41 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:57:48.58 ID: ZC1hkslO0
 
― 11 ―

\(^o^)/「これはこれは、ブーンさんではありませんKA!」

ジョルジュの背中が長老宅の向こう側に消えてしばらく。
綺麗に整えられていた芝生の庭にたたずんでいた僕は、これから結婚式に参列するのであろうジョルジュの側近に声をかけられる。

( ^ω^)「あ、どうもですお」

\(^o^)/「お久しぶりでSU! 傷の経過はいかがですKA?」

( ^ω^)「まったく問題ないですお。手術から大分時間も経ってますし」

\(^o^)/「それは良かっTA! そろそろ式が始まりますYO! 早く中に入りまSHOW!」

彼は二年前、ヒッキーに付けられた傷を治してくれた医者である。
さらに彼にはジョルジュに請われて何度か医学知識を教えたりもしていて、旧知の間柄とはいかずも顔見知りではあった。

医者にも関わらず人生オワタという縁起でもない名を持っているが、僕の傷を完璧に消したあたり、その腕は確かだ。
薬箱らしき長方形の大きな箱を背負った彼とともに、僕は式場へ向かうことにした。

 

 

49 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:01:12.64 ID: ZC1hkslO0

式場であるサナアの長老宅は、建築物そのものの規模で言えばさほど大きくはない。

イメージとして長老宅と言えば、一般的に、広大な庭を有した大豪邸プール付き高層一軒家を思い浮かべられるだろう。
しかしサナアの長老宅は、庭こそそこに僕の住んでいた小さな屋敷一軒が建てられていても十分に広かったものの、
邸宅自体は一般的なサナア町民の屋敷の二倍ほどの広さに過ぎず、
だから今回の結婚式の招待客が親族と一部の知り合いに限定されていたにもかかわらず、室内は人でいっぱいになってしまっていた。

レンガ造りの室内。床に敷かれたかつてのペルシャ絨毯にも似た色鮮やかなそれの上には、
腰にそれぞれのジャンビーヤをぶら下げたサナアの男衆がひしめいており、新郎新婦が現れる前から盛大に宴会を始めていた。

(;^ω^)「下戸なもので……申し訳ないけど遠慮しておきますお」

中には見知った顔もいて、朝っぱらから酒をかっくらって赤くなっていた彼らに酒を勧められたりもしたのだが、
もともと酒はそんなに得意ではないし、ハレの日とはいえ今日ばかりは呑むわけにはいかないので、僕は丁重にそれを断った。

 

 

51 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:02:20.98 ID: ZC1hkslO0

それから酒を勧められないよう、式場の末端、絨毯の裾も届かない端っこに座し、主賓の登場を待つことにした僕。

同じような意図からか、背負っていた薬箱を床にドンと置き、僕の隣に座ったドクターオワタ。
短い世間話を交わしてすぐに彼が黙りこくったことが幸いし、
式が始まるまでの間、僕はゆっくりこれからのことについて考えることが出来ていた。

( ^ω^)「さて……」

ガヤガヤと男衆が騒ぐ声を聞きながら思いを巡らす。

歩けなくなるというのは十中八九戒律によるものだろう。
それが纏足などによる肉体的な制約である可能性はもちろんあったが、考える限りそれはかなり低い。
先日ジョルジュがツンデレのナイフの腕前が僕並だったと言っていたことから鑑みて、少なくとも纏足の可能性は消去される。

ならば問題は、いつ、どのタイミングで彼女に「歩く」という選択肢を与えるかになる。
出来れば彼女が独りきりになる際がベストだ。

 

 

53 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:03:55.49 ID: ZC1hkslO0

しかし不幸なことに、サナアにおける結婚式の段取りについて、僕はまったくといって知識を持ってはいない。
つまり、いつ、どのタイミングで彼女が独りきりになるのかがさっぱりわからないのだ。

それなら今朝にでもツンデレの家へ赴いてことを成せばよかったのだが、
心の準備にいろいろと時間を要したし、なにより僕は彼女の家を知らなかった。
だから僕には、結婚式の合間、もしくはその後に行動を起こすという手段しか残されていなかったのである。

