398 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:13:35.12 ID: ZC1hkslO0

マキャベリズム。「君主論」を著した政治思想家ニッコロ・マキャベリにより提唱された、
「政治の本質である国家の保全のためには、政治家は時として悪と称される手段も用いねばならない。
そしてその結果について、政治家は全責任を負わなければならない」とする結果重視の政治思想のことだ。

ジョルジュはこの思想について、並々ならぬ興味を見せていた。夜通し質問を浴びせかけるほどに。

当時はその理由に気がつかなかったが、今にしてみればハッキリとわかる。
この思想がジョルジュの中に存在していた葛藤を解決する拠所となることを、彼はその時から薄々感づいていたのだ。
  _
(  ∀ )「ツンデレが足を失わずに済むことと、それが町にもたらす動揺を比べりゃ、
     長老が選ぶべきことなんて決まりきってんだろ? そんなら俺は、ツンデレに恨まれようと足を切るしかねーんだ。
     それに、俺が消えたら、いったい誰がサナアを導く? 誰もいねーだろ?
     だから、俺にはこうするしかねーんだ。さっきあんたが言ったとおり、俺には選べる道なんてなかったんだよ」

震えたかすかな声が、僕の胸に響いた。
またうつむいたジョルジュの握るジャンビーヤから、わずかに力が抜けたのを感じた。

「ナイフを離して降参するなら今だ」とでも言いたいのだろう。そうまでして僕に留まれと言ってくれるのか。

 

 

402 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:15:50.37 ID: ZC1hkslO0
 
ああ、ジョルジュ。息子にも思える愛おしい僕の教え子よ。
君はなんと力強い青年だろう。

他人には恵まれているようにしか思えない厳しい境遇の中で、
苦しみを分かつ相手もいなかっただろうに屈することなくまっすぐに育ち、
絡まる立場という鎖に縛られ、辿るべき道は僕と同じように一つしかなかったと言うのに、
「選択肢なんていらない」と、それでも君はその上を突き進もうとしている。

君ならばきっと、道を選ぶというプロセスを経ずとも先へと進めることだろう。

君が切り取ることで片足を失ったツンデレが、寝床の上で地平の彼方を眺めている姿を前にしても、
張り裂けそうな胸の痛みに耐え、押し寄せる後悔を撥ね退けることが、きっと君なら出来るだろう。

僕なんかとは比べようもなく、君は強い。
教え子と、息子と、そう呼ぶことがおこがましいほどに、君は強い。

けれど、そんな君だからこそ、ツンデレと同じように救いたい。

ドクオが、ギコが、ビロードが、ショボンさんが、僕にそうしてくれたように、
この世の地獄とも呼んでもいい君の一本道の上に、別の道を切り開いてあげたい。

 

 

405 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:17:20.63 ID: ZC1hkslO0

そのカギを握るのはツンデレ。
どちらでもいい、彼女が道を選びさえすれば、彼女もジョルジュも救われるのだ。

彼女が歩くことを選べば、僕が連れ出す。
ジョルジュは足を切らずに済む。彼女の夢を奪わずに済む。

彼女がサナアに残ることを選べば、ジョルジュの罪悪感は軽減される。
少なくとも、今ある道を辿るよりかは幾分も楽になる。

だから僕は、彼女が選び取るための時間を稼ぐ。
だから僕は、ナイフを握る両手の力を、緩めない。

( ^ω^)「……何度も言うお。そいつは無理な注文だお」

笑顔のまま、ジョルジュに返した。
顔を上げて僕の顔を眺めたジョルジュは、一瞬、とても悲しそうに顔をゆがめ――

 

 

412 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:19:33.21 ID: ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「……馬鹿野郎が!」

――ささやきではなく、吠えるように叫び、つばぜり合うジャンビーヤを持つ手首を返し、体を右にひねった。
それにより僕のナイフを、その黒い切っ先を受け止めていたジャンビーヤという壁がなくなり、僕の体は前のめりになってしまう。
同時に身をひねっていたジョルジュの左ひざが、倒れこむように前へよろめいた僕の鳩尾へと繰り出された。

