95 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:16:53.50 ID: AwqA6rio0

― 6 ―

イルクーツク近郊の村でも、手厚いもてなしを受けた僕たち。
春までの滞在も快く許してもらえた。

(*´・ω・`)「ブーン君! 素晴らしい湖がこの近くにあるらしいよ!」

与えられた住居に積み荷を下ろしている中、
さっそくバイカル湖の話を聞きつけたらしいショボンさんは、
興奮した様子で画材やテントを台車に乗せ戻すと、
ちんぽっぽを連れてすぐにそちらへ向かうと言い出した。

落ち着く間もなく騒ぎ出したショボンさんを前に、正直少しの呆れを僕は覚えてはいた。
しかし、千年前でも世界一の透明度を有し世界遺産として有名だったバイカル湖。

僕も、是非ともその姿を一度はお目にかかっておきたいと思い、
村人にじゃじゃ丸ら三匹の子犬の世話を頼み、ビロードを連れてショボンさんの後を追った。

 

 

98 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:19:31.47 ID: AwqA6rio0

(*´・ω・`)「……なんと美しい」

まだ冬に入っておらず、持前の透きとおる湖面を惜しげもなく大地に広げていたバイカル湖。

湖上を渡る風が波紋を作り、日の光を乱反射させ、
無数の細かな光の粒に変えて、僕たちに届けてくれた。

こぶしよりわずかに小さい丸い石が埋め尽くす岸辺にたたずみながら、
ショボンさんは文字通り、その雄大さに見惚れていた。

( ^ω^)「ここは世界でもっとも古い湖で、昔から世界屈指の透明度を誇っていた。
      と、村には伝えられているみたいですお」

(*´・ω・`)「そうなのか……いや、本当に美しい……」

( ^ω^)「冬がくれば湖面が氷に閉ざされて、その輝きもまた格別なものだって村の人たちが言ってましたお。
     あと、山のてっぺんから見下ろせば、この湖は月の形をしているそうですお」

自分の知識を、あたかも伝聞したかのようにショボンさんへと語って聞かせた。
彼は無精ひげの上からもわかるほどに頬を紅色に染めると、興奮冷めやらないといった調子で声を張り上げた。

(*´・ω・`)「それは興味深い! 
      僕はしばらくここに留まって、この湖を描き続けることにするよ!」

 

 

101 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:22:59.76 ID: AwqA6rio0

それから滞在した半年間、
よほど天候の悪い時期を除いて、ショボンさんはバイカル湖周辺に入り浸りとなってしまった。

彼はずっとテントで野営し、食糧その他の生活必需品が切れたとき以外、
村に顔を出すことをまったくといってしなかった。

その間の僕はというと、ショボンさんがいないのをこれ幸いに、村人たちへ千年前の技術を伝え続けていた。

たとえば、より雪国に適した住居の作り方。
実際、見本として一軒、その方式の住居を彼らに新築させた。

その結果、村人からは大いに喜ばれ、
僕の、そして村にいなかったショボンさんの評価までもが上がり、滞在はより心地よいものとなった。

 

 

103 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:26:23.28 ID: AwqA6rio0

そんな風に日々を過ごした冬の終わり。

久方ぶりに村へ戻ってきたショボンさんが、最後に山の上から湖を描きたいと言い出したので、
僕も最後だからと、ビロード、ちんぽっぽらの家族全員を総動員して、彼に同行することにした。

慣れた足取りで山道を登るショボンさん。
荷物を積んだそりを引くちんぽっぽもまた、すっかり慣れてしまった様子だ。

一日半を書けて山を登ったあと、真っ白の中に開けた丘を見つけ出した。
すぐさまテントを立てたショボンさんは、画材一式を抱えると、描く場所の選定にかかり始めた。

(*´・ω・`)「いいね! いいね! 本当に月の形をしているよ!」

眼下に広がる三日月形をしたバイカル湖を眺めながら、
ショボンさんは子供のようにはしゃぎ、白い鼻息をいくつも中空に漂わせていた。

そして彼は画板を雪の上に立てると、愛用している筆とパレット、そしてハンマーといくつかの石を取り出した。

石は顔料で、これを砕いて粉末にし、塗料として使う。
旅の最中、ショボンさんが僕に教えてくれていたことだ。

 

