26 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/02(日) 23:56:44 ID: 93v73WVf0

― 2 ―

(;^ω^)「あの……いつになったら着くんですかお?」

('∀`)「もうすぐだべさぁ」

道中でこのやり取りを何度繰り返したことか。男の家にはいつまでたっても着かなかった。

けもの道同然の険しい山道をひたすらに登って、それでも一向に家にはたどり着かない。
旅に慣れていた僕の足腰もさすがに悲鳴を上げていた。

少し空気が薄くなったようにも感じられる。
標高はどのくらいだろう。少なくとも五百メートルは超えているはずだ。

この時点で僕は歩くのに精一杯で、涼しげな顔で前を歩く彼との会話はほとんどといってなかった。

 

 

 

27 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/02(日) 23:58:08 ID: 93v73WVf0

斜面を登るうちに、あたりの景色は確実に変わっていった。
それもも良い方向に、だ。

男と出会ったふもとのあたりは、草原と、岩肌の中にまばらに木々がある程度だった。
しかし山道を登れば登るほど、木々の量は目に見えて増えてきていた。
今歩いている僕の周囲は、森と呼んでも差し支えないほどのたくさんの木々に囲まれている。

こんな景色を目にしたのは千年ぶりだ。
いや、その記憶は内藤ホライゾンのものだから、僕自身が見るのははじめてということになる。

それなのに、森と呼ぶべき木々の風景に懐かしさが感じられるのはなぜだろう?

('∀`)「おーし。着いたっぺさぁ」

それからさらに山道を登って汗だくになった頃、ようやく男が立ち止まった。

 

 

30 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:00:01 ID: isT1qvK30

荒らぐ息を整えながら僕が目にしたのは、森の中にポツリと置かれた石造りの小さな家屋。
その周りにはヤギらしき生き物のいる家畜小屋と、薪の置かれた屋根だけの小屋がある程度。

周囲に人の気配はない。どうやら男は一人暮らしらしい。

('∀`)「家ん中入っててくれだ。オラ、薪取ってくるからよぉ」

そう言って男は薪小屋のほうに向かっていく。
正直、長い山登りで僕の体は十分に火照っていたので薪なんていらなかった。今は火なんて見たくもない。

けれど、夜になれば冷えるのかもしれない。標高の高い地域は昼夜の寒暖の差が激しいからだ。
男の行動は夜に備えてのものなのだろう。うん。それはわかる。

しかし何よりも先に、僕は水が欲しかった。

 

 

 

32 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:01:55 ID: isT1qvK30

('∀`)「いやー、こりゃすまんかったべ! オラのど乾いとらんかったからよぉ! ふひひ!」

数十分後。薪を持って家の中へ入ってきた男に、僕はまっさきに水を所望した。
変な笑い声を上げた男はすぐさま近くにあるらしい池から水を汲んできてくれて、僕はすぐさまそれを飲み干した。

それからしばらく会話に興じる。
久しぶりの人との会話にうまくやれるかと心配だったが、幸いなことに男は終始笑ってくれていた。

やがて夜の帳が下り、あたりは闇に染まる。

世界は静かで、うっそうと茂る周囲の森からは時折獣の鳴き声が響く程度。
何気なく出た外の風は冷たく、すぐに戻った室内に満たさていた焚火のぬくもりが、僕にはとても心地よかった。

 

 

 

34 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:03:42 ID: isT1qvK30

('∀`)「ほ〜れ! 今夜はご馳走だべさ! たーんと食え!」

( ^ω^)「いただきますお」

その後、男が夕食を用意してくれた。
床にしかれたワラ作りのじゅうたんの上に並んでいたのは、カボチャを煮たものと炒った豆、そしてヤギの乳。
いずれも、石の真ん中をくりぬいた器によそわれている。

