243 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:47:20.36 ID: WaijMdiZ0

― 8 ―

(;^ω^)「ま、参ったお……」
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! もう終りか? だらしねーなー!」

その日の昼、この町を訪れて半年後の、
周囲から信頼を得はじめた頃から続けているナイフ捌きの訓練をジョルジュから受けていた僕。

本来それは一週間に一度のはずなのに、
その週二度目の訓練をしようと僕の屋敷に顔を出した彼を少し不審に思いつつ、
その日も僕はジョルジュにこってり絞られていた。

その後、訓練の行程を一通り終え、僕の屋敷のあるジョルジュ邸、
正確にはジョルジュの祖父、サナアの長老宅の敷地内に設けられた水場で汗を流すことにした僕とジョルジュ。

常に懐に忍ばせていた銃を、彼に気づかれないよう巧みに隠しつつ衣服を脱ぎ、僕は半裸で水浴びをする。

 

 

246 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:49:30.78 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「ブーンは足腰が異常にしっかりしてっから、
    技術は未熟でも、型さえ覚えればそれなりにやれるんだよな。
    たぶん今のお前なら、一般レベルの使い手ならそれなりに対抗できると思うぜ?」

( ^ω^)「おっおっお。それはよかったお」

全裸で水をかぶりながら、そんなことを言ってくれるジョルジュ。
彼はそのまま地面に寝転ぶと、股間の棒をそのままに、気持ちよさそうに目を閉じる。

はしたないとは思ったが、これもまたジョルジュの魅力の一つだ。良くも悪くも彼は開けっ広げなのだ。

もっとも、彼が肝心なことだけは一人で抱え込んでしまう人間だったことは、彼と別れてから気づくのであるが。

 

 

251 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:51:37.48 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「んでさー、今日はちょいと別の用があってきたんだよ」

( ^ω^)「だろうと思ったお。忙しいお前が、
      週に二度も訓練に付き合ってくれるなんて、なんか裏があると思ってたお」
  _
(* ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! 参ったな! バレバレかよwwwwww」

一緒に衣服を脱ぎ散らしたまま、青空の下で笑い合った。
照りつける日差しのぬくもりが、むき出しの肌に心地よい。

それからジョルジュは、全裸のまま上半身だけをむっくりと起こすと、
少し顔を赤らめ、本題を切り出す。
  _
(* ゚∀゚)「実はよ、俺もついに結婚することになったんだ」

 

 

260 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:54:47.63 ID: WaijMdiZ0

( ^ω^)「おお! それはめでたいお!」

なんと、ジョルジュもついに結婚するらしい。
二年前、僕がこの町に連れられた頃から揉めているとは聞かされてはいたが、
ここにきてようやく話がまとまったようだ。

この二年間の付き合いで、ジョルジュに息子のような思いを抱きはじめていた僕は、
素直に喜びの声を上げる。しかし――
  _
( ゚∀゚)「……どうなんだろうな。いや……うん。めでたいことなんだよな」

( ^ω^)「??」

――妙に歯切れの悪いジョルジュ。
いつもの彼じゃないのは、やっぱり結婚の重圧がかかっているからだろうか?

彼はうつむいてしばらく沈黙すると、たどたどしく語り始める。

 

 

263 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:56:35.40 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「……まあ、いろいろあったんだけど、むこうもようやく決心してくれてな。
    それが揺るがないうちに……少なくとも来週中には挙式するつもりだ。
    そんで、あんたにも式に参加してほしいんだが、大丈夫か?」

( ^ω^)「お? そりゃもちろんだお。だけど僕が参加してもいいのかお?」

書物を書きしるす以外に仕事はなく、時間の融通などどうとでも出来た。
それでも僕がそんな返答をしたのには、ひとつの理由がある。

これまで僕は、ジョルジュや彼の側近たちからは尊敬され、
町の人からもそれなりの扱いを受けていたのだが、
よそ者であったため、町の行事や儀式への参加は許されていなかったのだ。

そういった事項を鑑みるに、今回のジョルジュの申し出は、
僕が町の一員として認められたということの証しなのだろうか? 

