1 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:30:51.10 ID: A3RQj7PL0

― 9 ―

(  ω )「……」

あの日から一週間。食事もろくに取らず、書斎にこもっていた。
机上に置かれた書物の原稿には最終項目の表題が記されているだけで、その後は未だ一文字も埋まっていない。
その隣。ほぼ白のままの原稿とは対照的に文字が羅列されている、一枚の紙。手に取り、ぼーっと眺める。

(  ω )「……汚い字だお」

この一週の間に、ジョルジュから一通の手紙が届いていた。結婚式の招待状だ。
そこには乱雑な字で、式の詳細が記されていた。

 

 

2 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:35:09.59 ID: A3RQj7PL0

結婚式は親族とごく一部の人間だけで密やかに執り行われるらしい。
長老の孫の結婚式ともなれば町をあげた一大行事であろうに、なんとも不審なことだ。

そして日時は、受け取った日から五日後の朝。現時点からすれば、明日の朝、挙式となる。
早急すぎる。あまりに急ぎ過ぎている。

密やかな結婚式。急な日程。また、謎が増えた。
しかしそれらはすべて、間違いなく「歩けなくなる」という事由に帰結している。

ならば、それさえ解決できれば、以上の謎はすべて解かれるはず。

 

 

3 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:37:35.97 ID: A3RQj7PL0

(; ω )「纏足……戒律……このくらいしか思い浮かばないお」

内藤ホライゾンの知識を絞り出す中で、「歩けなくなる」という風習で該当したのはこの二つ。

前者は、東洋の大国における、女性を家庭に縛りつけるための肉体的に直接な「歩けなく」する風習だ。
幼いころから女性の足に負荷をかけ、走れないよう、長い時間歩けないよう、足首以下の成長を阻害する。

後者は、宗教などに基づいた戒律による精神的な「歩けなく」する風習。
おもにイスラム圏でなされていたことから考えて、この町の事例に該当する可能性が高いのはこちらだろう。

けれど、そんな思案など僕にとって何の意味も持たなかった。
僕の頭を悩ませている本当の謎は、「歩けなくなる」という謎と根本的に異なっていたからだ。

(; ω )「……彼女は誰なんだお。……なんで僕は悩んでいるんだお」

それが、僕の頭をずっと悩ませ続けてきた謎。

 

 

5 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:40:54.88 ID: A3RQj7PL0

雪の上に滴り落ちた血のように鮮やかな夕焼け。
赤に染まる室内でこちらを振り返った、彼女はいったい、誰だ。

人、記憶、風景。夕闇は帳の中にあらゆるものを覆い隠す。
しかし極まれに、誰かの心象を確かな存在を持たない、
けれど限りなく実存に近い幻として、艶やかなその赤に映し出すことがある。

いや、何もそれは夕焼けに限ったことではない。

いつかと同じ、空の色。
いつかと同じ、風の香。

世界は時として慈悲深く、けれど目をそむけたくなるほど残酷にそれらを用い、
誰しも一つは心の奥底に仕舞っているであろう大切な記憶を不意に思い起こさせ、
掴もうとしても掴めない、辿りつこうとしても辿りつけない、
まるで蜃気楼のような存在として誰かの心象を視界の中に映し出すことがある。

では、彼女もその類いの、世界が僕に見せた幻に過ぎなかったのであろうか?

 

 

7 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:43:52.94 ID: A3RQj7PL0

違う。彼女が幻であったとしたら、
彼女は内藤ホライゾンの記憶の中のあの人と何ら変わりない姿形で現れていたはずだ。

黄昏の中で前にした彼女は、顔や背格好は酷似していたものの、記憶の中のあの人と微妙に異なった個所を有していた。

例えば、髪の色。彼女は艶やかな黒で、あの人は麗らかなブロンド。
例えば、年齢。ジョルジュの幼馴染であることを考えれば彼女は十代後半、あの人は自称二十代半ば。
肌の色だって違った。声の質も微妙に異なっていた。

だから彼女は幻なんかではなかったし、ましてやあの人であろうはずがない。彼女とあの人はまったくの別人。
第一、僕はあの人と話したこともない。内藤ホライゾンの記憶を共有していたため、その存在を知っていただけだ。

よってあの人に似ているだけの彼女の言動に惑わされる理由など、仮に内藤ホライゾンにあったとしても、僕にあるわけがない。

ならば、僕はなぜこんなにも動揺している? なぜ握った筆が一向に進まない?