はたから見れば「なんという行き当たりばったり」と思われる僕の行動。
しかし内藤ホライゾンと対面し決意を固めたのが今朝なのだ。そりゃ行き当たりばったりにもならざるを得ない。

ただし、先ほどジョルジュに緊張の糸を緩められたせいか、
上記のようなたくさんの不確定事項を前にしても、僕はたいして緊張もしていなかったし、焦ってもいなかった、

例えばドクオの村を発った時のように、「なんとかなるだろう」と楽観的に考えていた。

 

 

55 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:06:01.16 ID: ZC1hkslO0
 
冷静に考えれば、彼女に選択肢を与えるのは今日の結婚式に限る必要はないのだ。
僕の都合としては僕自身の決心が固まっている今日の内がベストだが、チャンスが無ければ後日改めて行動を起こせばいい。

それだけのことだ。その後、道を選ぶのはツンデレの仕事になる。
あとはそれに合わせて、彼女が歩くことを選べばサナアの外へ連れて行けばいいし、そうでなければ僕がこの町を去るだけでいい。

心優しい男が神の木を切り倒した時のように、夜中の夜明けを眺める必要もない。
病に倒れた絵描きの想いを成就させようと神の国を探した時のように、ボロボロになるまで這いずりまわる必要もない。
慕ってくれていた少年が襲いかかって来た夜のように、絶望に駆られることもない。

サナアの町を去る。ジョルジュと別れる。
このことから目をそらしさえすれば、今回の件はこれまでで一番楽なことなのだ。

「決まってる。このジャンビーヤで八つ裂きにしてやるさ。それがブーン、たとえあんただとしてもだ」

脳裏をよぎったつい先ほどの光景から目をそらす。
そう。これらのことから目をそらしさえすれば、これから僕がすることはこれまでで一番楽なことなのだ。

 

 

58 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:07:56.27 ID: ZC1hkslO0
 
( ^ω^)「……」

それから何かを振り払うように考えることを止めた僕は、
式の段取りが如何なものを聞き出そうと、隣に座るジョルジュの側近に話しかけようとした。

しかしその直後、ただでさえ騒がしかった室内が耳をつんざくほどの歓声に包まれる。
新郎であるジョルジュが、後見人である長老とともに室内に入ってきたのだ。
  _
( ゚∀゚)ノ「いよっ! 遅れちまってすまんね! みんな呑んでるかい? 今日は俺のためにありがとな!」

朝の様子からは考えられない明るい声。そんな彼の声に呼応してさらなる歓声が室内を満たす。
その後、いつもの彼らしい短い挨拶を述べた後、ジョルジュは宴の真ん中に割って入って来賓に酒を注いでいく。

さすがにホストから注がれるのであれば呑まないわけにはいかないだろうと、用意されていた盃を手に取った僕。

しかし、ジョルジュがこちらに来ることはなかった。
彼はあらかたの来賓には酒を注いだものの、僕には近づこうとせず、当然僕の杯に酒が注がれることもなかった。

(;^ω^)「お? なして?」

 

 

62 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:10:00.30 ID: ZC1hkslO0

\(^o^)/「OH! ブーンさんは結婚式に参加したことがありませんでしたNE!」

(;^ω^)「え、ええ。そうですお」

空のままの杯を手にむなしくたたずんでいると、隣のオワタが笑いながら話しかけてきた。
そういえば彼も、側近だというのにジョルジュから酒を注いでもらっていない。

\(^o^)/「結婚式は三部構成になっているのでSU! 
      今開かれている宴はその第一部、言ってみれば余興みたいなものでSU!
      本番は二部、三部になっていて、それに出席する参加者には酒は注がれないんですYO!」

( ^ω^)「おお、そうなんですかお。それにしてもなんでだお?」

\(^o^)/「酔うわけにはいかないからでSU! 二部以降がありますからNE!
      それは新郎であるジョルジュさんも同じで、だから彼も式では酒は呑みませんYO!」

