140 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 16:48:00.82 ID: WaijMdiZ0

― 7 ―

こうして、ジョルジュの先生として無理やり彼らの町サナアへと向かわされることになった僕。

彼らが有していた荷物運搬用のラクダの背に乗り、
アシール――メッカ遺跡を挟んでヒジャーズの反対側に位置する山々――の上を進む。

アシールはヒジャーズに比べ傾斜のなだらかな山岳地帯で、肥沃な土地も数多く存在していた。
そんな地理的要因に加えラクダの足も手伝い、僕はヒジャーズ越えに比べてかなり心地のよい旅をすることが出来ていた。
  _
( ゚∀゚)「サナアは山の上にあってな、この近辺としてはわりかし住みやすい気候をしてんだよ。
    山を下れば天然の良港もあるし、他のあちこちの町にも等距離で道が通じている。
    自然、人が集まるようになって、地域の交易の中心になったってわけだ」

 

 

143 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 16:50:04.38 ID: WaijMdiZ0

( メ^ω^)「なるほどだお。ところでジョルジュは長老の跡取りだって言ってたけど、
      となると、いつかは長老になるのかお?」
  _
( ゚∀゚)「そだなー。それがさー、結構早く長老の椅子が回ってきそうなんだよ。
    本当は次の長老は親父がなるべきなんだが、俺がガキの頃に病気で死んじまってな。
    今長老やってる俺のじじいもかなりの歳だし、早けりゃ五、六年後には俺が長老やってるかもしれねー。
    ま、そんときは後見役とかついちまうだろうがな。跡取りってのはめんどくせーもんさ」

およそ一ヶ月の道のりの中で、ジョルジュは町のこと、自分のこと、実に様々なことを話してくれた。
どうやら長老の地位が彼には早くに回ってくるらしく、だからこそ知識を蓄えて一刻も早く一人立ちしたいようだ。

僕を教師として町に無理やり連れて行くことにしたのも、そんな事情があるからなのだろう。

 

 

144 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 16:51:50.70 ID: WaijMdiZ0

そのお返しにと僕も、自分の素姓や旅の話以外、彼に問われるまま多くのことを語った。

もっとも彼は僕の旅や素性には特別な興味はないようで、
もっぱら僕の知識や考えにだけ関心を示していたから、僕としても非常に話しやすい相手であった。
  _
( ゚∀゚)「ところで、ブーンはなんで旅してんだ?」

しかしただ一度だけ、彼に旅のことを聞かれた。短い、でも核心をついた質問だった。
僕は迷いに迷った結果、限りなく抽象的な、けれどそれ以外に表しようのない言葉で返す。

( メ^ω^)「歩き続けるため……かお」

 

 

146 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 16:52:47.81 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「なんじゃそりゃ? 歩き続けるために旅をするってか?
    ひゃひゃひゃ! やっぱあんたおもしれーよ! あいつと話があうかもしんねー!」

( メ^ω^)「お? あいつって誰だお?」
  _
( ゚∀゚)「へっへー、内緒だ! ま、いつかは会うことになるって! 楽しみにしててくれや!」

( メ^ω^)「おっおっお。そうかお」

旅のさ中、そんな風に会話を重ねれば重ねるほど、僕はジョルジュに惹かれていくことになる。
もちろん彼の人間性的な意味で。

 

 

148 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 16:55:42.75 ID: WaijMdiZ0

まず、メッカ遺跡で受けた印象通り、彼は聡明な青年だった。
呑み込みが早い。質問するにしても、要点を的確に押さえ短い言葉で尋ねてくる。

そして何より、彼は朗らかだった。
口は悪いが、発する言葉にはどれも場を明るくさせる何かがこもっている。
これらはやろうと思って出来ることではない。天性の素質とでも言うべきものなのだろう。

そして僕が彼に好意的な印象を持つようになればなるほど、彼もまた僕を慕ってくれるようになった。
たとえば眠れない夜はテントの外で夜通し語り合い、
翌日お互いラクダの上で寝てしまい、従者に怒られ、舌を出して笑いあったこともままあった。
こんな風に共通の記憶を重ねていくことで、僕はますますジョルジュに惹かれてしまうこととなる。

そうやってアシールを南下し続けた僕は、半ば無理やり旅に同行させられたというのに、
サナアに到着する頃には、互いに軽口をたたき合えるほどにジョルジュと友好的な関係を築いていた。