 

 

9 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:47:06.93 ID: A3RQj7PL0

(; ω )「……」

机の上に伏したまま、頭を抱える。
押し寄せてくるめまいから、胃に何も入っていないというのに吐き気を覚えてしまう。
わからない。もう、何もかもがわからない。

いや、自分が動揺している理由だけはわかっている。
僕が動揺しているのは、内藤ホライゾンの想い人に似た女性が何かしらの理由で歩けなるから。それだけのこと。

わからないのは、なぜそれで僕が動揺しているのかということ。つまり、理由の理由がわからないのだ。

ツンデレはツンに似ているだけで、僕との間には、友情や愛情といった情動はおろか他人としての付き合いすらない。
ツンデレと僕の関係に、僕が動揺するに足るものなどなんら存在しない。
そもそもそれ以前に、ツンデレはもちろん、他の誰かの不幸を前に動揺する資格すら、僕は持ち合わせていないのだ。

 

 

15 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:50:14.35 ID: A3RQj7PL0

ドクオ。ショボンさん。そこにクーを加えてもいい。
深く関わってきた人々を、僕はことごとく見殺しにしてきた。
数ヶ月という短い時間とはいえそれなりの信頼関係を築いていたヒッキーに至っては、この手で直接殺した。
その後は、襲いかかる野党たちを、表情を変えることなく機械的に皆殺しにしてきた。

その上を、歩いてきた。

そんな人間に、誰かの不幸を前に動揺する権利どころか憐れむ資格すら与えられているはずがない。
だから僕には、ツンデレが歩けなくなるという不幸を前に動揺する理由はない。権利も資格もない。

何度も言うが、ツンデレと名乗ったあの女性と僕との間には何の関係性もない。
ドクオたちとは育んできた信頼関係などそこには皆無であり、
僕を襲うという意思が無いこと除けば、僕にとっての彼女は野党と同じ他者という存在でしかない。

従って、野党たちのように彼女をこの手で殺す必要はないが、特別気にかけるような必要もない。
彼女のことで悩む必要など、僕に有りはしない。

頭ではわかっている。それなのになぜ、僕は今、苦しいと感じるほどに悩んでいるのだ?

 

 

18 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:52:53.23 ID: A3RQj7PL0

(; ω )「……クソッ」

一度だけ、机上に拳を打ち付けた。しかし、痛みでこの陰鬱とした気分が晴れるわけがなかった。
衝撃で原稿がはらりと床に落ちる。拾う気にもなれない。むしろその逆だ。何もかもを壊したい衝動に駆られる。

はるか遠くの北米地下施設で独立した意識として生まれ落ちて、十年弱。
ここまで激しい感情の起伏を、僕は覚えたことがない。

自分で言うのもなんだが、これまでの僕は、他の人々に比べどう贔屓目に見ても達観していた。
自分の生も死もどこか他人事のように捉えていて、だからこそ激しい感情の起伏もなかったのだと思う。

そんな僕がわずかでも変わったと言うならば、それは歩く意味を探すと決めたバイカル湖での出来事の後だろうか。
けれどあれ以後でも、ショボンさんの死を前に必死でモスクワを探した時、夜の砂地でヒッキーと対面した時、
この二回くらいしか荒波のような感情の振幅は起こってはいない。

そしてその時以上に、今の僕は動揺してしまっている。

 

 

19 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:54:51.67 ID: A3RQj7PL0

(; ω )「……なんでだお。僕はそんな優しい人間なんかじゃないお……」

そうだ。僕は他人の不幸を前に憐れみを感じるような、慈悲深い人間からは程遠い。

誰かが不幸にあえぐ姿を笑いはしないが、無表情で静かに眺め、もだえ苦しむ誰かの傍をただ通り過ぎることしか出来ない人間だ。
なにもかもに傍観を貫いてきた、良く言えば第三者、悪く言えば当事者としてその場面に関わる勇気のない、そんな類いの人間だ。

ドクオ、ビロード、ちんぽっぽ、ショボンさん。
ジョルジュとの出会いだって、向こうからこちらに働きかけてきたもの。
そこに僕の主体性などなく、僕は流されるまま、彼らの周りで巻き起こる出来事にただ立ち会ってきただけ。
誰かが目的を果たすその一瞬を、まさに他人事として傍らで見ていただけ。

まるで、雲のような存在。

誰かという名の風が吹かなれば、浮かんでいるだけで動くことの出来ない、僕は流されるだけの傍観者という名の雲だ。

 

 

21 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:56:52.14 ID: A3RQj7PL0

(  ω )「……そうだお。本当にそうだお」

床に散らばった原稿が目に付く。
一年屋敷にこもりきりで書き続けてきたそれらに、もはや意味など欠片も感じられない。

考えてみれば、これもジョルジュから――誰かから与えられたものに過ぎない。
頼まれたから、受け取った。これが歩いてきた意味だと勘違いし喜々として受け取っただけで、自ら選び取った道ではない。

それ以前に、僕がこの町に来たのはほとんど無理やりであって、結局その時の僕もただの傍観者で、当事者ではなかった。
そうやって得たものが僕の歩いてきた意味なわけがない。軽く触れればボロボロと崩れる、砂の塊と同じようなものだ。

(  ω )「そうだお……僕の中にあるのは一事が万事……そんなものばかりだお……」

歩く意味が欲しい。これだけが、僕自身が真に望んで得ようとしているもの。
そのために歩き続けるという道もまた、考えてみれば、ショボンさんに与えられたものに過ぎない。
ドクオに旅を続けろと言われた。ギコに生きろと言われた。ビロードとちんぽっぽに生きるためのナイフを与えられた。

結局、僕は何もかもを誰かに与えられてここまで来た。そんな僕自身こそが、砂の塊のようなものだ。

 

 

22 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 10:58:34.17 ID: A3RQj7PL0

