26 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:29:09.94 ID: ZC1hkslO0
 
連結部  歩き続けた男と、これからも歩く女の話

― 1 ―

以上が、晩年のブーンからあたしが伝え聞いた、あたしと歩き始める前の彼の旅のすべてです。

これまでに体験したことのないほどに早く訪れた、体感したことのないほどに凍てついた冬。
ロッキー山脈という場所の北端で倒れたブーンは、寒さをしのぐ穴倉の中、亡くなる直前までその話をしてくれました。

それまで、旅の一場面を断片的には話してくれたことはあったブーン。
けれども、このように体系づけて彼が話をしてくれたことは一度たりともありませんでした。

そんなブーンが、まるで遺言のように自らの旅を順を追って語り始めた時、
たき火の赤い光だけが照らす穴倉の中、立ち上がることさえ出来なくなっていた彼を見て、
ああ、ブーンはもう長くないんだなぁと、あたしは泣きながらそう思いました。

そんなあたしに、ブーンは力ない笑みでこう言いました。

「僕が死んだら、僕の体を食べるんだお。お前一人で」

 

 

34 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:30:56.92 ID: ZC1hkslO0
 
ブーンが語らなかった、あれからの話をしましょう。

アシールを越え、ヒジャースを越え、砂漠を抜け、適当な町でラクダを売ってお金を作り、
防寒具や食料を買い込み、身支度を整えてカフカス山脈を登り切り、
未開の地とされていた北の大地へと足を踏みいれたあたしとブーン。

その道のりは、あたしにとってはもちろん初めてのもの。
しかしブーンにとっては、これまでの旅路を逆行するだけのものでした。

ξ゚听)ξ「ねぇ、他の道を通ってもいいんじゃないの?」

赤土が目立ち始めた大地の上で、あたしはそう尋ねました。
かつて辿った同じ道を進むことは、彼にとってつまらないものではないかと思ったからです。

でも、ブーンは言いました。

( ^ω^)「僕たちには目的地があるお。それなら、確実にそこへ辿りつけるよう、
      見知った道を歩く方がいいお。それに……」

それからブーンは目を細め、あたりの風景を愛おしそうに眺めて、言いました。

( ^ω^)「僕はこんな道を歩いてきたんだなって、そう振り返るのもいいもんだお」

 

 

41 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:32:18.68 ID: ZC1hkslO0
 
赤土の大地は、本当に何もない世界でした。春と夏でさえ、食糧は満足に手に入らない。
前もって大量の保存食を仕込んでいなければ、とっくの昔にあたしたちは飢え死にしていたことでしょう。

「確実にそこへたどり着けるよう、見知った道を歩く方がいい」 

ブーンの言葉は実に的を射ていました。彼がこの大地の特徴を知らなければ、
旅の素人であるあたしを引き連れたこの二人旅は、きっと早々に頓挫していたはずです。

ξ゚听)ξ「それで、今はどこへ向かっているの?」

( ^ω^)「旧友の墓に向かってるんだお」

赤土の上、そりをゴロゴロ引きずり歩き、顔色を変えずブーンは答えます。
彼の回答に、初めて出会った時見せてもらったあの絵を思い出し、あたしは続けます。

ξ゚听)ξ「それって、あの絵を描いた人の? お墓参り?」

( ^ω^)「それもあるけど、一番の目的は仲間の確保だお。
      これから進む道は、彼らがいないとどうしようもないんだお」

旅の仲間。こんな植物さえろくに育たない世界の上で、いったい誰があたしたちを待っているんだろう。
ちょっぴり不安になったけれど、それ以上にわくわくしてしまったのは、当時のあたしがまだ若かったからでしょう。

 

 

48 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:33:47.63 ID: ZC1hkslO0
 
さて、少しだけ話は脇道に逸れます。
初めの目的地である絵描きさんの墓にたどり着くまでの間に、あたしはブーンからあることを学ばされました。

それは、言葉です。

ξ;゚听)ξ「え? 違う言葉なんてあるの? 
      嘘でしょ? 親指立てて『嘘です!』って言ってよ?」

( ^ω^)「嘘です! なーんて言うわけないだろうがお。
      世界は広いんだお。その広さの分だけ、違う言語が存在するんだお。
      というわけで、お前にはこれから、二つの言語を覚えてもらうお」

ξ゚听)ξ<どひー

そんなわけで、旅の初期、北の大地に初めての村を見つけるその時まで、
あたしとブーンの会話は、ロシア語と英語、そんな名前の言葉を覚えるためのやりとりに終始しました。

ああ、こんなことを学ばなければならないだなんて、歩くって辛いことだなぁと、改めてあたしは思いました。

言葉を覚えることなんて、辛いことでもなんでもなかったと、あとから嫌でも思い知らされるのに。

 

 

55 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:35:23.26 ID: ZC1hkslO0
 
そんなこんなで歩きはじめて二年間。
その年の秋の終わり、赤い地平線の向こう側に、あたしとブーンは目的地を見つけ出します。

( ^ω^)「あれが旧友の……ショボンさんのお墓だお」

ξ;゚听)ξ「……」

山の遠景とは明らかに異なる、たくさんの高い四角い影の連なり。

それは、アシールを越えたどり着いたメッカ遺跡のように物寂しく、
だけど遺跡とは絶対的に異なる、体の奥底から寒気を感じさせてしまう何かもった、そんな場所でした。

正直言って、足を踏み入れたくはなかったです。だけど、ブーンは進み、あたしもその後を追いました。

そして、高くて四角い連なりが、石のような素材の住居のようなものだとわかるほどに近づいたその時、
ブーンは突然足を止め、こんなことを呟きました。

 

