568 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:05:52.69 ID: ZC1hkslO0

― 15 ―

夕刻へと近づきはじめた空の下、火の道の上を二人で歩いた。
僕の前を歩いていたツンデレは、何も語らず、黙々と足を進めるだけだった。

そして、火の道は終わり、その傍に繋いであった二頭のラクダを前にして、ツンデレは膝から地面に崩れ落ちた。

ξ;凵G)ξ「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」

両膝を地面につき、胸にジャンビーヤを抱きしめながら前かがみになり、同じ言葉を繰り返して泣き叫ぶツンデレ。

彼女の心中を察し、僕もしばらくは黙って見守っていたのだが、
本格的に夕刻が近付きはじめたのを前にして、腰からナイフを引き抜き、一頭のラクダの首を掻っ切る。
万が一、建物内の誰かが僕たちを追ってこようとした場合に備え、彼らがラクダを使えないようにするため。

そんなことをしなくとも、二頭のラクダに僕とツンデレの各々が乗ればよかったのだが、
今の彼女が一人でラクダを動かせるとは、到底思えなかった。

 

 

569 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:06:44.42 ID: ZC1hkslO0

(  ω )「……」

地面に倒れこみ息絶えたラクダを無表情に一瞥し、
あたりに立ち込めた血の匂いにも気付かず体を折って泣き続けるツンデレを抱え上げ、残ったもう一頭のコブの間に乗せた。
続けて僕も騎乗し、彼女を後ろから抱きかかえる形で手綱を取り、ラクダを走らせた。

ラクダの足は、意外に速い。千年前の一地域では、馬の代わりにラクダのレースが行われていたほどにだ。
走れば、少なくとも時速三十キロ程度は出る。このままの速度で走り続ければ、日没とともに目的地へ辿りつくことが出来るだろう。

その道中、揺れるラクダの背の上で、彼女を抱きとめる形で手綱を握る僕の胸の内で、ツンデレはひたすらに泣き続けた。
嗚咽ではなく「ごめんなさい」と大声をあげ、全身の水分が枯渇してしまうのではないかと疑うほどに涙をこぼし続けた。

そうやって僕の胸で震え続ける彼女の背中の先に、僕は彼女のものではなく、僕自身の、あり得たかも知れない未来の結末を見た。

 

 

574 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:08:37.32 ID: ZC1hkslO0

きっとあの時、ツンを冷凍睡眠に入らせることに成功したとしても、
目覚めた二千年後の世界で僕は、今と同じ惨めな感情を味わっていたのだろう。

目覚めたツンは、僕ではなく別に恋人がいたツンは、二千年後の世界の上で、
今のツンデレと同じように泣き叫びながら、届かない謝罪の言葉を漏らし続けたに違いない。

ツンデレと同じように「あたしだって変わらないよ」と、
クーに求められた際の僕と同じように「ツンを裏切ることは出来ない」と、
ツンは遥か二千年前の恋人へ、想いを抱き続けたに違いない。

そうだ。僕の未来は、結局こんな惨めなものしか予定されていなかったのだ。

与えられた道を与え返し、自分のものにすることは出来た。息子同然のジョルジュを、苦しみから解放することが出来た。
歩きたいと願ったツンデレに、足を与えることが出来た。ツンによく似たツンデレを、僕のような未来から救うことが出来た。

千年後の過酷な世界を歩き続けた、ブーンという意識が望んだであろうことは、すべて成し遂げることが出来た。

でも、それでも、当たり前だけれど、初めから分かり切っていたことだけれど、僕の本当の望みが叶うことはなかった。
やっぱりツンデレはツンじゃなくて、やっぱりツンデレはツンの代わりになることはなかったのだ。

 

 

579 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:10:45.57 ID: ZC1hkslO0
 
僕は、僕のあり得たかも知れない未来を、ツンデレに重ねて見たかった。

千年前の世界の終わりからツンを救うように足を切り取られるツンデレを救い、
それから笑って「ありがとう」と言ってくれるツンデレに、
二千年後の世界の上で同じように「ありがとう」と言ってくれるツンの幻を重ねたかった。

けれども、救いだしたツンデレは、僕の胸の内で泣き叫ぶだけ。

彼女をツンだと無理やりに思いこもうとすれば、あり得たかも知れない僕とツンとの別の未来は、こういう結末になる。
今の惨めな気持ちを前に、彼女がツンではないことを認めてしまえば、ツンデレにツンを重ねることは出来ず、
あり得たかもしれない僕の未来は、永遠に見ることは出来ないまま、それは千年後の世界のどこにも存在しないことになる。

