44 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:43:07.18 ID: nWGK0R840
※
仕事と言うものは、お偉方の機嫌一つでその量を大きく変化させる。
増えることが常で減ることが滅多にないのは、社会の厳しさ故だろうか。
その日、チーフの機嫌は最悪だった。
おかげで俺の研修メニューは、いつにもまして充実していた。
( ・∀・)「内藤」
( ^ω^)「はい?」
唐突に声をかけられ、俺はしばらくパソコンに釘付けだった視線を上げる。
俺の斜め後ろに立っていたのは、思ったとおりチーフだった。
チーフはカバンを提げ、どこか悦に浸るような表情で俺を見る。
おそらくもうお帰りなのだろう。
( ^ω^)「これからご帰宅ですか?」
( ・∀・)「だったらどうなんだ?」
( ^ω^)「お疲れ様でした」
どこか挑発的なチーフの言葉に、俺は素直に頭を下げる。
これから退社すると言う心理的余裕のおかげか、チーフがいつものように突っかかってくることはなかった。
46 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:44:09.98 ID: nWGK0R840
( ・∀・)「お前はまだ終わらんのか?」
( ^ω^)「えぇ……」
( ・∀・)「相変わらずだな、お前は」
( ^ω^)「そうですね……すみません」
俺は苦笑しながらチーフの言葉にうなずく。
どれだけ急かされたところで、終わっていないものは終わっていないとしか言い様がない。
まだ終わらない俺の抱えた仕事とは、一週間分の営業の成績をまとめた週報の作成。
ちなみに、この仕事を任されたのは三十分ほど前。
まだ終わらないのかという言葉から考えれば、チーフなら三十分で終えられる分量なのだろう。
( ^ω^)「時間かかってしまって申し訳ありませんお」
俺はチーフに向かって軽く頭を下げる。
チーフは俺の言葉を鼻で笑った。
( ・∀・)「これくらいのこと、さっさと終わらせんか」
( ^ω^)「はい……なるべく早く仕上げますお」
( ・∀・)「まぁいい。明日の朝までに俺の机に上げとけ」
( ^ω^)「わかりました」
47 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:45:26.02 ID: nWGK0R840
( ・∀・)「それじゃ、俺は帰るからな」
( ^ω^)「お疲れ様でした」
にこやかな笑顔でチーフを見送る。
その後姿が視界から消え、さらに五秒ほど待ってから、俺は愛想笑いを消す。
昔はこの笑顔を作るのが面倒で仕方なかった。
最近じゃ大して苦もなくこの顔を作ることができる。
随分と大人になったものだと思う。
ため息一つで、気分をリセットする。
そして、またパソコンと向き合う。
(*゚ー゚)「ブーン」
声をかけられた。
( ^ω^)「……」
無言で声がした方に顔を向ける。
そこに立っていたのは、もちろん、しぃだ。
(*゚ー゚)「あ、ごめん。今、忙しかった?」
俺の目つきがよほど悪かったのか、しぃがすぐさま申し訳なさそうに聞いた。
忙しいなら後にするけど……そう呟いて、探るように俺の顔をのぞき込む。
50 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:47:23.09 ID: nWGK0R840
どうも自分が愚かに思えて仕方なかった。
しぃだってチーフだって、上司であることに変わりはない。
ならばどうして俺はもう慣れてしまった愛想笑いを作れないのか。
チーフ相手なら笑顔の一つくらい間単に作れるのに、しぃが相手だとうまくいかない。
どうしてか軽い皮肉でも言いたくなってしまうのは……ブーンという呼び方のせいだろうか。
( ^ω^)「……いや」
俺は小さく首を振り、微笑む。
( ^ω^)「大丈夫ですお。なんですか、しぃさん?」
(*゚ー゚)「……敬語だし」
不満げにしぃは呟いた。
だが、それはいつものことだ。
(*゚ー゚)「今日も遅くなるの?」
すぐに調子を取り戻し、しぃは聞く。
俺はうなずき、
( ^ω^)「はい」
(*゚ー゚)「どれくらい? 九時くらいには終わる?」