 

61 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:36:43.46 ID: ZC1hkslO0
 
( ^ω^)「……おかしいお」

ξ;゚听)ξ「え? どうしたの? 気分でも悪いの?」

( ^ω^)「いや、逆だお。気分が悪くならないんだお」

ξ゚听)ξ「……はぁ?」

もしかして、ブーンもあたしと同じように軽い吐き気でも感じているのかと思っていたら、
彼の口から飛び出したのは、まったくわけのわからない言葉。

( ^ω^)「やっぱり君は……今も氷の中にいるんだおね」

呆けるあたしをよそに、目の前にそびえる四角い連なりを見上げ、寂しげにそう呟いたブーン。
その言葉の意味など、当時のあたしには知る由もありませんでした。

 

 

66 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:38:15.41 ID: ZC1hkslO0
 
それから間もなく、ブーン曰く「旧友のお墓」内へと進んだあたしたち。
そんなあたしたちへ向け、数匹の犬たちが襲いかかってきました。

ξ;゚听)ξ「ちょ! こんなところになんで!」

( ^ω^)「ツンデレ、待つお。ジャンビーヤは仕舞うお」

ξ;゚听)ξ「だ、だって!」

( ^ω^)「いいから。ここは僕に任せるお」

そう言って、ジャンビーヤを引き抜いたあたしを制し、
腰のナイフを抜くことなく、迫りくる犬たちの前に立ったブーン。
耳をピンと立てながら飛びかかってきた一匹の牙が、ブーンの右腕を服の上から襲います。

しかし、突然、噛みついた一匹の耳がしゅんとしおれました。

それからなんと、一匹は嬉しそうに尻尾を振り、ブーンの足元にすり寄ったのです。

 

 

72 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:39:34.15 ID: ZC1hkslO0

( ^ω^)「おっおっお。やっぱりこの服には、お前のじーちゃんの匂いが染みついているのかお?」

それからブーンは腰を屈めると、初めの犬と同じように尻尾を振って近寄ってきた残りの犬たちの頭を撫でます。
わけのわからないあたしは、とりあえず、噛まれたブーンの右腕について尋ねました。

ξ;゚听)ξ「だ、大丈夫なの、それ?」

( ^ω^)「ああ、なんのことはないお。犬の牙程度じゃ貫けもしない、そんな素材で出来てるんだお」

それが、超繊維という素材のマント。千年前の英知の結晶。
このお墓を旅立つ際、そのマントをあたしが着ることになるなんて、この時のあたしには思いもよりませんでした。

 

 

75 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:41:04.59 ID: ZC1hkslO0
 
そんなひと悶着の後、数匹の犬を引き連れ、お墓の奥の奥へと進みました。

ぽっかりと開けた広場にたどり着いたあたしたちは、
他の犬たちとは明らかに異なる、風格のある四匹の犬を前にします。

そのうちの三匹が、ブーンの姿を確認するや否や、
本当に嬉しそうなそぶりを見せ、彼にじゃれつきました。

( ^ω^)「おっおっお。じゃじゃ丸、ぴっころ、ぽろり、久しいお。
      すっかり立派になったじゃないかお。ここにいる犬たちはお前たちの子どもかお?」

三匹「にこにこぷん!」

三匹の頭をひとしきり撫でたのち、広場の真ん中でじっと座り続ける一匹の老犬に、ブーンは視線を送りました。
それから彼は老犬へと歩み寄り、その傍らに立ち、老犬と同じ一点を見つめながら言いました。

( ^ω^)「ショボンさん、お久しぶりですお。
      そして、ちんぽっぽ、久しいお。お前も歳をとったおねぇ」

 

 

82 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:42:44.63 ID: ZC1hkslO0
 
(*'ω' *)「ちんぽっぽ!」

老犬の特徴的な鳴き声ののち、しばらく黙りこくった一人と一匹。
そしてブーンはその場に屈みこむと、足もとから何かを拾い上げました。

その様子を三匹の犬とともに後方で眺めているだけのあたしには、それが白い棒のようなものだとしか分かりませんでした。
けれども、ブーンにはそれが何なのかも、誰のものなのかも、はっきりとわかっていたようでした。

( ^ω^)「……ビロードは一足先に逝ったのかお。
      あいつは……孫の顔を見れたのかお?」

(*'ω' *)「ちんぽっぽ! ちんぽっぽ!」

( ^ω^)「……おっおっお。
      君が僕の代わりにあいつを看取ってくれたのかお? 
      本当に……ありがとうだお……」

(*'ω' *)「ぼいん! ぼいん!」

それから二度、大きく中空へとび跳ねた老犬。
以後しばらく、ブーンと老犬はじっと一点を見つめたまま、彼らの間にやりとりは一度もありませんでした。

けれど、その沈黙は不思議と自然なものでした。むしろそうすることの方が、彼らにとっては当たり前なのだと思えるほどに。
きっと彼らの間には、あたしにはうかがい知ることの出来ない強い絆があったのでしょう。