この町に愛着を持っていた身としては、そうだとしたらとてもうれしい。

 

 

269 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:59:08.66 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「もちろんだ。まあ一部から反発はあったんだが、俺の権限で退けた。だから安心してくれ」

( ^ω^)「そりゃありがたいお! で、相手はどんな子なんだお?」

ジョルジュの言葉に年甲斐もなく舞い上がった僕は、勢いに任せてそんなことを聞いてみた。
振り返れば無粋であったと反省すべき発言なのだが、ジョルジュは気を悪くすることなく答えてくれる。
  _
( ゚∀゚)「あーっとな、幼馴染だ。ガキの頃からずっと一緒につるんでた。
    男勝りな女でな。俺らの町じゃ成人の女はダメだが、子どもの頃は女も好き勝手あちこちを歩けるんだよ。
    で、あいつはそんな、あちこちを歩き回る女でな。
    小さい頃から初潮を迎えるまで、親に付いていろんな交易地に行ってたよ。
    そんで返ってくるたび、行った場所で買って来た土産もん見せたり、土産話みんなに聞かせたりしててよー」

全裸のまま、眼線を遠くに移して語るジョルジュ。その表情はどこかうつろだ。
きっと彼は、思い出の向こう側を眺めているのだろう。

 

 

273 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:02:03.12 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「歩きまわるのがホントに好きな奴でなー。
    子どものころのあいつは、この町の周辺のほとんどを見て回ったんじゃねーかな。
    あー、そうそう。一回あいつが迷子になってな。町のみんなを動員して捜索したんだよ。 
    結局見つけられなくて、でも翌朝、あいつがひょっこり戻ってきてな。
    『どこ行ってたのか』って大人たちが聞いたら、
    『アシールに行こうとした。でも腹減ったから戻ってきた』だってよw
    そのあとしばらく、あいつは自宅謹慎だったなー。あれには笑ったよw」

どうやらジョルジュの花嫁は、相当なおてんば娘だったらしい。
ジョルジュにはぴったりだなと、ちょっと笑ってしまった。
  _
( ゚∀゚)「あと、ナイフの腕前もたいそうなもんでなー。
    この町の女はナイフ捌きを習えないんだが、あいつは独学で技術を身につけていてよ。
    それが中々理にかなった動きでな。ガキの頃の俺はあいつに勝てなかった。今じゃそんなことはねーが。
    そーいや、この前遊びで手合わせしたんだが、あいつ、あれからもずっとひとりで訓練してたみてーでよ。
    俺の足元にも及ばなかったが、多分ブーンとは互角くらいの腕前はあったぜ?」

 

 

277 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:03:40.81 ID: WaijMdiZ0

(;^ω^)「おお……なんかこう、活発な女性だおね」
  _
( ゚∀゚)「だろ? まあそのせいで、結婚について今の今まで揉めていたんだが……」

(;^ω^)「お? どういうことだお?」

日光浴を続けていたせいか、体はすっかり乾いていた。
ジョルジュもそうだったらしく、彼は立ち上がり、服を着始める。
それから、こう、言い残した。
  _
( ゚∀゚)「歩けなくなるんだよ。結婚しちまうとな。
    歩くことが大好きなあいつは、だからこれまで結婚を拒んできた」

 

 

279 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:04:46.63 ID: WaijMdiZ0

(;^ω^)「いや、だからそれはどういうことだお? 僕にもわかるように言ってくれお?」

しかしジョルジュはこれ以上僕の問いかけに答えようとはせず、
服を着終えると、最後に振り返って、言った。
  _
( ゚∀゚)「俺だってあいつを歩かせてやりたい。だけど、俺にもあいつにも立場がある。
    だから俺には……こうするしかないんだよ」

(;^ω^)「おい、ジョルジュ! どういうことだお! ジョルジュ!」

そしてジョルジュは長老宅へと戻っていく。
僕の問いかけに答えないまま、ただ右手だけをひらひらと振って。

そのまま二度と振り返ることなく、彼の背中は邸宅の扉の向こう側へと消えていった。

 

 

289 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:08:25.98 ID: WaijMdiZ0

(;^ω^)「さっぱりわからんお……」

それから数日間、屋敷にこもり机と向き合った。
しかし筆は一向に進まず、残りの一項目も埋められないままで、
僕は先日のジョルジュとの会話ばかりを思い返していた。

結婚すると歩けなくなる? どういうことだ?
そういえばジョルジュは、この町の女性は初潮を迎えた段階で無駄な外出を禁止されると、以前言っていた。
となると、結婚後歩けなくなるというのは伝統か規律か何かで、外出をさらに禁止されるということなのだろうか?

