようで、
一瞬、僕は強烈なめまいに襲われた。

額に手を当ててめまいに耐え、それから視線を戻せば、やっぱり目の前には彼女がいた。

 

 

 

7 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/22(木) 23:45:21.62 ID: kmgToIMK0

川 ; -;)「……よかった」

何が良かったのだろうか? 

寝過ぎた寝起きのように頭が働かないまま、
とりあえず涙を流すクーの顔をぼんやりと眺め、肩近くまで伸びた自分の髪をかきむしり、
それから辺りをキョロキョロと見渡して、見慣れない幾何学的な風景を前にようやく合点がいった。

僕は冷凍睡眠に入っていた。

その認識がトリガーとなったらしく、これまでの記憶が酔いから醒めた様に一気によみがえってくる。

 

 

 

8 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/22(木) 23:47:25.99 ID: kmgToIMK0

(; ゚ω゚)「今はいつだお!?」

川 う -;)「……二千年後。西暦四〇四五年だ」

(; ゚ω゚)「本当なのかお!? 間違いないのかお!?」

川 う -;)「ああ、間違いない」

涙をぬぐうクーの肩に手をやって、何度も揺さぶって問いかけたが、
まっすぐ見つめる僕の視線から目を逸らしたまま、彼女は否定の言葉をついぞ口にしなかった。

嫌な予感が当たったとき特有の、なんとも言いがたい締め付けるような不快感が僕の胸を襲う。

不意に、涙が零れ落ちてきた。

二千年。あまりにも永い。あまりにも遠い。

 

 

 

9 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/22(木) 23:51:01.31 ID: kmgToIMK0

( ;ω;)「じゃ、じゃあ外は……世界はどうなっているんだお!?」

川 ゚ -゚)「落ち着いてくれ。一気に質問されても答えられん。それに……」

( うω;)「それに、何だお!?」

一旦会話を打ち切ったクーの顔は、心なしか赤らんで見えた。
それから彼女は自分が羽織っているマントと同じような布切れを僕の前に差し出して、短く。

川 ゚ -゚)「その格好じゃ話すに話せん。とりあえず、服を着てくれ」

(;^ω^)「……お!?」

僕は全裸だった。
ひったくるようにして布切れを受け取ると、冷凍カプセルの陰に隠れていそいそとそれをまとった。

 

 

11 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/22(木) 23:53:11.16 ID: kmgToIMK0

川 ゚ -゚)「私は一足早く冷凍睡眠から目覚めてな。
      私なりにいろいろと現状を調べていたのだ」

布切れ――かつて僕が作り出した超繊維の布で体を覆った後、
しばらくのやり取りを経て、僕たちは地上へと向かっていた。

クーのアルトボイスが暗く細い穴倉のような階段通路に響く。

彼女によれば、今足を踏みしめている通路は、
地上へ出るために用意されていた数ある階段の中の、出口が塞がれていない数少ないものの一つなのだそうだ。

通路に常備灯などあるはずもなく、存在する光といえば僕を先導するクーの握る懐中電灯のそれだけで、
通路内の空気はしんと冷えこんでおり、そしてしんと静まり返っている。

 

 

13 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/22(木) 23:56:44.93 ID: kmgToIMK0

( ^ω^)「それで、調査の結果はどうなんだお?」

川 ゚ -゚)「私もそれほど調べられたわけじゃない。
     ここは冷凍睡眠装置の他はたいした設備もないし、やることも限られていたしな。
     とりあえず、放射線反応はすでに消えている。
     気温もかつての平均よりわずかに低いが生存するに支障はない。
     しかし大地の様子は大きく変わっているし、人の姿も獣の影も見えない。
     もっともこの近辺にいないだけで、もしかしたら別の場所には生息しているのかもしれんがな」

そこまで言ったところで、先導していた光の動きが止まった。どうやらクーが立ち止まったようである。

彼女の手にした懐中電灯が照らし出すのは、
前方斜め上に設えられた、取っ手の付いた重そうなコンクリート製の正方形。
どうやらそれは、地上と通路を分け隔てている扉らしい。

川 ゚ー゚)「さあ、世界の現状を直にその目で確かめてくれ。内藤博士」

クーの声が通路内に響き渡り、それから重そうな正方形がいとも簡単に彼女によって押し開けられた。
妙に手馴れているなと少し不審に思ったが、言葉には出さないでおいた。

いや、出すことなど出来なかった。

 

 

16 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/22(木) 23:59:02.86 ID: kmgToIMK0

川 ゚ー゚)「ほら、これが二千年後の世界だ」

(; ゚ω゚)「……」

地上に出た僕が見たのは、強烈な日の光と、照らし出された広大な荒野。

赤茶けた大地の上には、僕の背丈ほどの高さの横に広い、
ブロッコリーを巨大化させたような樹木が転々と生えている。

かつて山奥であったはずの大地にあるのはわずかな起伏だけで、
地平線の見える大地には山の存在した名残すら感じられない。

文字通り目を見開いて、呆然と二千年後の世界を眺めることしか出来ない僕。
声など発せられるはずがなかった。

立ち尽くして。力なく空を見上げて。

ただ、地獄のように赤い色をした大地の土とは対照的に、
見上げた日の光と空の青だけはかつての世界よりも深く澄んで感じられた。

 