(  ω )「……もう、何もわからないお」

重たい頭を抱えて立ち上がり、強いめまいを覚えながら書斎を出て、寝室の床へと伏す。

ちらりと目に入った窓の外には、数日後には満ちるであろう月が浮かんでいた。
銀色の空の穴はまた誰かを殺そうと意気込んでいるのだろうか、強く光り輝いている。

(  ω )「また、誰かが死ぬのかお? 今度は誰かお? 出来れば……」

――僕にしてくれお。

そんなことを考えれば考えるほど、気持ちは吸い込まれるように深い穴の底へと沈んでいく。
達観を失った今の僕は、そこから浮かび上がることさえままならない雲以下の存在に落ち込んでいた。

横たわった床の上。気持ちと連動するように僕の意識もまた、眠りの底へ落ちていく。

 

 

23 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:00:20.16 ID: A3RQj7PL0

まどろみの中で眠りの底を見下ろした。あたりは夜よりも真っ暗。
その先に広がっているのは、月の光とは質の異なった銀色の丸い穴。

(  ω )「……氷の色?」

僕は、その色に見覚えがあった。
それはベーリング海峡、そしてベルカキト北部で倒れた際に見た、氷の色だ。

懐かしさがこみ上げてくる。惹かれるように、僕は落ちていく。

しかし、僕がその穴の先へたどり着くことはなかった。
落ちていく僕の体は、ある地点を境に落ちることを不意に止めてしまったからだ。

 

 

25 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:02:54.05 ID: A3RQj7PL0

(  ω )「……どういうことだお?」

まっくろなまどろみの中で、僕はふわふわと浮いていた。
宇宙遊泳などしたことはないが、憶測だけで言わせてもらえば、それはきっと今の状態に近いはずだ。

支えを失った位置の定まらない体で見上げれば、上空には現実に通じるのであろう、太陽のように強く光り輝く穴。
見下ろせば、現実の穴以上に遠くにある、夜空に浮かぶ月のような、眠りへと続くのであろう銀色の穴。

そして目線を定位置に戻した僕の前に浮かんでいたのは、最も近くにいて、けれど最も遠くにいる、懐かしの人物。

 

 

28 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:04:29.79 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「すまなかったお」

現実と夢の狭間のまどろみで出会ったのは、この体のかつての持ち主、内藤ホライゾンその人だった。
会うのはこれで三度目。ベルカキト以来だから、およそ六年半ぶりの再会となる。
彼は開口一番に、謝罪の言葉を発した。

( ^ω^)「僕がこんなところにまで出てきたせいで、君には不快な思いをさせたお。申し訳ないお」

そう言って、下方に広がる小さな銀色の穴を見下ろした内藤ホライゾン。
彼はそこから上がってきたのだろうか? それ以前に、彼の謝罪の意味そのものがわからない。

( ^ω^)「今はそのことについて話す余裕はないお。またいつか、日を改めて説明するお。
      それより今は、単刀直入に用件だけを言わせてもらうお」

対面する暗闇の中で、にやけ顔の内藤ホライゾンの双眸がギラリと光って見えた。
ふわふわとまどろみの中に浮かぶ僕たち。そして、彼は再び口を開く。それを聞き、僕は怒りを覚える。

 

 

32 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:06:17.42 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「明日、一日だけ体を返してくれお」

体を返せ? 冗談だろ? 生きることを諦めて引きこもった上、
贈り物としての意義も生も死も何もかもを僕に押し付けておいて、今更何を言い出すんだ?

( ^ω^)「恥は承知しているお。それを踏まえたうえで、こうやって頼んでいるんだお」

厚顔無恥とはお前のことを指すための言葉だな、内藤ホライゾン。そもそも、体を返せだなんて言葉づかいが気に入らない。
十年弱、僕はこの体を使ってきた。かつての世界の多くの国でも、一定期間の占有による所有権の移転は法律で認められていた。
もはや、この肉体の所有権は僕にある。それを今更になって返せだと? 笑わせるな。

( ^ω^)「法律なんて流動的な、社会体制を整えることのみを目的とした理論を個人の肉体の所有に用いるべきではないお。
      しかし、君の言うこともわからんでもないお。というか、僕は肉体の所有権を君という意識に認めているお。
      この体はすでに君のものだお。だから僕は了承を得るために、こうやって今君の前に姿を現しているんだお。
      ま、僕の言い方が悪かったのは確かだお。言い直すお。その体を一日だけ、僕に『貸して』くれお」

言い直して済むような問題ではないだろう、常識的に考えて。
大体、なぜ今、このタイミングでお前は姿を現した? 体を貸せと言ったその真意は何だ?

 

 

36 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:09:03.18 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「ちょっと誤解があるみたいだおね。
      君が気づいていないだけで、僕は何度か君のすぐそばにいたんだお。
      君がめまいを覚えるような出来事と遭遇した時、
      僕はあの穴から這い上がってきて、君のすぐ後ろに立っていたんだお」

また、足の下に小さく口を開けた銀色の穴に目を移した内藤ホライゾン。
めまいを覚えるような出来事? すぐ後ろにいた? いったいどういうことだ? 