 

104 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:28:12.00 ID: AwqA6rio0

( ^ω^)「それにしてもショボンさん。
     狩りといい野草といい顔料といい、ホントそういうのに詳しいですおね?」

(´・ω・`)「まあね。ウラジオストクでは山師をやっていたから」

( ^ω^)「山師……ですかお」

彼は石を砕く音で雪崩が起きないよう注意を払いながら、器用に顔料を砕きはじめる。

(´・ω・`)「言うなれば、山のなんでも屋さ。
     坑道に発破をかけたり、生える植物群から地質を類推したり。
     土砂崩れの起きそうな場所を探して注意を促したり。
     そんなことばっかりやってたから、自然とこんなな知識が身についてしまってね」

 

 

107 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:29:51.95 ID: AwqA6rio0

( ^ω^)「おお……」

残念ながら、僕が知りたかったのは山師の意味ではなかった。
なぜショボンさんが過去を語り始めたのか。このことが非常に気にかかっていた。

これまでの旅の一年半。
ショボンさんは僕の過去を聞かない代わりに、自らの過去も語ろうとはしなかった。

その結果作られた彼との微妙な距離が僕には心地よかったし、
何よりそれが、僕とショボンさんがこれまで一緒に旅を続けられてきた一番の要因だとも思えた。

それなのになぜ、彼は今更になって過去を語り始めるのだろうか?

 

 

111 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:34:40.21 ID: AwqA6rio0

(´・ω・`)「君と旅を始めた頃、
     僕は君に『もすかうを描くために旅をしている』って言ったよね?」

( ^ω^)「お。覚えてますお」

画板の前に腰を下ろしたショボンさんは、手にしたパレットの上に粉末の顔料をのせた。
続けて筆にそれをまぶし、雪のように白いキャンパスと向き合う。

(´・ω・`)「実を言うと、その時の僕はまだ、
     『なぜもすかうを描きたいのか』、その理由が自分でもよくわからなかった。
     ただなんとなく絵を描くことが好きで、なんとなくもすかうをキャンパスに残さねばならない気がした。
     当時の僕にわかるのはそれだけだったんだ。
     聡明な君のことだから、多分、その時の君は、このことに対して疑問を持ったと思う。
     それでも聞かないでくれたあたり、僕は君の優しさに感謝した。
     そしてそれに報いるためにも、答えがわかった今、僕は君に話さねばならないと思った」

想定外の問いには声が上ずり、言葉が途切れ途切れになってしまうショボンさん。
けれど今、声のトーンに変化はなく、饒舌に、歌うように彼は語り始める。

きっと、ずっと前から彼は、語るべき言葉を僕のために用意しておいてくれたのだろう。
それが、僕にはとてもうれしく感じられた。

 

 

112 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:36:45.17 ID: AwqA6rio0

(´・ω・`)「僕には愛すべき家族がいた。
     妻と娘。ちんぽっぽは娘が拾って来た犬だったな。
     ちんぽっぽを見てもらえばわかるように、妻と娘はしっかりとした人間でね。
     山を歩きまわることしか出来ない僕を、二人はずっと支えてくれたよ。
     幸せだったなぁ……ホント、幸せだったよ。
     その時は気付かなかったけど、今、厳しい旅に身を置いて痛いほどわかる。
     あの時以上の幸せに、僕はもう絶対に出会えない」

背を向けたままのショボンさんの声を聞き、僕は彼の足元にいたちんぽっぽへと目をやる。
彼女は雪の上に伏し、ショボンさんと同じようにバイカル湖を眺めていた。

視線をキャンパスに戻した僕。目に映ったキャンパスの色は、相変わらずの白。

 

 

