1 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:27:48.86 ID: sWyXMb9G0
第五部 ツンドラの道と、その先に夢を見た男の話
― 1 ―
見上げれば薄い青をした空色と薄い雲。
ロッキー山脈を越えてひたすらに北上を続けた僕は、アメリカ大陸の西端セワード半島、
かつてプリンスオブウェールズ岬と呼ばれていた場所に立っていた。
目の前に広がるのは、凍りついた海。
その先に、うっすらと茶けた大地の一部が見える。
そう。ここは大陸と大陸の境目。北アメリカとユーラシアの間に横たわるベーリング海峡だ。
5 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:29:50.87 ID: sWyXMb9G0
はるか昔に存在した氷河期。
人類はここを通って北アメリカへと渡り、のちに彼らの子孫はインディアンと呼ばれることになる。
そして今、何の因果か僕は、彼らの辿った道を逆行しユーラシアへと向かおうとしている。
( ^ω^)「なんかこう……感慨深いもんがあるお。なあ、ビロード?」
( ><)「わかんないです!」
僕の足元にいるのは、暖かそうな厚い銀色の体毛に身を包んだ、一匹の大きなイヌ。
どちらかといえばオオカミに近いか。
僕の声に反応し、僕と同じように海峡の向こう側を眺めていた彼がひとつ、
こちらを見上げて彼独特の鳴き声をあげた。
6 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:31:18.85 ID: sWyXMb9G0
僕が超繊維のマントの上から着込んでいるのは、
くすみ始めた原色の衣服と、彼の体毛と同じ色をした銀色の毛皮。
彼の両親の成れの果て。
ここにたどり着く途中で出会ったエスキモーの子孫から貰った手袋を脱ぎ、
僕は素手でそれに触れてみた。
滑らかで、有機的な温かみが感じられた。
思えば僕は、この毛皮のおかげで今もこうやって生きることが出来ている。
8 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:33:52.49 ID: sWyXMb9G0
あの村を出てまもなく、僕は寒さで凍え死にそうになっていた。
当時冬が迫っていたのにもかかわらず、僕が着込んでいたのは超繊維のマントと、
あの村の人々が着ていた明るい原色の秋用の薄い羽織のみだったから、無理もない。
そしていい加減倒れそうになったそのとき見つけたのが、
薄く積もった雪の上に横たわり動かなくなっていた二匹。
彼の両親と、二匹の死骸を舐め続けていた幼い日の彼。
冬の寒さから腐敗が進んでおらず、生前の形を保ち続けていた二匹の毛皮を剥ぎ取り、
僕は縫い合わせて着衣とした。
別に二匹と同じように、そこで野たれ死んでも構わなかったのだが、
生きる術がある限り、生き続けなければならない気がなぜかしたから。
( ><)「……」
ところが毛皮を剥いでいる間、不思議なことに彼は僕になんら危害を加えなかった。
彼の両親を陵辱しているといっても過言でなかった僕を、彼は静かに眺めるだけ。
そして僕が毛皮を着込み、二つの肉塊を埋葬して歩き出したところ、
彼もまた僕に付いて歩みを始めたではないか。
9 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:35:05.94 ID: sWyXMb9G0
( ^ω^)「どうしたお?」
( ><)「……」
( ^ω^)「僕は君の親じゃないお。ついてきても何にもないお」
( ><)「……」
それでも彼は、僕に付いて歩みを止めない。
僕が休んだら彼も休むし、僕が寝ようとすれば彼も僕に寄り添って丸くなる。
何日も何日も、彼は僕に付き従って来た。
羽織った毛皮が肌に馴染んできた一週間後の夜、焚き火を前にして僕は尋ねてみた。
( ^ω^)「なんで君は僕に付いてくるんだお?
僕と一緒にいても、楽しいことなんか何にも無いお?」
10 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:37:06.07 ID: sWyXMb9G0
( ><)「……」
耳をピンとそばだてた彼は、どこからか狩ってきたらしい小動物の肉を食すのを止めると、
代わりに「食べろ」と言わんばかりに、肉の塊を僕の前に置いて、それから黙って僕を見上げた。
( ^ω^)「……そんじゃ、ありがたくいただくお」
手ごろな木の枝をむしりとって肉に刺し、火であぶって口にした。
臭みはあったが、淡白で美味しかった。
彼は依然として僕を見上げ続けていた。
貰った肉のお礼に僕は、香辛料たっぷりの保存食を取り出して彼に投げてよこす。
( ><)「……」
しかし訝しげにそれをひと嗅ぎすると、彼はぷいっとそっぽを向いた。
どうやら辛いものはダメらしい。
12 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:38:53.19 ID: sWyXMb9G0
( ^ω^)「ところで君、名前はなんていうんだお?」
( ><)「わかんないです!」
( ^ω^)「おっおっお。変な鳴き声だお」
一見すると会話が成り立っているようではあるが、実のところまったく成り立っていない。
人間と獣なんだから当たり前だ。
僕は彼の鳴き声がおかしくて笑う。
そのあとパッとした思いつきで、僕は彼に名前をあげた。
( ^ω^)「ビロードっていうのはどうだお? 昔の工芸品の名前だお。
君の両親の毛皮みたいに着心地が良くて、結構な高級品だったんだお?」
( ><)「わかんないです!」
彼の尻尾がせわしなく左右に揺れた。どうやらビロードという名前を気に入ってくれたらしい。
多分。おそらく。きっと。メイビー。
自然と、僕の頬は緩む。
こうやって焚き火だけが照らす夜闇の中で誰かと話せることが、すごく幸せなことに感じられた。
いつまでもこうしていたい。そう思った。
13 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:41:29.60 ID: sWyXMb9G0
( ^ω^)「……よければ一緒に旅をするかお?