( ^ω^)「それはいつかまた……そうだおね、君が歩く意味を見つけ出した時にでも話すお。
      じきに夜が明けるお。今は、本題だけに集中するお」

話を脱線させたのはお前だろう。偉そうなもの言いだけは天才様の名に違わないようだな。

( ^ω^)「おっおっお。そう言ってくれるなお」

彼は自嘲そのものを表情として浮かべ、視線を戻しこちらを見据えた。
僕も、僕と全く同じ顔をした彼を見据え、問いかける。さあ、注文を聞こうか。

 

 

37 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:11:05.27 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「ツンデレを救いたいんだお」

短い言葉で返ってきた答え。それを耳にして、僕はたまらず大きな笑い声を上げる。
それは響くことはなく、僕らを取り囲むまどろみの彼方へと静かに吸い込まれていく。
腹を抱えて笑い終え、落ち着いた頃になって僕は言葉を返す。

ツンデレを救いたいだと? 冗談もたいがいにしてくれ。
僕にはおろか、お前の中にだって彼女との関係性はまったくといって存在しない。
ただ、ツンデレが千年前に死に別れたツンという女性に似ているというだけの話だ。

それとも何か? ツンデレがツンに似ているというだけでお前は彼女を救いたいとでもいうのか?
肉体的な造形の類似だけに感情移入して過去のやり直しを果たしたつもりになろうというのなら、
お前は天才というアイデンティティから最も遠い人間になり下がってしまうぞ?

( ^ω^)「……まあ、それもちょっとはあるけど、大筋はそんなんじゃないお。
      大体、クーが言っていた通り、僕の天才というアイデンティティにもはや何の意味もないお。
      僕がツンデレを救いたいのは、彼女がツンに似てるからとかそういう理由じゃないんだお。
      しいて言うなら、彼女の置かれた状況が僕に似てる。それが理由だお。
      僕は救われなかった僕を救いたいんだお。そして、昔の君を救いたいんだお」

 

 

38 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:12:36.49 ID: A3RQj7PL0

どういうことだ? 彼女を自分に、こともあろうか僕にまで当てはめていったい何を言い出す?

( ^ω^)「君もうすうす気づいているはずだお。
      だけど、今君の前に広がっている安寧が消えることを惜しんで目をそらしているだけだお。
      あ、勘違いしてほしくないから言っておくけど、別にそのことを責めるつもりはないお。
      穏やかな毎日を望むのは、人間の根源的な欲望だお」

回りくどい言い方はよせ。それは中途半端に知識のある人間特有の悪い癖だ。天才の名が泣くぞ。

( ^ω^)「おっおっお。まったくだお。なら、言わせてもらうお。
      今のツンデレに足を失う以外、道はないお。それは僕と、昔の君と全く同じだお。
      時に君は今、知識を書物として残そうと奮闘しているおね? 
      しかし最後の項目がどうしても埋まらないでいるお。それがなぜだかわかるかお?」

簡単だ。僕が別のことで悩んでいるからだ。

 

 

41 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:14:20.89 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「違うお。君がそこから目をそらしているからだお。
      まさにその対象たるツンデレについて、『自分には関係ない』と必死に言い聞かせ続けているからだお。
      書くべき対象を否定していたら、そりゃ書けるもんも書けやしないお」

違う。僕は否定なんかしていない。ツンデレが歩けなくなることが僕に関係ないことは確固たる事実だ。

( ^ω^)「なら、昔の君を思い出してみるといいお。ビロードと出会う前の君は、
      ショボンに歩き続ける意味を探せと道を与えられる前の君は、ツンデレとも僕とも同じだったお。
      君には定住する場所もなくて、放浪するしか道はなかったお。自分で自分の命を絶つ理由さえ無かったお。
      千年後の世界の上で、いつか死ねるだろうと歩き続けるしかなかったお。選ぶべき道なんてなかったんだお」

――それは、正解だ。返す言葉もない。僕は黙ることしか出来ない。
まどろみに浮かぶだけの僕を前に、内藤ホライゾンは静かに、しかし弾丸のように威力のある言葉を放ってくる。

 

 

43 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:16:51.00 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「僕だって同じだお。僕は、僕の意思がどうであろうと冷凍睡眠に入るしかなかったんだお。
      その結果がこれだお。千年後に起こされて、クーに全否定されて、孤独を押し付けられて、
      おまけに死ぬことすら出来なかったお。
      こうやって意識の奥底に引きこもって、眠り続けることしか出来なかったんだお。
      僕が極端な事例であることを考慮に入れても、千年前の歴史を見るからに、
      自分の意思に反した道を押し付けられた人間の末路っていうのは、えてして大体がこういうもんだお」

止めてくれ。今はそういう話をするときじゃないだろう。
不幸自慢をしたいなら別の機会にしてくれ。その時にじっくり聞いてやる。

( ^ω^)「関係あるんだお。君だって、ショボンやビロードに出会わなければ僕と同じ末路に行きつくところだったんだお。
      そしてツンデレが今まさにそうだお。彼女に誰かが別の選択肢を与えてやらなきゃ、彼女は僕と同じ道をたどるお」