113 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:39:23.38 ID: AwqA6rio0

(´・ω・`)「絵を描き始めたのは、娘が生まれてからだった。
     理由はなんとなくで、暇な休日を潰せそうだと思ったから。
     その程度の気持ちで始めたから、当然、今と同じで素人臭さしかない下手くそな絵でねぇ。
     でも娘は、それを好きだと言ってくれた。
     妻も、『良い絵だわ』なんて言ってくれたっけ……。
     実を言うと、絵を描くことにそこまで楽しみを見出してなかった僕だけど、
     二人の称賛が嬉しくて僕は絵を描き続けたし、今もこうして描いている」

これまで僕は、ショボンさんの絵をいくつか見せてもらっていた。

彼の絵は、本当に簡素なものだ。
限られたいくつかの色だけを使い、下書きをすることなく筆を走らせる。

だから、構図を考える時間こそ長いみたいだったが、
一度描き始めれば、絵はものの数十分で完成してしまう。

今はまだ、キャンパスにあるのは雪の色。雲の色。

構図がなかなか思い浮かばないようだ。

 

 

115 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:40:55.97 ID: AwqA6rio0

(´・ω・`)「でも、幸せは長くは続かない。
     僕が絵を描き始めて二年ほどして、妻と娘が流行り病に倒れた。
     僕は貯金をはたいて薬を買ったり、病に聞く野草を集めて回った。
     もう、絵なんてどうでもよかった。
     だけど、二人はあっけなく死んでしまったよ。ホント、あっけない最期だったなぁ……」

僕はショボンさんの後ろに立ち、彼の背中と無地のキャンパスだけを眺めていた。

だから、ショボンさんが今どういう顔をしているのか、当然ながらまったくわからない。
だから、彼の声が少しばかり震えていても、彼が泣いているかなんて、僕にはまったくわからない。

 

 

117 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:43:48.37 ID: AwqA6rio0

(´・ω・`)「それからの僕は、君も想像している通り、抜け殻みたいになったよ。
     仕事にもいかず、食事もとらず、引きこもって死ぬことだけを考えていた。
     そんなとき、家宝であるこのナイフを物置の奥から見つけてね。
     『これを売った金で薬を買えば二人は助かったかもしれない』、なんて考える間もなく、
     僕はのど元を掻っ切って、そこで死のうと思った」

ショボンさんは懐からあのレアメタル製と思しきナイフ取り出すと、振り返って僕に握らせた。

僕はそれを皮鞘から取り出して、刀身に指で触れてみた。
薄く皮膚が裂かれ、その上に赤い血がにじむ。

そして、ショボンさんがまたバイカル湖へ視線を戻したのを確認すると、
そっと、切っ先を自分のこめかみに当てた。

もう、七年以上前。
内藤ホライゾンの最期と同じ仕草のまま、続くショボンさんの話を僕は聞いた。

 

 

118 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:46:20.54 ID: AwqA6rio0

(´・ω・`)「僕は、このナイフをのど元に突き立てた。
     大きく息を吸って、一気に刺しきろうと思った。
     でもね、その時、外からちんぽっぽの鳴き声が聞こえたんだ。
     その声が尋常じゃなかったから、気がそがれてしまって、僕は渋々外に出た。
     吠え続けるちんぽっぽに連れられてふらふらと歩けば、そこに、あったんだ。
     見たこともないほどの鮮やかな夕焼けと、夕日に続いていく神話の道がね。
     僕は急いで家へと走り、画材を持って再び走った。
     それから沈みかけの太陽と神話の道を、こんな風に、さささっとキャンパスに収めたんだ」

構図がようやく決まったのだろう。
そう言うとショボンさんは、さらさらとキャンパスの上に筆を走らせた。

彼の絵に縁取りなんてものは存在しない。
色と色との曖昧な境界。それだけが、ショボンさんの絵における輪郭。

 

 

119 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:48:01.77 ID: AwqA6rio0

(´・ω・`)「そして、僕は思いだした。村に伝わっていた、神の国もすかうの存在を。
     神の国。そこに行けば、夕日に続いていく神話の道をたどれば、死んだ二人にも会えるんじゃないか。
     そう考えると居ても立ってもいられず、翌日には僕は、ちんぽっぽと一緒に旅を始めていたんだ」