どこに行くかもわからない、あてのない旅だけど」
( ><)「わかんないです!」
即座に返された答え。激しく振られる尻尾。
ジッと見つめてくる、開いているのか閉じているのかわからないビロードの目。
なぜ彼は僕についてくるのか?
毛皮をまとった僕を親だとでも思っているのか、はたまた別の理由からか。
動物の言葉が分かればよかったのだが、残念ながらそんなことなど出来るはずもなく。
ただ彼が僕についてきてくれると言っているらしいことだけは、僕にはなんとなく伝わった。
焚き火を消して床に就いた。そばで丸まるビロードの体温が心地よかった。
こうして、僕とビロードの一人と一匹旅ははじまった。
16 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:42:27.78 ID: sWyXMb9G0
深く降り積もった雪。季節は冬の真っ只中へと向かっていた。
しかも山の中ときたもんだ。気温はバカみたいに低く、風は肌を刺すほどに痛く、冷たい。
――はずだった。
( ^ω^)「おっおっお。毛皮であったかいお」
( ><)「わかんないです!」
けれども超繊維の服の上に原色の羽織、
さらに毛皮を着込んだ僕には、その寒さも特別厳しいものには感じられなかった。
雪に埋もれた足元も、靴に入れておいた香辛料のおかげでポカポカだった。
18 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:43:29.61 ID: sWyXMb9G0
北へ。
受け継いだ石ヤリを杖代わりに、真っ白に染まった山の上を、
銀色の毛皮をまとった一人と一匹が歩いていく。
その道中、ひとつだけ集落を見つけたが、手痛く門前払いを受けてしまった。
獣を連れた毛皮の男など、彼らにとっては脅威の対象以外の何者でもなかったのだろう。
ただ、どうにか頼み込んで食料や香辛料、その種などを分けてもらえていたことだけは幸いした。
冬の寒さも最高潮に達し、山中を頻繁に吹雪が襲うようになっていたからだ。
20 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:45:24.36 ID: sWyXMb9G0
( ^ω^)「しばらくはここで足止めだお。
せっかくの機会だし、春が来るまでのんびり休むお」
( ><)「わかんないです!」
適当な穴倉を見つけ、冬眠するかのようにその後の冬をそこで過ごした。
その間、焚き火の光で旧世界の書物を読み返したり、滅多に使うことのない銃の手入れをしたり、
石ヤリを振り回したり、ビロードと戯れたり。
たまの晴れ間には薪に使えそうな木のきれっぱしを集めたり、ビロードと一緒に小動物を狩ったり。
やがて、食料が内藤ホライゾンの開発した一粒で三日分腹の膨れる夢の錠剤だけになった頃、
長かった冬がようやく明けた。
心なしか暖かくなった日差し。
雪解け水の緩やかな流れとともに、僕たちは山の斜面をのんびり下っていった。
一冬をかけたロッキー山脈越えもやっと終わり、
僕とビロードは短い春の平野の彩りの中を、ゆっくりと北上した。
23 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:47:37.07 ID: sWyXMb9G0
なぜ、北だったのか?
あの村を発つとき風が北に向かっていたという理由もある。
しかしそれ以上に、北に向かえば自然と死ねるだろうと、
そんな死への憧れが一番の理由だったように思える。
僕に残されていた仕事は死ぬことだけ。
だから、いかにして死ぬか。
出来れば道半ば、野垂れ死ぬのがベストだ。
旅の目的は、それに終始していた。
しかしそんな僕の想いなど知る由もなく、
傍らを歩くビロードはうれしそうに尻尾を振わせながら舞う鳥や蝶を追いかけたり、
いなくなったかと思えば小動物を口にくわえてひょっこり戻ってきたり。
26 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:49:04.58 ID: sWyXMb9G0
( ^ω^)「おっおっお。ビロードがいるから、僕は当分死ねそうにないお」
( ><)「わかんないです!」
夜、焚き火を囲んで肉を食した。
一冬を越えて大人に近づきつつあるビロード。すっかり体も大きくなった。
赤い炎に照らされた、愛らしさの中に精悍さが混じりつつある彼の顔を見て、
「ビロードが死ぬまでは生きてみようかな」
なんて、そんなことを僕は考え始めていたり。
そして、ビロードの狩りの腕もめっぽう上がってきていた春の終わり、
僕たちは地平線の先にとある集落を見つけ、立ち寄ることにした。
32 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:50:53.81 ID: sWyXMb9G0
その集落はエスキモーの子孫たちのものだった。
なぜ彼らは生き延びているのか?