だから僕には、南下するアシールの上で、逃げようだなんて考えは微塵も起らなかった。

ヒッキーの際に感じた「仲良くなっては歩き続ける足かせになる」という考えはもちろん起こったが、
それでもなぜか、僕はジョルジュと仲良くなってしまっていた。それを悪くないと感じてしまっていた。

 

 

151 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 16:57:46.05 ID: WaijMdiZ0

それはきっと、僕が彼に癒されていたからだろう。

ヒッキーを殺し、それ以後も多くの人間を殺め、荒んでいた僕の心。
それがジョルジュと会話を重ねれば重ねるほど不思議と癒されていくのを、僕は確かに感じてしまっていたのだ。

もちろん僕の心が完全に癒えることはなかったし、それは絶対にあり得ないことなのだと思う。
ヒッキーを、その他多くの人間を殺めた傷を、僕は一生背負って歩かねばならない。それが人を殺した者に課せられる責務だ。
しかし、癒えて和らぐことはあり得る。それが僕にとっては、ジョルジュという青年との会話だったのだろう。

人と関わってしまい負った傷が、人と関わることで完全とはいかないまでも癒えていく。
そしてその結果、人はまた同じようなことを繰り返して傷を負い、しかしまた人によって癒されていくのだろう。

人間とは、なんと愚かで弱い生き物なのだろうか。

けれどそれでもいいんじゃないかと僕が思ってしまったのは、鼻くそをほじくるジョルジュの笑顔に毒されたから。

きっと、それだけが理由だ。

 

 

153 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 16:59:34.12 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「ふいー、やっととうちゃーく! ほら、あれがサナアだ! どうだ? いい町だろ?」

( メ^ω^)「おお……本当だお」

アシールを南下すること一ヶ月。
緩やかな、草たちが風に揺れる小高い丘の上。

見下ろしたサナアは、まるで雪化粧した冬の町のようだった。

そう感じられたのは、建物の中に白が交っていたからに違いない。
くすんだ茶色の煉瓦造りの家々には、その壁の角々に真っ白な縁取りがなされていて、
それが降り積もった雪のように見えるのだ。

確か千年前のサナアの町並みは、世界遺産に指定されていたはず。
そんな過去の事実を裏付けるように、千年後のサナアの町もまた、見事な景観をもって僕を出迎えてくれていた。

 

 

156 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:01:32.51 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「さて、これから町に入るわけだが、ブーン、あんたは俺の従者ってことにしといてくれ。
    流石に先生じゃあれなんでよ。だからあんたにはいろいろと雑用もさせちまうことになるだろうが、
    ま、その辺は勘弁してくれや。ひゃひゃひゃ!」

( メ^ω^)「お。構わんお。こっちもずっと歩いてきた身だお。
      先生なんて呼ばれて講義だけさせられたら、体もなまっちゃうってもんだお」
  _
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! そりゃよかったぜ! んじゃ、あらためてよろしくな! ブーン先生よい!」

( メ^ω^)「おっおっお。こちらこそだお」

なだらかな丘の上。白さ際立つ町並みを眺めながら、ひと回りも歳の離れた青年と、固く握手を交わした。

それから僕は町に入り、長老の跡取りだけあって相応に巨大なジョルジュの邸宅の一室に住居を与えられ、
従者としてジョルジュに使えることを長老の前で確約させられてようやく、布団の中で眠りについた。

 

 

159 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:03:44.98 ID: WaijMdiZ0

それから一ヶ月ほど、町のことや従者としての仕事を覚えるため、ジョルジュにあちこち連れ回された。
はじめに連れていかれたのは医者だった。頬の傷を消すためである。
  _
( ゚∀゚)「顔に傷をつけてカッコいいって感じんのは、中二病患者だけで十分だろ?
     顔に傷があって得することなんてなんもねーぜ? 妙な偏見持たれちまうだけだしな」

残念ながら中二病という病名に聞き覚えはなかったが、
彼の言うことももっともなので、僕は素直に医者のもとへ向かった。

そして連れていかれた医者の手により、
ヒッキーに付けられた傷は精神的にはともかく、肉体的には跡形もなく消えて無くなる。
この傷が刻まれたのはもう何か月も前だというのにだ。

どうやらこの町の医療技術は、特に外科関連に関しては、なにやら相当に発展しているらしい。

 