そこまで言って筆を止めると、ショボンさんは足元にいたちんぽっぽの頭を撫ぜた。
ちんぽっぽは気持ちよさそうに、つぶらな瞳をバイカル湖と同じ形に歪めている。

(´・ω・`)「でもね、冷静になってすぐに気付いたよ。神の国に着いても、死者は絶対に蘇らない。
     事実、言い伝えにそんな話は出てこないし、他の村にもそんな話は伝わっていなかった。
     でも、僕は旅を続けた。
     神話の道をたどることが、そしてそこにある風景を描くことが、なぜか楽しかったから。
     旅を続けているうちに、不思議と沈んでいた気持ちも浮きあがり、昔のような好奇心も戻ってきた。
     そしていつしか、神の国もすかうをキャンパスに描きたいと思うようになっていた。
     そんなとき、君と出会った」

 

 

121 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:51:20.42 ID: AwqA6rio0

僕を指すであろう代名詞を聞き、びくりと震え、
僕はこめかみに突きつけていたナイフを慌てておろした。

そんなことなど露知らず、ちんぽっぽを撫ぜる手を止め、三度キャンパスと向き合ったショボンさん。
キャンパス上の白は少しずつ色を持ち、意味を持ち、やがて一つの絵へと仕上がっていく。

(´・ω・`)「懐かしい。たった一年半前の話なのに、僕には本当に懐かしく感じられるよ。
     それはきっと、僕が年をとったから。それと、その間にいろいろなことを考えたから。
     なあ、ブーン君? 君はあのとき、僕に聞いたよね。『僕の歩き続ける意味は何になる』って?」

大方を書き終えたのだろう。
ショボンさんは塗幅の広い筆から面相筆へと持ち替えた。
そして、極小の毛先に塗料をつけ、細かな色付けを行っていく。

(´・ω・`)「残念ながら、僕にその答えは出せない。それは君が見つけなきゃいけないからだ。
     だけどね、僕は、僕がもすかうを描く目的だけは、この旅の中ではっきりとわかったんだ。
     ちんぽっぽたちに引かれる台車の上でぼんやりと空を眺めている時、僕はふとこう思った。
     『もすかうを描いて見せてやれば、死んだ二人はきっと喜ぶだろう』って。
     そして僕は気付いたんだ。それが、僕が旅する、僕がもすかうを描く目的だってことにね」

自信満々に言い切ったショボンさん。だけど僕は、どうしてもそれに納得がいかなかった。

 

 

123 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:53:02.63 ID: AwqA6rio0

ショボンさんは線路の先に沈む夕陽を見て、旅を始めた。
神の国に死者の面影を求めて、歩きはじめた。

しかしそれが絵空事だと気づき、それでも何となく楽しかったから、旅を続けた。
そして線路の上を歩くうちに、絵を描き続けるうちに、もすかうを描きたいと思うようになった。

その理由に、旅の途中で気がついた。

けれどそれは、単に自分の行動に理由を後付けしただけの話じゃないか?

自分のしてきたことを後々振り返って正当化する。
ショボンさんのしていることはそれと同じだ。

そこで見つかった答えが、真の意味であるはずがない。

(´・ω・`)「そう言いたい顔をしているね?」

 

 

124 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:56:52.67 ID: AwqA6rio0

(;^ω^)「お……」

いつの間にか、こちらを振り返っていたショボンさん。

読心術を使ったかのように僕の考えを正確に口にしてみせた彼は、
しかし、穏やかな顔をしていた。

(´・ω・`)「僕が以前言ったことを覚えているかい? 
     人間は、終わりというフィルターを通してでしか、物事の価値を評価できない。それと一緒さ。
     僕たちの行動の目的や意味なんてね、その終わりで、
     もしくはその途中で振り返ってからでしかわからないと思うんだ。
     目的ありきで行動する自由なんて、僕たちにはほんの一握りしか与えられていない。
     僕たちの行動の多くは、何んとなくか、周囲に流されるか、もしくはそうせざるを得なかったことに始まる。
     だからこそ、行動を続けていく中で、意味や目的といったものは作られていくんじゃないかな?」