彼の言葉を聞き、「続きを話せ」と言うかわりに、僕は黙って見つめ返した。
彼はお面のようなにやけ顔をそのままに、言葉を重ねる。

 

 

46 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:18:29.21 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「ショボンがバイカル湖で君に話したこと。僕もそれと同意見だお。
      二個以上の、複数の選択肢が与えられてこそはじめてそれは発生するお。
      与えられた人間は、責任を負う覚悟をし、選択肢のうちのどれかを選びとる。
      それさえ出来れば、それが『歩けなくなる』ことであったとしても、その人間が僕と同じ末路に至ることはないお。
      なぜならそれは、その人間が自らの由をもって納得して選び取ったことだからだお」

なるほど。内藤ホライゾンが言いたいことがおぼろげながら見えてきた。
彼はつまり、ツンデレに「歩けなくなる」以外に別の選択肢を与えたいのだ。そして、選び取らせたい。

彼女が何を選び取るかは関係ない。たとえ彼女が選ぶ道が「歩けなくなる」であったとしてもだ。
彼は複数の道を彼女に与え、悩ませ、そうやって選び取った道に責任を負わせたいのだ。そうだろう?

( ^ω^)「ご名答。その通りだお。どの道を選ぶかなんて、実はさして重要ではないんだお。
      だってどんな道を選んでも、人間は悩んだり後悔したりするもんだからだお。
      君だってそうだったお。ヒッキーを殺したあとで泣いた君の姿を、僕はすぐそばで見ていたお。
      その時の君の苦悩を、僕はよく知ってるお」

 

 

48 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:20:14.85 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「だけど、それでも君は歩き続けられた。
      それはかつて、『歩き続けること』を君自らが選んだからなんだお。
      重要なのはそこなんだお。自分が進む道を、責任をもって自分で選び取ることなんだお。
      そうすれば、のちに直面する後悔にも『仕方ない』と納得することが出来るお。
      その限りにおいて、その人間は不幸じゃなくなるお。僕のようにはきっとならないお」

語りかけてくる内藤ホライゾン。彼の顔は相変わらずのにやけ顔のまま。
しかし、それはとても悲しげだ。彼の顔からは正の感情は一切感じられない。
それは、彼の孤独の深さから来ているのだろうか?

( ^ω^)「……だから、その機会を明日一日でいいから、僕にくれお」

にやけ顔の中で動く唇。それさえも僕には悲しげにしか感じられない。
それほどまでに彼はツンデレを――救われることのなかったかつての自分を救いたいのだろう。
そして、あったかもしれない別の未来を、想い人に似ている彼女に託したいのだろう。
そう意味合いを込めて、数刻前の僕の問いかけに彼は「それもちょっとはある」と口にしたに違いない。

その気持ちはわかる。けれど、僕にその申し出を受けることはできない。

 

 

50 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:21:01.89 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「……なぜだお」

変化することのないにやけ顔。もはや彼には、出すべき表情はそれしか残っていないのだろう。
そこに憐れみを感じずにはいられなかったが、やっぱり僕は彼の申し出を断らなければならない。

だってそうだろう? ツンデレに別の道を与えるということは、サナアの伝統を破るということだ。
たとえ彼女が「歩けなくなる」ことを選んだとしても、別の道を提示した時点で僕は彼らの秩序を乱したことになる。
結果、僕は町を追放されるだろう。千年間の歴史の中で愚直なまでに伝統を守ってきたサナアの民族性を考えれば、当然だ。
そして僕は、これまでずっと歩き続け、ようやくたどり着いた安寧の地を失うことになる。

内藤ホライゾン。あんたの気持ちはわかる。だけど、それだけは絶対にさせない。
僕が苦労して積み上げようやく得た現在の地位を、何もしていないお前に崩されるわけにはいかない。
あんたがしようとしていることは、盗人のそれとなんらかわりない行為だ。

 

 

52 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:22:22.00 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「……もっともだお」

それだけじゃない。お前には最終手段が残されている。ドクオの際と同じ方法のことだ。
あの時と同じように僕の意識を引きずり落とし、肉体の主導権を握ることがお前には出来るはず。
お前が肉体の所有権を僕に認めていたとしても、僕より長くこの肉体を使ってきたお前ならそれは造作もないことのはずだ。

( ^ω^)「……」

つまり、この交渉は初めから意味を持たない。たとえ僕が断ろうとも、お前は無理やりにでも行動を起こせるからだ。
僕がどんな答えを返そうと、お前は自分の要求を実行に移せる。この交渉において、僕に選択肢は無いに等しい。

今こうやって交渉の場を設けたのは、おそらくお前のせめてもの善意から来ているだろう。そうだとしても、お前は卑怯だ。
だってお前は、ツンデレに選択肢を与えたいと言っておきながら、僕にはそれを認めようとしていないじゃないか。

行動に一貫性がない。そんな人間の言葉が、誰かに届くはずがない。

 

 

55 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:24:03.33 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「……」

言葉なんて、本来なんの意味ももたない。
風に吹かれれば舞い上がってしまう葉のように薄っぺらなものだ。
そこに力を与えることが出来るのは、きっと口にする人間の辿ってきた道だけだ。
だから僕はドクオを止めることが出来なかったのだろう。ショボンさんの言葉に動かされたのだろう。