そう言われれば確かに、ジョルジュは酒をついで回ってはいるものの、自身は一滴も呑んでいない様子だ。
そんな理由もあって彼は、昨夜、ベロンベロンになるまで一人呑み続けていたのだろうか。

 

 

64 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:11:30.93 ID: ZC1hkslO0

( ^ω^)「なるほどですお。ということは、僕も二部以降に出なきゃいけないんですかお?」

\(^o^)/「そうでSU! ジョルジュさんはブーンさんの参加をいたく望んでおられますYO!」

なるほど、オワタの説明を受けてよくよく見渡してみると、僕やオワタ以外にも酒を注がれていないものが少ないながらいた。
そのほとんどが、僕も顔を見たことのあるジョルジュの側近か、村の重役である年寄り。彼らも二部以降に参加するのであろう。

その後、酒を注がれた一部参加のみの来賓たちに囲まれて、口々に祝いの言葉らしきものをかけられはじめたジョルジュ。

けれど、新婦であるツンデレはいつまで経っても現れない。
ジョルジュは当分こちらには来られないだろうと思い、そのことについて隣のオワタに尋ねてみた。

\(^o^)/「新婦は一部には出てきませんYO!」

 

 

68 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:13:00.99 ID: ZC1hkslO0

(;^ω^)「お? そうなんですかお?」

\(^o^)/「はい、新婦の登場は二部以降でSU! 
      というよりは、二部で新郎が新婦の家まで相手を迎えに行くわけですNE!」

(;^ω^)「……なるほど」

なんと、ツンデレはこの場に現れないらしい。もともと計画なんて有りはしなかったが、
出来ればこの場で、隙を見てツンデレに声をかけたかった僕としては、これは想定の範囲外のことだ。
しかしだからといって困っていてもしょうがないので、いい機会だからと今後の段取りについて尋ねることにする。

\(^o^)/「二部で新婦を迎えに行きまSU! その後、三部で誓いの義となりまSU!
      特に誓いの儀は結婚式で一番重要な部分となりますので、極少数の人間しか参加できませN!
      ちなみに僕もブーンさんも、三部まで出席することになってますYO!」

誓いの儀と聞いて、メッカ遺跡でのことを思い出した。確かあれは成人式の前準備とジョルジュは言っていた。
これまでジョルジュから聞いていたことも考慮に入れると、おそらく誓いの儀とやらは成人の儀も兼ねているのだろう。
サナアの住人は儀式となると場所を移動したがる傾向にある。となると、誓いの儀においてもそれは同じなのだろうか?

 

 

71 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:15:22.31 ID: ZC1hkslO0
 
\(^o^)/「その通りでSU! とある場所まで行くことになりますNE!」

ビンゴ。思った通りだ。ならばその移動中、ツンデレが一人になった隙を見て、祝いの言葉をかけるとの口実で話しかければいい。
とりあえずの見通しが出来たところで安心し、特に聞く必要もなかったが、なんとなしに思ったことを口にした。

( ^ω^)「そうかお。それでその、誓いの儀っていうのはどこで行われるんですかお?」

\(^o^)/「えっと……申し訳ありませN。それは言うなと、ジョルジュさんかRA……」

( ^ω^)「お? そうなんですかお?」

\(^o^)/「はい……許してちょんまGE」

( ^ω^)「……」

なぜ内緒にする必要があるのだろうか?  
思えば先日届いていた結婚式の招待状にも、一部、二部などの構成、僕がどこまで参加するかなどは書かれていなかった。

これも内緒にしていたからなのだろうか? それとも単にジョルジュがずぼらで、表記するのを忘れていただけなのだろうか?
しかし彼は、平時はそうでないものの、こういう公のことについてはしっかりとしている方だ。そう考えるとどうも腑に落ちない。

 

 