彼は僕の手からナイフと皮鞘を取り上げると、流れるような仕草で懐に仕舞った。
それからまた面相筆を手に取り、仕上げだと言わんばかりに、ちょんちょんとキャンパスに雪を降らせた。

(´・ω・`)「言うなれば、すべては後付け。
     君が歩く意味も、僕が旅する理由も、そして生きる目的さえも、すべては後付けに過ぎないのさ。
     僕はそれが正しいと信じている。
     それが正しいことだからこそ、僕は旅の目的を後付けることに成功したんだ」

 

 

126 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 05:59:58.48 ID: AwqA6rio0

絵が完成したのだろう。
ショボンさんは「うん」と小さくつぶやくと、筆を置いて立ち上がった。

そして、僕と向き合う。声だけでなく眼も使い、彼は語る。

(´・ω・`)「ブーン君。なぜ君が歩き続ける羽目になったのか、その経緯を僕は知らない。
     ただ何となくだったのかもしれない。誰かに命令されたからかもしれない。
     辛いことから逃げ出すためだったのかもしれない。もしかしたら、旅をするしかなかったからかもしれない。  
     僕は君にそれを聞かない。だって君も、あの時僕に聞かないでいてくれたからね。
     だけど、一つだけ言わせておくれ」

その時、雪原の上を風が渡った。
舞い上がった粉雪が太陽に照らされ、キラキラと輝きながら空気中を漂う。

その中でショボンさんは、目をそらすことなく僕を見つめ、笑って言葉を贈ってくれた。

(´・ω・`)「君がその意味を知りたければ、歩き続けるしか道はない。
     歩いて歩いて歩き続けて、立ち止まって振り返った時、それまでのすべてがカッチリ噛み合う、
     そう説明づけられるだけの意味が、いつか必ず見つかるはずだ。この僕のように、ね。
     だから君は、これからも歩き続けなさい」

 

 

130 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 06:02:30.19 ID: AwqA6rio0

まるで遺言のようなショボンさんの言葉。
そして彼は「テントに持っていってくれ」と残すと、描き終えた絵を僕に手渡した。

そこには月の色に輝くバイカル湖と、その真ん中にたたずむ少女らしき人間が一人、
暖色を主として描かれていた。

その少女が誰なのか?

答えの分かりきった問いを飲み込んで、
僕はテントとは別の方向へと歩いて行くショボンさんに声をかけた。

( ^ω^)「ショボンさん。あなたはこれから、どこに行くんですかお?」

雪原での真ん中で立ち止まったショボンさん。
おずおずとこちらに振り返った彼は、恥ずかしそうに顔を赤らめて、言った。

 

 

 

(*´・ω・`)「……う、うんこ」

 

 

133 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 06:04:19.90 ID: AwqA6rio0

(;^ω^)「……いってらっしゃい」

(*´・ω・`)「……うん」

ぽつりとつぶやきを残したショボンさん。
よほど切羽詰まっていたのだろう。彼は駆け足で白の中に消えた。

冬の山での、ひとときの語らい。

その終わりは、とても残念なものだった。

 

 

134 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/29(土) 06:07:32.09 ID: AwqA6rio0

やがて間もなく、冬は過ぎ去り、旅立ちの春が訪れた。

名残を惜しんでくれたイルクーツクの村人たちと固い握手を交わし、
僕たちはまた線路の上を歩き始める。

いくつかの川を渡り、いくつかの山を越え、
いくつかの村に立ち寄り、いくつかの季節を通り過ぎ、ひたすらに日々を歩き続けた。

成長した子犬たちのおかげもあり、旅はますます快調に進む。
これまでにない速度で線路の上を進み、夏の終わりにはウラル山脈のふもとまで辿りついた。

ここを越えれば、モスクワまであと一〇〇〇キロを切るだろう。
冬を越えれば、次の夏には辿りつける。

眼前に迫っていたウラル山脈ふもとのズラトウスト廃駅を視界にとらえ、僕はそう確信した。
そして、その付近に村がないか、探そうと線路を離れたその時。

ショボンさんが、ガクリと地面に崩れ落ちた。

 

 

 

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