考えれば考えるほどドツボにはまっていく。意識がそればかりに集中して何も進められなくなる。
それでも考えることを止められない。天才の脳みそがこのときばかりは特に憎らしかった。

机の上に伏して煩悶を続けた。そんな時、玄関の扉がけたたましい音を上げる。

 

 

296 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:10:36.90 ID: WaijMdiZ0

(;^ω^)「……うるさいお」

今は誰とも会いたくなかった。じっくりの目の前の疑問と向き合いたかった。
よって僕は、机上に顔を伏したまま、居留守を貫こうと無視を続けた。

しかし玄関をたたく音は止まない。
むしろ無視を続ければ続けるほど、それはひどくなっていく。

(;^ω^)「……しつこいお。しょうがないお」

根競べに負けた僕は、椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。
以前音を鳴らし続ける玄関。「どんだけしつこい奴だ」と悪態をつきつつ、扉を開けた。

(;^ω^)「なんですかお? 申し訳ないけど今日は……」

(  ゚ ゚)「邪魔をする」

 

297 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:11:05.91 ID: WaijMdiZ0

(;^ω^)「……」

扉の前にいた人物。全身を布とマントで覆い、
眼だけのぞかせている異様な格好のその人を前にして、僕は一瞬だけひるんだ。

誰だこいつは? クリスマステロリストか? 

いや、この格好はこの町の成人女性特有のものだ。
成人女性は町中をほとんど歩いておらず、この一年は僕も屋敷にこもりっきりだったため、
僕が彼女らの姿を見る機会はほとんどといってなかったが、二、三度は目にしたことがあった。

となると、この人物は女性ということになる。

しかし僕には、この町に女性の知り合いなどいやしない。となると、やっぱりこの人物は誰だ?

 

 

303 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:15:19.25 ID: WaijMdiZ0

(  ゚ ゚)「ジョルジュの婚約者だと言えばわかってもらえる?」

(;^ω^)「あ……なるほどだお。あなたが……」

――かの有名な男勝りの女性ですか。

もちろんそんなことは口に出さず、どう対応すべきか悩んだ僕。
とりあえずの身元はわかったが、だからと言ってやっぱり僕に彼女との面識があるわけでなく、
そんな女性の来訪を受けて、いったい誰が即座に適切な対応をとれるだろうか? 

第一、彼女は僕に何の用があるのだ?

けれど彼女はお構いなしに僕のわきを通りぬけると、
我が物顔で室内を歩き回り、テーブルを見つ出しその前に腰かけ――

(  ゚ ゚)「コーヒーでいい」

――そう、のたまった。

 

 

304 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:16:18.33 ID: WaijMdiZ0

(;^ω^)「……どうぞ」

(  ゚ ゚) 「ありがと」

しかし、どうにも押しに弱い僕。
家の主であるにもかかわらず、突然の来訪者に命ぜられるまま、
素直にコーヒーを差し出してしまった。

テーブルを挟んで僕の対面に腰かけていた彼女は、
うつむいて、こちらに顔を見せぬよう、
顔を覆った布をわずかにずらしてカップへひと口付けると、おもむろに口を開く。

 

 

307 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:18:21.39 ID: WaijMdiZ0

(  ゚ ゚)「いい味。モカのコーヒーか。モカには子どもの頃に行ったことがある」

(;^ω^)「おお……そうですかお……」

(  ゚ ゚)「モカは奇麗な港町だった。好き通った海。さざ波に日差しが反射してキラキラ輝いていた。
     そこに浮かぶ船を眺めては、乗って、知らない場所へ行ってみたいって思ってた」

(;^ω^)「はぁ……」

話の内容とその破天荒な行動から判断するに、
眼の前の女性は、耳にしていたジョルジュの花嫁に間違いなさそうである。

そして彼女はうつむいたままカップを置くと、
再び口元をマントで覆い、顔をあげ、僕をまっすぐに見つめて、言った。

(  ゚ ゚)「あんたが旅人であると、以前からジョルジュに聞いていた。だから今日、ここに来た」

 

 

314 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:20:48.89 ID: WaijMdiZ0

( ^ω^)「……」

僕は黙り、先ほどの彼女と同じように自分のカップに口をつける。
コーヒーというのは不思議なもので、場の空気を味として見事に反映してくれる。
今回は、とても苦い味がした。

口の中に苦みを残し、考える。どう答えるべきか、と。
しかし雰囲気から察するに、どうやらごまかしても無駄なようである。僕は正直に答える。

( ^ω^)「そうだお。それがなにか?」

(  ゚ ゚)「旅人に用があるといったら一つだけ。旅の話を聞きたい」

( ^ω^)「……」

どこか機械的な、まるで感情を無理に押しとどめているかのような不自然な彼女の声を聞き、まあそうだろうなと僕は思った。
活発に歩きまわることが好きだったという彼女が、僕に話があるとしたら、それ以外に考えられない。

