1 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/18(日) 03:03:06.10 ID: 4QLHj88X0
プロローグ
超繊維のマントを風に翻し、茫洋と続く大地の上を男は歩いていた。
空は一面、どんよりとした灰色の雲。
荒れた大地に吹く風は強く、つられて舞い上がる砂埃に顔をしかめた彼だったけれど、
南から吹いてきた風がむき出しの頬を撫でると、その暖かみに強張った表情をわずかに緩めた。
そしてもうひとつ。男の後ろをトボトボとついてくる小さな影。
ボロボロの、ポンチョにも似た布切れを頭から被ったその影の正体は、
背丈や体の大きさから察するに子供、もしくは女なのだろう。
影は男に引き連れられているというよりはむしろ無理やりついてきているといった風情で、
正面から吹き付ける風を前かがみになってしのぎながら、絶対に離されまいと必死に男の背中に喰らいついていた。
草も木も無い赤茶けた色の大地の上で動くものは、その二人以外に存在しなかった。
6 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/18(日) 03:05:08.76 ID: 4QLHj88X0
それから二人はどれくらい歩き続けたのだろう?
いつしか空を覆っていた灰雲は晴れ、乾いた地面には太陽の光が差し込みはじめていた。
地平線の先は空の青に溶けていて、荒野は彩りを取り戻していた。
そしてその青の先に男は、一本の立木を見つけ出す。
「あ、木の実が生ってる!」
嬉しそうな声を上げた後ろの影――女は、頭を覆っていた布を取ると、
前を歩いていた男を追い越し、茶色の髪をたゆらせながら一目散に立木へと駆け出していった。
遅れて男が到着した頃には彼女は枝の上にのぼっていて、たわわに実った赤い実をせっせと胸に集めていた。
その姿を見上げながら男は木陰の下に入り、立木の太い幹に背を預けて瞼を閉じた。
木漏れ日の心地よさに彼がうとうとしていると、その頭の上に何かが落ちてくる。
軽い衝撃に瞼を開くと、赤い木の実が一つ、彼の目の前に転がっていた。
7 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/18(日) 03:06:30.23 ID: 4QLHj88X0
「おいしいよ! 食べなよ!」
「いただくお」
頭上から響いた女の明るい声に応えて拾い上げた実を口に含めば、
シャキっとした歯ごたえとともに、甘くみずみずしい果汁が男の口の中に広がった。
それは千と数十年前に食べたリンゴという果物の味と良く似ていて、
それから懐かしいことを思い出したらしい彼は、年甲斐もなく口元を緩めた。
大地と一本の実のなる木。かつての世界の書物の中に、そんな話があったっけ。
禁断の実を食べたアダムとイブが楽園を追放される話。今の僕たちと良く似ている。
それならば、僕がアダムで彼女がイブで、この実を口にした僕たちは楽園を追放されるのだろうか?
そんなはずはないか。だって僕は、とうの昔に楽園を追放されているのだから。
8 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/11/18(日) 03:07:53.54 ID: 4QLHj88X0
自嘲して笑った男が手にした木の実から顔を上げると、
彼の目の前には不思議そうな顔をした先ほどの女が立っていて、彼に向かってこう尋ねた。
「ねぇ、ブーン? あなたはいったい、どこまで歩くの?」