162 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:05:38.67 ID: WaijMdiZ0

続けて、町の施設を案内される。市場、集会所、町の運営幹部の家々。その他様々な場所を見学させられた。
その中で特に印象に残ったのは、町のあちこちに設けられていた、ナイフ捌きを教える道場らしき建物だ。
  _
( ゚∀゚)「ここで俺らはガキの頃からナイフ捌きを教え込まれるんだ。
    だからこの町の連中はかなり強いぜ? 逃げようだなんてこたー間違っても考えんなよ?」

( ^ω^)「……」

このときばかりは険しい表情をしてくぎを刺してきたジョルジュだったが、
ここまで来たからには僕も覚悟を決めており、
彼にそれなりの知識を伝え終える前にこの町を去ろうだなんて考えは、さらさら頭にはなかった。
少なくとも一年はこの町に滞在しよう。そう考えていた。
  _
( ゚∀゚)「ま、百聞は一見にしかずだ。ちーっと覗いていくか」

そんな僕の心中を知ってか知らずか、僕の返答も待たず表情を崩したジョルジュは、大手を振って道場内へと入っていく。
拍子抜けした僕は、僕よりわずかに小さな彼の背中を追って、道場の門をくぐることにする。

 

 

171 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:09:56.11 ID: WaijMdiZ0

「こんにちはっ!」

(;^ω^)「おお……」

道場にひとたび足を踏み入れれば、室内が震えるほどの声が僕たちにかけられた。
僕の姿を、いや、ジョルジュの姿をとらえた道場内の門下生、
そして師範と思しき風格のある中年たちまでもが、こちらを向いて一斉に礼をしてきたのだ。

異様な迫力をもった光景を前にして、ほんの僅かにたじろいでいると、
ジョルジュが鼻をほじりながら、彼らに軽く言葉を返す。
  _
( ゚∀゚)ノ「いよー、諸君! 頑張ってるねい! ささ、鍛錬を続けたまへ〜」

ジョルジュの軽口にまた気合の入った声を返した門下生や師範たちは、
ナイフ――おそらくはジャンビーヤに見立てた丈の短い木の棒を手に取り、鍛錬らしき運動に戻っていく。

これは後日、ジョルジュとは別の口から聞かされることになるのだが、ジョルジュはこの町随一の、
歴史的に見ても稀代のジャンビーヤ使いであり、彼の右に出るものは同世代にはおろか、上の世代にさえいないのだそうだ。
メッカ遺跡で体感した、眼で追えなかったほどの彼の動き、ナイフ捌き。なるほどそうだろうなと、納得した。

 

174 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:12:30.46 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「どうだ? みんな気合入ってんだろ?」

( ^ω^)「そうだおね」

それからしばらく、道場の隅に腰かけて鍛錬の様子を観察した。
その間にジョルジュは、彼らにとってのジャンビーヤについて、さらなる講釈を垂れてくれる。
  _
( ゚∀゚)「俺らにとってジャンビーヤは成人の証しであり、誇りと誓いの集約だ。
    ほら、前に遺跡で、俺たちはジャンビーヤに厳しい誓いをこめるって言っただろ?
    あれな、女を守るって誓いをこめるんだよ」

そう言って、腰にぶら下げていたジャンビーヤを取り出したジョルジュ。
鞘から刀身を抜いて前に掲げ、銀色の刃を見つめながら続ける。
  _
( ゚∀゚)「男は結婚が決まってようやく、成人として認められるんだ。そんとき初めてジャンビーヤを与えられる。
    で、結婚式でジャンビーヤに『命に代えて女を守る』って誓いをこめる。それで初めて一人前として認められる。
    あ、遺跡へ前準備に行ったやつ、俺とかね、そいつは例外としてその時点で成人として認められるんだが、
    まあ、それでも結婚しなきゃ完全な成人とは認められねぇ。だから俺はジャンビーヤ持たせてもらってはいるが、
    結婚してねぇから、言ってみりゃまだ四分の三人前の男ってところだな。ひゃひゃひゃ!」

 

179 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:14:35.49 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「ま、そういうわけでジャンビーヤは、俺らにとって命と同じくらい大切なんだ。
    そんで、嫁になった女は命よりもジャンビーヤよりも大事。だから、なんかあった時女を守れるようにと、
    俺たちはガキの頃からこうやって、ここでナイフ捌きをたたきこまれるわけだな」