けれど、僕は絶対に素性を明かさないと決めている。どこから来たのかすら、問われても答えるつもりはない。
現に、ジョルジュにだって未だ素性は明かしていない。もっとも、彼はそんなことを尋ねてはこないが。

 

315 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:22:41.27 ID: WaijMdiZ0

もう一度、カップに口をつける。

苦い。

その苦みの中で、笑うヒッキーの顔が僕の頭をよぎる。
あの夜の苦すぎる記憶が、僕の口をさらに閉ざす。

(  ゚ ゚)「……話したくない、ってわけか」

( ^ω^)「……」

沈黙を保ち続けた僕。
ちびちびと口にしていたコーヒーは、すっかり冷めてしまっていた。

彼女はあきらめたかのように一つ大きく息を吐くと、しかし――

(  ゚ ゚)「ならいい。勝手に見て回るから」

――そう言って立ち上がり、僕の屋敷のあちこちを探索し始めた。

 

319 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:24:18.12 ID: WaijMdiZ0

(;^ω^)「ちょ、ちょっと! 困りますお!」

(  ゚ ゚)「物置はここか」

(;^ω^)「ちょwwwww勝手に開けるなお!」

あなどっていた。彼女の行動力を完全にあなどっていた。
ジョルジュの話から推察するにかなり活発な女性であると予想していたのだが、彼女の行動は想定以上のものだった。

彼女は目ざとく屋敷内の物置を探り当てると、めまいを覚えながら静止する僕などどこ吹く風で、その扉に手をかける。

 

 

324 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:25:51.02 ID: WaijMdiZ0

(  ゚ ゚)「面白い形のテント……そりも見ない形……」

物置にしまっていたのは、
この町に留まるつもりだった僕にはもう使うことのないであろう、旅の友の数々。

彼女は彼ら一つ一つに手を触れ、愛おしげにじっと眺め続ける。
そんな彼女の背中は女性らしく小さくて、けれど結婚前の若年者とは思えないほどの哀愁に満ちていた。

だから僕は、好き勝手に人の屋敷を探索して回る彼女を前にして、
旅の友たちとの思い出を語ることはもちろんしなかったが、しかし、彼女の行動を止めることもまた、出来ないでいた。

 

 

328 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:27:16.97 ID: WaijMdiZ0

やがて彼女は物置内のあらかたを見終わると、今度は僕の書斎へと目を向けた。

さすがにここばっかりは、勝手に入らせては屋敷の主の名がすたるとは思ったのだが、
けれど僕はあっけなく彼女の侵入を許してしまう。

(;^ω^)(……僕はどんだけ押しに弱いんだお)

そんな風に自己嫌悪に陥りはしたが、何分僕は女性に慣れておらず、しかも相手は押しが強すぎるのだ。
こうなったのも当然の流れかもしれない。

僕の部屋へと侵入した彼女は、机の上に置いてあった、
僕の知識の集大成とも呼ぶべき、あと一項目がどうしても埋まらないままでいた書物の原稿に目をやる。
しかしすぐに興味を無くしたのか、ペラペラとめくっただけですぐに目をそらし、視線を別の方へ向けた。

そして、彼女の動きは止まる。
ある一点を見つめたまま、彼女は縛られたようにその前で立ち尽くす。

彼女の視線の先にあったのは、僕が壁に飾っておいたショボンさんの絵。
地上の三日月、銀色に輝くバイカル湖と、その真ん中に一人の少女を描いたもの。

 

 

331 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:29:54.13 ID: WaijMdiZ0

(  ゚ ゚)「……綺麗」

こちらが心配してしまうくらいの長い時間、立ち尽くし絵を眺めていた彼女。
短く一言声を漏らすと、僕へと振り返り、尋ねてくる。

(  ゚ ゚)「ほかに、絵は?」

(;^ω^)「お? えっと……」

見せていいものか、悪いものか。
そんな一瞬の迷いが命取りとなった。

彼女は僕の戸惑いを見て他にもまだ絵があることを確信したらしく、
そして天性のものらしき勘の鋭さで、見事、他の絵を仕舞っていた机の引き出しを開ける。

 

 