だからあたしは、後方で彼らを見つめたまま、四匹の犬の名前についてのつっこみの言葉を、黙って飲み込みました。

 

 

88 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:45:21.70 ID: ZC1hkslO0

その後、雪が降り始めたこともあって、ブーンとあたしは季節が移ろうのをそこで待つことにしました。

ブーン曰く「これまでで一番暖かい冬」とのことでしたが、
去年のこの時期はまだカフカス山脈を越えていないこともあり、
あたしにとっては初めて体験する本格的な冬、その寒さは想像を絶するものでした。

しかし、ブーンのおかげで防寒対策は十分だったし、
食料は犬たちがどこからから狩ってくる小動物の肉があったし、
冬も本番となりそれらの量が少なくなっても、残っていた保存食と少ないながら食べられる野草が近辺にあったので、
ブーン曰く「雪解けが早かった」こともあり、あたしたちはなんとか冬を越えることができました。

けれど、その間、一つだけ悲しい出来事がありました。

ちんぽっぽちゃんがこの世を去ったのです。

本当にあと少しで冬が終わる、そんな最後の冷え込みの中で、
ちんぽっぽちゃんの体はあの広場に横たわったまま、二度と動くことはありませんでした。

その夜のことを、あたしは一生、忘れることは出来ないでしょう。

 

 

96 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:47:42.63 ID: ZC1hkslO0
 
ちんぽっぽちゃんが亡くなり、翌日彼女を広場に埋葬しようとなったその夜、
降りやんだ雪の大地の上、ブーンはずっと広場の真ん中に座り込んでいました。

冬の間、ちんぽっぽちゃんやビロード君、
そしてショボンさんとの旅の話をいくつか断片的に聞かされていたあたしは、
ブーンの落ち込みようも無理のないことだと、そっとしておこうと、
初めの方は力ない背中を離れたところから眺めていました。

けれど、満月が天頂に達したあたりで、
ずっと座りこんでいたブーンが立ち上がり、腰のナイフを引き抜いたのです。

雪により反射した銀色の月光が上下から世界を照らす中、
それから彼が何をするのか、それがあまりに心配でならず、あたしはいつの間にか、彼の背中に声をかけていました。

ξ゚听)ξ「馬鹿な真似するんじゃないわよ。あんたらしくもない」

( ^ω^)「……いたのかお」

ξ゚听)ξ「ええ。ずっとね」

振り返ることなく呟いたブーンは、スッと、ナイフを腰の鞘へと戻しました。
それからまた屈みこみ、黙りこむだけ。

音のない晩冬の夜、あたしは銀色の雪の上を彼に向かって歩きました。
そしてあたしが彼の側に立ったその時、ぽつりと、ブーンのものとは思えない弱弱しい声が聞こえました。

 

 

99 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:48:51.83 ID: ZC1hkslO0

( ^ω^)「みんな……僕より先に逝ってしまうお」

声には力はなかったけれど、そう呟くブーンの顔は、いつものにやけ顔でした。
そうであるのが悔しいと言わんばかりに、ブーンは強く、拳を雪の上へと打ち付けました。

( ^ω^)「僕と関わった人は皆、僕と別れるか、僕より先に逝ってしまうんだお。
      それなのに、僕は一度しか泣けやしなかったんだお。今も泣けやしないんだお。
      僕はきっと悲しいのに、それなのに目からは涙がこぼれないんだお。
      ちんぽっぽが死んだっていうのに、どうしても僕は泣けないんだお。彼女に申し訳ないんだお」

ξ゚听)ξ「……」

( ^ω^)「そうやって、泣けないまま誰かを看取って、それを繰り返して、
      いつか誰もいなくなって孤独に死ぬのかと考えると……ちょっと寂しいんだお」

 

 

104 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:50:28.23 ID: ZC1hkslO0
 
その言葉に、先ほどナイフを取り出したブーンの背中を思い出しました。
彼はきっと、ナイフで自分の体に傷をつけ、その痛みで涙を流せないかを試そうとしていたのでしょう。

彼が泣けないというのは、それほどまでに悲しみが度を越してしまったのではなく、
言葉どおり、本当に彼は泣くことが出来ないのだと後に知らされることになるのですが、
その時のあたしには、そうやって苦しんでいるブーンそのものが彼の涙なのだと、そう思えてなりませんでした。

だから、屈みこんで小さくなってしまった彼の背中に、あたしは思わず、こう声をかけていました。

ξ゚ー゚)ξ「大丈夫。あんたのその姿だけで、ちんぽっぽちゃんには十分伝わっているよ。
      だってあんたたちは、ずっとずっと、一緒に旅してきたんでしょ?」

( ^ω^)「……」

ξ゚ー゚)ξ「それに、さ。あたしはあんたから離れない。あんたより先になんか死なないよ。
      あんたが死ぬ時はあたしが看取って上げる。だからさ、顔を上げなよ。あんたらしくもない」

 

 

108 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:52:04.85 ID: ZC1hkslO0

( ^ω^)「……お」

屈みこんだまま、短い声を出してあたしを見上げたブーン。満月に照らされた彼の顔が妙に若々しく見えたことと、
あたしはなんて恥ずかしいことを言ってしまったんだという自己嫌悪から、慌ててあたしは弁解しました。