これまで地下施設から失敬してきた錠剤か野草しか口にしていなかった僕にとって、それらは十分にご馳走だった。
夢中で口の中にかきこむ。

('∀`)「うまいのぅwwwwwwwwうまいのぅwwwwwwwww」

( ^ω^)「ホントだお! こりゃうまいお!」

('∀`)「ふひひひひひ! 食え食え! もっと食え!」

嬉しそうに破顔させると、男は炒った豆を空になった僕の器になみなみと注ぐ。どうやらこの近辺では豆が主食らしい。
豆をむさぼるように食い、渇いたのどはヤギの乳で潤す。十数分それを繰り返したあと、ようやく僕の腹は落ち着いた。

 

 

 

37 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:05:52 ID: isT1qvK30

('∀`)「おめさんよっぽど腹減ってただなぁ。おかげで冬の蓄えが一気に減っただよwwwww」

( ^ω^)「お、それはすまんかったお」

('∀`)「良かて良かて! 明日にでもコヨテ捕まえて保存食にするからよぉ!
   実言うと今日はコヨテども捕まえに行ってただぁ。そったらおめさんが襲われてたからびっくらこいただぁ!」

食事もひと段落して、僕と男は部屋の中心部の暖炉を挟み、
対面する形で石造りの壁に背もたれながら談笑しあっていた。笑っているのはもっぱら男の方だが。

彼は部屋の中心部の暖炉――といっても薪を燃やすスペースだけの、床をくり貫いただけの簡素な造りだが
――の上に石のコップを吊るし、ホットヤギの乳を作ってくれていた。頃合を見計らってそれを僕に手渡す。

 

 

40 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:07:32 ID: isT1qvK30

('∀`)「熱いから気をつけるだよ」

(;^ω^)「お。……って熱!!」

('∀`)「馬鹿だなぁwwwww 熱いのは取っ手の方だべさwwwwwwwww」

あまりの熱さに慌ててコップを地面に置き、取っ手を布で包んで持ち直した。

男は巨体に似合った豪快な笑い声を上げていた。
いかにも田舎ものといった無骨で不細工な彼の顔だが、崩れた笑顔には妙な愛嬌が感じられる。
女にはモテなさそうだけど。

('A`)「んで、おめさん、なして旅なんかしてるだか?」

( ^ω^)「いや……特に理由は無いんですお」

('A`)「嘘だな。故郷を捨てて旅するなんて、よほどのことがあったからに違いねーだよ」

( ^ω^)「いや、本当に……」

('A`)「いーや。嘘だ。そんなわけねぇだ」

 

 

41 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:09:35 ID: isT1qvK30

暖炉の炎の向こう側から、低い男の声がする。ジッと、細い目は僕に向けられていた。

僕が旅をするようになったのは、確かに複雑な経緯がある。はるか千年前から遠々と続く事情がある。
しかしそれを話したところで、目の前の男にはとうてい理解できないだろう。

( ^ω^)「実を言うと……僕は退屈だったんですお。
     世界はこんなにも広くて、雲はどこにでも行けるのに、どうして僕はここに留まらなければいけないんだろうって。 
     そう思うといても立ってもいられなくなって……だから僕は村を飛び出して旅に出たんですお」

('A`)「……」

適当に繕って旅の理由を話した。暖炉に赤く照らされた男の瞳は、いぶかしげに僕をねめつけて、言う。

('A`)「わっかんねぇなぁ。おめさん、そんなにおめの村が嫌いだっだんかぁ?」

 

 

 

44 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:11:07 ID: isT1qvK30

どうなのだろうか? 内藤ホライゾンは自分の村――千年前の世界が嫌いだったのだろうか?