336 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:32:44.78 ID: WaijMdiZ0

(  ゚ ゚)「……すごい」

引き出しの奥に眠っていたのは、
ミルナに売ることのなかった、特に僕が気に入っていた数十枚のショボンさんの絵。

彼女はそれらをゆっくりとめくり、その一つ一つを前にため息を漏らしていく。

僕も、それらの絵を見返すのは実に久しぶりのことだったので、
彼女の肩越しにそれを眺めては旅の記憶を思い起こし、
時たまこちらを振り返った彼女と目があっては、慌てて取り繕ったりもした。

そんな風に、日が傾き始めるまでひたすらにショボンさんの絵を見続けた僕と彼女。
どうやら満足したらしい彼女は、立ち上がり、元の引き出しへと絵を仕舞う。

そして振り返り、僕に問う。

 

 

341 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:34:30.52 ID: WaijMdiZ0

(  ゚ ゚)「お前はもう、旅をしないのか?」

( ^ω^)「……」

(  ゚ ゚)「こんなにも美しい風景を見てきたのだろう? それなのにお前は、旅を止められるのか?」

( ^ω^)「……」

窓から漏れてきた西日の赤が、室内で対峙する僕と彼女を照らす。
僕は答えない。答える価値のない問いかけだからだ。けれど彼女は問いを続ける。

(  ゚ ゚)「お前には歩ける二本の足が付いているのに、それでもお前は旅を止められるのか?」

(  ω )「……」

(  ゚ ゚)「鳥は羽ばたくのを止めたら、もう鳥ではない。旅人も歩みを止めたら、もう旅人ではない。
     お前は旅人だろう? お前は自分が旅人でなくなってもいいのか?」

 

 

346 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:36:23.20 ID: WaijMdiZ0

(  ω )「……」

投げかけられる問いを前に、はらわたが煮えくりかえってきた。
あまりの怒りにめまいさえ覚えてくる。

お前に何がわかる。
旅というものの本質を一欠片でも知っていたら、こんな幻想に満ちた言葉など出せるはずがない。

旅なんてものに、歩くなんてことに、楽しいことなんてほとんどないんだ。
そこにあるのは、思いだしただけで身が千切れそうになるようなつらい出来事ばかりなんだ。

そんな旅を経てようやくこの地にたどり着いた僕に、なぜこいつは、こんな問いを投げかけられる?

 

 

356 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:41:17.41 ID: WaijMdiZ0

(  ω )「勝手なことを言うなお。あんたに何がわかるんだお」

(  ゚ ゚)「……」

何も知らない身勝手な言葉の数々を前に、
これまでかたくなに閉ざし続けてきた僕の口は、いつのまにか開いていた。

(  ω )「知らないだろうから教えてやるお。さっきあんたが見ていた絵は、
      家族を失って旅するしかなかった悲しい男が描いた絵だお。それを綺麗とかすごいの一言で済ませるなお。
      いいかお? 旅っていうのは、歩くっていうのは、あんたが考えているような理想的なもんからは程遠いお。
      暑さ、寒さ、餓え、獣、人。ありとあらゆるものが、常に身の危険として付きまとうんだお。

      身を切るような思いで仲間と別れ、眼の前で大切な友人が死ぬのをただ黙って見届けるしか出来なくて、
      誰かを裏切って、誰かに裏切られて、時には心許した人を自分の足で踏みにじらなきゃいけないんだお。
      そうまでしなきゃ、前に進めない。そんな旅をしてきた僕の気持ちが、あんたにわかるわけがないお。
      そうやって歩いてきてようやく安寧を得た僕を、何も知らないあんたに否定されたくはないお」

 

 

362 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:43:47.54 ID: WaijMdiZ0

(  ゚ ゚)「……」

赤に染まった書斎の中。まっすぐに彼女と向き合った。

その赤の中に僕は、血で染まったヒッキーの死に顔を思い出してしまい、
知らず、かつて傷のあった頬に手を触れていた。

彼女はそんな僕の一挙手一投足を目をそらすことなく見つめ、
これまでのような機械的な声でなく、彼女本来のものなのであろう有機的な声で言葉を返してくる。

(  ゚ ゚)「旅がそんなにつらいなら、なんでさっきの絵を見ていたあなたの目は、輝いていたの?」

その言葉を前に不意をつかれた僕。思わず立ち尽くしてしまった。
ひと回りも歳の離れた彼女は、それから身を翻すと、書斎の扉を開け、ゆっくりと玄関の方へ向かう。

 

 