確かにお前にも、彼らと同じように誰かを動かすだけの言葉を発する資質が十分にある。
だけど今、無理やりにでも自分の意思を貫き通そうとするのなら、お前の言葉に力はなくなる。
ツンデレを動かすことは出来ない。

ならば僕がここでお前の要求を認めればいい訳だが、
これまで積み上げてきたものがサナアの町の中にある以上、それを崩すようなことをお前にはさせられない。
僕が歩き続けてきた責任からして、それは断じて認められない。

( ^ω^)「……」

だから、僕が崩そう。

 

 

57 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:25:19.45 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「……」

正面に立つ内藤ホライゾンの方がピクリと動いた。
相変わらずのにやけ顔は崩さない。しかし、僕の言葉に内面を動かされたことだけは確からしい。
平静を取り戻すように少しの間をおいて、彼は続ける。

( ^ω^)「……君がそうする理由は?」

簡単だ。お前が出てきた時点で、ツンデレに選択肢を与える以外、僕に道は無くなったから。
その中での最良の行動は、お前じゃなく僕自身が彼女に道を与える。これしかないだろう?

( ^ω^)「それだけの理由で、これまでサナアで積み上げてきたものを君は崩すことが出来るのかお?」

出来るさ。何のことはない。実際、これまでそうやって歩き続けてきたんだ。

( ^ω^)「……根拠としては弱いお。君は余生を過ごしてもいいと思うほど、サナアに愛着を持っているお。
      『これまでそうやって歩き続けてきた』ってだけじゃ、僕の想いを君に託すことは出来ないお。
      もう一つ、君を信じられるだけの根拠を提示してくれお」

 

 

60 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:27:21.29 ID: A3RQj7PL0

まっくろの中に浮かび、ジッとこちらを見つめてくる内藤ホライゾンの瞳。
鈍く、しかし強く光っている。かつての世界で研究にいそしんでいた頃の彼は、きっとこんな瞳をしていたのだろう。

落ちぶれども、天才の眼は未だ鈍らず、か。
ならば僕は、それに打ち勝つだけの根拠を提示しなければならない。

しかし、そんな根拠が僕にあるのだろうか? 大体、僕の言っていることはおかしい。
あれだけサナアに愛着を持っていたのに、どうしてこうもあっさりそれを崩すと口に出せたのだろうか?

考えて。考えて。考えぬいて。けれど整合性のある理由は思い浮かばない。

なのに、勝手に口が動いた。まどろみの中へ、声が勝手に飛び出していく。

 

 

66 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:30:21.25 ID: A3RQj7PL0

僕はこれまで、何もかもを与えられてきた。
得たものは多い。しかし、それらはあくまで与えられたものに過ぎない。
僕が自らの手で握り締めたものは、「歩く意味を見出したい」という想いだけ。
それ以外のすべては、誰かから与えられたもの。「そのために歩き続ける」という道さえ、ショボンさんから与えられたもの。

では、与えられたものを真に自分のものとするにはどうすればいいのか?
僕も与えればいいのだ。ショボンさんから与えられた道を、僕も誰かに与えればいい。ツンデレに与えればいい。
そうすればきっと、「歩く意味を見出すために歩き続ける」という道は僕のものになる。

ショボンさんから僕へ、僕からツンデレへ、ツンデレから他の誰かへ、その誰かからそのまた他の誰かへ。
そうやって道は繋がり、後世へ続いていくんじゃないのだろうか。

無意識の内にそれに気づいたから、ツンデレに選択肢を与えるという、
サナアを捨てると同義のお前の頼みを、僕は受け入れたんじゃないかと思う。

 

 

70 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:31:42.17 ID: A3RQj7PL0

我ながら不思議だ。脳裏に浮かんでこなかった考えが、どこも経由することなく直接口から出てくるのだ。
本当にこれが僕の意見なのかと惑う。しかしその一方で、口に出した言葉は妙に頭になじんでいく。

( ^ω^)「……昔、家族について二通りの類型を立てて論じた社会学者がいたお」

僕が語る間、相変わらずのにやけ顔でずっとこちらを見つめていた内藤ホライゾン。
わずかな沈黙を挟み、右手の人差し指を立て、こんなことを口にした。

( ^ω^)「類型の一つ目は『与えられた家族』。つまり、生まれ落ちた家族だお。
      これは誰もが平等に与えれら、かつ、誰もそれを選び取ることは出来ないお。
      どんなに恵まれた家族であろうとそうでなかろうと、それは与えられたものに過ぎない。
      それをどう作っていくかなんて裁量は、生まれ落ちた子どもにはほとんど無いお」

彼は立てた人差し指をそのままに、続けて中指をスッと立てる。

( ^ω^)「そしてもう一つは、『作り出す家族』だお」

 

 

71 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:33:14.26 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「自らが伴侶を選び、子どもを作り、『その子に家族を与える』ための家族。
      時代や社会によっては、伴侶を選び取る自由は限られていたりもしたお。
      だけどそれでも、『与えられた家族』に比べればはるかに広い裁量を与えられているお。
      本人の努力次第で、『作り出す家族』は如何様にも姿形を変えることが出来る。
      そんな、『与えられた家族』と『作り出す家族』。さて、どちらが真に自分のものと言えるかお?」