(;゚ω゚)「……っ!」

悲鳴さえ漏らすことの許されない衝撃。続けて繰り出された後ろ蹴りにより、僕の体は後方へと吹き飛ばされる。
固い何かが背にあたる。腰掛か祭壇にぶつかったのだろう。全身を駆け抜けた痛みに息をすることさえままならなかった。

それでも起き上がろうとはしたのだが、体が言うことを聞かない。かろうじて、懐の銃の重みだけは感じ取れた。
握っていたはずのショボンさんのナイフは、床に転がっていた。手をのばそうとしても、それはもう届かなかった。

追撃を受け止める刃はない。仰向けに倒れたまま、もうこれまでかと覚悟した。吐息のような呟きが聞こえた。

 

 

415 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:21:28.08 ID: ZC1hkslO0

(; ゚ ゚)「あ……」

見上げた視線の先にツンデレの顔が見えた。どうやら僕は彼女の傍へと蹴り飛ばされていたらしい。

倒れこんだ僕を見下ろしているその顔を覆う布の隙間、近距離から見る動揺した彼女の瞳は、
「一緒に冷凍睡眠に入ろう」と誘ったあの時わずかに見せた、ツンの動揺したそれとそっくりだった。

(; ^ω^)「ごめんお……もう……時間を稼げそうにないお」

絞るように、かすれ声をかけた。見下ろすツンデレはそれを聞いてびくりと肩と目を震わす。

(; ^ω^)「こんな短時間で無茶だってのはわかってるお。
      だけど……決めてくれお。そうしなきゃ……君も……ジョルジュも……僕も……」

(; ゚ ゚)「ブ、ブーン……」

 

416 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:22:49.61 ID: ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「おらぁ! 立ちやがれ!」

うろたえながらも、僕におずおずと手を差し出そうとしてくれたツンデレ。
しかし同時に響いたジョルジュの怒鳴り声に、その手は止められた。

またびくりと肩を震わせたツンデレは、そろそろとジョルジュへと顔を向ける。
同じように僕も。
  _
(# ゚∀゚)「ツンデレの目の前でてめぇを串刺しにするわけにはいかねぇんだよ!
     てめぇも男なら、さっさと立ってこっちに来いや!」

ジョルジュが眼をむき、立てた中指をくいっと何度も折り曲げながら叫んだ。
僕への説得はもうあきらめたのだろう。賢明な判断だ。

動かすだけで全身に針を刺したような痛みが走る中で、
ゆっくりと立ち上がりながら、僕はツンデレへと言う。

 

 

419 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:24:26.76 ID: ZC1hkslO0

( ^ω^)「選ぶのはどっちでもいいんだお。君が選びさえすれば、どっちにしてもジョルジュは楽になれるお。
      ジョルジュは、君が不本意のまま伝統のせいで足を切られるから苦しんでるんだお。
      君が『歩く』という選択肢の中から、それでも足を切られることを選べば、
      それは君の意思だから、ジョルジュの苦しみは和らぐお。君が何もかもを捨てて『歩く』ことを選べば、
      ジョルジュは君の足を切らなくて済むお。ジョルジュが苦しんでる原因は無くなるお」

(; ゚ ゚)「でも……あんたはどうなるの?」

( ^ω^)「安心するお。君がどっちを選ぼうが、
      僕は生きてここから脱出できるお。そのための手段はとってあるお」

ようやく立ちあがることができた。
一度立ち上がってしまえば痛みは和らぎ、まだまだ体は動けそうである。
思ったより近くに転がっていたナイフを拾い上げながら、続けた。

( ^ω^)「ジョルジュに聞いていないかお? 
      二年前、エルサレム近くの砂漠で野党が大量に殺された事件があったはずだお。
      その犯人は、この僕だお。野党からだって逃げきれたんだから、ここからだって逃げきれるお」

 

 

421 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:25:16.21 ID: ZC1hkslO0
  
(; ゚ ゚)「!?」

布の隙間からのぞく眼を見開いたツンデレ。ああ、ツンとそっくりだなと思った。

( ^ω^)「だから、大丈夫。余計なことは考えないで、君は道を選ぶだけでいいんだお。
      ただ、やっぱり言わせてくれお。ここに残った方が、君は幸せになれると思うお」