74 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:17:31.10 ID: ZC1hkslO0

( ^ω^)「ま、いいかお」

しかし、今更そんな些細なことを気にしてもしょうがあるまい。
僕にはツンデレに選択肢を与えるという森がある。それなのに儀式の場所だとか結婚式招待状の不備だとかの
木ばかりを見ていては、それこそ木を見て森を見ず、目的を見失いかねない。

今はその時に向けてじっくり英気を養おう。景気をつけようと手にした盃を口につけ、一気に傾けた。

( ^ω^)「……あれ?」

けれど液体は口に流れ込まない。なんでだ?
ああ、そうだ。思い出した。もとから盃は空だったっけ。

 

 

77 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:20:37.56 ID: ZC1hkslO0

それからぼんやりと、式の第一部を式場の隅っこで眺めていた僕。
といっても、第一部参加のみの人間たちがジョルジュの結婚を肴にどんちゃん騒ぎをしているだけだったのだが。

酒を飲むわけにはいかず、素面のままの僕は、式場の隅で退屈していた。

それだけでなく、昨夜はどこかの誰かさんのせいで眠りらしい眠りにつけなかったため、
朝、出会い頭にジョルジュに緊張の糸を切られていたため、
そしてこれからの行動についてある程度の見通しが立ち一息ついたため、
騒がしい式場内にいるにもかかわらず、僕は強烈な眠気に襲われてしまう。

うっつらうっつらと舟を漕ぐ。とてもよい乗り心地だった。

しかし突然水面が揺らいで、舟が盛大にひっくりかえった。

 

 

78 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:22:37.48 ID: ZC1hkslO0

\(^o^)/「寝てる場合じゃないですYO! 起きてくださいってVA!」

オワタにやさやさと肩を揺さぶられていた。どうやら僕は完全に寝入ってしまっていたらしい。
こんな大事な時に眠ってしまうとは、我ながらとんでもない人間だと思う。

(;^ω^)「……はぇあ、もうひわけありまへんお」

目覚めてみれば、室内には酔いつぶれて地面に横たわる男が数名。
その他の者も、顔を赤く染めながら部屋を退出し始めている。どうやら式の第一部が終わったらしい。

僕の肩を揺さぶったオワタは、持ち込んでいた薬箱から酔いに効くらしい薬を取り出し、酒で潰れた男たちに渡して回っていた。
薬をあらかた渡し終えたらしい彼は、また僕の隣へと歩み寄ってきて、寝起き顔の僕を見て苦笑いする。

\(^o^)/「これから新婦の家まで行きますYO! しっかりしてくださいNE!」

(;^ω^)「お……面目ないですお」

本当に面目なかった。

 

 

81 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:24:45.38 ID: ZC1hkslO0

目覚め切っていない重い体で立ち上がり、式場である長老邸を出て広い庭に出た。

日はまだ南には登り切っていない。時刻はまだ昼には遠いようだ。
寝ぼけ眼を陽光に晒し、気合を入れるようにバチンと二、三度頬を叩き、緩んだ気持ちを引き締める。

( ^ω^)「……よっしゃだお」

日の光とは素晴らしいものだ。まだ体はわずかに重いが、陽光を受けるだけで眼はすっかり覚め切った。

それからしばらく軽い体操をしていると、ジョルジュと長老、
村の重役である老人らとジョルジュの側近である若者ら数名がぞろぞろと庭へ出てくる。

\(^o^)/「さ、行きますYO!」

( ^ω^)「お、了解したお」

その一団の末端に僕も加わる。僕とオワタを含め、総数は十数名といったところだろうか。
それぞれ二頭のラクダに跨ったジョルジュと長老を先頭に、花嫁を迎えに行く一団は、足早に長老宅をあとにした。

 

 

84 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:26:26.76 ID: ZC1hkslO0

サナアの長老宅は、町の中心部から少し離れた山の斜面にある。
なんでも、緊急事態の際、町の様子を一望してすぐに指示を出せるようにとの配慮からだそうだ。
一方でツンデレの家は町の比較的中心部にあるらしく、ジョルジュを先頭にした一団はそこを目指し斜面を下って行く。