( ^ω^)「なるほどだお」

ジャンビーヤは命と等価値、そして女はジャンビーヤや命よりも大事、か。
情熱的で面白い価値観だな、と思う。ならばこの町の女性は、相当に大事にされているだろうか。
  _
( ゚∀゚)「ああ。もちろんだ。しかし、男の誓いと相応に厳しい伝統が女にも課せられててな。
    初潮を迎えた段階で将来の旦那と家族以外の男に顔を見せちゃいけなくなるし、外を出歩くことも制限される。
    ……他にもいろいろとあるんだが……まあ、伝統だからしゃーねーよな……うん……」

( ^ω^)「??」

そこで、突如口どもり、見たことないほどに表情を曇らせたジョルジュ。
しかしすぐさま表情を戻すと、ニンマリと笑いながら僕に話題を振ってくる。
  _
( ゚∀゚)「で、あんたはどうなんだ? いい歳してんのに嫁もいねーのかい?」

 

 

181 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:16:50.85 ID: WaijMdiZ0

( ^ω^)「……僕のことはどうでもいいお。それよりジョルジュには嫁はいないのかお?」
  _
(; ゚∀゚)「げっ! そう来るか……」

嫁、女性関連を聞かれて良い記憶など浮かんではこないので、
僕はやや憮然とした表情を作り、ジョルジュへ切り返すことにした。

彼はあからさまにマズイといった表情をすると、
険しい表情を作った僕の顔を見て少し怯え、渋々と言葉を返してくる。
  _
(; ゚∀゚)「いや、まあ……許嫁はいるにはいるんだ。幼馴染でな、多分あいつも俺を好いてくれてる。
    でも、ちょっといろいろもめててな……結婚はかなり先になりそうなんだ……」

( ^ω^)「……」

ここまで狼狽するジョルジュを見るのは初めてだった。よほど嫁関係がいざこざしているのだろう。
これ以上突っ込むのは酷で無粋かと思った僕は、立ち上がって彼を促し、道場をあとにすることとした。

 

 

186 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:20:19.18 ID: WaijMdiZ0

その後、道場を出た僕たちは、サナアのメインストリートをブラブラとしていた。

交易地らしく、通りには露店が立ち並んでおり活気に満ちていたが、歩いているのは男、もしくは少年少女ばかりであり、
先ほどのジョルジュの話通り、成人した女性と思しき人影はついぞ見かけることはなかった。

ただし一度だけ、成人女性とすれ違った。

彼女らに課せられた伝統のためか、全身を、眼を除いて顔までマントと布で覆い隠した彼女は、
足が悪いのか不具者らしく、ふらふらと千鳥足ではあったが、
伴侶らしき傍らの成人男性に体を支えられ、寄り添うように歩いていて、それはとても幸せそうに見えた。

( ^ω^)「……いい町だお」

活気に満ちた町並み、仲睦まじい夫婦の姿を横目に眺め、そんな言葉を呟いた。
それから何となく感傷的な気分に陥り、こんなことを考えてしまう。

もし内藤ホライゾンがこの光景を前にしたら何を思うのだろうか?
自分には用意されていなかった幸せな未来を眺め、嫉妬に狂うのだろうか?

通りを、一陣の風が通り過ぎた。答えはきっと、この風の中。僕がたどり着くことはできないのだろう。

 

192 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:24:09.93 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「あー、感傷に浸ってるとこ悪いんですがねー、三つ、注意事項がある」

(;^ω^)「お?」

渡る風の向こう側に思いをはせていた僕。そこへジョルジュの間の抜けた声がかけられた。
彼に心中を見透かされていたらしい僕は、ボリボリと頬をかきながら、彼の声に耳を傾ける。
  _
( ゚∀゚)「一つ。これは特段気にする必要もないだろーけど、一応伝えておく。
    北から来た商人からの情報なんだが、エルサレム近くの砂漠で野党が大量に死んでるのが発見されたそーな。
    もしかしたら凶暴な獣がいるのかもしれねー。
    ここの周辺にはいねーって思うが、まあ用心だけはしといてくれ」

(;^ω^)「!!」

身が震えた。それはおそらく僕が殺した野党たちだ。
しかし幸いなことに、どうやらそれは獣か何かの仕業になっているらしい。
ジョルジュの話し方も完全に他人事といった風情。とりあえずは大丈夫なようだ。

全身に冷や汗をかきつつ、続けられたジョルジュの注意に、またしても身が震える。

 