しぃはそう聞きながら、俺のパソコンをのぞきこんだ。
52 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: >>48書き溜めてあります 投稿日: 2007/08/22(水) 12:48:57.52 ID: nWGK0R840
(*゚ー゚)「今、週報作ってるとこ?」
( ^ω^)「はい、そうですけど」
(*゚ー゚)「他に仕事ってあるの?」
( ^ω^)「今日中にやらなければならないことなら、他に営業部署がとってきた仕事の発注書を三件作って
営業先候補のリストアップとかも今日中ですお……」
(*゚ー゚)「それ……ほとんどチーフ権限ないとできないことじゃない」
( ^ω^)「作るのは下書きまでですお。ちゃんとチーフが確認します」
(*゚ー゚)「……」
しぃが沈黙した。
パソコンに向けていた視線を俺に向け、何か言いたそうに口を動かすが、しかし言葉が出てこない。
今さらじゃねぇか、と思った。
別に今日、特別に多くの仕事をやらされているわけではない。
俺の仕事は、ここしばらく変化などしていない。
だからもう慣れてしまった――むかつくチーフにも、仕事の量にも、深夜の帰宅にも。
毎日が退屈なんだ。
ただ忙しいだけでなんの変化もない毎日が。
54 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:50:41.78 ID: nWGK0R840
( ^ω^)「大した量じゃないお」
口を開く。
しぃが驚いたように目を見開く。
( ^ω^)「これくらいのこと、毎日やってるんだお。昨日今日始まったことでもない……。
昨日今日始まったことなら、まだ救いがあるお。今さらお前がそんな顔してどうなるんだお」
毎日は退屈だ、だから変化があるならそれは喜ぶべきことかもしれない。
だが、悪い方へ変化するのは……今以上に悪い方へ変化するのは、勘弁してほしい。
しぃとチーフは、立場的にはだいたい同じくらいの位置にいる。
そしてチーフは、しぃより三年も前からこの会社にいる。
もししぃがチーフに抗議なんかしたら……それはぞっとしない。
不思議そうにしぃは聞いた。
(*゚ー゚)「……ブーン、敬語は?」
( ^ω^)「なんだお? おい、同期入社。それは敬語を使えって催促かお?」
(*゚ー゚)「……」
しぃは無言で微笑んだ。
さっきまでの影が消えた、それは綺麗な微笑だった。
55 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:52:00.31 ID: nWGK0R840
(*゚ー゚)「仕事、大した量じゃないんだよね?」
( ^ω^)「おう」
(*゚ー゚)「じゃあ、九時くらいには終わるよね?」
( ^ω^)「終わったらどうなんだお?」
(*゚ー゚)「飲みに行かない?」
( ^ω^)「……飲み?」
尋ね返す。
まさか飲みに誘われるなんて思っていなかったが……。
そうか、しぃは最初からそのつもりで俺に声をかけたわけか。
( ^ω^)「急だおね」
(*゚ー゚)「飲み会なんてそもそも急なものだよ」
( ^ω^)「参加者は?」
(*゚ー゚)「飲み会のテーマが同期入社のみんなと旧交を温めなおすことなの」
( ^ω^)「……うちの事務所にいる同期なんて、俺とお前だけだろうがお」
57 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:54:00.55 ID: nWGK0R840
(*゚ー゚)「場所は駅前の串焼き屋さんね。
わたしも今日は遅くなりそうなんだけど、早く仕事終わったほうが先にお店に行って席を取るってことでいい?」
( ^ω^)「いいも悪いも……」
断ろうかと一瞬思った。
だが、しぃはなんだか楽しそうに笑っていた。
その無邪気な笑顔のせいで、断るための言葉が口から出てこない。
わざわざタメ口を使ってまで作った笑顔を、今さら壊すのも気がひけた。
上司からの誘いを断るのも野暮か……自分の中でそう言い訳を作った。
( ^ω^)「わかりましたお」
言葉とともにうなずく。
もう敬語で平気だろうと考えながら。
