185 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/02(水) 04:10:49.30 ID: +KGR+USB0

― 9 ―

ひとたびモスクワの廃墟をあとにすれば、体にまとわりついていためまいや不快感は嘘のように姿を消した。
同時に空となっていた胃が消化することを思い出し、盛大に腹の虫を鳴らす。

(;^ω^)「うーん、腹減ったお。ビロード、狩りに行って……」

そこまで言ってビロードがもういないことを思い出した僕は、
取り繕うようにぼりぼりと髪の毛を掻きむしって、食べられそうなものがないかと周囲を見渡した。

広がるのは相変わらずの赤い大地。
季節が夏の手前だけあって、いくらか食べられそうな野草が生えてはいたが、
とてもじゃないが空腹を満たすだけの量は集まりそうにない。

おまけに周囲に河は見えない。

この辺は比較的河の多い地域であったと記憶しているが、今は千年後だ。
河の流れは変わっているだろうし、それ自体が消え去っている可能性もなくはない。

 

 

190 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/02(水) 04:13:39.37 ID: +KGR+USB0

(; ^ω^)「やれやれ……ちょっとカッコつけすぎたかお?」

自分では完璧な別れを演じたつもりであったが、
生きるという現実を前にすれば、そんなものに微塵の価値もなかった。

一度だけモスクワへ振り返って戻ろうかと悩んではみたが、
やっぱりそれは出来ないと思い、意を決して歩きを再開した。

( ^ω^)「歩く意味がわかるまでは、歩き続けなにゃならんのだお」

(; ^ω^)「……でも、早速飢え死にしそうだお」

これまでにないほどの厳しい条件での旅立ち。
久しぶりに一人で引くそりは重く、ますます体力は削られていく。

さらに悪いことに、途中で見つけた植物の芽を口に入れれば、ますます空腹感が増してしまった。

(; ^ω^)「あー……こりゃいかんお。ちょっと歩けそうにないお……」

しばらく歩いて、結局空腹に負けてしまった僕。そりを引く手を放し、仰向けに地面へと寝転がった。

 

 

192 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/02(水) 04:16:13.57 ID: +KGR+USB0

( ^ω^)「そう言えば、前にもこんなことがあった気がするお。確かあの時は……」

――ショボンさんが助けに来てくれたんだっけ。

そんなことを思い返しながら目を閉じれば、
もう三年も前のことなのに、あの時の状況を事細かに思い出せた。

頬に触れたツンドラの大地は暖かくて、
空からはその年一番目の雪が舞っていたっけ。

「わかんないです! わかんないです!」

「ちんぽっぽ! ちんぽっぽ!」

そうそう。音を失ったはずなのに、
不思議と僕の耳にはビロードとちんぽっぽの鳴き声がこんな風に聞こえていて、
頬に触れた何かはこんな風に、とってもとっても温かかった。

だけど、ちょっと違うな。

あの時触れていたのはたぶんショボンさんの指のはずで、今みたいにざらざらした、
まるで犬の舌のような感触では――

 

 

200 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/02(水) 04:18:38.04 ID: +KGR+USB0

( ><)「わかんないです! わかんないです!」

(*'ω' *)「ちんぽっぽ! ちんぽっぽ!」

(; ^ω^)「おお!? なんでわかんないですがいるんだお!? それにちんぽっぽまで……」

妙に現実味を帯びた感触と声を不審に思い目を開けてみれば、
なんとそこには別れたはずのビロードの姿。

身を起してよくよく見れば、彼の後ろにはちんぽっぽ。
じゃじゃ丸、ぴっころ、ぽろりの三匹も、それぞれの口に小動物をくわえて、
僕の目の前に確かに存在していた。

(; ^ω^)「ビロード……何で来たんだお? おまえはあそこで家族を守らなきゃダメだお」

( ><)「わかってます!」

( ^ω^)「いや、わかっているならそれでいいんだけど……」

(; ゚ω゚)「……って、ええっ!?」

ありえない返答にめまいを覚えながら聞き返してはみたけれど、
当の本人のビロードは、当たり前のような顔をしてしっぽを振りしだいているだけだった。

 

 

209 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/02(水) 04:21:18.78 ID: +KGR+USB0