V字に立てた二本の指を前に掲げた内藤ホライゾン。その向こうの変わらないにやけ顔の口が、僕に問う。
そして彼は、僕の答えを待たず、続ける。

( ^ω^)「与えられるし、与えることもできる。家族と道はなかなかに似ているとは思わないかお?
      これよりもっとわかりやすいたとえを言うのなら、
      知識は誰かに伝えてこそ初めて自分のものとして定着させることが出来る、ってことかおね。 
      それと同じで、誰かから与えられた道を別の誰かに与え返す。そこでようやくその道を自分のものに出来る。
      君が言いたいのはそういうことだおね? なるほど、信じるに値する根拠だお。納得したお」

僕に一切の反論を挟ませずにまくし立てた内藤ホライゾン。
そして彼は立てた中指をたたみ、親指とこすり合わせて、まどろみの中にパチリと音を鳴らした。

 

 

74 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:35:19.62 ID: A3RQj7PL0

指鳴りを合図に、彼の体がまどろみの底へと沈んでいく。
いや、違う。僕の体がまどろみの上空、現実に向けて浮かんでいく。

なす術もなく現実へと引き戻されていく僕。
内藤ホライゾンはまどろみの下でこちらを見上げている。

( ^ω^)「頼んだお。成功した暁には、礼はいつか必ず」

遠くなっていく彼の姿。もう手をのばしても届かない。
声だけが近くに感じられる。上から差し込む光が強くなっていく。
終わりに向かう邂逅の中で、僕は最後に尋ねる。

なあ、今度会うのはいつになる? また六年近く後か? 
僕はそれまで待てない。次に会う時まで生きていられるかどうかすら怪しいからだ。
それ以前に、ツンデレに選択肢を与えたとして、サナアを無事に出られるかどうかも危ういのだ。

だから、今聞かなければならない。見下ろしながら、僕は彼に問いかける。

なあ、僕はいったい何者なんだ?

 

 

81 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:38:20.75 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「……」

黙ってこちらを見上げるだけ内藤ホライゾンに向け、僕は声を落とす。

気がつけば、冷凍睡眠施設の真ん中に意識として生まれ落ちていた。与えられるべき家族はおろか、名前さえ僕にはなかった。
ただ贈り物としての使命と、楽観と呼んで差し支えない奇妙な達観だけを有していて、そして人として何かが欠けていた。

なあ、僕はいったい誰なんだ? 

お前はかつて僕のことを内藤ホライゾンと呼んだ。歩き続けた道の上、僕だってそれは何度も考えていた。
僕が自分を独立した意識と思いこんでいるだけで、本当は内藤ホライゾン、つまり僕はお前以外の何者でもないんじゃないかと。
今こうやって見下ろしているお前も、結局は僕が夢の中で僕自身を客観視しているだけじゃないかと。

でも、やっぱり違う。感覚的にもそうだし、さっきの僕にはお前の考えが読めなかった。
何より、お前との対面を僕は僕の意思で成すことが出来ていない。僕とお前が同一の意識なら、僕たちはいつでも出会えたはずだ。
実際、千年後の世界の上で僕は何度かお前に問いかけた。けれどもお前がそれに答えることは一度たりともなかった。
やっぱり僕とお前は違う意識、本質的に異なる存在だ。

ここは便宜上、お前を内藤ホライゾンと呼ぶことにしよう。だとすると、僕はいったい誰になる?

 

84 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:39:55.68 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「……夜が明けるお。もう時間はないお。今はそれに答えることは出来ないお」

豆粒ほどの大きさになった内藤ホライゾン。
彼がどんな表情をしているのかはわからない。変わらないにやけ顔なのだろうか? 
だが不思議と、声だけははっきりと聞き取れた。

( ^ω^)「だけど、二つだけ言っておくお。まず、僕と君とは本質的に同じ存在だお。
      しかしある一点により、僕と君とが一つに戻ることはどうやってもあり得ないお。
      そして、もう一つ。僕は内藤ホライゾンであって内藤ホライゾンじゃないお。
      君も内藤ホライゾンであって内藤ホライゾンじゃないお。
      あえて呼ぶなら、君の名前はブーン。そして誰かと問われた時、僕の方にこそ呼ぶべき名前はないお」

わからない。彼の言葉の意味がさっぱりわからない。

 

 

85 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:41:38.67 ID: A3RQj7PL0

けれど、問いただす時間はもう残されていないようだ。

強烈な光が僕の体を包んでいく。まもなく現実にたどり着くらしい。
視界を覆い尽くした光に隠れて、内藤ホライゾンの姿はもう見えはしない。
声だけが不相応にハッキリと聞こえるのみ。

( ^ω^)「詳しいことはツンデレに道を与える礼として、いつか必ず伝えるお。
      だから……頼んだお。彼女を救ってくれお。
      あり得たかもしれない僕の未来を、君の目を通して僕に見せてくれお」