59 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:54:48.96 ID: nWGK0R840
( ^ω^)「遅くなるかもしれませんけど……」
(*゚ー゚)「それはお互い様だから。じゃ、わたしもそろそろ仕事に戻るね」
( ^ω^)「お疲れ様です」
(*゚ー゚)「ブーンもおつかれっ!」
明るい声とともに俺の肩を叩き、しぃは自分のデスクに戻っていった。
その背中を見送りながら、なんとなく思った。
しぃとの会話は――ひどく疲れる。
62 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:56:39.06 ID: nWGK0R840
※
予想できたことではあったが、先に仕事を終えたのはしぃの方だった。
一人だとつまらないから早く来てよ、と声をかけられたのが一時間ほど前。
三十分ほど前に、「飲み始めてるから」というメールがきた。
そしてついさっき、携帯電話越しに「待ってるんだからね!」と怒鳴られた。
俺はエレベータホールで、エレベータがくるのを待つ。
( ^ω^)「……面倒だお、なんか」
気が乗らなかった。
酒が嫌いなわけではないし、特別に今日疲れがたまっているということもなかった。
それでも気はすすまない。
63 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:57:40.57 ID: nWGK0R840
しぃと向かい合って酒を飲む、それがひどく憂鬱だった。
ほんの少し会話するだけであれだけ疲れる相手だ、アルコールが入ったからといって、気兼ねなく飲めるとは思えない。
そもそも俺は、いつからしぃとの会話を疲れるなんて感じ始めたのか……。
よく思い出せない。
しぃのことばかり頭に浮かんだ。
今すぐにでもこの現実から逃げ出したいと思った。
( ^ω^)「……なんて言ってもな」
エレベータがきた。
憂鬱な呟きをその場に残して、俺はエレベータに乗る。
64 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 12:59:54.64 ID: nWGK0R840
エレベータがゆっくりと動き始める。
低いモータ音、上向きのわずかな加速度。
デジタル表示の数字はその数を正確にひとつずつ減らしていく。
朝や夕方とは比べものにならないほど、順調に減っていく数字……どうせなら途中で止まってしまえと思った。
そしてもう二度と動かなくなればいいと。
そう思った矢先だった。
……チン。
聞きなれた音とともに、エレベータは動きを止めた。
八階だった。
( ^ω^)「飽きないね、ここの人も……」
言いながら、俺は『開』のボタンを押す。
いっそ誰かが乗ってくれば、俺の気もまぎれたかもしれない。
しかし開いたドアの向こうには、やはり誰もいなかった。
ドアの向こうにあるのは薄暗いエレベータホールで――そしてさらにその奥には、
「ねぇ、降りないの?」
66 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 13:00:47.08 ID: nWGK0R840
( ^ω^)「――えっ?」
声が、聞こえた。
すぐ耳元で、俺を誘うような。
( ^ω^)「えっ……」
驚きで言葉が出てこない。
慌てて後ろを振り向くが、そこに人はいない。
飾り気のないエレベータの壁があるだけ。
でも……聞こえたはずだ。
俺を誘うような声が。
ねぇ、降りないの?と――、
( ^ω^)「まさか……」
俺はドアの外に目を向けた。
正確に言うなら、エレベータホールのさらに向こう……いつものごとく明かりの灯る、あのオフィス。
67 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 13:02:24.08 ID: nWGK0R840
( ^ω^)「誘っ……て、る? 俺を?」
そう、あの明るい部屋の中には――きっと、退屈なんてないのだ。
毎日が戦争のように忙しく、しかしその忙しさは報われるためにある。
誰もが同じ忙しさの中、意味のある歯車として、ひたすら理想を追求するために回転する。
あそこはきっと、そんな場所なのだ。