( ><)「わかんないです! わかんないです!」

(;^ω^)「お、おお……こりゃどうもだお……ありがたくいただきますお……」

それから、いつものビロードの鳴き声を合図に歩み寄ってきた子犬三匹から、
それぞれの口にくわえられていた小動物を受け取った。

よくわからない状況にどぎまぎしながら敬語で対応していると、
最後にちんぽっぽが、彼女の足元に転がっていた何かをくわえ直し、僕の前へと歩み寄ってきた。

( ^ω^)「これは……ショボンさんのナイフ。……僕が持っててもいいのかお?」

(*'ω' *)「ちんぽっぽ! ちんぽっぽ!」

構わないと言わんばかりにしっぽを激しく振ってくれたちんぽっぽ。

彼女の唾液まみれた皮鞘から引き抜いてみれば、
やっぱりそれは、ショボンさんの墓標にしたはずのあの黒いナイフ。

 

 

216 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/02(水) 04:24:47.20 ID: +KGR+USB0

しかし、これを僕が持っていてもいいのか、甚だ疑問だ。
第一これがなくなれば、ショボンさんの墓の位置がわからなくなる。

( ^ω^)「ショボンさん……いいんですかお?」

答えを求めるように、廃墟を振り返った。
それを見て僕は気付いた。

ああ、この廃墟のモスクワ自体が彼の墓標なのだ。

僕が作らなくても、彼の墓はもうすでに、
彼が旅を始めた時点できっと出来あがっていたのだ。

もちろんそれが、僕がこのナイフを受け取っていい理由にはならない。
しかし、ほかならぬちんぽっぽが許してくれるのなら――

( ^ω^)「……それじゃ、これはありがたく頂いておくお」

(*'ω' *)「ちんぽっぽ! ちんぽっぽ!」

僕が懐にそれ入れれば、ちんぽっぽは大きくひと鳴きして、空に向かってぼいんと跳ねた。

 

 

222 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/02(水) 04:27:36.47 ID: +KGR+USB0

それから僕は火を起こし、頂戴した小動物の肉を焼いて、五匹と最後の食事を楽しんだ。

胃が少し痛く感じられるほど多くの肉を腹に入れ、残ったわずかな肉を保存色とする。
あとは水さえ手に入れられれば、少なくとも数日は歩けるだろう程の体力が、僕の中には戻っていた。

( ^ω^)「最後の最後まで世話かけちゃってすまんかったお」

炊き火がくすぶり始めたころになって立ち上がった僕は、
五匹それぞれの頭を順に撫で、一匹一匹に声をかけていく。

( ^ω^)「じゃじゃ丸、ぴっころ、ぽろり。とーちゃんかーちゃんと仲良くやるんだお?」

三匹「にこにこぷん!」

( ^ω^)「ちんぽっぽ。ショボンさんの墓守はお前に任せたお。
      もし変な奴が来たら追い返してくれお。
      あと、ビロードは僕に似てだらしないところのあるから、しっかり世話してやってくれお」

(*'ω' *)「ちんぽっぽ! ちんぽっぽ!」

(;><)「わ、わかんないです!」

 

 

227 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/02(水) 04:30:16.56 ID: +KGR+USB0

( ^ω^)「おっおっおwwwww冗談だおwwwww」

抗議しているかのよう声を上げたビロード。
最後に彼の前に座り、頭を撫でながら僕は言う。

( ^ω^)「ホント、お前には世話ばかり掛けたお。
      お前がいてくれたから僕はここまで歩いてこれたし、
      これからも僕は歩いて行けるんだお」

( ><)「わかんないです!」

( ^ω^)「おっおっお。これまで僕はお前の親みたいな感じで一緒に歩いてきたけど、
      振り返ってみれば、むしろお前の方が僕の親だったのかもしれないおね」

( ><)「わかんないです!」

そうひと鳴きして、ビロードが僕の頬をなめる。
くすぐったいその感触を合図に僕は立ち上がり、そりを引くひもを握り締める。

 

 

231 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2008/01/02(水) 04:33:33.50 ID: +KGR+USB0

見上げた空では長くなっていた太陽が西にだいぶ傾き始めていて、
別れにふさわしい色を演出してくれていた。

その色が眩しかったから目をこすった。それ以外に理由はない。

( ^ω^)「それじゃあ、達者に暮らすんだお。
      もすかうが犬の国って呼ばれるくらい、いっぱいいっぱい子ども産めおw」

(*'ω' *)「ちんぽっぽ! ちんぽっぽ!」

( ><)「わかんないです! わかんないです!」

睦まじい鳴き声に見送られ、僕はモスクワを出発して以来三度目の歩みをはじめた。

歩きながら何気なく後ろを振り返ってみれば、そこには赤い大地と赤い空。
廃墟であるはずのモスクワは、その色どりの中で、なぜか神々しく輝いて見えた。

そして、それらを背に預けた五匹の仲の良い犬の家族は、
腕の代わりにしっぽを振って、僕の旅立ちをいつまでも見送ってくれていた。

 

 

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