そして、やっぱりツンデレはツンでは無いのだ。

ならばもう、僕がこの世界にいる意味はない。あり得たかも知れない別の未来など初めからこの世界に有るわけもなく、
それでも僕が別の未来を想像しようとするなら、それは別の意識にこの身を任せた、その奥底で眠り続ける夢の中にしか存在しない。

一時だけ綺麗だと思った世界は、やっぱり綺麗ではなかった。
一時だけ認めてしまった世界は、やっぱり認められないものだった。

 

 

581 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:12:18.44 ID: ZC1hkslO0

だからまた、僕は眠ろう。この身果てるまで、奥底で眠り続けよう。
その中で別の未来の夢を見ながら、終わりの日を、ただ待ち続けよう。

ブーン。あとは君に託した。君の望みはすべて成し遂げたんだ。だから、許してくれ。

僕は再び二つに分かれ、そのうち一部の感情を引き受け、
君の歩く手助けをし、名もない意識としていつまでも眠り続けよう。

いや、あと一度だけ、僕は君の前に現れる。

君が歩く意味を見出したと思われるその時、僕は君の正体を、僕の正体を、
僕と君が一つに戻ることがないと断言したあの時の言葉の意味を、
それでも今、どうしてこの一時の間だけ僕たちは重なり合い内藤ホライゾンに戻ったのかを、
そしてなぜ内藤ホライゾンが二つの意識に分かれたのかを、そのすべてを、約束通り君に語ろう。

(  ω )「だから、その時まで……おやすみなさいだお」

 

 

584 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:14:09.37 ID: ZC1hkslO0

( ^ω^)「……お」

こうして僕の意識は内藤ホライゾンから分かれ、再びブーンへと戻った。

脳に残る記憶通りに僕はすべてを成し遂げていて、
今はラクダに乗っていて、胸の内ではツンデレが泣いていた。

けれど、なぜ僕は内藤ホライゾンに戻ることが出来たのか、
それに関する記憶はすべて、一部の感情とともに欠落していた。

いや、きっとそれは欠落することなく、脳の中に記憶として残っているのだろう。

ただ、僕の、ブーンという意識では、そこにたどり着く経路がわからないのだと、
だから記憶を引き出せないのだと、日の沈みをラクダの上で眺める中、漠然とそう理解した。

 

 

588 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:15:32.76 ID: ZC1hkslO0
 
やがて、日が沈んで間もなく、僕は目的地の間近へと到着した。

サナア。二度と戻るとは思わなかった町。
どうして僕がここへと舞い戻ってきたのか? 何のことはない、旅の荷物を取りに行くためだ。

ショボンさんから与えられた道を自分のものに出来た僕は、これからも歩き続けねばならない。
いつかツンデレと別れても、歩く意味を見つけるまでは、僕は歩き続けるための最善を尽くさねばならないのだ。
だから、やっぱり旅の荷物たちはどうしても必要で、多少の危険が伴おうとも、彼らを回収しないわけには行かなかった。

( ^ω^)「これから僕は一旦屋敷に戻って、旅の荷物を取ってくるお。
     ツンデレ、ラクダを渡すから、君はアシールの入口の丘の上で待っていてくれお。出来るかお」

ξ゚听)ξ「……うん」

ラクダから降り、コブの間に跨り続けるツンデレを見上げ、声をかけた。
暗がりでもわかるほどに眼を真っ赤にはらした彼女は、しかし短い言葉で、こくりと頷き返した。

 

 

590 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:17:14.15 ID: ZC1hkslO0
 
それから町の裏道を、身を潜めながらひたすらに進み、サナア長老宅へとたどり着いた僕。

門の前にいたのは、顔見知りの門番が一人。
彼の前へ姿を現し、、疲れ切った表情で「今日は休ませてほしい」と言えば、
誓いの儀を見てきたことを知っていたのであろう彼は、
「無理もない」と言いたげな表情を作り、僕に背を向け、門を開けた。

その後頭部をナイフの柄で突けば、門番は小さな呻きをひとつ残して、地面に倒れ落ちた。
彼の衣服の一部を破き、申し訳ないと思いながら両手両足をそれで縛り、近くの草むらに彼を隠した。

周囲を警戒しながら門をくぐり、まるで泥棒のように自分の屋敷に忍び込む。

それから、一度は別れを告げた旅の仲間たちと再会し、
「また世話になるお」とそりの上に彼らを乗せ、再び夜の中に出ようとした。

そんなとき、書斎の机の上に、書きかけの書物を見つける。

埋めることの出来なかった最後の項目は「自由」について。
筆をとり、差し込む月明かりの下で、一文だけを残した。

「今日、君に教えたこと」

そして僕は、屋敷を出た。

 