彼女の眼をまっすぐに見つめて、それだけを残した。
切れ長の、けれども大きなその瞳の中に僕の顔が見えた。彼女が問うた。

(  ゚ ゚)「ねぇ?」

( ^ω^)「何だお?」

僕の目にはもう、ツンデレの瞳に映る僕の顔しか見えていなかった。
だから、次に放った彼女の問いかけは、僕が僕自身に問いかけているように思えてならなかった。

(  ゚ ゚)「この世界は……奇麗なの?」

 

 

424 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:26:26.82 ID: ZC1hkslO0

この世界。千年後の世界。望まなかった未来の姿を、さあ、僕は奇麗だと思うか?

目覚めて二度目に上がった地上で目にした、赤茶けた大地。
点在していた緑色の木々。赤い大地を流れる河。風に揺れていたトウモロコシ畑。眩しい太陽。濃い空の青。
その中で笑っていた、クーの顔。そして今、天井のほころびから降り注いでいる、幾重にも連なる光の帯。

それだけじゃない。どこまでも広がる、地上の空のようなベーリング海峡。地平に続いていく線路と、永久凍土。
地上に落ちた三日月のようなバイカル湖の眺め。どこまでも緑の続くザカフカース地方の山並み。
音さえも存在しない砂漠の夜。悠然とそこにあったメッカ大聖堂。降り積もる雪の町のようなサナアの遠景。

辛いことばかりだった。泣いたことばかりだった。それでも死に切れず、ブーンという意識にその後を託した。

だけども、ブーンの後ろから僕が垣間見てきた後者の光景はもちろんのこと、
僕という意識が直に目にした前者に上げた数少ない光景だけでも、悔しいけれども、認めたくないけれども、

この世界は――

( ^ω^)「……綺麗だお」

 

431 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:29:35.07 ID: ZC1hkslO0
 
ツンデレが目を伏せた。決断にはまだまだ時間がかかりそうだ。

ナイフを握り、ジョルジュを見る。鬼のような形相をしていた。
もう遊びのようなナイフのぶつかり合いは終わりだろう。
真っ向から向かっていけばたちまち彼に打ち負かされるだろう。

さて、どうして時間を稼ごうか。無様な姿をさらして、必死に逃げ回ることにしようか。
まさに、千年後の世界から逃げ出した僕にふさわしい方法だ。うん。それがいい。
  _
(# ゚∀゚)「お遊びはおしめぇだ! 一瞬でけりをつけてやる!」

( ^ω^)「おっおっお。そりゃあ、困るお」

すっと腰を落とし、ジョルジュがジャンビーヤを構えた。
さあ、逃げ回れるだけ逃げ回ってみせるぞ。ナイフを構えつつ、そう思った瞬間だった。

「あたし、歩きたい!」

屋内に、甲高い叫びが響き渡った。

 

 

438 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:31:26.31 ID: ZC1hkslO0
 
逃げ回ろうとしていた僕の足が止まった。
こちらに切りかかろうとしていたジョルジュの動きが止まった。
その後方で誓いの儀を見守っていたサナアの男たちが、響いた声に呆然と立ち尽くしていた。

視線を隣に移せば、ツンデレが顔を覆った布を剥ぎ、ジョルジュを、サナアの男たちを、見つめていた。

ξ;゚听)ξ「わがままだってわかってる! ひどい女だってわかってる! だけどあたしは歩きたいの!
      ジョルジュが好き! パパとママが好き! サナアが好き! それでもあたしは歩きたいの! 歩くしかないの!」

両手を握り締めツンデレが叫んだ。その瞳はうるんでいたけど、頬には何も伝ってはいなかった。
涙をかみ殺すようにほんの少し口をつぐんだ彼女は、震えた声で、途切れ途切れに言う。

