5 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:28:47.88 ID: ZC1hkslO0
― 10 ―
どんなものにも適切な長さがある。それは長過ぎても短過ぎてもいけない。
緊張感を持続するための時間というのも同じで、
緊張の要因となる目的までの猶予時間が長すぎたら、気が張り詰めて切れるか、伸び切って緩んでしまうし、
短すぎたら短すぎたで急激に緊張の糸が伸ばされて切れるか、切れなくても一気に伸ばされた反動でだらりと緩んでしまう。
極端なものの結果はこのように大概が同じで、そして僕は、後者の過程を踏んで緊張を緩めてしまっていた。
_
(* ゚∀゚)ノ「おいっす!」
(;^ω^)「……」
だって、屋敷を出たら眼の前にジョルジュがいたんだもん。
7 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:30:52.21 ID: ZC1hkslO0
かつての旅の衣装を着こみ、連れていけない荷物たちに別れを告げ、悲壮な覚悟を決め、式場に向かおうと屋敷の玄関を開けた。
そしたら目の前にジョルジュがいた。このとき僕の緊張の糸がどれほど伸び切ったか、君は想像できるだろうか?
たとえば、君に長年付き合っている恋人がいるとしよう。
君は「今日こそプロポーズするぞ」と一晩かけて覚悟を固め、自宅で一丁羅のスーツを着こみ、大きく息を吸い込んだ。
そして、意を決して玄関をあける。そこに当の恋人本人が立っていた。
君は度肝を抜かれ、緊張の糸が一気に伸び切ってしまうことだろう。今の僕はそんな状況に近い。
もちろん、この例は今の僕に完全には当てはまらない。
プロポーズとは選択肢を与える言葉の例であって、それを伝える相手はツンデレであってジョルジュではない。
けれどジョルジュはこれから僕がすべきことの最重要関係者であり、これから行動を起こす僕にとっての重要度で言えば
ツンデレとジョルジュにそれほど大きな違いはないので、先ほどの例は当たらずも遠からずと僕は自負している。
9 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:31:52.41 ID: ZC1hkslO0
おまけに、である。
ジョルジュがただ立っているだけだったら、まだ僕は緊張の糸を元に戻すことが出来ていたのだが――
_
(* ゚∀゚)「ひゃひゃひゃwwwwwwwwwなんだよその服wwwwwwww
まさかおめー、俺の結婚式ほっぽいて旅に出るとか言わねーよなーwwwwwwww」
(;^ω^)「……いや、これは僕にとっての正装ってだけだお。旅に出るなんてことは考えてないお」
_
(* ゚∀゚)「正装なの? せー、そーなんですか? なんちてwwwww
ひゃひゃひゃwwwwwいいねブーンwwwwwもっと俺を祝ってwwwwwwww」
(;^ω^)「……」
――ジョルジュは顔を真っ赤にしており、ベロンベロンに酔っぱらっていた。
11 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:33:26.77 ID: ZC1hkslO0
彼はつまらない冗談を連発し、それに自分だけ大笑いし、僕の周りを蠅のようにベタベタと纏わりついてくる。
_
(* ゚3゚)「ブーン! ちゅーしようぜちゅー!」
仕舞いにはキスを迫ってくる始末。どうやらジョルジュは酔うとキス魔になるようだ。
そんな彼に次期長老としての威厳は欠片もなかった。
情けない姿の彼を前にして、伸び切った僕の緊張の糸が一気に緩んでしまうのは仕方ないことだろう。
(;^ω^)「……失礼!」
_
(;゚∀゚)「あぼっ!」
気が抜けながらも、僕は抱きついてきた彼の鳩尾に一撃を喰らわせ、悶絶させることに成功した。
17 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:35:42.47 ID: ZC1hkslO0
_
(# ゚∀゚)「おええええええええええええええええええええええええ」
(;^ω^)「……」