 

594 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:18:57.49 ID: ZC1hkslO0
 
久方ぶりに引く荷物を載せたそりはとても重く、
さらには町の住人に見つからないよう警戒しながら裏道を進む必要があったため、
ツンデレと約束していたアシール入口の丘につく頃には、すっかり夜は更けてしまっていた。

天頂と達した満ちる一歩手前の月の下、もう寝ているだろうと思っていたツンデレは、
眠るラクダの傍で膝を抱え、町を見下ろしながら、静かに座っていた。

ξ゚听)ξ「……いつまで待たせんのよ」

( ^ω^)「すまんかったお」

ξ゚听)ξ「ホント、遅いわよ。ばーか」

僕に背を見せたまま、振り返らずに言ったツンデレ。もう泣いてはいないようだ。
その傍らに立ち、僕もサナアを見下ろした。

初めてみた時と同じように雪化粧した冬の町のようなそこは、月明かりに照らされ、銀色に光り輝いていた。

その輝きは、まるで風に吹かれた粉雪が日の光を反射する際に放つきらめきのようで、
それらが白の縁取りとして縁取られていた町並み、その美しさは、息を呑むほどとしか形容できない。

薄暗い夜の中に浮かぶ神秘的な町並みは、見る者に呼吸を忘れさせるほどの迫力を持ち、言葉どおりに僕は息を呑んだ。

 

 

598 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:20:54.91 ID: ZC1hkslO0

どれくらい見惚れていたのだろう? 
時間の感覚を忘れた頃、不意に、ツンデレが声を発した。

ξ )ξ「綺麗。本当に……綺麗」

( ^ω^)「……そうだおね」

突然の言葉に、ありきたりの答えしか返せなかった僕。
いっさいの音がしない夜の中、ツンデレが、謡うように声を連ねる。

ξ )ξ「こんなにもこの町が奇麗だなんて思わなかった。あたしは気付かなかっただけで、
      あたしが歩いて見つけたかった、世界で一番綺麗なものは、実はこの町だったのかもしれない」

そして、膝を抱えたままの彼女は僕を見上げ、一滴の涙を流し、こう問うた。

 

 

601 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:22:31.24 ID: ZC1hkslO0

かつて、歩きたがった女がいた。

古に続く伝統に囚われた彼女は、それでも足を欲しがり、
すべてを捨て、厳しい世界に一歩を踏み出した。

一方で僕はすべてを得、残る一つの意味を探しに、彼女とともにまた歩くことを選んだ。
そしてそれは絶対に見つけられるのだと、根拠もなしに、そう思えた。

けれど、その始まりの夜。
銀色のナイフを携えた彼女は、満ちかけた月明かりの下、銀色の涙を流し、僕に尋ねた。

ξ;凵G)ξ「ねぇ、ブーン? この町より綺麗なものを、あたし、見つけることが出来るかなぁ?」

 

 

605 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:24:17.09 ID: ZC1hkslO0

( ^ω^)「……」

僕は、無理だと思った。少なくとも今のツンデレに、
眼下に広がる銀色のサナア、それ以上に美しいものを見つけることは叶わないだろうと感じた。

愛した男がそこにいて、愛した家族がそこにいて、たくさんの思い出がそこにあり、
満ちかけの月の下で銀色に光り輝く故郷の町、それを綺麗だと、美しいのだと感じてしまったのなら、
それ以上のものを見つけるには、僕が辿ってきた道のり、
それよりはるかに困難な道の上を彼女は歩かねばならないだろうから。

だけど、一つだけ確かなことがある。可能性は消えていない、ということだ。

だから僕は、彼女が「世界で一番奇麗かもしれない」と謳った町を見下ろし、言った。

 

 

611 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 18:26:24.48 ID: ZC1hkslO0
 
( ^ω^)「大丈夫だお。きっと……大丈夫だお」

膝を抱え、さらにその上に頭を抱え、小さく嗚咽を漏らし始めたツンデレ。
空を見上げ、誰も殺すことのなかった満ちかけの月に向かい、最後に僕は、言葉を放つ。

( ^ω^)「だって君には、どこまでも歩ける二本の足が残っているんだお」

 

 

 

 

 

 

 

最終部  古に続く伝統と、それでも足を欲しがった女の話 ― 了 ―

 

 

 

 

 

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