ξ;゚听)ξ「か、勘違いするんじゃないわよ! あんたには借りがあるから、それを返すってだけだからね!
      それに、あんたから離れないってのは、えっと、あんたから旅の方法を盗むためってだけなんだから!」

もっとも、あの時はあたしも若かったから素直になれなかっただけで、初めにかけた言葉はあたしの本心でした。
そういうところがあたしの悪いところで、けれどそれは若さを失った今となってもほとんど改善されていません。

だけど、ブーンはそのことを察してくれていたのか、
立ち上がり、真正面からあたしの顔を捉えると、ほほ笑みながらこう言ってくれました。

 

 

112 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:53:14.35 ID: ZC1hkslO0

( ^ω^)「……ツンデレ」

ξ;゚听)ξ「な、なによ!?」

( ^ω^)「……ありがとうだお」

その時の、寂しさと嬉しさが交り合ったような何ともいえないブーンの笑顔を、
あたしは絶対に忘れることができません。

ξ*゚听)ξ「……」

そのあと、あたしに背を向け、頭上で輝く満月を見上げたブーン。

そんな彼の大きな背中を、ちょっぴり「いいなぁ」と感じてしまったことは、
結局、彼には伝えることが出来ませんでした。

 

 

114 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:54:30.22 ID: ZC1hkslO0

早い春が訪れました。
あたしたちはこれから、東に向かって旅を続けます。新たな旅の仲間を連れて。

( 'ω' )「まんこっこ!」

( *><*)「わっかないです!」

まんこっこ君とわっかないですちゃん。冬の間、ブーンにとてもよく懐いていたこの二匹の子犬。

もうすかうというへんてこりんな名前の一人と二匹のお墓を旅立つ際、
旅のパートナーとしてブーンはこの二匹を選びました。

まんこっこ君は、ちんぽっぽちゃんにとてもよく似た雄犬でした。
そしてわっかないですちゃんという雌犬は、ブーン曰く、ビロード君にとてもよく似ているそうです。

ちなみにこの二匹の命名はブーンであって、決してあたしではありませんので、どうかあしからず。

 

 

124 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:56:35.33 ID: ZC1hkslO0
 
( ^ω^)「それじゃあ、僕たちは行くお。お前たち、本当に世話になったお。
      これからも長生きして、絶対に僕より先に死ぬなお。わかったかお?」

三匹「ドレミファドーナッツ!」

別れ際、じゃじゃ丸、ぴっころ、ぽろりの三匹は、彼らの子どもである他の犬たちを引き連れ、
大きくしっぽを振って、あたしとブーンを、
そして息子と娘であるわっかないですちゃんとまんこっこ君を、見送ってくれました。

あたしたちは歩きます。

うららかな春の日差しの下、わずかに舞い散るなごり雪とともに、
ショボンさんが、ビロード君が、ちんぽっぽちゃんが、三匹の子犬が、
そしてブーンが、かつて辿った遥かなる道の上を。

ブーンがちんぽっぽちゃんの毛皮を、あたしがブーンの超繊維のマントを羽織って。

 

 

129 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 20:58:33.12 ID: ZC1hkslO0
 
それから二か月は、何もない赤い大地を歩き続けました。

変わらない風景。変わらない色。
いい加減それに飽き始めていた頃、あたしは地平線の彼方まで続く一本の道を見つけます。

( ^ω^)「これがシンワの道……シベリア鉄道だお」

ξ;゚听)ξ「……」

あたしは、唖然としました。
二本の錆びた鉄の棒が同じ間隔を保ったまま、どこまでも伸び続けているのです。

その上に、ブーンはそりを載せました。
そりについていた車輪は、二本の棒にカッチリ合わさっていました。

そのとき、ブーンがこの果てしない道の上を歩き抜いてきたのだという事実がハッキリとした現実味を帯びてきて、
あたしは恥ずかしささえも忘れ、ぼーっと、地平線の向こうまで続く道の先を見据える彼の横顔に見惚れてしまいました。

( ^ω^)「ん? 僕の顔になんか付いてるのかお?」

ξ;゚听)ξ「い、いや、なんでもないわよ! この馬鹿タレ!」

不思議そうな顔であたしに話しかけてきたブーンから慌てて眼をそらし、二本の棒へと視線を移しました。

視線の先では、まんこっこ君とわっかないです君が道の匂いを嗅いでおり、
それから二匹の子犬は、嬉しそうに尻尾を振りながらその先を見据え、一つ、大きな遠吠えを響かせました。

 

 

132 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:00:37.17 ID: ZC1hkslO0
 
こうして、シンワの道、シベリア鉄道というものを辿る長い旅が始まりました。

二本の棒、これを線路というそうですが、
その上をそりは滑らかに転がってくれ、進む足取りは快調、
赤土地帯を間もなく抜け、いくつもの河が流れる湿地を通り越し、
夏、あたしたちは巨大な山脈の前へたどり着きます。