ラクダに乗ったジョルジュと長老以外は、徒歩だ。もちろん僕も例外ではない。
オワタとともに一団の最後尾に付き、久方ぶりの歩きに懐かしさを覚えながら、僕は流れていく景色や人波を眺めていた。
進む景色の上には近隣の住人たちが待ち構えていて、口々にジョルジュへと祝いの言葉をかけている。

待ち構えていた住人はみな、男や子どもばかりだった。
しかしよくよく眺めてみると、家の窓からは女性たちも顔を出しており、ジョルジュの姿を見つめていた。
布で顔を覆い隠していたため彼女たちの表情はわからなかったが、どことなく、笑っているように感じられた。

 

 

86 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:28:41.35 ID: ZC1hkslO0

( ^ω^)「見送る人の数が多いですおね」

\(^o^)/「当然でSHOW! ジョルジュさんの結婚式ですかRA! 町中に入ればもっとすごいと思いますYO!」

オワタの言うとおり、町の中心に近づけば近づくほど見送る人間の数は目に見えて増えていった。
それだけでなく、道沿いには露店が、家と家との間には祝いの言葉を書いた横断幕や色鮮やかな装飾品がひしめくようになり、
空からは紙吹雪が舞い始めていた。町の様相はまさにジョルジュの結婚式一色、盛大なお祭りのような雰囲気になっている。
普段のサナアは雪の降り積もった冬のように白い町並なのに、今日は華やかな色の中で踊っている。

(;^ω^)「……」

それを見て、身が震えた。このあと、僕はこの結婚式をぶち壊すことと同義のことをするのだ。
先ほどまでは、これまでで一番楽なことなのだと考えていた。考えこもうとしていた。
しかし町の様子を前にして、僕はこれからとんでもないことをするのだと嫌がおうにも自覚させられてしまう。

もちろん、ここまで来れば迷いはない。迷いはないが、足は竦む。

 

 

89 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:30:32.67 ID: ZC1hkslO0

\(^o^)/「ブーンさん、どうしましたKA?」

(;^ω^)「……あ、いえ」

気がつけば、僕は華やかな道の真ん中で立ち止まっていた。
そのせいか、超繊維のマントには紙吹雪がまさに雪のように積もっている。

それを払いのけて顔を上げると、僕と同じように一団の最後尾を歩いていたオワタの姿が、遠く、小さくなっていた。

\(^o^)/「ブーンさん、行きますYO?」

( ^ω^)「……はいですお」

そして、不思議そうな顔で僕に声をかけるオワタの向こう側。雪のように舞う紙吹雪の先。
ラクダに乗って体一つ飛び抜けた位置にあるジョルジュの背中は、オワタの姿以上に遠く、小さく見えた。

 

 

92 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:32:26.69 ID: ZC1hkslO0
 
そして、僕たちは辿りつく。町のメインストリートから少し外れた住宅街を渡る道の上。
それほど大きな通りではないのにも関らず、そこは人で溢れかえっていた。

ジョルジュを乗せたラクダが一歩足踏み出す度に、
道に溢れかえる人波が旧約聖書の一節のように割れていく。

その先に、彼女がいた。

(  ゚ ゚)「……」

初めて出会った時と同じように、この町の戒律に従って布で顔を覆い隠していた彼女。
一見すると誰なのか判別がつかない。
しかし立ち上る刺々しいバラのような雰囲気から、すぐに彼女がツンデレであると理解出来た。

彼女の背には、二つの人影。おそらくツンデレの両親なのだろう。
一人は、ツンデレの父親であろうたくましい体躯の中年男性だった。
そしてもう一人は、ツンデレの母親であろう、夫に支えられながら立っている顔に布を巻いた女性。

久方ぶりに見たサナアの成人女性の姿。

それを前に、背筋が凍った。

 

 