俺が、ずっと求めていたような。
( ^ω^)「……」
声が出なかった。
代わりに足が動いた。
狭いエレベータの中で憂鬱を抱えている場合じゃない、俺には叩くべきドアが見えた。
だったらそのドアをノックすればいい、世界はきっと一瞬で変わる。
今までの日々の中に、思い残すものなんて――、
(*゚ー゚) 『待ってるんだからね!』
70 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 13:04:20.89 ID: nWGK0R840
( ^ω^)「……しぃ」
不意に脳裏に浮かんだのは、しぃの姿だった。
居酒屋の片隅で、慣れない煙草を吸いながら、ひたすら待ち続けるしぃの姿……俺を待つ、しぃの姿。
他の誰でもない、俺だけを待つ。
( ^ω^)「……」
俺は踏み出しかけていた足を戻した。
明るいあの場所を見つめながら、『閉』ボタンを押す。
やがて視界は、分厚いドアに遮られ……、
( ^ω^)「悪いけど……今日は上司を待たせてるから」
俺は代わり映えのしない日々に戻った。
71 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 13:05:46.78 ID: nWGK0R840
※
(*゚ー゚) 「遅いっ! ほらっ、早く来る!」
俺の姿を見つけるなり、しぃは叫んだ。
周囲の視線がいっせいに集まるが、しぃに気にした様子はない。
酔っているせいか慣れないせいか、おぼつかない手つきで煙草を取り出し、不機嫌そうな表情のままそれをくわえる。
(*゚ー゚)「座りなさい」
( ^ω^)「……お前、相当飲んだだろ」
(*゚ー゚)「うるさいこと言わないで座る! そして上司にお酌するっ! ほらっ!」
( ^ω^)「……」
どうやら同期の上司がご乱心の様子だ。
今日一日は我慢することにして、俺はしぃの正面に座った。
まずは言われたとおり、テーブルの上にあったビールをしぃのグラスに注ぐ。
それからやってきた店員にビールを頼み、しぃにならって煙草に火をつける。
73 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 13:07:01.40 ID: nWGK0R840
しぃがじっと俺を見つめていた。
意味ありげな視線を俺にぶつけ、
(*゚ー゚)「……で?」
尋ねられた。
意味がわからなかった。
( ^ω^)「お前……意味がわからんお。何が聞きたいかもっとわかりやすく頼むお」
(*゚ー゚)「どうしてこんなに遅くなったの」
( ^ω^)「そんなもん……」
聞くまでもなく仕事のせいじゃねぇか……と言いたかった。
しかし酔ったしぃの姿があまりに新鮮で、思わず笑ってしまった。
慌てて手で口元を覆うが、片手では隠しきれない笑顔の欠片が指の間から漏れる。
店内は飲み屋らしい喧騒で満ちていたが、しぃはしっかりと俺の押し殺した笑い声を聞き取ったらしい。
ただでさえ険しかったその顔が、余計に曇った。
74 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 Mail: 投稿日: 2007/08/22(水) 13:08:09.96 ID: nWGK0R840
(*゚ー゚)「なによ。わたし、なにかおかしいこと言った?」
( ^ω^)「いや、違う。そうじゃなくて……」
(*゚ー゚)「じゃあなによ」
( ^ω^)「……エレベータがさ」
仕事のことを口にするのはやめようと思った。
酔っ払ったしぃに仕事のことを思い出させるのも嫌だったし……それになんだか、気分が良かった。
入社したての頃、同期の仲間で集まり、こうして酒を飲んだことを思い出していた。
新しいことだらけの毎日は文字通り修羅場で、しかし早く一人前になろうと必死だった……。
そんな、退屈ではなかった日々。
考えてみれば、あの頃はエレベータに苛立っている余裕さえなかった。
随分とたくさんのことが変わった今、こうしてしぃはまだ俺の目の前でビールグラスを傾けている。
名前の呼び方さえ変わってしまった、俺の前で。
最近ずっと重荷でしかなかった同期の縁が、狭い居酒屋の中で不思議なほど温かい。
仕事のことなんてすっかり消えた頭で、俺は続けた。