 

194 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:26:49.45 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「二つ。ここから西にある平原には足を踏み入れるな。絶対にだ」

(;^ω^)「お、おお……」

続けて、二つ目の注意事項を口にしたジョルジュ。とても険しい顔をしていた。

なぜなのか理由を尋ねたかったが、すぐさま表情を柔らかいものに切り替えたジョルジュに拍子抜けさせられ、
僕はその機会を奪われてしまう。僕の気持もつい緩んでしまう。
  _
( ゚∀゚)「んで、三つ。さっき、俺たちは結婚により成人として認められるって言ったよな?」

( ^ω^)「お? それがどうしたお?」
  _
( ゚∀゚)「いやな、この町は男に比べ女の方が数が少ないんだ。
    となると当然、結婚できなくてあぶれる男が出てくる。
    そいつらは残念だが、成人として認められない。もちろん、ジャンビーヤも与えられはしない」

( ^ω^)「……」

だから、それがなんなのだろう? 
のんきに構えていた僕は、続けられたジョルジュの声を聞き、驚愕の表情を浮かべることとなる。

 

 

199 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:30:01.15 ID: WaijMdiZ0
  _
(; ゚∀゚)「となると、そいつらは女を抱くことが出来ない。ムラムラが溜まるいっぽうだ。
    しかも成人として認められないもんだから、ほとんどがアウトローになる。
    そうなると、もはやそいつらに恐れるものなど何もねぇ。
    だけど見ての通り、女はほとんど外を歩いていねぇ。なら、そいつらはどうすると思う?」 

(;^ω^)「!? ま、まさか……」
  _
(; ゚∀゚)「ああ、そうだ。……そいつらは男に走るんだよ」

(;^ω^)「!?」

なんということだ。こんな平和そうな町にそんな落とし穴があったとは。

あたりを見渡す。通りを渡るたくさんの男たち。この中にホモがいる。
驚愕に身が震える。めまいさえ覚えてくる。さらにジョルジュの話は続く。
  _
(; ゚∀゚)「しかもそういうやつらに限って、ガタイが良くて腕が立つ。
    あ、性的な意味じゃねーぞ? ナイフの腕のことだ。だからな、いいか? 
    腰にジャンビーヤを下げてないガタイのいい男には気をつけろ。冗談抜きで掘られるぞ?」

 

 

209 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:32:18.29 ID: WaijMdiZ0

僕の正面に立ち、僕の肩に両手を乗せ、神妙な面持ちで語ったジョルジュ。
いつもの彼のおちゃらけた雰囲気は一切感じられない。彼の言ったことは間違いなく真実なのだろう。

だから僕も、彼の肩に両手を乗せ、真剣な表情でこう返した。

(;^ω^)「ジョ、ジョルジュ!」
  _
(; ゚∀゚)「は、はい!」

(;^ω^)「僕に一刻もはやくナイフでの戦い方を叩きこんでくれお!」

それは、これからも旅を続けるであろう僕の、
残り一発となった銃弾に代わる戦闘手段を得るためだとか、そんなちゃちな理由からきたものじゃない。

きわめて現実的な危機に迫られたことによる、必死の懇願からきた言葉だった。

 

214 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:34:42.03 ID: WaijMdiZ0

こうしてサナアでの生活を始めた僕。

表向きはジョルジュの従者ということになっていたので、
昼は町の会合に顔を出す彼の荷物持ちや、その他雑用に奔走させられた。
そして夜は、本来の約束通り、教師としてジョルジュの部屋で彼に講義をする。

しかしジョルジュの親族や側近を始め、ジョルジュ自体にもまだ幾分か逃亡を警戒されていた僕には、
常に誰かの監視が付き、下手に戦闘能力は持たせられないと、ナイフ捌きの手ほどきを受けることも許されなかった。

そんな生活を半年ほど続けた。

けれどその間おとなしく真面目にジョルジュの従者を務めた結果、
僕は周囲からそれなりの信頼を獲得したらしく、上記の制約からも解放され、なかなかに快適な、
おそらくはシベリア鉄道沿いの村々以来となる、穏やかな毎日を過ごすことが出来るようになる。

心配していたホモからの襲来も、幸運にも受けることはなかった。

 

 