93 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:34:31.28 ID: ZC1hkslO0

(; ゚ω゚)「……ちょっと待てお」

目の前が一瞬にしてくらむ。
くらみが引くのを待って、もう一度目を凝らしてツンデレの母親を見つめる。

顔を覆い尽くした布。体に纏っているのはマント。
視線を下におろせば、マントの裾から見える地面に着いているはず足は、一本だけ。

(; ゚ω゚)「足が……ない?」

眼をこすり、三度、目の前の光景を確認する。

やっぱりそうだ。見間違いじゃない。

ツンデレの母親には、片足がない。

 

 

95 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:36:08.52 ID: ZC1hkslO0

揺れる視界の端に、ジョルジュがツンデレの前にひざまずく姿が映る。
同時に、通りを満たしていた喧騒が一気に消える。

しかしそんなこと、頭の奥底からわき上がってきた最悪の想定に比べれば本当にどうでもよかった。

これまで僕がサナアの成人女性を見かけたのは、片手の指で十分なほど。
その中で強烈な印象として残っているのは、確か二年前、僕がサナアに来た直後、ジョルジュに町を案内された時のことだ。

その際見た女性も片足のない不具者だった。
そして、今目の前にいるツンデレの母親にも片足がない。

そして今振り返ってみれば、サナアで見かけた他の成人女性も不具者、特に足が悪かったように思い返される。

 

 

99 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:37:39.22 ID: ZC1hkslO0

これらは単なる偶然だろうか?

確かに統計で考えれば、母数は話にならないほど少ない。偶然で済ませるに十分なレベルだ。
しかし現実に片足の女性を前にすれば、それはどうしても偶然とは思えない。

「歩けなくなる」 ツンデレとジョルジュ、二つの口から耳にした言葉。
もしかしてそれは、宗教的な戒律からじゃなく、文字通り「歩けなくなる」ことを意味していたのか?

ここに来る途中に目にした、家の窓から顔を出していた女性たちのことを思い出す。

彼女たちが屋内からジョルジュを祝っていたのは、戒律により屋外に出られなかったことが理由ではなく、
ただ単純に、自分一人の足では「歩いて」外に出られなかったことが理由だったのか?

結婚により直接的に足を失うことが、「歩けなくなる」ということだったのか?

 

 

103 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:39:09.20 ID: ZC1hkslO0

(;゚ω゚)「……そんなはず……ないお」

そうだ。そんなはずはない。
サナアはこれまで立ち寄ってきた中で、エルサレムに次ぐ文明的な町だった。

文字もある。書物もある。市場経済だってそれなりに発達している。
僕の傷を完璧に消し去るほどに医療技術も発達している。千年前の僕の知識を理解できる人材も少なからずいる。

そんな町に、そんな野蛮な風習が残っているはずがない。

(;゚ω゚)「……ちょっと待てお」

そこまで考えて、僕はこの町の不自然な点に思い至る。まためまいが押し寄せてくる。

医療技術。そうだ。考えてみればこの町の医療技術はおかしいのだ。
そのほかの文明的知識・技術の水準に比べ、この町の医療技術、特に外科技術は異常なほどに発達している。

なぜだ? いったいどうして?

 

 

109 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:40:46.61 ID: ZC1hkslO0

\(^o^)/「どうしましたKA?」

知らず、隣のオワタの顔を見つめていた。
慌てて眼をそらし、かつてヒッキーに傷を付けられた頬に手をやる。

傷は、跡形もない。不自然なほどに。

千年前の医療技術でも、ここまで完璧に古傷を消し去ることは出来なかったはずだ。
それなのになぜ、これほどの水準までサナアの外科医療技術は発展している?