ほどなくして、悶絶したジョルジュは地面に向かって吐きはじめた。
朝日を受けてキラキラと輝く吐しゃ物。だけどまったく綺麗じゃない。
人の屋敷の前で吐くとは失礼極まりない話だが、今の僕にとってそれはどうでもよかった。
とりあえず、体を丸めて吐き続けるジョルジュの背中をさすってやる。
_
(; ゚∀゚)「うえぇ……。いや、すまんブーン。面目ねー」
本当に面目ない。
(;^ω^)「……ったく、新郎が結婚式前に吐くまで酔うなんて、いったい何考えてるんだお」
_
( ゚∀゚)「いや、吐いたのはお前が殴ったせいだけどな」
(;^ω^)「そう言う問題じゃないお」
19 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:37:24.25 ID: ZC1hkslO0
吐き終わったジョルジュとともに、ナイフの訓練後に水浴びをするいつもの屋外の井戸へと向かった。
ターバンにマント、ゆったりとした腰穿、腰にぶら下げたジャンビーヤと、彼の服装はいつもと変わりなく、
そんな衣服に酒のにおいを浸み込ませているものだから、およそ結婚式を控えた新郎とは思えない。
見るに見かねた僕はつい癖で、これまでと同じように父親気分で小言を漏らしてしまう。
(;^ω^)「まったく……結婚するからって浮かれてたのかお?」
_
( ゚∀゚)「いや、浮かれちゃいねーよ。つーか、むしろ逆だ」
井戸から汲んだ水を口に含み、口内をゆすいだジョルジュ。
それから水を吐き出し、纏っていた衣服を地面に脱ぎ散らかし始める。
_
( ゚∀゚)「……結婚式だってのに、どうも複雑な気分でよ。
いろんな考えが頭ん中に浮かんできて眠ねーんで、一人で呑んでた。
一人酒ってやつだ。なかなかおつなもんだな、月夜の晩に一人で酒を呑むってのもよ」
20 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:39:47.35 ID: ZC1hkslO0
( ^ω^)「……」
ジョルジュの顔に浮かんでいるのは、数えるほどしか見たことのない真剣な表情。
もっとも、全裸で、股間にネクタイをぶら下げたまま言われてもいまいち迫力と悲壮感に欠けるのだが、
彼の言う複雑な気持ちというのが、僕には手に取るようにわかった。
だって昨晩、場所は違えども、僕たちは同じ月を見ていたのだ。気持ちを察するにはその事実一つで十分だ。
全裸の彼は桶に汲んだ井戸水を、まるで気持ちを引き締めるかのように頭から一気に被る。
_
(; ゚∀゚)「うひょ〜! さぶっ! 朝っぱらから井戸水なんて被るもんじゃねぇな!」
( ^ω^)「おっおっお。あたりまえだお」
その後のジョルジュは、気味が悪いほどにいつも通りだった。
僕にナイフ捌きを教え終えた後の水浴びと同じように、芸術品のような引きしまった肉体を太陽の光に晒し、
そのまま柔軟体操をし、全裸のまま股間のいち物をブラブラと揺らしながら他愛もない話で僕と笑い合う。
本当にいつも通りの陽気で開けっ広げな、けれどその奥に次期長老としての風格も隠し合わせた、
妙に子供じみていて妙に大人じみている、不思議な雰囲気の青年のまま。
23 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:42:28.50 ID: ZC1hkslO0
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! 太陽もだいぶ昇ってきたな! そろそろ時間だぜ!」
( ^ω^)「……そうだおね」
まだまだ東にはあるが、確実に天頂へと近づき始めている太陽の下。
話もひと段落し再び衣服を身につけはじめたジョルジュを、地べたに腰をおろしたまま、僕は眼を細めて眺めていた。
今日で彼と別れることになる。それは言葉では言い表せないほどに寂しい。
彼ならばきっと良い長になれる。サナアをこれまで以上に平和で賑やかな町に発展させることだろう。
その一部始終を、ショボンさんの時と同じように彼の傍らで見届けたい。そんな気持ちはもちろんある。