( ^ω^)「やれやれ、ウラルまで来るのに結構かかったお。
      ま、あの時は相当急いでいたから、比べてもしょうがないことかお」

ξ゚听)ξ「そうなの? その話はまだ聞いてないよ? 聞かせてよ」

( ^ω^)「かまわんお。ただし、英語かロシア語かでだお」

ξ゚听)ξ<どひー

もちろん、もすかうでも、それ以後でも、ブーンからの言葉の教育は続いていました。

もっとも、あたしは彼とは比べようもなく頭が悪いから、ウラルという名の山脈を越え、初めての村に入り、
彼らと会話が出来ないことを悔しく思うその時まで、学んだ言葉なんてほとんど頭に入っていなかったけれど。

 

 

135 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:02:36.62 ID: ZC1hkslO0
 
ウラル山脈。たどり着いたその山は、ブーン曰く、
土地だけじゃなく文化をも分け隔てる、カフカス山脈と似た意味を持つ山々なのだそうです。

急こう配な斜面が続き、そりを引きずり歩くことはなかなか確かに困難だったけれど、
ヒジャーズのそれと比べれば大したことはありませんでした。
あたしもなかなか様になってきたなと、その時は喜んだものです。

やがてウラルの頂まで辿りついたあたしたちには、登りとは一転、
そりに乗っかり斜面を滑り下りる、そんな早くて楽しい下りの旅が待っていました。

ξ゚ー゚)ξ「いやっほーい!」

晩夏の空、ピークを過ぎた山々の緑たちの濃い緑の中。体感したことのないスピードで走るそりの上。

過ぎ去る空気が運んでくれる匂いや、流れていく景色が見せてくれる初めての線にも似た色どりの景色、
それらに胸震わせたあたしの嬌声は、山彦となって世界に響きました。

( ^ω^)「おっおっお。はしゃぐ姿はジョルジュとそっくりだお」

風を切って進むそりの上、そんなあたしを、二匹の子犬を抱きかかえながら横目で眺め、ブーンはにこやかに呟きました。

 

 

141 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:04:06.74 ID: ZC1hkslO0
 
間もなくウラルを下り終えたあたしたち。
そこに、あたしにとっては初めての、ブーンにとっては懐かしの村を見つけ出します。

ズラトウスト。その村の名前は、確かそんな感じでした。

村に足を踏み入れたあたしたち。
村人はブーンの姿を見るや否や、慌てて村長を呼び、ブーンに向かってこう尋ねました。

「カミノクニ……もうすかうはあったのですか?」

( ^ω^)「はい。ありましたお」

即答したブーン。のちに開かれた宴で、ブーンは村人たちへ「カミノクニ」の詳細を語りました。

それは恐らくもすかうのことだと、さすがのあたしでも気づいていて、
そしてブーンは、あたしたちが滞在したもすかうとは似ても似つかない、そんな「カミノクニ」を彼らに語っていました。

あたしは、ブーンの言うとおりあたしとは違う言葉を話す村人たち、その姿よりも、
真顔で平然と嘘をつく、そんなブーンの姿に驚いていました。

だからその夜、与えられた部屋の上で、久方ぶりの寝どこのぬくもりを享受しながら、あたしはブーンにこう尋ねました。

 

 

145 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:05:47.19 ID: ZC1hkslO0
 

ξ゚−゚)ξ「あれで、本当に良かったの?」

( ^ω^)「……良かったんだお」

ξ;゚听)ξ「嘘だよ! だって、カミノクニっていうのは、もすかう……ショボンさんたちのお墓のことでしょ?
      それなのにブーンは、お墓とは全然違うことを村のみんなに話していたじゃない!」

暗い部屋の中、知らず大きくなってしまっていたあたしの声が響きます。
だけどブーンは、いつも通りの声で、こう言いました。

( ^ω^)「僕が村の人たちに話したのは、ショボンさんが見たもすかうの姿だお。
      僕やお前にとってはお墓のように感じられたそれも、ショボンさんには楽園のように感じられたんだお。
      つまり、ものの価値や認識っていうのは、個々人にとって大きく異なるんだお。
      だから、僕やお前の感じたもすかうも正しいし、僕が語って聞かせたショボンさんのもすかうも正しいんだお。
      僕が彼らに語ったカミノクニは、ある一つの見方からすれば、やっぱり正しいものなんだお」

それからブーンはむくりと上半身だけを起こすと、暗闇の中であたしを見据え、言いました。

( ^ω^)「その究極、価値や認識を一つの定義としてまとめることが絶対的に不可能な、
      そんな曖昧な蜃気楼のような存在を、人は『カミノクニ』って呼ぶんじゃないかって、そう思うんだお」

 

 

150 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:07:27.47 ID: ZC1hkslO0
 
その後、春が訪れるまでズラトウストに滞在を許されたあたしたち。
ここであたしは必死にロシア語を勉強しなおし、村を発つ頃には日常会話ならなんとかこなせるようになっていました。

その間、ブーンは村の人々にいろいろなことを教えていて、彼らから大いに喜ばれていました。
彼らと手を取り笑い合うブーンを見て、旅の素晴らしさを、歩くということの素晴らしさを、あたしはひしひしと感じました。

そして、春。村人たちから頂いたたくさんの救援物資をそりに乗せ、
このひと冬で別犬のように大きくなった二匹の子犬とともに、あたしとブーンはさらなる東へと進み始めました。

その旅路は、まんこっこ君とわっかないですちゃん、ブーンとあたし、それぞれがペアとなり交替でそりを引くというもの。
休憩も満足にとれ、食糧も比較的豊富だったこの大地の旅は、とても快適なものでした。