いや、もう気づいている。今となっては、その理由がすぐに思い浮かぶ。

(; ゚ω゚)「……足を失うという風習があったからだお」

 

 

112 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:42:22.42 ID: ZC1hkslO0
 
そうだ。成人女性の足を何らかの手法で失わせる。
そしてその後、片足になっても死なないよう、成人女性に治療を施す。

その伝統がいつから行われ始めたのかはわからない。
わからないが、失った足の治療をずっと続けていたとすれば、
必然的に医療技術、特に外科関連の技術は向上するだろう。
せざるを得ないだろう。

そう考えると、サナアの医療技術の不自然な発達にも説明がつく。

\(^o^)/「……ブーンさN」

最悪の推論を前に額に脂汗を浮かべていると、隣のオワタが突然鳥のさえずりのような小さな声をかけてきた。

数え切れないほどの人の渦にもかかわらず、周囲は異様な静けさに包まれていた。
そのため、虫の羽音のようなオワタのひそめた声が、僕には一言一句、余すことなくよく聞こえていた。

慌ててオワタへと顔を向ければ、彼はジトッとした眼で僕をねめつけている。

\(^o^)/「あれを、見てくださI」

 

 

113 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:43:53.84 ID: ZC1hkslO0
 
(; ^ω^)「お、おお?」

そう言って、オワタは前を指差す。
その先では、それまでツンデレの前でひざまずいていたジョルジュが立ち上がり、彼女の手を取っている一場面があった。

\(^o^)/「本当はここでジャンビーヤを新婦の父親から受け取る儀式、
      つまり成人の儀が始まるのですが、ジョルジュさんはもうジャンビーヤを持っていますからNE。
      これで二部は終わりでSU。続けて場所を移動し、誓いの儀に移りまSU」

(; ^ω^)「……誓いの儀。それってまさか……」

オワタの低い声を聞き、三度めまいを覚える。結婚式第一部でも聞いた誓いの儀という言葉。
それが何を指すのかその時はわからなかったが、今となってははっきりとわかる。わかってしまう。

\(^o^)/「聡明なあなたのことDA。もう気づいていらっしゃるんでSHOW?」

わずかに揺れる視界の中で、呆然と、ジョルジュの手を握り返したツンデレを見ていた。
そのとき発せられた低いささやきに呼応して、僕の視線は無意識に隣のオワタへと移る。

しかし、声の主たるオワタの姿はそこになかった。彼はいつの間にか、僕の背後に回り込んでいたのだ。

 

 

117 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:45:46.10 ID: ZC1hkslO0
 
(; ゚ω゚)「……!」

オワタの移動に気づいた直後、脇腹にチクリと針で刺されたような痛みを覚えた。
小さく悲鳴を漏らし、思わず顔を歪める。恐る恐る首だけを動かして背後を見る。
先にあったのはオワタの顔。そのまま視線をおろす。

僕の脇腹に、オワタのジャンビーヤが突きつけられていた。

超繊維のマントをいとも簡単に貫いたその切っ先が、僕の脇腹の皮膚を薄く裂いているらしい。

\(^o^)/「そうでSU。誓いの儀とは新婦の……ツンデレさんの足を切り取ることですYO」

無表情でオワタが呟いた。本当に小さな声。しかし、あたりの静けさから浮いたその声はとてもよく聞こえた。

そしてその声の腹の底を揺さぶるような固い響きから、結婚が決まったあの時見せたジョルジュの浮かない表情、
ツンデレの呟いた歩けなくなるという言葉、サナアの伝統すべてを貫くジャンビーヤという名のナイフの存在、
それらの中に横たわる共通した一つの理由を、僕は見出す。

(; ゚ω゚)「……ジャンビーヤでかお」

 

 

120 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:47:46.10 ID: ZC1hkslO0

\(^o^)/「さすがはブーンさN。そうです、その通りでSU」

僕の脇腹に突き付けられたオワタのジャンビーヤ。
ツンデレの手を握っているジョルジュの鞘におさめられたジャンビーヤ。
周囲を取り囲み、新郎と新婦の一挙手一投足に息を呑んで見つめている男たち、その腰にぶら下がっている数々のジャンビーヤ。

命より重い誓いが込められるサナアのナイフ。その誓いというのは、そういうことだったのだ。

愛する女性の足を、妻となる女性の足を、自らが切り取る。
幼いころから磨き上げてきたナイフ捌きで、壁に突き刺さるほどの切れ味のジャンビーヤを用い、自分の手で。

愛する伴侶を自らが不具者とすることで生じるその苦しみや罪の意識が、
妻の血が染み込んだジャンビーヤに集約され、「命に代えて彼女を守る」という誓いに昇華されていくのだろう。