だけど、それよりほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ大切なことが僕にはある。
だから、僕とジョルジュは今日でお別れだ。こんな風に他愛のない会話を交わすことも、二度とない。
_
( ゚∀゚)「あーらよっと!」
( ^ω^)「……」
上着を纏い、続けて頭にターバンを巻きはじめた彼をジッと見つめながら、思う。
ならば、見届けることが叶わないなら、
彼が僕に何の疑いもない笑顔を向けているうちに、いっそここで殺してしまおうか、と。
27 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:45:07.31 ID: ZC1hkslO0
ツンデレが歩くことを選び、僕が彼女をサナアから連れだしたとしても、たとえそうじゃなかったとしても、
彼女に選択肢を与えたとすれば、僕に対してこれまでと同じような感情を持つことはジョルジュにとってまず不可能だろう。
それならば、僕を良く思っていてくれている今のうちに、彼を殺してしまいたい。
殺して、父親と息子のような僕らの関係を、永遠のものにしてしまいたい。
今ならそれが出来る。ナイフ同士の戦いならばどう足掻いても勝ち目はないが、
ターバンを巻く途中の油断している今の彼ならば、懐に仕舞った銃の最後の弾を放ち、撃ち殺すことが僕には出来る。
最後の弾丸を使うだけの価値が、そこにはある。
懐に手を入れた。銃の表面は僕の体温を受けて生温かった。
それがもし冷たかったなら、僕は取り出して彼の額に銃口を向け、引き金を引いていたかもしれない。
けれど結局、僕が最後の弾丸を放つことはなく、その代わりターバンを巻き終えたジョルジュの瞳が僕を射ぬいていた。
29 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:46:40.26 ID: ZC1hkslO0
_
(* ゚∀゚)「……ちょっと、何見てんのよ!」
わざとらしく顔を赤らめ、服を着こんだ上半身を両手で隠したジョルジュ。
あまりにもバカバカしくてむしろ感心さえ覚えてしまいそうな格好の彼を前に苦笑しながら、僕は言ってやる。
( ^ω^)「おっおっお。見てねーお。見たくもねーお。それより上から服を着る癖は直せお。
最初に隠すべきなのは上半身より下半身だお。頼むから腰穿を先に穿いてくれお」
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃwwwwバーカ! サービスだよ! サービス!」
(;^ω^)「誰に対するサービスだお……」
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃwwwwおめーに決まってんだろーがwwwww」
( ^ω^)「そんなの嬉しくねーおwwww見苦しいから股間のナマコさっさと隠せおwwww」
_
( ゚∀゚)「ナマコ? なんじゃそりゃwwwwwwwwww」
31 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:48:47.84 ID: ZC1hkslO0
ゲラゲラと笑いながら腰穿に足を通したジョルジュ。
ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて着込んだ衣服を動きやすい位置に調節した彼は、ニカッと笑って言った。
_
( ゚∀゚)「そろそろ時間だ。主賓は遅れて登場するもんだが、ブーンは単なる客だからな。遅れちゃ不味いぜ?」
( ^ω^)「おっおっお。主賓だって遅れちゃまずいお。ジョルジュこそさっさと行けお。着替えとかあるんだお?」
_
( ゚∀゚)「いんや、ねーよ。動きやすい格好でいなきゃいけねーからな。
しかし、急いだ方が良さそうだ。人が集まり出した」
そう言って、長老宅、つまり結婚式会場を指差したジョルジュ。
つられて振り返れば、その玄関にはちらほらと人の姿が見てとれた。
そちらに向けて、ジョルジュは歩きだす。僕も立ち上がり、彼の背中を追う。