 

18 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/23(金) 00:01:46.57 ID: vyMrHQ0Y0

川 ゚ -゚)「おい、内藤」

(  ω )「お?」

川 ゚ー゚)「食え。うまいぞ」

ボーっと空を見上げていた僕。突然のクーの声に顔を向ければ、
彼女は手にした二つの黄色い物体のうち一つを僕に差し出していた。

( ^ω^)「これは……トウモロコシかお?」

川 ゚ー゚)「ああ。大地に生きろ」

 

 

21 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/23(金) 00:03:44.60 ID: vyMrHQ0Y0

(;^ω^)「はい?」

川 ゚ー゚)「いや、失敬。戯言だ。気にせんでくれ。
      研究所内に種があってな。遊びついでに栽培してみたのさ」

受け取って不思議そうにトウモロコシを眺める僕に笑いかけ、
続けてクーは僕の見ていた反対側の大地を指差す。

そこには赤茶けた大地の中に不自然に浮いた黄緑色の植物群の一画があり、
植えられていたトウモロコシの苗が、単子葉植物特有の直ぐった葉を悠々と風になびかせていた。

川 ゚ー゚)「ほかにも、栽培のしやすいミニトマトなんかも育ててみた。意外にこれが面白くてな」

みずみずしいトウモロコシの粒を噛みながら、クーの言葉に反応して辺りをもう一度見渡してみる。
なるほど、ところどころに小さな菜園のようなものが周囲に浮いて点在している。

しかし彼女はこんなことをやって、いったい何をしたいのだろうか?

 

 

24 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/23(金) 00:06:20.78 ID: vyMrHQ0Y0

川 ゚ー゚)「ん? 何ってお前、食うものが無ければ生きていけんだろうが。違うか?」

(;^ω^)「いや、それはそうだけど……」

仮にも僕たちは、二千年前の人々の
――ツンの願いを込められて、時間を越えてこの大地に立っているのだ。

それなのに農業なんて地味なことをやっていていいのかと、
もっと他にすべきことがあるのではないかと、僕はクーに問いかけた。

川 ゚ー゚)「確かにその気持ちはわからんでもない。だがな、植物の生育だって大切なことだぞ?
      植物が生育するからこそ土壌が生きていると確認できるし、植物が腐り落ちればそれがまた土壌を豊かにする。
      この世界をかつての世界のように繁栄させたいと願うならば、これこそが原点たりえるとは思わんか?」

( ^ω^)「……まあ、確かにそうだお」

川 ゚ー゚)「だろう? それにな、内藤。私たちの置かれた状況を考えてみろ」

そう言ってクーは僕の肩に右手を置くと、
トウモロコシを握った左手を赤茶けた地平線に沿うようにスッとなぞっていく。

 

 

28 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/23(金) 00:09:36.80 ID: vyMrHQ0Y0

川 ゚ー゚)「車もない。設備もない。おおよそ近代的なものはほとんどない。
      あるものといえば、地下施設に残された冷凍カプセルの電力を供給するためだけの発電機と演算装置、
      橋の架け方、家の建て方、鉄の精製法や植物の育て方、コンピュータなど機械の設計図を記した書物。
      あとはお前の発明した暑さも寒さも防げるこの超繊維のマント、
      一粒で空腹を満たせる食料の試作品、ほかには拳銃とその弾くらいなものだ。
      人がいない。住居がない。町がない。食物の供給手段がない。
      文明の根底たるものがまったく存在しないこの世界では、どんな高次の技術も実現する術はない。
      宝の持ち腐れだよ」

悟りきったかのごとく訥々と語るクー。
風に舞った砂埃が、まるで彼女の言葉のようにさらさらと彼方へ流れていく。

ふと視線を戻せば、クーの腰辺りに不自然な膨らみを見つけた。
衣服に包まれているので定かではないが、おそらく銃だろう。

何のために身に着けているのだろうか。襲い掛かってくるかもしれない獣から身を守るため?
しかし彼女は、先ほどこの近辺に人はおろか獣の姿さえ見えないと言っていた。それなのになぜ?

そして彼女は僕を見る。

一見すると世捨て人の表情にも感じられる彼女の顔は、けれども。

 

 

29 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/23(金) 00:12:28.03 ID: vyMrHQ0Y0

川 ゚ー゚)「内藤。たとえ天才だとしても、私たちに出来ることなんてほとんど無いんだよ。
     出来ることといえば、原始的に作物や子を育て、人類を一から繁栄させること。
     もしくは、あるかもしれない文明が一歩一歩順を追って発展していくよう手助けをする。
     それくらいさ」

言葉とは裏腹に、僕の傍らに立ち語り続ける彼女の目は、
「私はこの状況を待ち望んでいた」と、そう語っているように思えてならなかった。

 

 

 

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