二匹の子犬が引くそりの上、寝転がりながら風を受け、緩やかに流れていく風景を眺めながら、あたしは思います。

「ジョルジュに、パパやママに、サナアのみんなに、あたしの見ているこの風景を届けてあげたい」

そのことをブーンに伝えようとしたとき、彼は子犬たちに声をかけてそりを止め、どこかへ走りだしていきました。

ξ;゚听)ξ「ど、どこへ行くの?」

( ^ω^)「うんこだお」

死ねばいいのにと思いました。

 

 

157 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:09:49.09 ID: ZC1hkslO0
 
やがて季節は移ろい、あたしにとっては四度目の冬。
あたしは、一つの旅の終着点へとたどり着きます。

イルクーツク。かつてショボンという絵描きが胸震わせ、いくつもの絵を残した場所。

ズラトウストと同じようなやり取りを経て滞在を許されたあたしたち。
その冬の終わり、あたしはブーンに、とある場所へと連れて行かれます。

( ^ω^)「ここが、バイカル湖だお」

ξ;゚听)ξ「……」

息を呑む。声も出ない。
眼下に広がる三日月とあたり一面の白は、そう形容するにふさわしいものでした。

けれども、旅のはじめに見た銀色のサナア、それには及ばない光景だったのもまた事実。

あの時以上の感動にあたしは出会うことが出来るのかと疑った、その日の夜。

持参したテントの中で眠りこけていたあたしの旅は、
深夜、ブーンに起こされたのち目にした光景によって、とりあえずの終わりを告げました。

 

 

162 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:11:50.29 ID: ZC1hkslO0

ξ;゚听)ξ「……」

澄み切った夜空。瞬く無数の星の真ん中に浮かぶ三日月。
その光が雪の白を、眼下に広がる同じ形をしたバイカル湖を、銀色に染め上げていました。
そして、音のない世界に緩やかな風が吹き、積もった雪の表面を舞い上げます。
それらが三日月の光を帯び、キラキラと、まるで地上の星のようにあたしの周囲で光り輝くのです。

( ^ω^)「どうだお? これが僕の思う、世界で二番目に綺麗な光景だお」

雪崩が起きないよう注意を払った、ブーンの小さな声があたしに届きます。
あたしはそれを受けて、溢れる涙を止めることができませんでした。

「これが、あたしが見た中で、あたしの世界で一番綺麗な景色だ」と、
「きっとこれからもそうだ」と胸を張って言えるのに、涙がとめどなく頬を伝うのです。

ξ;凵G)ξ「あれ……なんでだろう……変だな……嬉しいのに……
       あたしは世界で一番……綺麗な景色を見つけたのに……なん……で……」

その時、あたしは気付きます。ああ、あたしの旅はこれで終わってしまったんだ、と。

 

 

170 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:13:50.08 ID: ZC1hkslO0
 
それは、当然の涙でした。何もかもを捨てて歩き出したあたし。
それなのに、見つけ出したかった光景は四年足らずで見つかってしまったのです。

たかがこの四年間のために、あたしは何もかもを捨てたのでした。

こんなあたしを愛してくれたジョルジュを捨て、ここまで育ててくれた両親を捨て、
生まれ故郷のサナアを自ら手放し、そうやって歩いてきた目的が、わずか四年で達成されてしまったのです。

ではこれから、あたしはどこへ向かえばいいのだろう? 何を目的に歩けばいいのだろう?

一応、ブーンが生まれた場所という目的地はある。だけど、旅の一番の目的を達した今、
襲いかかってくるこの虚無感に勝る価値など、ブーンには申し訳ないけれど、そこには感じられませんでした。

サナアには当然戻れません。
戻れたとして、今更ジョルジュに、両親に、町のみんなに、どんな顔をして会えばいい?
そんな顔などあるはずがありません。

ならばあたしは、これからどこへ向かえばいい? 

何を求めて、この広い世界の上を歩けばいい?

 

 

176 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:15:17.53 ID: ZC1hkslO0
 
( ^ω^)「それを知りたければ、歩き続けるしかないんだお」

不意に、ブーンが声を発しました。まるであたしの心中を見透かしたかのようなその言葉。

留まることを知らない涙があたしの頬を濡らす中、
バイカル湖を見つめたままのブーンは、心なしか懐かしげな笑みを浮かべ、こう続けます。

( ^ω^)「お前がその意味を知りたければ、歩き続けるしか道はないお。
     歩いて歩いて歩き続けて、立ち止まって振り返った時、それまでのすべてがカッチリ噛み合う、
     そう説明づけられるだけの意味が、いつか必ず見つかるはずだお。この僕のように、だお。
     だからお前は、これからも歩き続けるんだお」

ξ;凵G)ξ「……」

そしてブーンはあたしの方へと歩み寄ると、あたしの肩に両手を乗せ、こう言ってくれました。

( ^ω^)「おめでとうだお。これからお前の、本当の旅が始まるんだお。
      その先にお前が何を見つけるか、これからお前がどこまで歩くのか、出来る限り僕は見届けるお」

 

 