367 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:45:39.53 ID: WaijMdiZ0

(;^ω^)「ど、どういうことだお?」

慌てて僕は彼女の後を追う。
無言で玄関までたどり着いた彼女は、その扉を見つめたまま、背中越しに声を届けてくる。

(  ゚ ゚)「あなた、なんだかんだ言って旅が好きなんでしょう?
    絵の中の風景を見つめていたあなたの目の輝きは本物。その輝きこそがあなたの本心よ。
    でも、辛い思い出に負けて、適当にそれらしい理由をつけて、あなたはこの町にとどまろうしてる」

(;^ω^)「違うお! 僕はもう旅の意味を見つけたんだお! だからもう旅をする必要がないんだお!」

そうだ。僕は旅なんて好きじゃない。歩き続けることなんて好きじゃない。
そうするしかなかった。ただそれだけ。旅なんて辛いことだらけだったんだ。

それでも歩き続けてこれたのは、その先に必ず意味が見つけられるからと教えられたから。

そして僕は、今、その意味を見つけている。気に入ったこの町に知識を書として残し、後世に伝える。
きっとこれがそうなんだ。だからもう、僕に旅をする理由なんてないんだ。本当だ。絶対にそうだ。

 

 

371 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:49:03.09 ID: WaijMdiZ0

(  ゚ ゚)「バッカみたい。その意味ってのは、
     自分で勝手にそう思いこんでるだけのものじゃないの?」

(;^ω^)「……」

しかし、僕の主張は一蹴される。なんだかよくわからない彼女の迫力に圧倒されている。

この迫力の正体はなんだ? 
なぜ、ひと回りも歳の離れた若い彼女がこんな言葉を口に出せる?

(  ゚ ゚)「あなたの言っていることは、歩けなくなる私にとっては贅沢極まりないこと」

(;^ω^)「あ……」

そうか。これだ。結婚後、この町の女性は歩けなくなるとジョルジュは言っていた。
つまり歩けなくなるという彼女の未来が、彼女の言葉に力を授けていたのだ。

そして彼女は、顔を覆っていた布に手をやる。その挙動を前に、僕は微動だに出来なくなる。

 

 

376 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:50:40.29 ID: WaijMdiZ0

(  ゚ ゚)「あなたの言う通り、私がこれまで語ってきた旅は夢物語なのかもしれない。
    でも、そういった要素が確実にあるからこそ、人は旅に憧れるし、私も憧れていた。
    幼い頃に連れられた先で目にしたたくさんのもの。
    大人になったら、私もその先に行けるって、信じていた」

背を向けたままの彼女。顔を隠していた布が、するすると少しずつ解かれていく。

(  ゚ ゚)「だけど、この町の女は必ず結婚しなければならない。そうなれば歩けなくなる。
    私は悩んだ。この町から逃げて、一人で旅を始めようとも思った。
    でも、私には婚約者のジョルジュがいて、やっぱり私は彼が好きだった。
    親や親族だってここにいる。私が逃げだせば彼らは罰を受ける。私は彼らを捨てきれない。
    私は歩きたかった。だけど結局、私にはこうするしかなかった」

布が、彼女の顔から剥がれていく。隠されていたその髪があらわになる。強い癖をもった、巻き毛。

 

 

382 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:52:26.13 ID: WaijMdiZ0

(  ゚ ゚)「本当はもっと早くあなたのところに来て、旅の話を聞きたかった。
    だけど気持ちが揺らいだ状態で話を聞けば、私は一生、決心がつかなかったと思うの。
    でも、今は大丈夫。もう決心を固めていたから。それでもここに来たのは、私の最後の未練」

布のほとんどが解かれた。布の端が地面についている。
その後ろ姿。記憶にある。

嘘だろう? なぜこの後ろ姿が目の前にある?

(  ゚ ゚)「ねぇ? もしあなたが歩けなくなる私を憐れんでくれるのなら、どうか旅を続けて。
    私が見ることの出来なかった風景を、行くことの叶わなかった場所を、私の代わりに見続けてほしいの。
    そしてその先にある世界に、私のことを伝えてほしいの。私の名前を残してほしいの」

嘘だ。あり得ない。この後ろ姿は、千年前に死んだ人間のそれだ。
内藤ホライゾンが手をのばして届くことのなかった、あの、後ろ姿だ。

視界が揺れる。足が震える。そして彼女は、振り返る。

 

 

387 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 18:53:48.13 ID: WaijMdiZ0

 

 

ξ゚听)ξ「私の名前はツンデレ。足を欲しがった女。
      あなたの進む道の先に、私の名前も連れて行ってあげて」

 

 

 

 

 

 

 

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