なるほど。僕の問いかけさえツンデレに道を与えることの担保としてしまうか。
それならそれで構わない。僕はお前の願いに応えよう。その代わり、いつか必ずこの問いには答えてもらう。約束だ。

しかし、内藤ホライゾンから返事を得られることはなかった。
現実の光に包まれた僕は、いつの間にかまどろみから解かれ、気がつけば床の上に起き上がっていた。

 

 

89 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:44:32.11 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「……朝かお」

ボリボリと髪の毛を掻きむしって立ち上がり、寝室の扉をあけ、玄関に向かい外へ出た。
低緯度地域ながら標高が高いため、サナアの朝はシンと冷える。身震いして辺りを見渡す。誰もいない。
日はまだ昇っていなかった。ただし夜明けは間近のようで、東の空が瑠璃色に染まっていた。

それから、先ほどまでの内藤ホライゾンとの邂逅を思い出す。あれは夢だったのだろうか? 

いや、夢ではなかったはずだ。浮かんできた疑問は即座に否定出来た。
夢であれば、記憶は霧中に消え去る。彼とのやり取りを覚えているはずがない。しかし僕は、一言一句それを思い返せる。

( ^ω^)「気分がいいお」

そして、ここ数日の不調が嘘のように心も体も軽かった。
きっとすべきことがハッキリして、迷いがなくなったからだろう。
軽くなった身には、二年間何度も吸ってきたはずのサナアの朝の空気でさえとても美味しく感じられる。

と思ったと同時に、腹の虫が盛大に音を鳴らした。

 

 

91 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:46:27.04 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「おっおっお。そういえば何も食べてなかったお」

どうやら空気がうまいと感じられたのは、単純にすきっ腹のせいだったらしい。
鳴り続く情けない腹の虫に苦笑しつつ、屋敷へと戻り、ありったけの食糧を腹に収めた。

その後、物置へ向かい、その戸をあける。
そりやテント。かつての旅の仲間たちが、ほこりを被りながら静かに横たわっていた。

着込んでいたサナア製の衣服を脱ぎ、物置の奥に隠れていた超繊維のマントと衣服、
原色の羽織、エルサレムで買ったターバンを取り出し、身につける。

( ^ω^)「おっおっお。懐かしいお」

ジョルジュの従者として働き出して以来、およそ二年ぶりに纏うかつての旅の衣装。
二度と着ることはないと思っていた。けれど袖を通した彼らは、待っていたと言わんばかりに肌によく馴染んでくれた。

しっくりとくる。これが本来の自分だと思えた。気分の高ぶりさえ感じられた。

 

 

96 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:47:39.71 ID: A3RQj7PL0

それから、書斎へ足を踏み入れる。

机上に置いていたショボンさんのナイフと、ジョルジュに返してもらっていた財布を腰につけた。
そして、弾丸も残り一発となっていた銃を机の引き出しから取り出し、手にとってジッと眺める。

( ^ω^)「……もしかしたら、使うことになるかもしれないお」

登りきっていた朝日。窓から差し込んできた光を受けて黒く輝く銃。
クーが自ら命を絶って以来、この銃はあまりに多くの命を奪ってきた。同時に、同じ回数だけ僕の命を救ってくれた。
けれど、生と死の橋渡しをしてきたこれも、役目を果たせるのはあと一度だけ。

それはいつなのか? 果たして今日なのか? 最後に誰を殺め、誰の命を救うのだろうか?

 

 

98 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:50:23.61 ID: A3RQj7PL0

( ^ω^)「……」

この世界の中で初めて得た自分だけの邸宅の上。
僕がこれから崩すものたちの姿を眺め、そっと、目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、置いていくには、崩すにはあまりに惜しいものたちの姿ばかり。

けれど、僕はきっとここには戻ってこられない。
ツンデレに選択肢を与え、これまで僕が与えられてきた道を自分のものとしなければならない。
内藤ホライゾンに未来を見せなければならない。彼との約束を果たさねばならない。
その見返りとして自分の正体を知らなければならない。そしてこれからも歩き続けねばならない。

そのためならば、どんなに大切なものであろうと僕は捨ててみせよう。
これまでと同じように。これからも同じように。

だって、それが歩くということだから。

 

 

101 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/02/02(土) 11:53:29.73 ID: A3RQj7PL0

どれくらい目を閉じていたのだろうか。
実際には大した時間ではなかったはずだが、僕にとってこの時間はどんな眠りよりも長く感じられていた。

心の中でどんなに強がってみせても、サナアで築き上げてきたものたちの存在はやはり重い。
だから、それを崩すための覚悟にかなりの時間を要した。長く感じられたのはそれが理由だろう。

だけど、もう大丈夫。今の僕は、昔と同じように誰だって殺せる。
ツンデレだって、ジョルジュだって、他のサナアの住人だって、目の前に再びヒッキーが現れたって、僕は引き金を引ける。
目的を果たすためならば、他のすべての存在を僕は振り切ってみせる。

( ^ω^)「……行くかお」

セーフティのロックを確認し、懐に仕舞った。懐の銃の重みが、妙に心地よかった。

 

 

 

 

 

戻る

inserted by FC2 system