218 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:37:45.42 ID: WaijMdiZ0

そんなサナアでの生活の中で、もっとも多くの時間を共有したのは、やはりジョルジュだった。

ジョルジュは将来の長老ということで、町の人々からかなり期待されているらしく、
従者として傍らで見ているだけでも、昼間の彼の激務ぶりは目に余るほど。
にも関らず、夜は遅くまで僕の講義を聞く。本当に大した男だと感心した。

僕が彼に教えたことは、おもに政治学、哲学の類。
政治学については、現在のサナアの町にすぐさま転用できそうなものだけを教えた。
民主主義の概念については、民衆に教養がなければファシズムにつながる恐れもあったので、概論だけを軽く語るにとどめた。
哲学については、ジョルジュは相当に興味があったようで、夜が明けるまで質問を浴びせかけてくることもままあった。

また、医学知識が僕にあることを知ったジョルジュは、
彼の子飼いらしいごく一部の医者を連れてきて、彼らに教えを説くように頼んできた。
やがてジョルジュは医者に限らず側近を僕のもとへ連れてきはじめ、僕は彼らにも講義をするようになる。

こうして町に滞在して一年が経った頃には、従者としての任を解かれ、教師としての仕事に専念することとなった僕。
結果、僕の知識はジョルジュの側近の内に限り知れ渡り始め、僕は彼らに限り多大な尊敬を受けるようになる。

そして、夜、いつものように僕の部屋を訪れたジョルジュは、僕に向けおもむろにこんな提案を口にする。

 

 

225 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:40:12.43 ID: WaijMdiZ0
  _
( ゚∀゚)「あんたの知識を書物に残さないか?」

なんでも彼は、僕が彼に伝えた知識はもちろん、
特に僕の中にあるサナアの現状に転用できなさそうな知識、
民主主義の概念や高度な医学知識などを後世に残し、
のちの民の知識の源となるよう一冊の本にして残したいのだそうな。

そんな彼の言葉を聞き、僕はハッとする。

( ^ω^)「もしかしたら……これが僕の歩いてきた意味なのかもしれないお」

長年探し求めてきた歩く意味が、歩き続けてきた意味が、
この時の僕にはようやく、見出せたような気がした。

 

 

229 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:42:28.17 ID: WaijMdiZ0

サナアで一年を過ごしていた僕は、この町に、人々に、確かな愛着を持ち始めていた。
ここで余生を過ごしてもいいんじゃないかと、漠然とではあるが思い始めていた。

それは僕が、ジョルジュや彼の側近たちから尊敬されていたという理由もあるが、
なにより、僕自身がはっきりと、この町や住人たちに魅力を感じていたからだろう。

ミルナたちと同じように交易を生業としていたこの町の人々は、
けれど、ミルナたちとは違い商人としてのいやらしさを微塵も持ち合わせてはいなかった。

それはきっと、この町の人々の意識の違い、つまりジャンビーヤの存在が原因なのだと思う。

ミルナたちは交易により儲けること自体を目的としていた。
しかしこの町の人々にとって交易はあくまで手段であり、彼らには妻を、家族を守るという確固たる目的が別に存在した。

それがこの町の人々から商人特有のいやらしさを消し去り、
僕をして愛着を持たせるような何かを彼らの内にもたらしていたのだろう。

そして彼らに惹かれるからこそ僕は、この町の子孫のために知識を残したいと、ジョルジュの提案を受けたい思った。
これこそが、ここまで僕が歩き続けてきた意味なのではないかと、思い始めていた。

 

 

234 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/13(日) 17:44:15.47 ID: WaijMdiZ0

以上のような理由から、僕はジョルジュの申し出を二つ返事で受け入れる。

その報いとして、独立した屋敷をジョルジュの住む長老宅の敷地内に与えられた僕は、
屋敷の扉に鍵をかけ、ジョルジュを除いて外部との接触を一切とらず、
机の前にかじりつき、一年ほど、彼らの文字であるアラビア文字をひたすらにつづった。

その作業をつらくなかったと言えば嘘になる。
しかし、これこそが歩き続けてきた意味だと本気で思いこんでいた当時の僕の頭からは、
書き記すべき知識がよどみなく溢れ出し、筆を握る手は確実に進んでくれた。

そしてサナアに滞在して二年。
あと一項目で第一冊目が完成する、となった頃。

それまで穏やかに流れ続けていた僕の日々は、これからも続くと考えていた平穏な日々は、
ある人物との出会いにより、唐突に終わりを迎える。

 

 

 

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