180 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:16:54.07 ID: ZC1hkslO0
 
照りつける三日月。それを反射する銀色の雪。
さらさらと舞う風に吹かれた地表の雪たちが、あたしとブーンを包みました。

そして、ブーンはあたしの肩から手を放すと、懐から数十枚の紙を取り出しました。

ξ;凵G)ξ「……何、これ?」

( ^ω^)「地図だお。この冬の間に書いておいたんだお」

それは地形やその名称だけではなく、さまざまな注意点、
たとえば何が食料としてあるのか、どう道を辿ればいいかなど、
そういう類のことまでびっしりと、ロシア語と英語、そしてサナアの文字の三つで書かれていました。

それからブーンは、紙の束をめくり、一番下にあった一枚を広げると、ある二点を指差し、こう言いました。

( ^ω^)「ここが、僕の旧友たちがいる村。そしてここが、僕が生まれた場所。
      もし僕が道半ばで倒れたら、この地図を頼りに歩いてくれお」

 

 

187 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:18:49.27 ID: ZC1hkslO0
 
ξ;凵G)ξ「……ばかぁ……うぇ……
      そんなざみじいごと……ひっく……言わないでよぉ……」

けれど、鼻水と涙でぐしゃぐしゃのあたしの声は届かなかったのか、
ブーンは身を翻し、どこかへ向かって歩き出します。

遠くなっていく彼の背中が、その時のあたしには手の届かないどこかへ行ってしまうような気がして、
雪崩が起きるから絶対に出すなと忠告されていたにもかかわらず、あたしは大声を銀色の山々に響かせます。

ξ;凵G)ξ「ブーン! どこに行くのよ!? あたしを置いてかないでよ!」

その時、強い風が吹きました。それにより舞い上がった無数の雪たちが、中空を銀色に染め上げます。
キラキラと光を反射する彼らを間に置き、あたしへと振り返ったブーンは、変わらないにやけ顔で、こう言いました。

( ^ω^)「うんこだお」

本当に死ねばいいのにと思いました。

 

 

197 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:21:04.24 ID: ZC1hkslO0
 
春、イルクーツクを立ち、再び東へと向かい始めたあたしたち。
新たに「歩く意味を探す」という目的が加わり、この旅立ちがあたしの第二の出発となりました。

これ以後の道程に、しばらくはこれといった出来事は起こりませんでした。

引くそりの重みを体に感じ、疲れた体をそりの上で休め、
景色を眺め、時には故郷の人々に思いを寄せたり、あたしの歩く意味について考えたり。
また、ロシア語はそれなりに話せるようになったので、本格的に英語という言葉の勉強も始めたり。
特筆すべきことといえばこれくらいでした。

そうやって道を進み、冬にツインダという村にたどり着き、他の村と同じようなやりとりをそこで交わし、
さらにその翌春、あたしたちはついに、シンワの道、シベリア鉄道の北端へと到達します。

( ^ω^)「懐かしいお。この先で僕は、お前たちのばーちゃんと、その主人に命を拾われたんだお」

( 'ω' )「まんこっこまんこっこ!」

( *><*)「わっかないです!」

ベルカキト。そこから先には線路などなく、
あたしたちは数年ぶりにむき出しの地面でそりを引きずり、北へと歩みを始めました。

そして、歩き始めて数日。
とある平原を前にしたブーンは、唐突にその上に寝転び、こんなことを口にしました。

 

 

205 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:22:52.71 ID: ZC1hkslO0
  
( ^ω^)「考えてみれば、僕はここで死んでいたはずなんだお」

晴れ渡った青空を見上げ、大の字に寝転んだブーンは、
腰にいつも携えているあのナイフを抜き、切っ先を天に掲げます。

( ^ω^)「だけど、あの時ショボンさんとちんぽっぽに助けてもらったから、僕はここにいるんだお。
      それだけじゃないお。ツンデレも、わっかないですもまんこっこも、だからここにいるんだお」

ξ゚ー゚)ξ「ふふ。あんた最近、昔以上に説教臭くなってきたわね」

そんなブーンの隣に、あたしも寝転びました。
それからジャンビーヤを取り出し、ブーンと同じように三日月形のその切っ先を青空へと掲げました。

そして、ブーンは呟きます。

( ^ω^)「僕たちの旅に栄光あらんことを」

続けて響いた二匹の遠吠えの中、「それ、何か意味があるの?」と笑って尋ねれば、
「ま、おまじないみたいなもんだお」と、ブーンも笑いました。

 

 

208 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:24:32.80 ID: ZC1hkslO0
 
それからのおよそ二年間にも、特筆すべきことは何もありませんでした。
というより、あまりに厳しい道のりで、正確なところを覚えていない、思い出したくはないというのが正直なところです。

あり得ないくらいに長く寒い冬。
ツインダで入手していた大量の保存食はみるみる内に目減りしていき、あたりに存在する食料はごくわずか。
どうしてそこを越えられたのか、今でも不思議なくらいです。

冬の大半は深い穴倉で火を囲み、二人と二匹で身を寄せ合ってじっとしているだけ。

たまの晴れ間は必死に食料を探す。訪れた短い春と夏は、冬に備えた大量の保存食作りに時間をとられ、
これまでとは比べ物にならないほど、進むことの出来た距離は短いものとなってしまいました。