僕は迷う。迷って答えを探す。彼の記憶を辿ってもハッキリしない。今となってはもうわからない。
ただ内藤ホライゾンは、千年後の『今』に目覚めたこと、それだけにはハッキリと絶望していた。

('A`)「オラはオラの村が好きだぁ。どんなことさあっても嫌いになれね。おめさんはどうなんだ?」

( ^ω^)「……どうなのかおね」

そんなこと、僕にだってわからない。返答は曖昧にぼかしたものではなく、正直な僕の気持ちだ。

('∀`)「……まぁ、話したくねぇならいいけどもさ。人にはいろいろあるだもんなぁ」

少しの沈黙の後、彼は再び笑ってくれた。とりあえず、この件を先延ばしにしてくれるようだ。
また蒸し返されそうではあるが、考えの無い今は助かった。答えはのちのちゆっくり考えよう。

しかし、気になることがある。

 

 

46 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:13:04 ID: isT1qvK30

( ^ω^)「あの……」

('A`)「なんだべ?」

( ^ω^)「あなたの村はどこにあるんですかお?」

突然の僕の質問に、男はピクリと体を動かした。それから眉間にしわを寄せる。

地雷を踏んだか? 

うかつだったと頭を掻く僕に、男は拍子はずれな明るい声を出して答えた。

('∀`)「こっから少し下った先にあるだよ。いい村だべさぁ。
    こっから少し登った丘から見えるけぇ、今度見せてやるだぁよ」

( ^ω^)「そうなんですかお」

('A`)「……しかしまあ、村さ行くのは今度にして、しばらくはオラの家に泊まって旅ん疲れ取るといいだ」

 

 

51 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:14:47 ID: isT1qvK30

( ^ω^)「……わかりましたお」

語りかける声は優しげ。しかし、なぜか目だけは笑っていなかった。
「ここに留まれ」と、無言で強制していた。

なぜなのだろうか? もしかしてこの男、ゲイか? 

残念ながら僕にはその気は無いし、ましてや女経験も皆無だ。
女を抱いたことも無いのに――もっとも、これからも抱くことは無いだろうが――男に抱かれるわけにはいかない。

まあ、何かあったら銃で脅して逃げればいいか。楽観的に対応を想定していると、なんだか眠くなってきた。

('A`)「そんじゃ、寝るべか」

( ^ω^)「あ、最後に教えてくださいお」

目をこすった僕を見て、立ち上がって火を消そうとした男。僕は顔を上げて、彼に尋ねた。

( ^ω^)「あなたの名前、なんて言うんですかお?」

 

 

52 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:16:11 ID: isT1qvK30

('A`;)「ああん!?」

一言発して少しの間を置いた男。明らかに順番のおかしい質問に面食らったのであろう。
そして彼は細い目をいっぱいいっぱい見開いて、今日一番の大声で笑う。

('∀`)「ふひひのひwwwwwwwwこーりゃうっかりしてただぁwwwwwwwww
   いんやぁ、名乗るの遅れてすまんこった! オラぁドクオって言うだぁ! おめさんは?」

( ^ω^)「えっと……」

思えば当然の返答。それを前に僕はハッとする。

――僕はいったい、誰なのだろう? 

 

 

 

55 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:18:22 ID: isT1qvK30

姿かたちは内藤ホライゾンだ。

けれど肉体や記憶を共有しているだけで、今の僕の意識は内藤ホライゾンとは全くの別物。
内藤ホライゾンはもういない。これまで名前を使う必要性がなかったから気がつかなかった。

僕は誰だ? 僕の名前は何だ? 
わからない。もとから存在しない答えなど、見つけられるわけがない。

しかし見ず知らずの僕を止めてくれた恩人に対し、さすがに名無しで通すわけにもいかない。
適当に浮かんだ言葉を名前として代用させてもらう。

( ^ω^)「僕は……ブーンですお」

 

 

57 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 07/12/03(月) 00:19:58 ID: isT1qvK30

('A`;)「ブ、ブーンか!?  ……う、うん! いい名前だなぁ!」

ドクオはなぜか驚いたあと、取り繕ったように笑った。

それから僕に毛布を投げてよこして、すぐに暖炉の火を消す。
薪がパチッと最後の声を上げて、部屋は闇に包まれた。

なぜドクオは驚いたのだろう? 

真っ暗な視界の中で考えようとしたけれど、疲れていた僕は知らず、眠りに落ちてしまっていた。

 

 

 

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