34 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:50:39.17 ID: ZC1hkslO0
_
( ゚∀゚)「ったく。たかが俺の結婚式なのに、仕事ほったらかして来る客の暇なこと暇なこと」
( ^ω^)「……」
まばらに見える来賓にぶつくさと文句を垂れるジョルジュ。彼の背中は小さい。
巨漢だったドクオやショボンさんとは比べるまでもなく、
ましてやかつての世界では平均的だった体つきの僕と比べても、体そのものの作りは決して大きいとはいえない。
けれどその小さな体に、稀代のジャンビーヤ使いとしての力、サナアの伝統、次期長老としての責任、
そしてこれから妻になるはずのツンデレを守るという覚悟が詰め込まれている。小さな背中に背負い続けている。
なんと辛い男だろうか。幼い頃からこんな重責を背負わされて、彼は本当に幸せなのだろうか。
その中の一つ、たとえばツンデレを代わりに僕が背負ってあげれば、彼も少しは楽になるではないか。
目の前を行く小さな背中を見つめていれば、これからの自分の行動を正当化するわけでなく、そんなことを思ってしまう。
_
( ゚∀゚)「ん? どーした?」
( ^ω^)「……」
気がつけば僕は立ち止まっていた。気がつけばジョルジュがこちらを振り返っていた。
遠くなっていた僕とジョルジュの距離。より小さくなった視界の中の彼に向けて、僕は尋ねる。
( ^ω^)「……ジョルジュ。もし結婚式でツンデレを誰かが連れ去ろうとしたら、お前はどうするかお?」
37 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:53:30.15 ID: ZC1hkslO0
_
( ゚∀゚)「あ? なんだそりゃ? 花嫁を奪う敵役の登場ってか?
おいおいwwwwwwwどこの三文芝居の筋書だよwwwwwwwww」
( ^ω^)「……」
はじめはいつものように笑っていたジョルジュ。しかし黙ったまま歩こうとしない僕を見て、突如笑いを消した。
_
( ゚∀゚)「……」
( ^ω^)「……」
二年前、メッカ遺跡でナイフを僕ののど元に突きつけた時。サナアについて間もなく、ホモの存在などを注意してくれた時。
僕が書物を書きはじめるまでの毎夜、僕の講義を受けていた時。先日、突然現れて結婚式について語った時。
そして先ほど、井戸水を被る前。それ以外では目にしたことのない真剣な表情で、僕を見つめ返してくるジョルジュ。
真意を探るかのごとき瞳で黙って僕を睨みつけた彼は、
何かを悟ったかのように一瞬口の端を釣り上げ、すぐさま表情を元の真剣なものに戻し、
腰のジャンビーヤに手をやると、並の相手ならそれだけで震え上がりそうな低い声を出した。
_
( ゚∀゚)「決まってる。このジャンビーヤで八つ裂きにしてやるさ」
( ^ω^)「それでツンデレが歩けるようになっても、かお?」
40 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/03/19(水) 13:55:41.95 ID: ZC1hkslO0
_
( ゚∀゚)「……」
僕の一言に、ジョルジュの眉がピクリと動いた。
その後しばらく、ジャンビーヤの刃のようにキッと鋭い視線で僕を睨みつけた彼。
そして彼は、ジャンビーヤを抜く。かつての僕なら、それは目にも止まらぬ早業に映っていたであろう。
けれど散々彼に鍛えられ続けてきた僕の眼には、刀身が描いた銀色の軌跡がハッキリと見えていた。
もっとも、見えているだけで体が反応できるかどうかは別の話になるが。
陽光を受けて一度だけギラリと輝いた刀身。その切っ先を僕に向け、最後にジョルジュは言う。
_
( ゚∀゚)「……当たり前だ。このジャンビーヤに賭けてな。それがブーン、たとえあんただとしてもだ」
( ^ω^)「……」
距離を置いてにらみあう僕たち。そこに先ほどまでの語らいの名残は全く存在しなかった。
やがてジョルジュはマントをなびかせながら身を翻し、そのまま長老宅へと向かっていった。
その場に立ち止まったまま、玄関の向こう側へと消えていくまでジョルジュの背中を眺め続けた僕。
彼がこちらを振り返ることは、二度となかった。