そんな、「歩くとは辛いことばかりだ」というブーンの言葉が身に染みて理解できた二年間。

その二度目の冬の終わり、ついにあたしは、
ブーンをして「世界で一番綺麗な場所」と言わしめる、一面氷に覆われた青色の世界、
ベーリング海峡へと到着します。

 

 

213 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:26:21.69 ID: ZC1hkslO0

ξ;゚听)ξ「すごいね、ここ。本当に空を歩いてるみたい……」

青空が見えたその時、氷面は空の色を映し出し、
空と氷の境目がわからないほどの青をあたしに見せてくれるのです。

ゴロゴロと、雪山を越え二年ぶりに取り付けたそりの車輪の音がしなければ、
あたしは空を歩いているという錯覚にとらわれたまま、一生そこから抜け出せなかったかも知れません。

それと、ベーリング海峡は、本当は海なのだそうです。
あたしには到底信じられませんでしたが、指にとってぺろりと舐めてみた小さな氷の欠片は、ほのかに塩の味がしました。

ああ、本当にここは海が凍っているんだなと、
それを成し遂げてしまう自然の力の雄大さに、あたしは舌を巻いてしまいました。

 

 

218 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:27:58.36 ID: ZC1hkslO0
 
( ^ω^)「……そうだおね」

そして、当のブーンはというと、
心ここにあらずといった表情で、あたしや二匹の後方をぼんやり歩くだけでした。
どうしたのだろうと心配で、引きずるそりを止めて、あたしはブーンへと歩み寄ります。

その時でした。正面に立ったあたしの体を、ブーンが唐突に引き寄せました。

それから、突然のことに思考が停止してしまったあたしの唇に、柔らかくて冷たい何かが触れました。

ほんの一瞬のことでした。

だけど、あたしを抱き締めたブーンの体の大きさを、
唇に触れた何かの感触を、あたしは一生忘れることは出来ないでしょう。

 

 

222 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:29:28.05 ID: ZC1hkslO0

ξ;゚听)ξ「いいいいいいい、いきなりなにすんのよぉ!」

停止していた思考が戻るや否や、あたしは全力でブーンを突き飛ばし、
けれどその反動であたしの方が突き飛ばされる形になって、結局あたしがゴロリと氷上に転がってしまいました。

あたしの突き飛ばしなど屁でもない様子のブーンは、依然、氷の上にぽつりと立ったまま、
ボリボリと申し訳なさそうに頭をかきむしり、ほんの少し頬を赤らめ、言います。

(; ^ω^)「す、すまんかったお。こうすれば彼が戻ってくるんじゃないかと思ったんだお」

ξ;゚听)ξ「な、なによその理由は! お、乙女の初めての唇奪っておいて、あんたそりゃないわよ!」

(; ^ω^)「は、初めてだったのかお? そりゃあすまんかったお!」

 

 

225 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:31:16.09 ID: ZC1hkslO0
 
ξ;゚听)ξ「……」

ξ;凵G)ξ「いやあああああああああああああああああ! 今のは無効よおおおおおおおおおおおおお!」

正直、こんな初めても悪くはないかなと思っていたけれど、やっぱりそれではジョルジュに申し訳が立たなくて、
さらにはブーンの申し訳なさげな視線が物凄く痛くて、あたしは氷の表面に唇をつけ、消毒することにしました。

( ^ω^)「やっぱりどうやっても、君が戻ってくることはないのかお?
      君はどうやったら……この世界を認めてくれるのかお?」

その時、ブーンの寂しげなつぶやきが聞こえて、唇を奪われたとはいえ、
さすがにあたしも何か声をかけないといけないかなと思いました。でも、それは出来ませんでした。

だって……だって……

 

 

229 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:32:27.81 ID: ZC1hkslO0

ξ;゚3゚)ξ「ふ、ふーん!」

(; ^ω^)「お。なんだお、へんてこりんな声出して……って、お前まさか!?」

ξ;T3T)ξ「ほふなほ! くひひふはふっつひはっは!」

(; ^ω^)「ちょwwwwwwwww馬鹿かお前はwwwwwwwwwwww」

……唇が、氷の表面にくっついて離れなくなったのですから。

ブーンが迅速に火を起こしてお湯を作り適切な応急処置をしてくれなければ、
あたしの旅はそこで終わっていたか、もしくは、唇を永遠に隠したまま旅を続ける羽目になっていたでしょう。

だから、その後数週間、唇が通常の三倍に腫れあがったけれど、あたしは何の文句も言いませんでした。

 

 

239 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 21:33:53.14 ID: ZC1hkslO0
 
そうやってベーリング海峡を渡り終え、それからの一年半を、南を目指して歩きました。
初めの一年はどの季節も比較的暖かく、飢えはしたけれども、死ぬまでには至りませんでした。

しかし、海峡を渡って二度目の冬の入り、ロッキー山脈という場所の北端で、
これまでに類を見ない早さと寒さで襲いかかってきた吹雪のため、
保存食は早々に底をつき、食糧もほとんど調達できなくなりました。

初めて直面する、本格的な飢餓でした。

そして、わずかに巡ってきた晴れの日。
ある可能性の薄い食糧を探しに行こうと、餓えた体を引きずってこもっていた穴倉を出た直後、
深く降り積もった雪の上へ、どさりと、ブーンがうつぶせに倒れこみました。

それから二度と、彼が立ち上がることはありませんでした。

 

 

 

 

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