それが、ジャンビーヤに込められる誓いなのだ。

 

 

122 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:49:21.99 ID: ZC1hkslO0

そこまで考えたところで、周囲の人々から耳をつんざくような歓声が沸き起こる。

脇腹にわずかな痛みを感じつつ顔をあげれば、
遠目に見えたのはジョルジュがツンデレを抱き抱えラクダに騎乗する姿であった。

\(^o^)/「第二部も終わりですSU。これから第三部、
      誓いの儀を行うため、場所を移動しまSU。あなたにもご同行願いますYO」

背後からオワタの声。周囲の喧騒に負けない、それなりに大きな声だった。
依然として脇腹にはジャンビーヤの刃。身動きが取れない固まったままの姿勢で、僕は想う。

 

 

126 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:50:53.27 ID: ZC1hkslO0
 
ああ、ジョルジュはなんと哀れな男だろう。
愛した幼馴染の足を、花嫁の足を、彼はこれから自分の手で切り取らなければならないのだ。

確かにそれは、サナアの男たちの多くが辿る道。通過儀礼だと言ってしまえばそれだけのこと。
しかし、ジョルジュの花嫁は子どもの頃から様々な場所を歩きたいと夢見たツンデレだ。
ジョルジュは彼女の足だけでなく、彼女の夢もまた自らの手で摘み取らなければならないのだ。

その苦しみは一般のサナア男性の比ではないだろう。まして僕には想像もできない。
それなのに、ジョルジュはその苦しみをこれまでほとんど外面に表さなかった。大した男だ。敬服に値する。

しかし、それが彼らにとって結婚するということ。大人になるということ。
立ちはだかるのは伝統という名の、ヒジャーズよりも大きな障壁。
どんなに抗っても、町の成員たるジョルジュ一人の力ではどうしようもないだろう。

そしてそんなことくらい、頭のいいジョルジュのことだ、とうの昔からわかっていたはず。
結局ジョルジュには、ツンデレの足を切り取る以外に選択肢はなかったのだ。

そうだ。ツンデレと同じように、ジョルジュにもまた道はないのだ。

 

 

130 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:52:55.00 ID: ZC1hkslO0
 
\(^o^)/「言いたいことも御有りでしょうが、ついてきてもらいますYO」

周囲の歓声がさらに大きくなった。ジョルジュとツンデレを乗せたラクダが、どこかへ向けて歩きはじめたのだ。
僕は二人の後ろ姿を眺めたまま、顔を動かすことなく、背後のオワタに尋ねる。

(; ^ω^)「……どこへだお」

\(^o^)/「西の平原、火の道へでSU」

西の平原。サナアに来た直後、ジョルジュに立ち入ることを禁じられた場所。
オワタはそれを火の道と呼んだ。その名が意味するところはなんだ?

\(^o^)/「それは、付いてきてくださればわかりまSU。ご安心ください、素直に従ってくれれば何もしませN。
      このジャンビーヤだってあくまで保険、あなたがこちらに従ってくれる限り、刺すようなマネは決していたしませN」

そう言って、オワタが僕の背中をポンと押した。どうやら進めと言いたいらしい。

脇腹をちらりと眺める。ジャンビーヤは依然突き付けられたまま。
僕はボリボリと頭を掻き、遠ざかっていくラクダの尻を眺めたまま、言った。

(; ^ω^)「いや、保険も何も、実際刺さってるんですけど……」

 

 

135 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 14:55:12.96 ID: ZC1hkslO0

\(^o^)/「……」

歓声の中、なんとも言えない沈黙が僕とオワタの間に流れる。
オワタは僕に向けたジャンビーヤをわずかに脇腹から離すと、コホンとひとつ咳払いして、罰が悪そうに声を上げた。

\(^o^)/「と、とにかKU! 行くんですYO!」

 

 

 

 

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