137 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/24(土) 22:52:49.82 ID: vOksW4G60

― 5 ―

どのくらいそうしていたのだろう。

いくつかの太陽が昇り、いくつかの月が昇っても僕は、死体の傍らに座り続けていた。

やがて飛び散った脳しょうと鮮血が地面になじみ、死体から腐臭が発せられ、
蛆が湧き出したころになってようやく、僕はフラフラと立ち上がった。

おぼつかない足取りで地下施設へと足を踏み入れ、コンピュータのキーに指を叩きつけた僕。

( ;ω;)「誰か起きてくれお! 一人なんて嫌だお!」

しかし施設内は墓地のように静まり返ったまま。
半狂乱に陥った僕は、最寄りのカプセルにかじりつき拳を打ちつける。

 

 

 

141 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/24(土) 22:54:47.86 ID: vOksW4G60

( ;ω;)「起きてくれお! 頼むから起きてくれお!」

けれどカプセルのふたは開かず、
拳からにじんだ僕の血液がその表面に付着するだけ。

今度は倉庫から銃を持ってきて銃身をカプセルに叩きつける。
最後には弾が切れるまで弾丸を撃ち続けた。

すると、カプセルのふたがパカリと開いた。
僕はその中に眠る人物を抱き起こして、叫ぶ。

( ;ω;)「起きてくれお! 僕を助けてくれお! 僕と一緒にいてくれお!」

しかし抱えた体は凍えるほどに冷たいまま、ついに目覚めることはなかった。

 

 

 

147 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/24(土) 22:57:25.80 ID: vOksW4G60

ボーっと床にへたり込んでいた。
考えることもやめて、屍のように僕はたたずんでいた。

無意識のうちに手が動いて、銃を握り締めて、こめかみに当てて、
気づけば僕は引き金を引いていた。

けれどカチッと情けない音が響いただけで、僕は死なない。
当たり前だ。撃ちつくしていたその銃には、もう弾は入っていないのだから。

その代わり、僕の中の何かが死んだ。
それは多分、天才という名の僕の一部なのだろう。

世界を終わらせる原因を作り、半ば無理やり千年の冷凍睡眠に入らされ、
一人の女にいいように人生を弄ばれて、孤独に狂い、誰かを起こそうと必死にあがいて、
自分が作り出した理論にそれを阻まれた。

結局誰一人、自分さえも救えなかった天才内藤ホライゾンという理性が、きっと今、ここで死んだのだ。

その証拠に今の僕はなんら絶望を感じていない。
何かが欠落したかのように残された意識は軽く、頭の中をめぐる過去の光景はまるで他人ごとのようにしか感じられない。

僕はもう内藤ホライゾンではないのだ。

では、ここにいる僕は誰なんだろう? 
自分が自分では無くなった今、ここに存在している僕は何者なのだ?

そして、頭の中に浮かんでくる。不思議と消えることのなかったあの本能が。あの言葉が。

 

 

 

150 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/24(土) 22:59:38.75 ID: vOksW4G60

「あなたは私たちからの大切な未来への贈り物。どうか無事に届きますように」

そうだ。僕は未来への贈り物。
集配場所は違ったけど、僕は過去の人々の想いを託された大切な贈り物なんだ。

僕にはもう名前なんて無い。けれど、贈り物という存在意義がある。

ならば僕は自分で自分を届けなければならない。
千年後の世界で生きる人々に、僕は僕を届けなければならない。

あの女は言っていた。人に出会わなかったと。
しかし、この世界に人がいないとは限らない。

草木は少なからず茂っており、清らかな河は流れていて、
空は青く澄んでおり、太陽と月は変わらず昇り続けているのだ。

この世界に人がいないはずが無い。
僕が動きさえすれば、いつか必ずどこかで出会える。

突き動かされるようにして立ち上がった。それから倉庫へと向かい、
たくさんの書物やありったけの銃弾、そしてこれからに必要であろうものをかき集める。

それらの荷物を抱え込んで、二度と歩くことの無いだろう地上への階段を、僕はゆっくりとのぼった。

 

 

 

153 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/24(土) 23:01:10.31 ID: vOksW4G60

久方ぶりの日の光は実にまぶしかった。目を細め、しばらく空を眺め続けた。
それからかつて内藤ホライゾンとあの女の過ごした家へと足を踏み入れる。

中にあったのは、つかの間の幸せの中で二人が作った、超繊維の大きな袋。

そこに荷物を詰めるだけ詰め込んで、
同じくかつてここで作った超繊維のマントを頭から被り、戻ることのない家を後にした。

外に出れば、赤い大地のあちこちに農作物たちが青々と生い茂っていた。
主がいなくなることなど露知らず、彼らは今日ものん気に葉を風になびかせている。

その中に僕は見つけ出す。

腐り落ちた彼女の死体を。

 

 

162 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/24(土) 23:03:18.42 ID: vOksW4G60

天才内藤ホライゾンを捨てた僕は、その死体にもう何の想いも抱かなくなっていた。

ただ、生前の美しさなど見る影もないほどに腐りきってしまった彼女を哀れだなと思い、
彼女の作った農具で穴を掘り、そこに遺体を埋葬した。

供え物として生っていた農作物を二つ置き、そっと手を合わせる。
二つ置いたのには理由がある。ここはきっと内藤ホライゾンの墓でもあるのだ。

そんな気が、このときの僕にはした。

( ^ω^)「ここで農作業をしていた君たちが、これまでで一番幸せそうだった気がするお。
     あとのことは僕に任せて、あっちでのんびり農作業にでもいそしむといいお」

 

 

 

164 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/24(土) 23:04:41.49 ID: vOksW4G60

ふと視線を動かせば、赤土の上に拳銃が一丁転がっていた。
彼女が自ら命を絶ったときに使った、あの拳銃だ。

( ^ω^)「これは貰っていくお」

これから未開の地を歩くための護身用なのか。
それとも、消えていった内藤ホライゾンの残りカスが未練がましくそうさせたのか。

いや、理由なんてないのだろう。多分、なんとなくだ。

呟いて立ち上がった僕は、二度と後ろを振り返ることなく歩き出した。

 

 

174 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/24(土) 23:07:24.25 ID: vOksW4G60

( ^ω^)「さて、これからどこに行くかお?」

風の吹くまま、気の向くまま。
風の行方に身を任せ、贈り物である僕は届け先を探す。

サラリと、マントが風に揺らいだ。その裾は西を指している。

( ^ω^)「西……河の上流かお」

ちょうどいい。人が住んでいるとしたら河の近くの方が可能性は高いし、
何より僕が水に困らなくてすむ。

食料も、かつての天才内藤ホライゾンが発明した一粒で空腹の満たされる錠剤をたんまり失敬してきた。
銃弾もたっぷり持ち出してきた。仮に獣に襲われたとしても、しばらくはこれで対抗できる。

当分の間、生きるに困ることは無いだろう。その間に、きっと誰かと出会えるさ。

 

 

177 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/24(土) 23:09:02.69 ID: vOksW4G60

空を見上げた。
悠々と流れていく雲が、僕と同じ西のかなたを目指していた。

旅のお供にはちょうど良い。
いつか別れる日が来るとしても、また別の何かが一緒に西を目指してくれるだろう。

赤土の大地を踏みしめた僕は、ゆっくりと千年後の世界を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

第三部  世界の始まりと、孤独に耐えられなかった男女の話  ― 了 ―

 

 

 

 

 

 

 

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