ξ )ξ「だって……足がなくなってもみんなが好きだって……あたし絶対言えないもん……
      みんなが嫌いになっちゃうよ……生まれてくるジョルジュの子どもだって……きっと嫌いになっちゃう……
      家の窓から外を見て……その子が楽しそうに走り回ってるのを見たら……
      あたしは間違いなく嫉妬しちゃう……絶対に気が狂っちゃう……
      その子を純粋に愛せない……好きな人の子どもを産んで……その子が歩けるからって嫉妬する自分を……
      ジョルジュの子どもを愛せない自分を……自分の子どもを愛せない自分を……あたしは絶対に好きになれないよ……」

 

 

444 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:33:25.08 ID: ZC1hkslO0

そして、ツンデレは笑った。

無理やり釣り上げたのだろう、口の端も、頬も、ヒクヒクとふるえていた。
涙がこぼれることを恐れたのだろう、三日月形を描くべき眼は、中途半端な形で歪んでいた。

ξ;゚ー゚)ξ「だから……あたしは結婚できないよ……
       だから……あなたはあたしと結婚したらダメだよ……
       だから……歩きたいって夢を捨てきれないあたしは……
       サナアを出て……全部を捨てて……あなたを捨てて……歩くしかないんだよ……」

それから彼女は口を真一文字に結び、けれど決して泣くまいと、何かに必死に耐えていた。
うるんだ瞳でジョルジュを見つめたまま、それ以上、彼女は何も言えないようだった。

その代わりに声を発しようとした僕に先んじて、新郎の呟きが屋内に響く。

 

 

453 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:34:54.91 ID: ZC1hkslO0
  _
( ゚∀゚)「……そうか」

ジョルジュは脱力したように肩を落とし、ツンデレの瞳を見つめ返したまま立ち尽くしていた。
しかしその顔は、笑っていた。

無言で見つめあう新郎と新婦を前に、僕は何も言えなかった。
ジョルジュの後方で見守るオワタや長老らも、かける言葉がないのだろう、呆けたように立ち尽くしていた。

だが、このままでは何も始まらない。花嫁は道を決めたのだ。
彼女をその先へ導くのが、僕の本当の仕事だ。

( ^ω^)「ツンデレ、よく決めてくれたお」

身を切るような彼女の決断に、短いながら最大限の賛辞をかける。
続けてショボンさんのナイフを腰に仕舞い、シンと静まり返る建物の中、道を阻むジョルジュへと語りかける。

( ^ω^)「サナアの花嫁は道を決めたお。お前も男なら、ジョルジュ、その道を開け渡すんだお」

 

 

456 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:36:15.81 ID: ZC1hkslO0

ツンデレを見つめていたジョルジュは、笑顔を崩さないまま、ゆっくりと僕へ顔を動かす。
そして再び腰を落とし、誓いが込められることのなかったジャンビーヤを構える。
  _
( ゚∀゚)「そういうわけにはいかねえよ。俺だってサナアの花婿だ。
     たとえ花嫁に拒まれようが、引くわけにはいかねぇのさ」

( ^ω^)「そうかお」

即答で返した。ジョルジュならそう言うと思っていたからだ。
ここですぐさま道を開ける男なら、僕はこんな苦労はしなかったし、彼を救いたいとも思わなかった。

それでいい。

さあ来い。ジョルジュ。

僕の息子よ。教え子よ。

お前の道も、開いてやろう。

 

 

461 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:37:25.95 ID: ZC1hkslO0
  _
(# ゚∀゚)「つあああああああああああああああああああああああああっ!」

いくつもの陽光がゆらめく通路の上、ジョルジュがこちらへと駆けだした。
差し込む光を受け、彼のジャンビーヤが涙色に輝くのが見えた。

僕は、懐に手を入れた。

銃。最後の一発。

始まりに、孤独な女のこめかみを穿った死神よ。

ならば終わりに、古に続く伝統に囚われた、哀れな男の魂を連れて行ってみせろ。

 

 

462 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 17:38:05.85 ID: ZC1hkslO0

ジョルジュと僕の距離が詰まった。

銃を引き抜く。
瞬時にセーフティを外し、引き金に指をかけた。

今、楽にしてやる。

引き金を絞った。
同時にジョルジュの顔を見た。

ヒッキーの死に顔が、重なって見えた。

 

 

 

 

戻る

inserted by FC2 system