立ち並ぶテントの群れへと迎いながら、なんとなく考えを巡らせてみた。
千年前から厳しい気候の中で生活していた彼ら。
一時の核の冬も、彼らの祖先にとっては想定以上に厳しいものではなかったのかもしれない。
適当な推察に納得しながら、彼らの集落に足を踏み入れた。
知識の中からエスキモーの言語を探し出し、拙いながらも会話を試みてみる。
幸いなことにこれが結構通じてくれた。天才内藤ホライゾンの知識に感謝しつつ、会話を重ねる。
移動性の生活を送る彼らは、捕鯨を行うため西海岸に向かって移動している最中だという。
捕鯨に対する単純な興味、
そして肉を分けてもらえるかもしれないという打算から同行をお願いすれば、彼らは快く許可してくれた。
もっとも、彼らの快諾も人手が増えるなどの打算からきていたのかもしれないが。
(;^ω^)「ふひー! こりゃしんどいお!」
(;><)「わかんないです!」
事実、僕らは散々こき使われたが、結局はお互い様なので気にはならなかった。
33 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:52:36.41 ID: sWyXMb9G0
そんなこんなで西海岸へ移動を続ける最中。
せっかくだから贈り物としての勤めを果たそうと、僕は旧世界の技術や知識を彼らに教えてみたりもした。
しかし彼らに一番喜ばれたのは旧世界の技術や知識ではなく、
冬に立ち寄った村で分けてもらっていた香辛料の残りと、その使い方、そしてその種だった。
( ^ω^)「この世界にはこの世界の贈り物が一番喜ばれるみたいだお。
やっぱり僕には、贈り物としての価値はもう無いみたいだお」
( ><)「わかんないです! わかんないです!」
( ^ω^)「おっおっお。別に落ち込んじゃいないお。でもありがとうだお、ビロード」
37 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:53:59.31 ID: sWyXMb9G0
そして、もうひとつ喜ばれたものがある。
西海岸へたどり着き、捕鯨に同行した際に使用した、ドクオの石ヤリ。
エスキモーたちのものよりはるかに切れ味鋭いそれと香辛料の種を、
彼らは執拗に譲ってくれと頼んできた。
(;^ω^)「種は別にいいけど、石ヤリは大切な友人から譲り受けたものなので……」
けれど、テントや犬そり用のそり、鯨の肉、
靴や帽子や手袋と引き換えだと言われれば大いに迷った。
これからも北上を続ける僕たちにとって、それらはどんなものより心強い味方となるからだ。
(;^ω^)「う〜ん……どうしたもんかお……」
41 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:55:43.40 ID: sWyXMb9G0
( ><)「わかんないです! わかんないです!」
( ^ω^)「……そうだおね。今後のことはわからんお。ま、背に腹は変えられんお」
散々迷いに迷ったが、しきりにじゃれ付いてくるビロードの顔を見て、決心した。
ドクオの石ヤリを手放そう、と。
死ぬこと以外に目的の無い僕だけど、
生きている以上は生き続ける最善のことをしなければならない。
何より今、僕の隣にはビロードがいる。
彼を無下に殺すわけにはいかないし、
僕だけが死ぬことで、彼を内藤ホライゾンやあの女のように独りにするわけにもいかない。
ドクオだって、きっと許してくれるさ。
45 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:57:37.47 ID: sWyXMb9G0
( ^ω^)「色々とお世話になりましたお。これからもどうぞお元気でだお」
( ><)「わかんないです! わかんないです!」
短い夏も半分が過ぎ、
今度は東へと移動するというエスキモーたちとお別れする日がやってきた。
石ヤリと引き換えに得た荷物をそりの上に載せ、僕たちはまた北へと歩き出す。
――大きな誤算とともに。
(;^ω^)「そり重てぇwwww雪がなけりゃ単なるお荷物だおwwwwwww」
(;><)「わかんないですwwwwwwwwwww」
むき出しの地面の上では、そりはとっても重かった。
49 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/12/23(日) 22:59:46.64 ID: sWyXMb9G0
それから雪が降り積もるまで、僕は重いそりを引きずりながらのんびりと北を目指した。
雪が降り始めれば、ビロードに荷物を積んだそりを引かせて歩いて。
斜面があれば、ビロードと一緒にそりに乗って滑り降りて。
そして一年半以上を歩き通した二年目の冬の終わり、
僕たちはこうやって北アメリカの西端で凍りついた海を眺めている。
( ^ω^)「ここまで来るのに色々あったお。生きてるのが不思議なくらいだお」
( ><)「わかんないです!」
( ^ω^)「おっおっお。本当だお。どうして生きていられてるのか、全然わかんないお。
それじゃ、生きてるついでにユーラシアまで行っとくかお?」
( ><)「わかんないです!」
ビロードの鳴き声が海峡に響いて。
それから僕たちは岬を下り、氷上の先、
遥かなるユーラシア大陸へ向けて、そりを引きずり歩き始めた。